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本編
20.情けない上司
しおりを挟む俺達は今、隣国レンライトへ向かっている。
昨夜酒場でそれとなく情報収集をして、隣国には魔道士の専門養成機関があり、有力な魔道士や魔法研究家が多く住んでいると聞いたためだ。
未熟な魔道士と魔法に関しては門外漢の二人では、雲海の上の次元へ移動する方法がわかるはずもない。
そこで専門家を探し、どうにか方法だけでも得ようという結論に至った。
教会は大陸全土に影響力があるので油断はできないが、もし追っ手が掛かっているとしても、黒いローブの奴らは俺の顔をまともに覚えていないだろうと思う。
その上俺の容姿は地味平凡で、黒髪と濃い茶の目はそりゃあもうありふれた特徴だ。旅の学者として身なりを取り繕った現状、そうそう見破られないだろう。
地味顔なことをこれほど感謝したことはない。
というわけで俺達は堂々とここまで歩いてきた。
しかし、この先は別だ。
「もう少し行けば関所ですね。僕らは身分を証明するものを提示できないので、関所は抜けられません。両側の山に入って、国境をこっそり超えましょう」
「わかった」
「ではカイ様、こちらへ」
何気なく自然な仕草で街道を外れ、森に分け入る。
この一週間、ニルにしつこく何度も名前を訊かれまくった。
俺には固有の名前はないと言っても全く信じず、終いには「元の世界に恋人がいるなら、絶対に名前で呼ばれているはず」とまで言われて、もうなにから否定すればいいのかわからなくなってしまったくらいだ。
渋々、創造神が呼ぶ「カイ」というアダ名を、あくまでアダ名として教えたのだが……それを告げた時の、ニルのにんまりした満面の笑みは一生忘れられないだろう。
あの笑顔に様々なものが含まれていたのはわかっているが、俺は敢えて無視した。
絶対に藪蛇になる。
「山を登るのはいいが、関所っていうくらいなら境界に壁があったり見張りがいたりするんじゃないのか?」
「そうですね、見張りの兵士が巡回していると思います。でも相手が優秀な魔道士でなければ、僕の隠密魔法は見破れないですから」
「お前……もしかしてすごい魔道士?」
「今更気付いたんですか? 頼りにしてくださいね」
自信に満ち溢れた笑顔を浮かべながら、ニルは足取り軽く木々の根を踏み越えていく。
ほんの数日前までは、骨と皮ばかりの、今にも息絶えそうな生命力の薄い子供だった。
それがほんの数日で、よく笑いよく食べよく話す、元気の有り余った、たまに小憎らしいと感じるほどの少年へと変貌していた。
おまけに魔力量は一級品、魔法もつぎつぎと使いこなすようになっていった。
人間の成長速度とはこれほどのものなのかと驚かされる毎日だ。
創造神が呟いた言葉が脳裏をよぎる。
───いつか、地上へ行こう。
奇しくも俺だけが先に地上に降り立ってしまったが、案外なんとかなっている。
創造神と一緒に旅をするのも、あながち不可能ではないのかもしれないと、今の俺は考えていた。
ニルと一緒の旅は、困難や警戒が常に付きまとうものの、俺は楽しいと感じてしまっている。
あいつが一緒ならもっと楽しいだろう。
そんなことを考えながら歩いていたら、どうやら国境の付近まで辿り着けたようだ。
ニルの指示通り木陰に身を潜め、周囲を伺う。
地図と方位磁針を取り出して現在位置を確認することも忘れない。
周囲に巡回の兵士はおらず、目の前には人の背丈の三倍ほどはあろうかという高く頑丈な煉瓦の壁が延々と続いていた。
足音を殺して壁に近づく。
「壁の向こうの様子はわかるのか?」
「いえ、透視の魔法を会得していないので、壁を越えた先はどうなるかわかりません」
「多少兵士に囲まれても、お前を傷つけさせはしない」
「ありがとうございますカイ様。百人力です」
少し緊張の滲む声だが、ニルはしっかりとしていた。
創造神の民を殺したくないというのは本心だが、同時にそれによってニルが死ぬようなことになったとしたら、俺は迷いなくニルを取るだろうと思った。
ニルはもはや俺にとって、たくさん生息している人間のひとりではなくなっている。
破壊神が地上に介入できないシステムなのは、俺のようになにかに肩入れしてしまう者がいるからなのだろうかと、ふと考えた。
俺達は良くも悪くも、人間に近すぎる。
「壁を越えます。カイ様、ちょっと失礼します」
「うん。……えっ?」
「カイ様軽いですね~」
膝裏に腕を差し入れられて、視界が半転した。
なんということだ。
今まで「守るべき者」だと思っていた少年に、俺は俗に言う───お姫様抱っこされている。
お得意の身体強化魔法で俺を持ち上げているんだろうけど、軽々と俺を抱き上げるニルを下から見上げる格好になるのは……複雑だ。そして恥ずかしすぎる。
「あ、いいですね。そのまま顔覆っててください。跳びますので舌噛まないように」
「トブ? え? ひぇえええっ!?」
俺は、俺達は跳んだ。
背丈の三倍はあろうかという聳え立つ壁を、ニルは身体強化と風の複合魔法で体を浮かせるように跳躍し、壁を軽々と飛び越えて向こう側に着地した。
着地の際もぶわっと発生した風が二人分の体重を難なく支え、衝撃がくることはなかった。
「よし。このまま早くここから離れましょう。国境近くに村がありますから、今日はそこに泊まります」
「あ、あぁ……」
たった数日間で頼れる男になりすぎなんじゃないか?
俺は未だばくばくと煩い心臓を抑えながら、ニルの言葉になんとか頷いた。
教会にも兵士にも見つからず、俺達は最寄りの村に辿り着いていた。
村といってもそこそこの規模がある。どうやら関所を超えてきた旅人を相手に商売することで発展してきたようで、宿場や食事処が多くあった。
高くもなく安くもない村はずれの宿屋に部屋を取る。
あまり安い宿屋は治安が悪く、近寄らないほうがいいだろうというのがニルの教えだった。
(年の割にしっかりしてると思ってはいたけど、これほどとはなぁ)
部屋で荷解きをしているニルの背中を見つめる。
神に年齢という概念はないが、他の破壊神の在位期間に当てはめれば俺は真ん中くらいの年ということになるだろうか。
創造神は世界の発生と共に生まれ、世界がある限り生きるといわれているが、しょっぱい派遣の破壊神は世界の寿命に左右されることがない代わりに、世界の恩恵も得られないので創造神に比べれば短命だ。
それでも人間でいうところの、成人は超えていることになるだろう。
いい年の俺がフラフラおろおろしている間に、ずっと年下のニルはしっかり先を見据えて行動を開始していた。
俺がじっと見ていたことがバレたのか、ちょっと膨れたニルが振り向く。
「もう、なんですかカイ様。物欲しそうにしてもおやつは出ませんよ」
「物欲しそうにって……俺がいつお前に菓子をねだったんだ?」
「てっきりそういう視線かと」
「菓子を食べたい年頃なのはお前だろ……表でなにか買ってくるか?」
「僕だってそんなトシじゃありませんよ! それにデミシェ語を話せないカイ様じゃ屋台でお菓子買うこともできないでしょう」
「失敬な。俺だっていくつか単語は覚えたぞ」
「例えば?」
「……キュウリ」
「それだけじゃお菓子は買えないですねぇ」
「うるせぇ! そのうち揚げ菓子でもフルーツでもいくらでも買えるようになってやる!」
「せいぜい楽しみにさせてもらいます」
ニヤニヤしながら俺をからかうニルは、本当に年下なのか問い正したいほど生意気で小賢しい。
どうせそんなことを言えば俺の方が年相応じゃなさすぎるとかカウンターを食らうに決まっているので口には出さないが。
あぁ、出会ったばかりの俺を崇める素直なニルはどこへ……。
「今も尊敬してますよ? 神様ホトケ様破壊神様~」
「くっそ……今に見てろよ、キュウリ以外のデミシェ語も覚えるからな!」
この大陸の標準言語であるデミシェ語は、正直ものすごく難しくて、文字を読んで単語を覚えるどころか聞き取ることもまだ全然できていないが、そう言うとさらに馬鹿にされるので俺は黙るしかなかった。
日本語もたまにあやふやな俺に、デミシェ語は難関すぎる……。
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