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8話
しおりを挟む覆い被さるルーファスの重みを、これほど幸福に感じたことは今までなかった。
やはりお互いに負い目があって一線を引いていたのだと思う。
その証拠に、ルーファスの熱に浮かされた目は見たことがないほどぎらついていて、自分が小動物にでもなったかのように錯覚する。境界線を越え、遠慮がなくなったルーファスはすごかった。
「ハル、ハロルド……」
「っあ……ルー、ふぁ、もう無理……」
「そうか? お前のここはまだ物欲しそうにしてるぞ」
「あぁっ!」
何度も精を吐き出された後孔に再びルーファスが侵入してくる。
解され揺さぶられたそこは簡単に彼を受け入れて、喜びを表すかのように奥へ奥へと誘う。
自分の体が自分のものでなくなってしまったような感覚だった。
ルーファスの肩に縋り付いて快感に耐える。
首筋に噛み付かれ、思わず爪を立ててしまった。恐らく二人とも、体は傷だらけだ。
こうしてお互いの想いを打ち明けることがなければ、ルーファスの少し強引で、意外と噛み跡を残すことが好きだという面は知ることができないまま終わってしまっていただろう。
これ以上ないという深いところまでルーファスが辿り着き、ゆっくりと深いキスをする。舌が絡まり合い、擦れる粘膜がひたすらに甘く感じた。
貪り尽くされるような衝動は去り、ただ愛を確かめる行為だけが続いている。
「ハル、好きだ。愛してる」
「私も……ルーファス」
左手の指に光る銀の輝きが愛おしい。
お互いの間に存在する空隙を厭うように肌を擦り合わせて囁く言葉は、暗い気持ちなど微塵も含まれていない心地の良いものだった。
「それで、そこの騎士様はいつ帰るんですか?」
今私はなぜか、ラッセルの頭を膝に乗せている。
長いソファに寝そべった弟の枕になること数刻。ちょっと足がしびれてきた。
反対側の一人掛けに座るルーファスは、ラッセルに【嫉妬】や【憎悪】の感情を飛ばしまくっている。本来なら周辺で感じるだけで気持ち悪くなるほど脅威となる感情だが、自分に向けられたものでないせいか、ルーファスが抱く気持ちだからか、特に体調が崩れる様子はない。
むしろ、重圧すら感じる嫌気を直に浴びているラッセルが平然としていることに私は感心してしまった。
「恋人がいる兄の膝を専有する不埒な弟を追い払ってから御暇したいところなんですがね」
「ふん、心配しなくても私は兄上に無体な真似などしません。どこかのお偉い騎士様とは違って。膝枕くらい兄弟なら当然でしょう」
「当然なわけあるか! 俺のハロルドから離れろ!」
「やっと本性を現しましたね、あぁ醜い。兄上、こいつに愛想が尽きたらすぐに帰ってきてください、いつでも馬車を手配しますよ」
「誰がお前のような性悪弟のところにやるか!」
決して和やかとは言えないが、二人がぽんぽんと会話をする様に少し嬉しくなる。いつの間に仲良くなったんだろう。
とはいえこのままでは喧嘩になりそうなので、私はラッセルの頭をそっと持ち上げて膝を退かした。
とても不満そうなラッセルと対照的に、ルーファスが背負っていた悪感情がふわっと消える。
「ラッセル、ごめんな。ルーファスと仲良くしてくれてありがとう」
「兄上が言うならぼくはいくらでも誰とでも仲良くなれますよ」
「こいつハルと俺で態度変わりすぎだろ……」
枕を失ったラッセルの髪を撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。
私より図体も能力も大きく育ってしまったが、それでも可愛い弟であることに変わりはない。
どういうわけかラッセルは、私がこの家に帰ってきた時に沈んだ様子だった理由を知っていた。
心を読む力を持つ者同士は相手を読みにくい傾向があるが、当代随一と言われる彼ならば私の感情の裏にある記憶まで読み取っていたのかもしれない。
ルーファスが北の地に来る可能性など微塵も考えていなかった私とは反対に、ラッセルは私宛の面会をすべて断るように指示していた。私がそれ以上傷つくことのないよう配慮してくれたのだろう。どこまでも心優しい弟だ。
私の今後の処遇についてルーファスに嘘を言ったらしいことについては、先程しっかり謝罪していた。
職場の仲間には伝わっていなかったようだが、私の扱いは休職になっている。
この近くの資産家の屋敷に大量の本が未整理のまま置かれていたことがわかり、実家が近所で土地勘のある私がそれらの整頓作業に従事することになった。いわば出張だ。
蔵書の量が多く、ついでに数年前に廃校になった学校の蔵書も確認するよう言われているため半年は中央に帰れないが……。
ルーファスは私の帰省をお見合いのためと勘違いしていたようだった。
長子ではあるが家長でもなく爵位もない私に見合いの申し出などあるはずもない。
王宮から、王都から距離を置くことで失恋の傷を癒せるかもしれないと期待しての帰省だったが、もうその必要はなくなった。
ルーファスと視線が絡むと、勝手に笑みが浮かぶ。
これまでは、なんと中身の伴わない恋人同士だったのかと実感させられる。想いを伝え合い、お互いが求め合う関係のなんと甘美なことか。
「……あーあ。兄上のそんなだらしない顔、初めて見ました」
「っ! あの、ラッセル、その」
「いいですよ別に。それより騎士様の査察派遣は来月末まででしたよね。うちの兄上の仕事は半年先まで終わりませんから」
「なっ、そうなのか? ハロルド」
ルーファスが身を乗り出す。
先日依頼者と話し合いが終わり、着手したばかりの未分類蔵書の整理作業はなかなか過酷で簡単には終わりそうになかった。
それでも実際に半年かかるかどうかは微妙だが、真横から「イエスと言っておけ」という無言の圧力がひしひしと体を圧迫してくるため、一応頷いておいた。
「それくらいかかるかもしれない」
「残念ですねぇ~~結局兄上とはまた離れ離れですよ。その間にモテまくりの騎士様が浮気しないといいですけどねぇ」
「心配には及ばない。ハロルドより素晴らしい相手はいないからな」
とんでもないことをきっぱりと言い切ったルーファスに、私の方が慌ててしまった。
事もあろうに実家の一室で愛を確かめ合ってしまった私たちの関係は、とっくに屋敷中知るところとなっているのだが、こうして弟相手にオープンにできるほど私の肝は座っていない。
ラッセルはものすごく苦いものを食べてしまったときの顔をして、身を起こし立ち上がる。
「ほんっとに嫌な男ですね、あなた。本心で言っているのがさらに苛々する。兄上を悲しませたら許しませんから」
「もう二度とそんなことにはならない。安心してお兄さんを任せてくれ、義理の弟よ」
「あなたに義弟呼ばわりされる覚えはありませんっ!」
嫌そうな顔を激怒に歪めて、ラッセルは肩を怒らせながら出て行ってしまった。
いつもは二人とも穏やかで聡明なのに、どうしてこんなに荒れてしまうのか不思議だ。相性が悪いと言うべきか、喧嘩するほど仲がいいのか……。
素早く横へ移ってきたルーファスに肩を抱かれて、取り留めのない思考も霧散する。
「良かった。ラッセルにも俺たちのことは認めてもらえたようだ」
「そ……そう? さっきのやりとりで?」
「もちろん」
今は結んでいない長く伸びた髪を梳かれて、頭をルーファスの肩へ凭れさせられる。
私には感じることのできない、嫌気以外の感情が体を包み込んでくれるような気がして心地良い。
「ルーファス、あとひと月で戻ってしまうんだな」
「あぁ。一時的な移籍という名目だからな。ハルが帰ってくるのを王都で先に待ってるよ」
「うん」
離れてしまうことに不安がないとは言えないが、以前ほど漠然とした悲しみを感じることはない。失う恐れというよりは、寂しさの予感が大きいからだろうか。
ルーファスを見つめると、すぐに目が合い唇を寄せられる。触れるだけのキスを何度も繰り返した。
「そういえば、ハロルドが入っている寮は独身者専用なのを知っているか?」
「それは、もちろん」
「そういうわけだから、俺は先に王都で部屋を借りておく。戻ったら一緒に暮らせるようにな」
「えぇっ!?」
驚いて、ルーファスの顔を見て、視線を落として指の付け根に嵌められている銀の指輪を見る。
これは私が独身ではなくなってしまったという意味だと、今更ながら気がついた。
「俺はもう二度と言葉を惜しまない。だからハロルドも、なんでも言ってほしい。喜びも悲しみも、不安も怒りも」
「……わかった。私ももう、言葉で確かめる前に諦めてしまうことがないようにするよ」
「もちろんおねだりも大歓迎だ」
「それは…………考えておくよ……」
飾ることのできない、人の持つ暗い感情こそが本心なのではないかとずっと諦観してきた。悲しい気持ちばかり心に降り積もっていくものだと。
でもこれからは、負の感情を共に分け合ってくれる人がいる。
心を読む力が無くとも、ルーファスから伝わってくる気持ちが偽りのないものだと感じられる。私は幸せな気持ちで目を閉じた。
おわり
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