7 / 10
7話
しおりを挟む「あーあ! なんですかこの空間は、甘ったるいったらありゃしない」
突如室内に響き渡った声に、私とルーファスは同様にびくっと肩を震わせた。
ソファの上で嫌そうに顔を顰めていた私の弟────ラッセルは、目が合うと微妙な表情になる。
「兄様がその男に未練たらたらだったのは承知とはいえ、目の前で奪われるといささか不愉快ですね」
「み、未練たらたらって……」
「隣の客間にベッドありますよ、使っていきます?」
「……」
「あーはいはい、どうぞどうぞ」
心底嫌そうにかぶりを振るラッセルの顔を見られず俯くと、部屋を出て行こうとするすれ違いざまに強めに肩を叩かれた。
「その男には話しましたよ、力のこと」
「あ、そ、そうか」
「あとぼくイライラしてたくさん意地悪言ったので、慰めてやってください」
大股歩きでさっさと出て行ってしまった弟の態度に呆然とする。
ラッセルはとても出来た弟だ。
不出来な兄のことを慕ってくれ、家の長としても能力者としても申し分ない。やや過干渉のきらいはあるが……私にはもったいないほどの子だ。
そんな彼があれほどまでに眉を顰め、【見ていられない】とモヤモヤした気を纏わせているのは初めて見た。
そういえばまだルーファスと抱き合ったままだった。
話をするためにも慌てて腕を突っ張って距離を取る。
「ルーファス! その、少し、話さないか」
「そうだな、俺たちには会話が足りなかった」
先程まで彼が座っていたソファに誘う。
私が座ると、腰に密着するようにルーファスがぴったりと横にくっついてきた。片時も離さないと言わんばかりの態度にこちらが照れてしまう。
ラッセルは私の────私たちの力のことを話したという。
他人の心を許可なく覗き見する特殊な力など、ルーファスは想像したこともなかっただろう。今はそのことを消化できていなくとも、改めて考えたら気味の悪い能力だと、異常だと、そう思うのではないか。
切り出し方を考えあぐねているうちに、ルーファスが先に口を開いた。
「心を読むことができる……そうだな」
「う、うん」
「すまなかった」
「え?」
慌てて横を見ると、ルーファスは頭を下げていた。
そんな態度を取られる理由が分からなくて、急いで顔を上げさせる。
「な、なんでルーファスが謝る? 能力のことを隠していたのは私だし、気色悪い力だと思うだろう」
「そんなことは思わない。しかし俺はすごく……その、口にするのも憚られるようなことをいつも考えていた自覚がある。それが全て伝わっていたのだと思うと、いっそ泣けてくる……」
ルーファスは今度こそがっくり項垂れてしまった。
確かに彼から悪感情が伝わってくることはあったが、そこまで悔いるほど恐ろしい気持ちが伝わってきたことは無いように思う。
黙ったままルーファスの手を取って握ると、捨てられた犬のように頼りない目が垂れた前髪の隙間から見えた。
「例えばどんなこと?」
「た、例えば……ハロルドに近づく奴がいると男でも女でも引き剝がしたくなったり、一日中ハロルドを俺の横に置いておきたくなったり……本のページをめくる指先がエロいとか、俺が声をかけるとはにかむ唇にキスしたいとか、図書室の奥にいるとき後ろから襲ったらどうなるかとか……」
「もっもういい! それ以上言わないでくれ!」
今度は私が項垂れる番だった。
いつも穏やかで優しいルーファスがそんなことを考えていたとは。
私は羞恥で死にそうになりながら、私の力が不完全であること、良くない感情をぼんやりと感じることだけがほとんどだと説明した。
「そうなのか……いや、でもハルと会っているときも俺は周囲に威嚇しまくったり劣情を抑えるのに必死だったから、きっと嫌な気持ちを出していたよな。本当にすまない」
「あの悪感情はそんな理由だったのか……」
なんだか肩の力が抜けてしまった。
ルーファスはずっと、私と付き合い始めてしまったことを後悔しているのだと思っていた。どんなに楽しく過ごしても、肌を重ねても彼から感じる嫌気が消えないことに、ずっと心が痛んでいた。
私からルーファスを突き放すことが必要だったのに、居心地が良くて、一緒にいられることが嬉しくて、ずるずると付き合わせてしまっている。そんな風に思っていた。
「それは違う、ハロルド! 確かにきっかけは悪かった。だが俺はきっと、初めからハロルドのことが好きだった」
「え?」
「じゃなきゃ罰ゲームで告白なんて、相手はいくらでもいる。すっぱり振ってくれそうなサリー女史や騎兵隊長でも良かったんだから」
サリーにそんなことをしたらただでは済まなさそうだし、あの立派な口髭の隊長も拳骨の二、三発は覚悟するべきだろう。
「俺は無意識にハルに惹かれてた。あわよくば付き合えたらと思って、罰ゲームの方を利用した。ハルが心を読めるなんて考えてもみなかったし、罰ゲームのことを早く話して、そんなことは関係なく好きだと伝えていれば良かったと心から思う」
「力のことは誰にも言っていなかったし、仕方がないよ」
「俺は……情けないへたれ男だ。心も狭いし嫉妬深い、今後もハルに嫌な思いをさせないとは言い切れない。それでも、一緒に居てくれるか?」
「……うん。私の方こそ、早とちりでルーファスから逃げてしまうような男だけど、それでもいいの?」
「俺はお前じゃないとだめだ」
再び強く抱き締められ、こちらからも背に腕を回した。
会えなかった期間は一ヶ月ほどなのに、ずっと離れ離れだった気がする。
いや、実際にそうなのだろう。お互いにあと一歩踏み込むことができないまま、本当の意味で心を通わせることができたのは今が初めてなんだ。
ルーファスは腕に力を込めてはいるが、時折私の髪を指先で弄ったり頬にキスをしてくる以外はなにもしてこない。
私だけが、おだやかな火に表皮を炙られるようなもどかしい気持ちに苛まれている。
「……ルーファス」
「ん?」
「と、隣の部屋に……行かないか」
驚いた表情のルーファスに、赤面しているであろう自分の顔を見られたくなくて彼の肩に顔面を埋めた。
自分から誘うようなことは今までしたことがなかった。恥ずかしい。
ただそれだけの私の言葉で、ルーファスは全て察してくれたらしい。顔を上げない私の膝裏をひょいと掬って体ごと持ち上げ、そのまま扉へ歩き始める。
彼の膂力が凄まじいのか、私が軽すぎるのか。なんの苦もなく隣室へ移動し、部屋の中央に座している客用のベッドにそっと降ろされる。
「まだ色々と話したいこともあるし、聞きたいこともあるが……これからゆっくりということで、いいだろうか?」
「うん……はやくルーファスを、感じたい」
「っ、そういう殺し文句は俺以外に言うなよ?」
重ねられた唇は熱くて、彼が私と同じ気持ちでいてくれるのだと実感できることが涙がでるほど嬉しかった。
22
お気に入りに追加
560
あなたにおすすめの小説
好きだと伝えたい!!
えの
BL
俺には大好きな人がいる!毎日「好き」と告白してるのに、全然相手にしてもらえない!!でも、気にしない。最初からこの恋が実るとは思ってない。せめて別れが来るその日まで…。好きだと伝えたい。
【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。
天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。
成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。
まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。
黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。
【完結】売れ残りのΩですが隠していた××をαの上司に見られてから妙に優しくされててつらい。
天城
BL
ディランは売れ残りのΩだ。貴族のΩは十代には嫁入り先が決まるが、儚さの欠片もない逞しい身体のせいか完全に婚期を逃していた。
しかもディランの身体には秘密がある。陥没乳首なのである。恥ずかしくて大浴場にもいけないディランは、結婚は諦めていた。
しかしαの上司である騎士団長のエリオットに事故で陥没乳首を見られてから、彼はとても優しく接してくれる。始めは気まずかったものの、穏やかで壮年の色気たっぷりのエリオットの声を聞いていると、落ち着かないようなむずがゆいような、不思議な感じがするのだった。
【攻】騎士団長のα・巨体でマッチョの美形(黒髪黒目の40代)×【受】売れ残りΩ副団長・細マッチョ(陥没乳首の30代・銀髪紫目・無自覚美形)色事に慣れない陥没乳首Ωを、あの手この手で囲い込み、執拗な乳首フェラで籠絡させる独占欲つよつよαによる捕獲作戦。全3話+番外2話
【完結】愛してるから。今日も俺は、お前を忘れたふりをする
葵井瑞貴┊書き下ろし新刊10/5発売
BL
『好きだからこそ、いつか手放さなきゃいけない日が来るーー今がその時だ』
騎士団でバディを組むリオンとユーリは、恋人同士。しかし、付き合っていることは周囲に隠している。
平民のリオンは、貴族であるユーリの幸せな結婚と未来を願い、記憶喪失を装って身を引くことを決意する。
しかし、リオンを深く愛するユーリは「何度君に忘れられても、また好きになってもらえるように頑張る」と一途に言いーー。
ほんわか包容力溺愛攻め×トラウマ持ち強気受け
[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません
月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない?
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる