俺の人生をめちゃくちゃにする人外サイコパス美形の魔性に、執着されています

フルーツ仙人

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番外 三十三 支配者とテオドールの悪夢編

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 謎のファイヤーウィーク1週目を、ダリオとテオドールはビニールプールでキャッキャッと遊んで過ごしたが、クラブ・ラビットホールのシフト穴埋め以外にも、事務所にエグ目の事件が舞い込み、てんてこ舞いとなった。
 詳細は省くが、とある病院でレイプ事件が起こり、犯人は同室の『女性』だったのだ。
 これは法的な誤謬とも言える。つまり、ペニスを保持したまま、自分の心は女性であると主張した男性患者がいた。この男性患者が、権利行使として病院側に女性患者との相室を求めたのである。
 病院側は拒否できず、男性患者の要望を通したのだそうだ。
 そして、『彼』は、同室の女性患者を強姦した。
 もっとも心身の弱った状態でレイプされた女性患者は、肉体のみならず精神的ショックが凄まじく、幻覚症状を患ったという。
 そうして、紹介者づてにその母親がダリオたちの事務所を訪問したところまでが、話の導入だ。
 ダリオは「そうでしたか……」と相づちを打つ。最近、イーストシティではこの手の事件が頻発していて、恐らくそろそろ法的に整備が求められるだろう。
 しかし、既に被害を受けた者には、遅すぎる話だった。
 憤怒の顔で母親の言うことには、娘が見ているのは幻覚ではないという。
 とにかく一度見てもらえないかというので、ダリオとテオドールが女性患者の病室を訪れた。
(俺みたいな身体大きいやつが、レイプ被害者の病室を訪問してもいいのか? 相手、怖いんじゃねーのか?)
 ダリオは困ったが、どうしても見てほしいと頼まれれば、藁にも縋る思いなのは見て取れ、一応懸念は説明した上で、了承をもらって足を運んだ。
 結果的に、母親の言うことは正しかったと言える。
 病院側が用意した個室に入る前に、一度様子を正確に見たいので、テオドールには擬態を頼んだ。
 ダリオの工学部友人曰く、「ダリオの彼氏って、いるだけで『破ァ!』ってなって、悪霊は死んだ。状態になる。ヤバイ」らしい。ダリオも、テオドールがいるだけで、怪異その他が身を潜め、出会い頭に半狂乱になって命乞いをし、中には塩をかけたナメクジのように溶けて消えるのを目撃したことがある。
 こいつ、クソヤバ怪異にも避けられるの、一番ヤバイやつじゃねーのか? と初期にダリオは思ったものだ。
 こうしてテオドールの怪異避けの恩恵に普段はあずかっているが、今回それではまずかった。
 何が起きているか見定めないことには、根本的な対処も難しい。テオドールが現場を離れれば、また依頼者は怪異を引き寄せて悩まされることになり、元の木阿弥だ。
 そのため、問答無用に怪異全てを排除しないよう、事前に弱体化の偽装をしてもらったのだ。
 水饅頭形態以外にも、器用なことに人間の青年のまま、短時間なら擬態が可能になったというので、いつものハイブランドスーツのテオドールと一緒に入室する。
「……これは確かに酷いですね……」
 見回して、ダリオは思わず口にしてしまった。あまり描写したくないのだが、病室中に、亀頭が赤子の頭ほどもある男性器が、菌糸類のようにびっしり生えている。
 ベッドも貫通するように何本も何本も。
 時折人面疽のようになって、ゲタゲタ鈴なりに卑猥な言葉を吐き出し、汚らしい液体をぶちまけた。
 ダリオの経験上、こういうのは死者の念ではない。
 生きた人間の加害欲が、被害のあった場所や人自身にこのような異形の醜悪なオブジェを作る。
 さすがにダリオも気分が悪くなった。見て楽しいものではない。
(久しぶりに見たな……テオがいたからあんまり遭遇しなくなってたしな……)
 これまで受けた事件は比較的この手のものではなかったので、本当に久々に見たという感覚だった。
 精神的な強健さから、こうしたものを跳ね除ける人もいる。しかし、心身が弱っているところに、同室の『男性患者』からレイプされたのだ。明らかに女性患者は、境界線を『侵食』されていた。
 今、彼女は寝ているが、その顔は苦痛に歪められている。安全と誇りを奪われ、踏みにじられた人が、今もレイプ犯の思念に苦しめられているのだ。頬はこけ、眼窩は落ちくぼみ、髪は振り乱して、まぶたが時折、ひくつくように痙攣した。ダリオは申し訳なくなり、そっと視線を外した。
「テオ、悪いんだが、この部屋のクソオブジェ、一掃できるか?」
「可能ですが……」
 興味の薄そうに辺りを見ていたテオドールは、ダリオに話を振られて、少し考えるようにする。
「なんか問題あるのか?」
「生きた人間の思念ですので、これらの大元の人間にも衝撃が逆流するかもしれません」
「あー、なるほど? ちなみに、それって死ぬやつか? 四肢が爆散したりとか」
「そこまででは。残滓のようなものなので、思念体の部位が良くて機能しなくなるくらいかと」
 ダリオは、まあ死なねーなら、俺にそれする権利はねーけど、依頼受けた範疇で仕方ねーやつ、と即断した。
「おう、やってくれ」
「分かりました」
 パチン、とテオドールが指を鳴らすと。
 汚らしい物体は、文字通り爆散した。
 ヒッ、とダリオは思ったが、もう本当に仕方ない。
 その後は空気が清浄になったのが救いだ。
 母親も何か感じとったのか、辺りを恐る恐る確認し、寝ている娘の顔が穏やかになったのを見て、ダリオたちに礼を述べた。
 これが一幕で、ファイヤーウィークも過ぎ去った後日、とあるニュースが流れた。
 レイプ犯は、『心は女性である』と主張し、女性として裁判を受け、女性刑務所に収監が決まったらしい。被害者側からは猛烈に抗議があったが、これは覆されない。その上、この男は未成年もレイプしていたという。
 これらの裁判結果を経て、裁判所内を移動中に被害者女性が3発、加害者に発砲したそうだ。
 正確に心臓、頭、ペニスを撃ち抜いていた。
「女性刑務所に収監を求めた時点で反省していない。刑務所で新たな被害者を作る前に、二度と粗末なもんを使えないようにしてやったんだよ。死ね! もう殺したけどね! ざまあみろ!」
 吐き捨てた女性は、「後悔していない」と言い、大きなニュースになっていた。
 ダリオはそれをクラブ・ラビットホールの客から見せられた新聞の一面記事で知り、頭を抱えたらいいのか、どうしたらいいのか分からなかった。
 たぶん、ダリオがあのペニスの化け物たちをテオドールに爆散させたせいで、女性患者のメンタルは急速に回復し、復讐心と、見定めてどう選択するかまで思考したのだろう。
 そして、自分の尊厳を殺した相手の態度を見て、納得のいく結果を選んだのだ。
「ダリオ君、この事件どう思う?」
 客からも議論をふっかけられ、ダリオは大学生らしく、犯罪機会論からの視点(身体男性を女性と同室にした。病院側は法的に男性の要望を退けられなかった)と、司法の整備が追いついてない旨の所見を簡単に述べた。
 被害者は今回、法に守られていなかった。女性専用シェルターでも、『心が女性』の男性の侵入を拒めず許し、同様のレイプ事件が起きている。これらの事件は、近年、国内で頻発しており、問題となっていた。
 司法の不備と穴が、被害者を凶行に走らせたのだ。
 その内、客同士でも、事件について話し始める。
 私刑は許されないが、この判決は納得がいかない、現在の司法の限界、当局は後手後手で、被害者に身を切らせたのは情けないなどと何人かは丁々発止に、多少の皮肉も込めてお互いに議論を交わしていた。
 イーストシティでは、紳士が新聞と政治の話をしたコーヒーハウスやクラブの系譜で、こうした場では客同士が議論することも多い。
 ダリオも想像する。
 弱っている時に、自分の肉体を押さえつけられ、内臓に侵入され、好き勝手されるのは、どんなに悔しいことだろう。
 自分より筋力がある人間にそうされたら、抵抗もままならない。
 暴れても、相手をはねのけようとしても、海の中で重りをつけて格闘するようなものだ。
 それはどんなに絶望的なことだろう。
 ダリオは、基本的に肉体的強者だ。
 人間同士なら、およそそのようなことで困ることがない。
 しかし、怪異相手にはその限りではなかった。
 圧倒的被害属性になってしまうのだ。
 結局、怪異に『酷い目に遭わされない』ように、刺激せず、視線を合わさず、追いかけられず、存在を捕捉されないように、息を潜めて生活するしかなかった。
 それらの怪異よりも、テオドールは更に『ヤバイ』やつだ。
 怪異にすら避けられる。
(あいつ、最初から、俺に酷いことしなかったよな……不法侵入はしてきたけど)
 クラブを辞して、帰宅しながらダリオは考えた。
 多少認識のすれ違いから、まあ色々あったが、基本的にテオドールはダリオの言うことを無視しなかった。納得いかなければ、つめてはくるものの、これをしないでほしい、やめてほしい、と言えば、ちゃんと聞いてくれた。
 本当は、テオドールはダリオのご機嫌伺いのような真似などしなくても、無理やり言うことを聞かせることもできる。 
 ダリオの寿命だって、勝手に延ばしてしまえる。
 ダリオはテオドールを嫌いになるかもしれないが、それだって圧倒的暴力で心を折られ、躾けられてさえしまえば、恐怖心から次第に迎合することになるだろう。
(でも、そんなことしようとされたことない……)
 ダリオは自分が何を確かめるように考えているのか分からなかった。
 いや、それは欺瞞というもので、本当はテオドールにずっと申し訳ないことをしているような気持ちがある。
 二人で生きていけるようにするつもりだ。でも一方で、あいつが望むようには、結局できねーだろな、という現実の感覚があった。
 テオドールの言う彼らの時間は、どう足掻いても人間が耐えられるような長さではない。
 ダリオは長く長く生きることはできても、今そのために努力を払っていても、支配者の寿命に最後まで寄り添うのは無理だなぁ、というのが本当はわかっていた。
(退魔協会で仙人的な人らと人脈作って、って考えてたが、まあそれでもたぶん、元よりはずっと長生きできるだろうが、追っつかねーよなあ)
 とりあえず50年スパンから千年を目指そうとは思っているが、その先万年以降のレベルはちょっとやっぱり俺ぶっ壊れる……と思ってしまう。
(だから、ほんとうは)
 ほんとうは、テオドールに、取り込まれて同化してしまうのが、いいのだろう。
 テオドールを置いて行きたくないのならば。
 そして、テオドールは、そうするのに、ダリオの了承などいらない。   
 やろうと思えば、できてしまえる。
 今回起きた事件と、本質的には同じだ。
 強者から弱者への力の行使である。
 相手の意志を無視して、好き勝手できるだけの力の差が、そこには厳然とあった。
 対処するための時間はまだまだあるし、現時点でそう悲壮になる必要もないことも分かっている。
 だがそれはそれとして、まーどうやっても同化で取り込まれて、自我崩壊しねー限り、最後まで付き合うの無理だな、という現実はもう認めるしかない。
「参ったね」
 セントラルパークに差し掛かり、もう月が傾いている。
 言うほど参ってもいないが、テオに悲しい思いをさせるのやだなーとダリオは思った。テオドールの悲しいがダリオの悲しいと同じかわからない。しかし、壺中の天事件で思い知ったように、大切な人がどこにもいなくて、寂しくて悲しい、ああいう思いをテオドールにさせるのは嫌だなあ、としみじみそこが無理だった。
 だってあいつ、長く生きるんだろ。
 花に執着してて、代わりがきかねーみたいだし、他の人と幸せになるって無理なのかね、あーあ、となる。
 幸せになってほしいのに。例えダリオがいなくなっても、関わる人々と、新しいつながりを持って、人生を過ごしてくれれば良い。
 もしテオドールが人間だったら、ダリオは死ぬ前に、彼へ再婚を促しただろう。傲慢だとしても、死する人間に許された言葉だと考える。
 一方で、関わる相手が人じゃねーかもだし、人生じゃなくて支配者生か? とダリオは思った。ダリオにはこういうところがある。
 まあでも、死ぬ時に言うかもしれんし、言えねーかも。 
 できるだけ、長く。
 心身を健康に保ち、生きなければ。
 ――残して、置いていけない。
 テオドールを、彼を、残して、置いていけない。
 そんな思いを抱いたせいだろうか。 
 セントラルパークの街灯がオレンジ色に照らす、もっとも暗いわだかまりに、それが現れた。
 一瞬、弱体化したテオドールかと見間違えそうになる。
 かつて、白スーツの支配者に痛めつけられた際のテオドールの状態と酷似していた。
 表皮の破れた水饅頭のような物体。
 後でわかったことには、つまり死にかけの支配者。
 イーストシティに異常な暑さをもたらしたもの。
 もうすぐ消滅するという最期の状態の支配者だった。

 
 
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