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番外 二十七・五 ピロートーク
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青年のテオドールと性交し、半ば失神したダリオの目が覚めると、彼に抱きしめられ、シーツを始め自分の体も何もかも綺麗になっていた。テオドールがしてくれたのだろう。
まだ早朝で、窓の外は霧が深く薄暗い。
大学はすでに中間テストも終わり、一月経過して短い秋休みである。今日はアルバイトもない。テオと一緒にゆっくり過ごせるなとダリオは思った。
そうしたら、青年がぱちりと目を開けて、ダリオ比では「優しい」目でこちらを見た。なので、ダリオも無言で彼を見返した。
それから、甘えるようにくっついて、額を青年の肩口に押しつけ、ぐりぐりと擦り付けると、硬直されてしまい、ごめん、と謝る。
「だめだったか?」
テオドールが何か不明瞭に言うが、要するに嬉しくてびっくりしたらしい。
すでにすっぽり抱きしめているのになんでだよとも思ったが、ダリオは沈黙する。青年の胸に手を当てたまま、別のことを口にした。
「俺、テオにくっつくと安心する……」
とてつもなく大きな存在にのしかかられ、守られているようで、恐怖よりも安心する気持ちになる。
だが、ふと眠りにつく前のことを思い出した。
「テオ、俺が失神する前、なんか笑ってなかったか?」
青年は、無言で「じっ」とダリオを見つめた。
「目が雄弁な感じは理解するが、何なのか分からん。口で解説してくれ」
「仰るとおり、笑っていた、と思います」
「楽しかったのか?」
楽しいと言うには、どうも変な笑い方だった気がする。ダリオの語彙力だと、クソヤバ怪異の笑い方、という風になる。俺の語彙力……とダリオは自分でも思った。
つまり、ふたりで盛り上がって楽しくて笑ったというより、なんだか。なんだろう。
「そうですね、楽しい……楽しかったですが、それ以上に」
「うん」
「ダリオさんは僕のお嫁さんなので、大事にしなければならないと思いました」
「う……うん」
ダリオは珍しく、素で動揺した。テオドールはマジレス怪異なので、口にした通りの意味であろう。ストレートだ。
「僕はダリオさんのことを愛しています。なので大切にしなければならないと思っていましたが、もっと大切にしなければならないと」
大切にしなければならないがたくさん過ぎて、ダリオは顔が赤くなってきた。
本当にドストレートだ。
胸がドキドキしてきて、嬉しいような苦しいような変な気持ちになってくる。
「あ、ありがと……」
語尾の上ずったイントネーションになってしまった。朝から情緒をシャッフルされてめちゃくちゃにされている。
一方、そうした本人のテオドールには一切照れはない。
ダリオも恥ずかしいのではなく、こんなに真っ直ぐに胸の中に切り込むようなことを言われて、嬉しいを通り越していた。
人から愛情を示された時に、自分は返せるものが十分ではないと恥じていた時もあったが、今はそうでもないように思う。
ただ、胸が一杯になって、こんな風に満たしてもらって。
うまく喋れそうになかった。
しかし、一言伝えておかねばなるまい。
「テオは、もう十分、俺のこと大事にしてくれてると思うぞ。俺、テオと一緒にいると、幸せだ」
だから、とテオドールの目をしっかり見て伝えた。
「俺もテオが幸せに感じられるよう返せたらと思ってる。俺にもテオがしてくれるように、テオのこと大事にさせてくれ」
テオドールはダリオを抱き寄せて、その背を撫で、今度は彼が顔を肩に埋めてきた。
「僕は、じゅうぶん“幸せ”です。ダリオさんが僕を大事にしてくださるので、僕は支配者ながら過分に幸せなのです」
そっか、とダリオはテオドールの形の良い後頭部に触れると、柔らかな黒髪を梳くようにした。テオドールが顔を上げ、ふたりの視線が合う。美しい青の双眸は、宝石のシラーのように紫の炎を宿している。
「ですから、僕はダリオさんを大事にしなければなりません。大事にします」
義務という感じではなく、テオドールはまるで覚悟のように口にした。
「今日も。明日も。その先も。貴方を大切にします」
ダリオは何か言おうとして、結局、「うん」とだけ応えた。
テオドールの言う「大切にします」は、愛しています、と同じ意味に聞こえた。ずっと愛します、と言われているように感じられたのだ。
愛する、ということの意味をダリオは時折考える。
支配者は、彼ら自身曰く、酷く執心する種族だ。
その執心をテオドールは、自分のあり方として受け入れたまま、何かしら今回方向転換を決めたように見えた。
ただ執着するなら、ダリオを好き勝手に扱い、永遠に魂を虜囚にしてしまえば良い。どうせダリオは逆らえない。
しかし、テオドールは以前からそうしたくないと言う。
だから、彼は独りで未来における懸念の対処をある程度考えていた。
でも、そこから更に、何かテオドールは、「愛する」ことについて彼の中で腑に落ちたように見える。
それが、「ダリオさんを大切にします」だ。
ダリオは上手く言語化することができなかったが、とにかくそれは真っ直ぐに胸に切り込む言葉だった。
愛すること。
相手を大切にするということ。
今、眼の前にいる相手を。
不意に、何か分かったような気がしたが、すぐにそれは遠ざかってしまう。
だから、ダリオは眼の前の青年にこう告げた。
「今日は一日休みだから、一緒に過ごしたい。テオの予定はどうだ?」
「僕はいつでもダリオさんとご一緒したいです」
「ああ。じゃあ、二度寝したら散歩したいな。テオは何かしたいことあるか?」
「散歩は僕も好きです」
「そうか。テオの気分で、人間の姿でも小さいテオでもどっちでも好きな方にしてくれ。バスケットにランチつめて、公園でピクニックでもしようか。暖かかったら、木陰で昼寝もいいなぁ」
「昼寝をされるようでしたら、その時は僕は小さい僕になります」
「はは、そっちの方が騒がしくならなさそうだな。うーん、楽しみになってきた」
「ランチは僕が」
「ありがとう。一緒に作るか」
「それは楽しみです。熱いコーヒーも用意しましょう。この間買ったばかりの豆があります」
大きな毛布を分け合って、ふたりでお喋りしながら、ダリオはまだ早朝にも早い時間、幸せな二度寝に入ったのだった。
まだ早朝で、窓の外は霧が深く薄暗い。
大学はすでに中間テストも終わり、一月経過して短い秋休みである。今日はアルバイトもない。テオと一緒にゆっくり過ごせるなとダリオは思った。
そうしたら、青年がぱちりと目を開けて、ダリオ比では「優しい」目でこちらを見た。なので、ダリオも無言で彼を見返した。
それから、甘えるようにくっついて、額を青年の肩口に押しつけ、ぐりぐりと擦り付けると、硬直されてしまい、ごめん、と謝る。
「だめだったか?」
テオドールが何か不明瞭に言うが、要するに嬉しくてびっくりしたらしい。
すでにすっぽり抱きしめているのになんでだよとも思ったが、ダリオは沈黙する。青年の胸に手を当てたまま、別のことを口にした。
「俺、テオにくっつくと安心する……」
とてつもなく大きな存在にのしかかられ、守られているようで、恐怖よりも安心する気持ちになる。
だが、ふと眠りにつく前のことを思い出した。
「テオ、俺が失神する前、なんか笑ってなかったか?」
青年は、無言で「じっ」とダリオを見つめた。
「目が雄弁な感じは理解するが、何なのか分からん。口で解説してくれ」
「仰るとおり、笑っていた、と思います」
「楽しかったのか?」
楽しいと言うには、どうも変な笑い方だった気がする。ダリオの語彙力だと、クソヤバ怪異の笑い方、という風になる。俺の語彙力……とダリオは自分でも思った。
つまり、ふたりで盛り上がって楽しくて笑ったというより、なんだか。なんだろう。
「そうですね、楽しい……楽しかったですが、それ以上に」
「うん」
「ダリオさんは僕のお嫁さんなので、大事にしなければならないと思いました」
「う……うん」
ダリオは珍しく、素で動揺した。テオドールはマジレス怪異なので、口にした通りの意味であろう。ストレートだ。
「僕はダリオさんのことを愛しています。なので大切にしなければならないと思っていましたが、もっと大切にしなければならないと」
大切にしなければならないがたくさん過ぎて、ダリオは顔が赤くなってきた。
本当にドストレートだ。
胸がドキドキしてきて、嬉しいような苦しいような変な気持ちになってくる。
「あ、ありがと……」
語尾の上ずったイントネーションになってしまった。朝から情緒をシャッフルされてめちゃくちゃにされている。
一方、そうした本人のテオドールには一切照れはない。
ダリオも恥ずかしいのではなく、こんなに真っ直ぐに胸の中に切り込むようなことを言われて、嬉しいを通り越していた。
人から愛情を示された時に、自分は返せるものが十分ではないと恥じていた時もあったが、今はそうでもないように思う。
ただ、胸が一杯になって、こんな風に満たしてもらって。
うまく喋れそうになかった。
しかし、一言伝えておかねばなるまい。
「テオは、もう十分、俺のこと大事にしてくれてると思うぞ。俺、テオと一緒にいると、幸せだ」
だから、とテオドールの目をしっかり見て伝えた。
「俺もテオが幸せに感じられるよう返せたらと思ってる。俺にもテオがしてくれるように、テオのこと大事にさせてくれ」
テオドールはダリオを抱き寄せて、その背を撫で、今度は彼が顔を肩に埋めてきた。
「僕は、じゅうぶん“幸せ”です。ダリオさんが僕を大事にしてくださるので、僕は支配者ながら過分に幸せなのです」
そっか、とダリオはテオドールの形の良い後頭部に触れると、柔らかな黒髪を梳くようにした。テオドールが顔を上げ、ふたりの視線が合う。美しい青の双眸は、宝石のシラーのように紫の炎を宿している。
「ですから、僕はダリオさんを大事にしなければなりません。大事にします」
義務という感じではなく、テオドールはまるで覚悟のように口にした。
「今日も。明日も。その先も。貴方を大切にします」
ダリオは何か言おうとして、結局、「うん」とだけ応えた。
テオドールの言う「大切にします」は、愛しています、と同じ意味に聞こえた。ずっと愛します、と言われているように感じられたのだ。
愛する、ということの意味をダリオは時折考える。
支配者は、彼ら自身曰く、酷く執心する種族だ。
その執心をテオドールは、自分のあり方として受け入れたまま、何かしら今回方向転換を決めたように見えた。
ただ執着するなら、ダリオを好き勝手に扱い、永遠に魂を虜囚にしてしまえば良い。どうせダリオは逆らえない。
しかし、テオドールは以前からそうしたくないと言う。
だから、彼は独りで未来における懸念の対処をある程度考えていた。
でも、そこから更に、何かテオドールは、「愛する」ことについて彼の中で腑に落ちたように見える。
それが、「ダリオさんを大切にします」だ。
ダリオは上手く言語化することができなかったが、とにかくそれは真っ直ぐに胸に切り込む言葉だった。
愛すること。
相手を大切にするということ。
今、眼の前にいる相手を。
不意に、何か分かったような気がしたが、すぐにそれは遠ざかってしまう。
だから、ダリオは眼の前の青年にこう告げた。
「今日は一日休みだから、一緒に過ごしたい。テオの予定はどうだ?」
「僕はいつでもダリオさんとご一緒したいです」
「ああ。じゃあ、二度寝したら散歩したいな。テオは何かしたいことあるか?」
「散歩は僕も好きです」
「そうか。テオの気分で、人間の姿でも小さいテオでもどっちでも好きな方にしてくれ。バスケットにランチつめて、公園でピクニックでもしようか。暖かかったら、木陰で昼寝もいいなぁ」
「昼寝をされるようでしたら、その時は僕は小さい僕になります」
「はは、そっちの方が騒がしくならなさそうだな。うーん、楽しみになってきた」
「ランチは僕が」
「ありがとう。一緒に作るか」
「それは楽しみです。熱いコーヒーも用意しましょう。この間買ったばかりの豆があります」
大きな毛布を分け合って、ふたりでお喋りしながら、ダリオはまだ早朝にも早い時間、幸せな二度寝に入ったのだった。
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