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番外 二十六 退魔協会編
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ホテル側の野外会場は阿鼻叫喚地獄絵図である。
エイブラハム老は「偉大なるお方、もっとも美しいお方」とテオドールを教祖か神かレベルで拝め奉っているし、アシヤ兄弟は兄のキミヒコが弟のトーゴ(後からトウゴと言われたが、ダリオには違いが分からない。キミヒコもパニックでトーゴと言っていた)を揺さぶっている。
テオドールは何故か悪霊を再生して爆発四散させるなど、意味不明行動に出た。
ホテルのスイートルームから、夜景を見下ろし、花火でも見るように涼しい顔で眺めているのだ。
つき合う前なら、サイコパスかよ、こいつ……とドン引きしただろう。つき合っているが、サイコパスかよ、こいつ……とダリオはやっぱりドン引きした。
愛があっても、ダリオは愛に相手の蛮行が見えなくなるタイプではない。
ダリオの心をまた『推測』したのか、テオドールが振り返った。改めて人間離れした恐ろしいほどの美貌である。
「僕は――少し駄々をこねてみただけです。あれが勝手に消滅しそうだったので、再構築してタスクを完了しました」
頼まれたことを完遂するために、サイコパスなことをしたと言いたいらしい。お、気がきくな! ありがとうな! とダリオが言うと思ったのか。
ダリオは死んだ魚の目で「ありがとう……」と述べた。
その、気持ちだ。気持ちが大事だろう。大事なのは、テオドールの気持ちと彼なりの譲歩への感謝、お互いの歩み寄り、そして落としどころなのだ。
それに結果として、現場はゲロモザイク会場になったが、みんなの命は助かった。よかったじゃねーか。ダリオは自分を納得させた。よく考えたら結果は悪くない。そうだよな!? と目の前で嘔吐、失神、狂乱している人々を見て、事態の回収に切り替えることとする。
「テオ、この人たちなんだが、お前が水饅頭になったら症状は治まるか?」
テオドールは口元に黒い皮手袋をはめた指先を当て、思料するポーズをした。まるで美しい彫刻のようだ。切れ長の目を伏せ、長いまつ毛が目元に陰影を落とし、名月もかくやという涼しげな気品がある。しかしダリオは知っている。人間で言うと、「人の金で食う焼肉は美味いな!」レベルのどうでもいいことを、もっともらしく考えているふりをする時のポーズがこれだ。テオドールは興味関心の薄い対象について、対処を考えないといけない場合にこのポーズを多用する。人間観察の賜物で、こうしていると摩擦が少ないと学習した結果らしい。
別にダリオはテオドールに人間を思いやれとは考えないし、そこは仕方のないことだ。
ただ、虫けらのように思っていても構わないから、社会の一員として生活していく以上、ご協力をお願いします! という気持ちなのである。
「……今更僕が、小さい僕の形態になったところで、『視た』ことは消えません」
テオドールは、明日の天気は晴れ、といった程度のことのように説明する。
「つまり、手足を切り落とした鉈を消しても、手足が切り落とされた状態は変わらないのです。一度気づいてしまったのならば、つながったチャンネルを閉ざしたところで、そのチャンネルの存在自体は『ある』と知ってしまったということになりますので」
よくわからねーが、今更水饅頭になっても駄目ということはわかった。
「ご安心下さい。乗り越えれば、その内慣れるでしょう」
「乗り越えられなかったらどうなるんだ?」
「さあ?」
わかりかねます、と涼しい顔だ。
お前本当に興味ねーよな、わかってたが! とダリオは額を押さえる。頭痛である。
「ダ、ダリオさん」
アリアラエルが声を上げた。
「えと、私、癒しの聖力を使ってきます! サポートでき、できることがありゅかと、思います、のでっ」
舌を噛んでいるが、この場で一番アリアラエルが力強い。
「わかりました。アリアラエルさん、俺も手伝えることがあれば」
「ダリオさんはっ、テオドールさんについて目を離さないでください! です!」
ダリオさんにしかできないので、お願いします! とアリアラエルは言い、白い修道服を翻して、救護に向かった。
悪霊誕生はなんとかなったので、護衛は不要、むしろ一番脅威となるテオドールを見張っていてくれということらしい。
「テオ、アリアラエルさんが手に負えそうにない人っているか?」
「……少し本体の方で、こちらから、僕が『観て』しまった人間がいます」
トーゴくんのことだよね!? とダリオは思った。
トーゴくん、様子がおかしいよね!? 無になってるが!?
テオドールはつけ加えた。
「人間の治療施設に長期間拘束すれば、あるいは」
いきなり最終回をぶち込んでくるんじゃねーよとダリオは思った。
「どうにかなんねーのか」
「どうにか……」
テオドールは柳眉を少し寄せ、困惑している。別にあれでいいだろうと思っているがゆえなのかもしれない。ダリオの思うどうにかと、漠然と投げられたどうにかに対するテオドールの解釈では深い齟齬がありそうだ。
「あー、えー、つまり、元に戻す。元の状態に戻すってェ寸法だ」
ダリオは口調がやや施設時代になってきた。
「それならばできなくもありません」
言葉を選び間違えると、テオドールの思う「どうにか」にされていたらどうなっていたのかわからない。
一応ダリオは釘を刺した。
「他人の血肉に執着するとか、余計なオプションはいらねーからな。元に戻すってのは、元に戻すってことだ」
頭痛が痛い、みたいなことを言いだしたダリオである。
「これまでダリオさんから忌避された性情は付加させないようにいたします」
「ほんと頼む」
テオドールはすたすたと歩いて行って、弟を正気に戻そうとしている兄キミヒコに「失礼」とまったく失礼と思ってなさそうに声をかけた。
「なんやァ!? ……ア……ぁえ……は、はひぃ……」
キミヒコは濡れ羽色の髪に白皙の美貌のテオドールを見るなり、ぱか、と口を開ける。そのまま完全に呆けて、抱えていた弟を取り落とした。ごとん、とトーゴが地面に頭をぶつける。おい! とダリオは慌てた。
駆けつけようとしたダリオに、先ほどから息を潜めて置物のように気配を消していたエイブラハム老が、ダリオの一張羅のスーツを握りしめて引っ張った。
「ま、待ちなさい。待って。待って欲しい」
エイブラハム老も舌が回っていない。
逃さないとばかり、肩もつかまれる。痛い痛い痛い、おじいちゃんなのに力が強い。
エイブラハムは手を外すと、はぁ、はぁ、と呼吸が荒いまま、懐から出したハンカチで、布を被った自分の額を拭う。
「あ、ああ、ダリオ君と言ったかね」
ロビーで自己紹介した時に覚えたのではなく、テオドールが呼んでいるのを聞いて口にした感が否めないが、ダリオは素直に返事した。
「はい、そうですが何か? 急ぎでないなら、俺はあちらに用が」
「い、急ぎじゃ!!! 大至急なのじゃ!!!!!」
エイブラハムは小声で喚くという器用な真似をしてみせた。むしろ、エイブラハム老からは、この火急に重要なことがわからんのか!? といった怒りすら感じた。
「あの方は……あの御方は」
言おうとして、エイブラハム老は落ちくぼんだしわがれ顔を枯れ枝のような手で覆い、再び額をハンカチでぬぐう。もはやハンカチはびっしょりだ。用をなしているのか謎である。
「おぬしにはわからんかもしれんが、あの御方は、我らが妖術師教団・山の長老派が創始よりあがめている尊き御方、神の化身、偉大なる存在なんじゃっっ」
唾を飛ばす勢いでまくしたてられ、ダリオはあっけにとられた。思わず、口から零れる。
「あいつ、そんなタマか……?」
「おま、おま、おまえ、なんという口を……い、いや、いやいやいやいや、しかしながら、あの御方はおぬしに何故か執心されておる。わしの存在など目に入らぬご様子じゃが、いやそれはごもっともなんじゃが、どうしてかおぬしのような凡人と円滑に会話されておるのじゃ。何故なのか本当にわからんが」
ところどころ失礼を織り交ぜてくるエイブラハム老に、ダリオはいつものやつ……と思った。むしろ傾倒している割に、エイブラハム老が正気を保っているのが珍しい気がする。テオドール――支配者を神(邪神)としてあがめている奉仕種族も異次元にはいると聞いていたが、この世界にもいたということのようだ。
「はあ、それはわかりましたが、あいつに聞いてください」
「あいつとはなんたる身の程知らずな……! いやそうではなくて、直接! 直接聞けるわけなかろうが!?」
え、さっき挨拶してたじゃねーかと思ったが、憧れのアイドルに「キャー!」と叫ぶのと同程度のことなのかもしれない。その後ふつうに話せるわけないでしょ! あんたバッカじゃないの!? とダリオは罵られている。
「あー、そうなんですね」
もういいかな、とダリオは思ったが、エイブラハム老はハンカチを握ったまま、もじもじと自分の十指をからませ、こう言った。
「つ、つまりじゃ。なぜかわからんが、おぬしはあの御方に目をかけられておる。ついては、御方に、教団の悲願として、橋渡しを――わしを紹介して欲しいわけなんじゃが」
「あ、すみません。忙しいのでまた」
ダリオはアシヤ兄弟の方に向かった。
エイブラハム老は「偉大なるお方、もっとも美しいお方」とテオドールを教祖か神かレベルで拝め奉っているし、アシヤ兄弟は兄のキミヒコが弟のトーゴ(後からトウゴと言われたが、ダリオには違いが分からない。キミヒコもパニックでトーゴと言っていた)を揺さぶっている。
テオドールは何故か悪霊を再生して爆発四散させるなど、意味不明行動に出た。
ホテルのスイートルームから、夜景を見下ろし、花火でも見るように涼しい顔で眺めているのだ。
つき合う前なら、サイコパスかよ、こいつ……とドン引きしただろう。つき合っているが、サイコパスかよ、こいつ……とダリオはやっぱりドン引きした。
愛があっても、ダリオは愛に相手の蛮行が見えなくなるタイプではない。
ダリオの心をまた『推測』したのか、テオドールが振り返った。改めて人間離れした恐ろしいほどの美貌である。
「僕は――少し駄々をこねてみただけです。あれが勝手に消滅しそうだったので、再構築してタスクを完了しました」
頼まれたことを完遂するために、サイコパスなことをしたと言いたいらしい。お、気がきくな! ありがとうな! とダリオが言うと思ったのか。
ダリオは死んだ魚の目で「ありがとう……」と述べた。
その、気持ちだ。気持ちが大事だろう。大事なのは、テオドールの気持ちと彼なりの譲歩への感謝、お互いの歩み寄り、そして落としどころなのだ。
それに結果として、現場はゲロモザイク会場になったが、みんなの命は助かった。よかったじゃねーか。ダリオは自分を納得させた。よく考えたら結果は悪くない。そうだよな!? と目の前で嘔吐、失神、狂乱している人々を見て、事態の回収に切り替えることとする。
「テオ、この人たちなんだが、お前が水饅頭になったら症状は治まるか?」
テオドールは口元に黒い皮手袋をはめた指先を当て、思料するポーズをした。まるで美しい彫刻のようだ。切れ長の目を伏せ、長いまつ毛が目元に陰影を落とし、名月もかくやという涼しげな気品がある。しかしダリオは知っている。人間で言うと、「人の金で食う焼肉は美味いな!」レベルのどうでもいいことを、もっともらしく考えているふりをする時のポーズがこれだ。テオドールは興味関心の薄い対象について、対処を考えないといけない場合にこのポーズを多用する。人間観察の賜物で、こうしていると摩擦が少ないと学習した結果らしい。
別にダリオはテオドールに人間を思いやれとは考えないし、そこは仕方のないことだ。
ただ、虫けらのように思っていても構わないから、社会の一員として生活していく以上、ご協力をお願いします! という気持ちなのである。
「……今更僕が、小さい僕の形態になったところで、『視た』ことは消えません」
テオドールは、明日の天気は晴れ、といった程度のことのように説明する。
「つまり、手足を切り落とした鉈を消しても、手足が切り落とされた状態は変わらないのです。一度気づいてしまったのならば、つながったチャンネルを閉ざしたところで、そのチャンネルの存在自体は『ある』と知ってしまったということになりますので」
よくわからねーが、今更水饅頭になっても駄目ということはわかった。
「ご安心下さい。乗り越えれば、その内慣れるでしょう」
「乗り越えられなかったらどうなるんだ?」
「さあ?」
わかりかねます、と涼しい顔だ。
お前本当に興味ねーよな、わかってたが! とダリオは額を押さえる。頭痛である。
「ダ、ダリオさん」
アリアラエルが声を上げた。
「えと、私、癒しの聖力を使ってきます! サポートでき、できることがありゅかと、思います、のでっ」
舌を噛んでいるが、この場で一番アリアラエルが力強い。
「わかりました。アリアラエルさん、俺も手伝えることがあれば」
「ダリオさんはっ、テオドールさんについて目を離さないでください! です!」
ダリオさんにしかできないので、お願いします! とアリアラエルは言い、白い修道服を翻して、救護に向かった。
悪霊誕生はなんとかなったので、護衛は不要、むしろ一番脅威となるテオドールを見張っていてくれということらしい。
「テオ、アリアラエルさんが手に負えそうにない人っているか?」
「……少し本体の方で、こちらから、僕が『観て』しまった人間がいます」
トーゴくんのことだよね!? とダリオは思った。
トーゴくん、様子がおかしいよね!? 無になってるが!?
テオドールはつけ加えた。
「人間の治療施設に長期間拘束すれば、あるいは」
いきなり最終回をぶち込んでくるんじゃねーよとダリオは思った。
「どうにかなんねーのか」
「どうにか……」
テオドールは柳眉を少し寄せ、困惑している。別にあれでいいだろうと思っているがゆえなのかもしれない。ダリオの思うどうにかと、漠然と投げられたどうにかに対するテオドールの解釈では深い齟齬がありそうだ。
「あー、えー、つまり、元に戻す。元の状態に戻すってェ寸法だ」
ダリオは口調がやや施設時代になってきた。
「それならばできなくもありません」
言葉を選び間違えると、テオドールの思う「どうにか」にされていたらどうなっていたのかわからない。
一応ダリオは釘を刺した。
「他人の血肉に執着するとか、余計なオプションはいらねーからな。元に戻すってのは、元に戻すってことだ」
頭痛が痛い、みたいなことを言いだしたダリオである。
「これまでダリオさんから忌避された性情は付加させないようにいたします」
「ほんと頼む」
テオドールはすたすたと歩いて行って、弟を正気に戻そうとしている兄キミヒコに「失礼」とまったく失礼と思ってなさそうに声をかけた。
「なんやァ!? ……ア……ぁえ……は、はひぃ……」
キミヒコは濡れ羽色の髪に白皙の美貌のテオドールを見るなり、ぱか、と口を開ける。そのまま完全に呆けて、抱えていた弟を取り落とした。ごとん、とトーゴが地面に頭をぶつける。おい! とダリオは慌てた。
駆けつけようとしたダリオに、先ほどから息を潜めて置物のように気配を消していたエイブラハム老が、ダリオの一張羅のスーツを握りしめて引っ張った。
「ま、待ちなさい。待って。待って欲しい」
エイブラハム老も舌が回っていない。
逃さないとばかり、肩もつかまれる。痛い痛い痛い、おじいちゃんなのに力が強い。
エイブラハムは手を外すと、はぁ、はぁ、と呼吸が荒いまま、懐から出したハンカチで、布を被った自分の額を拭う。
「あ、ああ、ダリオ君と言ったかね」
ロビーで自己紹介した時に覚えたのではなく、テオドールが呼んでいるのを聞いて口にした感が否めないが、ダリオは素直に返事した。
「はい、そうですが何か? 急ぎでないなら、俺はあちらに用が」
「い、急ぎじゃ!!! 大至急なのじゃ!!!!!」
エイブラハムは小声で喚くという器用な真似をしてみせた。むしろ、エイブラハム老からは、この火急に重要なことがわからんのか!? といった怒りすら感じた。
「あの方は……あの御方は」
言おうとして、エイブラハム老は落ちくぼんだしわがれ顔を枯れ枝のような手で覆い、再び額をハンカチでぬぐう。もはやハンカチはびっしょりだ。用をなしているのか謎である。
「おぬしにはわからんかもしれんが、あの御方は、我らが妖術師教団・山の長老派が創始よりあがめている尊き御方、神の化身、偉大なる存在なんじゃっっ」
唾を飛ばす勢いでまくしたてられ、ダリオはあっけにとられた。思わず、口から零れる。
「あいつ、そんなタマか……?」
「おま、おま、おまえ、なんという口を……い、いや、いやいやいやいや、しかしながら、あの御方はおぬしに何故か執心されておる。わしの存在など目に入らぬご様子じゃが、いやそれはごもっともなんじゃが、どうしてかおぬしのような凡人と円滑に会話されておるのじゃ。何故なのか本当にわからんが」
ところどころ失礼を織り交ぜてくるエイブラハム老に、ダリオはいつものやつ……と思った。むしろ傾倒している割に、エイブラハム老が正気を保っているのが珍しい気がする。テオドール――支配者を神(邪神)としてあがめている奉仕種族も異次元にはいると聞いていたが、この世界にもいたということのようだ。
「はあ、それはわかりましたが、あいつに聞いてください」
「あいつとはなんたる身の程知らずな……! いやそうではなくて、直接! 直接聞けるわけなかろうが!?」
え、さっき挨拶してたじゃねーかと思ったが、憧れのアイドルに「キャー!」と叫ぶのと同程度のことなのかもしれない。その後ふつうに話せるわけないでしょ! あんたバッカじゃないの!? とダリオは罵られている。
「あー、そうなんですね」
もういいかな、とダリオは思ったが、エイブラハム老はハンカチを握ったまま、もじもじと自分の十指をからませ、こう言った。
「つ、つまりじゃ。なぜかわからんが、おぬしはあの御方に目をかけられておる。ついては、御方に、教団の悲願として、橋渡しを――わしを紹介して欲しいわけなんじゃが」
「あ、すみません。忙しいのでまた」
ダリオはアシヤ兄弟の方に向かった。
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