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番外 二十六 退魔協会編

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 翌日、チームに割り当てられたのは、ゴールデントライアドの騎士ミルドレッド・ゴールデン卿ら、陰陽道芦屋家の兄弟、妖術師・山の長老派のエイブラハム一派、妖仙洞天連合のタイサイサイらである。各派の弟子なども合わせると、それなりに大所帯だ。
 アリアラエルによると、ダリオたちはゲスト枠で、特に何かしろということではないらしい。
「ええと、退魔協会と、オルドラ教会はあまり仲良くないので……例えると、別のマフィアのような」
「なるほど?」
 ということは、退魔協会が大物退治をして、他のマフィア連合であるオルドラ教会の幹部に「見せつけ」「マウント」するってことなのかね、とダリオは理解した。
 各退魔宗派のおびとが揃う中、もろに一般人ですと顔に描いたようなおどおど様子をうかがう青年が、ホテルの側に突貫で建てられた台座の上に座っている。
 依頼者はこの青年で、移民系財閥貿易会社の会長のひ孫らしい。会長自身も老体に無理を押して、付き人らとともに、車椅子で台座の下に心配そうに控えている。
 依頼者の青年は、グエン国にバックパッカーで訪れて以来、怪異に悩まされているという。
 レザースーツを着たゴールデントライアドの女騎士、ミルドレッド卿がリーダーを任され、「昨日説明があったとおりだが、改めて、情報を共有しておきたいと思う」と口火を切った。
「協会からの情報によれば、先月、彼が旅行先のグエン国において、七〇年前のグエン戦争慰霊碑を傷つけてしまった。それ以来、強姦されて銃剣で殺害されたり、井戸に投げ込まれ、手りゅう弾を落とされるなど、被害者になって何度も殺される悪夢を見るという。その上、現実に幻覚が拡大し、実際に周囲の人々に死人が出るなど被害が出ている」
 これは昨日チーム分けされた後、聞かされた内容でもある。ミルドレッド卿が促し、青年は青い顔で口を開いた。
「元々グエン国に旅行に行ったのは、曾祖父がグエン戦争に参戦したからで……慰霊のつもりで行きました。曾祖父は戦争に苦しんでいたので、せめて僕が代わりに慰霊で行けたらと思ったんです。ただ、こんなことになるとは……」
 眠れていないのか、顔色は青色を通り越して、もはや紙のように白い。
 ミルドレッド卿が更に続けた。
「依頼者は、お抱えの霊能者に依頼を試みたが、昨日諸君に見てもらった通り、四肢を曲げられた状態で遺体が発見されている。亡くなったのは、霊眼鏡のエレイン師だ」
 ざわ、っ、と改めて驚愕と恐れのようなものが弟子らしき退魔関係者たちの間に走った。業界ではかなり高名な人だったのかもしれない。
「協会は、複数の退魔師でことに当たるべきと判断した。曾祖父からひ孫でグエン戦争に関する筋が通るため、家系への呪いと見ている。ただし、妨害者にも呪いは感染する。我々も妨害者だ。呪いの大元を叩くにあたって、連中の『領域』を『開く』。ぞろぞろものが出てくるだろう。各派は連携して取り除いて頂きたい」
 話を聞いていた芦屋家のトーゴが片手をひら、と上げた。
「む、アシヤ家は何か?」
「大元の呪いが出てきたら、誰が倒す?」
「指揮を任された以上、私がと考えているが、異論があるならば受けつけよう」
「いや、ないね。ただ、あんたがしくじったら、二番手はアシヤが請け負う」
「いいだろう。他に異論はないか?」
 妖術師の一派、エイブラハム老が白いあごひげをしごきながら、「若い者に任せるとしようかの」と言い、妖仙洞天連合も、タイサイサイからは特に反対も出なかった。
 車椅子の老爺が、付き人に車椅子を押してもらいながら前に出て、
「皆さん、ひ孫をどうかよろしくお願いします」
 と、頭を下げた。
 ひ孫の青年も顔色は悪いながら、「じいちゃんはもう、お国の兵役で十分苦しんだんです……」とうなだれている。
 この様子を、アリアラエルとダリオたちは置物同然に見ていた。
 何しろ部外者ゲストである。
 ただ今回、ナサニエルは聖女として、何かしら派遣に危機感を覚え、ダリオをアリアラエルにつけた。正確には、ダリオを餌にテオドールを吊り上げたのだが、まあそこはいい。
 部外者とはいえ、一応気をつけておかないとな、とダリオは一歩どころか十歩は引いた位置で思った。


 退治としては恐らくオーソドックスにうまく行っていたのだろう。
 グエン国の村人たちの霊らしきものが、退魔関係者たち曰く、領域を開いたことでぼろぼろと出て来た。
「雑魚だな」
 そう言って、アシヤ家のトーゴらは札を指の間に挟み、アリアラエルいわく式神というを出しているし、妖術師たちは黒い手のようなものを地面から無数に呼び出した。ゴールデントライアドのミルドレッド卿たちは、光る剣のようなもので、バターでも切り裂くように、ばったばった霊を倒している。
 ダリオは部外者だ。
 部外者なのだが、なんだかな、と嫌な気持ちになる。
 出てくる霊たちは呪いだというが、みんな苦しそうだし、元々被害者じゃね? と変な気分だ。いや、実害が出ているし、現実に死人も出ているのだから仕方ないのか? どうもすっきりしねーんだが……と胃の腑あたりが痛むような心地がする。
 退魔関係者たちとて、しくじれば『死ぬ』のだから、何も言えねえか、とダリオはとりあえず黙っていた。
 とうとう大本の呪いとやらが出てきたのか、大きな苦悶と泣き顔の『女』の顔が形成される。
 ゴールデントライアドのミルドレッド卿が、「しからば、ごめん!」とこの巨大な顔を真っ二つに切り裂いた。
 が、割れたそれらがぼこぼこと断面を泣き顔と苦痛に歪めて叫び出し、ミルドレッド卿を両方から取り込もうとして、大きなあぎとのように、ばちん! と閉まった。
「ミルドレッド先生!」
 弟子のふたりが叫ぶ。
 トーゴとキミヒコのアシヤ兄弟に左右から呼び出された白虎の式二匹が、猛然と飛び掛かる。凄まじい金切り声が聞こえた。泣き女の顔をずたずたに太い四肢で切り裂く。
 あぃいい、あぃいい、と完全に制圧して、その泣き声は悲痛である。
 ダリオは、なんか……とやはり腑に落ちない。
「っ、は、よっわ、雑魚だな。おい、ゴールデンの姉ちゃん、無事か?」
「ああ……アシヤ家のおふたり、かたじけない」
 ミルドレッド卿は無事のようである。油断したと思ったのか、少し恥ずかしそうだ。
「ひとまず、これで討伐は……」
 言いかけて、ミルドレッド卿は固まった。
「あれ?」
 彼女の弟子が驚いたように、間の抜けたように言う。
「先生、それ……」
「!?」
 ミルドレッド卿が飛び退る。トーゴとキミヒコの兄弟ふたりも、一瞬あっけにとられたようだった。
 彼らの出した式の白虎が、ぐちゃぐちゃと咀嚼されている。
 咀嚼しているのは、依頼者の青年だった。白虎の霊体をわしづかみにして、笑いながら口に運んでいるのである。
「は?」
 キミヒコは理解が追いつかないようだったし、トーゴに至っては現実を拒否して叫んだ。
「あり得ない!」
 呪いの大元は断った。だから、あり得ない、という意味だったのだろう。
 妖術師エイブラハムと妖仙タイサイサイのふたりは、年の功か、距離をとって様子を見ている。
「タイサイサイ殿、霊眼鏡のエレイン師がやられたというのは、こちらですかなあ」
「であろ」
 そういうふたりも顔色が悪く、想定していたより相手が悪いといった状態だ。
「ひひ」
 と、依頼者の青年が四つん這いになって笑う。
「た」
 た の し か っ た な あ あ あ あ あ
 笑い出した。
 それからはあっという間だった。
 四つん這いになった依頼者の青年の動きは人間離れしており、ひひひひと笑いながら暴れ狂う。
 止めたところで、白虎に押さえつけられていた泣き女の顔が、やがて小虫がたかるように巨大な顔を空中に成形した。
 老爺の顔である。
 依頼者の青年の曾祖父の顔だった。
『づらがっだ、けど、女犯して殺すの は だ の し が っ だ な あぁ   あ      あ』
 この世の全てのおぞましいものを集めたら、こういう顔になるのか。
 そういう顔で、嗤っているのである。
 村人の霊や泣き女たちは、文字通りこの老爺のような悪辣な集合体に追いやられて出て来ていたのかもしれない。
 ぎゃ、とあちこちで悲鳴が聞こえた。台座は燃え上がり、周辺でも灯油をまいたように火の手が上がっている。顔からイボのように噴き上がったできものが潰れて割れ、中から出て来たものが退魔関係者たちを襲っているのだ。
 もはや阿鼻叫喚である。
 ダリオは意味が分からなかった。
 え、対処できねーのか? とダリオの方が驚いている。
 ダリオにとって、あまり珍しい光景ではなかった。というか、テオドールが来るまで割と日常茶飯事だったやつで、プロ集団なのでこういうのに慣れていて、困らないんだろうな、いいなあと羨ましがっていたのに、思っていたのと違う……? と動きが遅れたくらいだ。
 このレベルの怪異に、異空間領域で追いかけ回されるなどめちゃくちゃあったし、特に対処特殊技能もなく、毎回なんとか生還して来たクソ仕様である。
 いや、まだわからない。プロだし、対処できるだろ……できるよな? 
 段々ダリオはわからなくなってきて、アリアラエルに聞いた。
「あのこれって、大丈夫……ですよね? あの人ら、対処できますよね?」
「……できてませんね。えっと、このままでは、みんな、し、死にます」
 できてねーんだ……とダリオはさすがに青ざめた。のんびりしている場合ではない。
 テオ、と頭の上に乗った相手に、言いさした時だ。
「ぼーっとしてんな、どけっ」
 いやもうなんでこのタイミング……とダリオもさすがに思った。アリアラエル曰く、おんみょーどーではなく、陰陽道のアシヤトーゴが、ダリオを突き飛ばして、発火符を背後に投げ入れた。
 トーゴの名誉のために言うが、これは多分まあ事故だったのだろう。
 ダリオが突き飛ばされた以上、頭上のテオドールも、水饅頭形態だったので、ぽーんと飛んで、彼のポシェットに発火符が火の粉をまき散らしながら接触した。
 ぼっ!
 と凄まじい火力で。
 ――あ。
 ダリオは時間が止まったと思った。
 正直、ダリオは別に自作ポシェットに思い入れはない。ただ、テオドールはもうめっちゃくちゃ大切にしていたのである。
 ――ヤバイ。
 トーゴたちは、必死に死力を尽くして、退魔をしていただけなのだと思う。
 しかし、その理屈は、クソ糞DV気質種族、『支配者』には通じない。
 ダリオが、時間が止まったと思ったのは、実のところ比喩ではなかった。
 気づけば、しん、と音が消え去っていた。
 いつの間にか、玲瓏な月のような青年が立っている。
 白い面に、夜の闇よりも深い濡れ羽色の髪が額にかかり、すっと通った鼻筋、柳眉は愁いを帯びたように寄せられ、切れ長の目はけぶるような艶めいた長いまつ毛で、目元に陰影を落としている。
 薄く開いた唇の奥に、赤い舌が見え、富豪や闇社会の男や女が、足元にすがりついて、寵愛してくれ、と阿鼻叫喚になったこともあった。
 夜そのもののような青年は、愁眉を寄せ、手元の赤い小さなポシェットを黒い皮手袋の上に乗せて、じっと見つめているのである。
 そのポシェットは特に傷もついていない。
 だが、貴重な美術品が傷つけられ、専門家が検分でもするかのように、ほとんど無表情ながら青年は物案じ、悩まし気な雰囲気を醸している。
 オーダーメイドであろうハイブランドスーツは青年を引き立てても邪魔しない。
 なんというか、極端に強度に、場違いであった。
 す、と青年は、慎重に黒皮手袋に乗せたポシェットのほこりを払うようにした。
 それは、携帯フォンで画像加工をするように、クリアに美しくぴかぴかとなる。
 青年が何かしたことは明らかである。
 誰もかれもが息をつめていた。
 醜悪な悪霊――あるいは生霊でさえも。
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