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番外 十九 永遠までの距離
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巨大なテオドールの口が大きく開き、真珠色の犬歯、赤い舌先が伸びて、青年の手の内に握られた小さなダリオに影が落ちる。
どこからどう見ても、これから食べられる直前だ。
ふたりは、ほとんど人間の大人と幼児用の兵士人形くらいに大きさが違う。
青年の指を小さな手で握ったまま、ダリオはただ青年の方を見上げていた。
違う。
見つめ合っているのだ。
近づく距離に、小さなダリオの手が、青年の陶器のような頬に差し延ばされ、そっと触れる。それはまるで、巨大なテオドールの方が壊れ物かのように優しく触れる手つきだ。
小さなダリオの方が、テオドールの力加減一つで、手中に握り潰されてもおかしくないにも関わらず、お互いの立場が逆のように、そうっと触れている。
小さなダリオと巨大なテオドールは甘く視線を絡ませ、最後まで。
ダリオはテオドールを見つめていた。
恐らく、幻覚の一種ではあったのだろう。それから、たべないです、たべない、たべない、ぼくはだりおさんをたべないです、と真っ暗な闇の中でたくさんテオドールの声が注がれて、ああ、わかってるよ、とダリオは返事した。
以前、人間でいうところの破壊衝動とか食欲に似たものを抱えていると聞いたことは覚えている。
あるいは、白スーツの言ったように、同化したいのかもな、とダリオは推察していた。究極のお世話形態は、支配者が花を取り込んでお世話することだと言っていたから。
テオドールもそうしたいのかもしれない。そして、そうしたいのと同じくらいに、あるいはそれ以上にそうしたくないのかもしれない。
先ほどの幻覚はたぶんそういうことで、否定の声もまた紛れもない本心なのだろう。
そう思ったところで、意識が浮上した。
「ぁ、え……?」
まるで白昼夢から現実に目が覚めたようだった。本体のテオドールと交わるにも段階的なものがあって、相手の気持ちが伝わってくる意識が混線するような状態から、自分の肉体に引き戻されたのだ。
気づいたら、テオドールの領域ではなく、寝室のベッドの上で、仰向けになり、大きな子どもに圧し掛かられるよう青年に覆いかぶさられ、ぜえぜえと息を荒げていた。
なんかこう、色々チートデーで無茶苦茶したら、最後らへんぶっ飛んで、テオと意識混線したっぽい、とダリオは天井を見上げながら理解する。自分の経験や視聴覚に合わせて、混線した意識はあのように再現された。そう考えられるのは、それこそ相手の気持ちや知識が流れ込んできた名残と思われる。
まあ、一番のぞかれたくない大事なところはガードされてたかな、オブラートに包んでああいう感じ、と目が泳ぐ。テオドールにしてみれば、あれは漏らすつもりがなかったのだろう。しかし、うっかり漏れて共有してしまったので、食べない、と焦って繰り返し否定してきたのだ。ダリオは息を乱しながら、テオドールの背中に手を回して、ぽんぽんと叩いた。
「わかってるよ、わかってる」
俺ほんとうにわかってんのかな、という自問もありながら、青年の頭を片手で抱えて伝えた。
「あのさ、テオが俺を食うとか食わねーとかわかってるわけじゃなくて。俺がわかってんのは、テオが俺のこと大事にしたいと思ってくれてるのは伝わってるからさ。実際そうしてくれてるだろ」
な? と艶のある髪を撫でて言い聞かせた。具体の行動を伴ってなされたことがすべてだ。この青年に、破壊衝動や捕食衝動があったところで、そりゃあまあ、あるもんはあるんじゃね? とダリオは思う。否定したところで、あるものは既にあるのだから、そういうものとして認めるしかない。
圧し掛かっていたテオドールが顔を上げ、長いまつげの陰影の下、青ざめた顔でダリオを無言に見つめた。眉が下がり、「……、……」と青年なりにショック状態に見受けられる。
「……たべないです」
ダリオの方こそ目じりを下げた。
「ああ」
この間から、ドナーの件といい、寿命問題勘違いの件といい、今回の食欲映像化暴露といい、テオドールはけっこうショックなのかもしれない。
「困ったな」
テオドールが青い目をわずかに見開くので、そのまま後頭部を片手でシーツに下げさせ、
「俺の可愛い人が、本当にかわいいんで困ったってことだ」
ダリオはテオドールの首筋に唇を押し当て、彼の髪やうなじを撫でながら、かわいくて仕方ないのと慰めるのとで、キスした。
「よしよし、びっくりしちゃったんだな。違う? うん、そうなんだな。そうかそうか。こないだから、色々驚いたり、ショック受けたり、大変だったよな。せっかくのチートデーだったのに、ごめんな。もっかいこっちで仲良くしよっか」
テオドールは泣いていなかったが、ほとんど同じようなもので、じいっとダリオを見下ろして、今度は唇へキスしてもらうままに任せている。いやらしくない、親愛のバードキスだ。ただまあ、いやらしくなっても全然問題ねーけど、と頭の片隅で思う。しかし、テオのメンタルケアが先、とダリオはこの青年を甘やかした。
テオドールは譲ってくれたが、本当は気の遠くなるくらいの永遠を一緒に生きようと、そうするつもりで張り切って、浮かれぽんちになっていたのに、ダリオが最悪の形で台無しにしたのだ。
いっぱい我慢させてるよなと思って、チートデーを実施したら、窯の蓋がうっかり外れたのか、隠していた欲望をダリオに共有してしまうし。
踏んだり蹴ったりとはこのことだろう。
泣いちゃうよな~、とダリオは青年に腕を回したまま、ちゅ、とまたキスする。
俺の可愛い人、可愛い人外。
もうなんでもしてあげたい。だってテオはそうしてくれてるじゃねーか。ダリオだって、青年を喜ばすためなら、なんでもしてあげたい。上からだけど、奉仕したいのではなくて、与えられたように、与えたいのだ。でもそうしたら、やっぱり俺、多分ぶっ壊れるよなあ、と改めてダリオは認めた。ならば、できるだけ長く壊れないようにこちらも努力し、人生設計をやり直して、勉強しないといけないだろう。
一人だろうと、二人だろうと、長くを正気で過ごせるように。
ダリオは決める。
それからこの後、ふたりはとても仲良くしたので、好きなものを好きなだけ食べられる。確かに今日はチートデーなのだった。
どこからどう見ても、これから食べられる直前だ。
ふたりは、ほとんど人間の大人と幼児用の兵士人形くらいに大きさが違う。
青年の指を小さな手で握ったまま、ダリオはただ青年の方を見上げていた。
違う。
見つめ合っているのだ。
近づく距離に、小さなダリオの手が、青年の陶器のような頬に差し延ばされ、そっと触れる。それはまるで、巨大なテオドールの方が壊れ物かのように優しく触れる手つきだ。
小さなダリオの方が、テオドールの力加減一つで、手中に握り潰されてもおかしくないにも関わらず、お互いの立場が逆のように、そうっと触れている。
小さなダリオと巨大なテオドールは甘く視線を絡ませ、最後まで。
ダリオはテオドールを見つめていた。
恐らく、幻覚の一種ではあったのだろう。それから、たべないです、たべない、たべない、ぼくはだりおさんをたべないです、と真っ暗な闇の中でたくさんテオドールの声が注がれて、ああ、わかってるよ、とダリオは返事した。
以前、人間でいうところの破壊衝動とか食欲に似たものを抱えていると聞いたことは覚えている。
あるいは、白スーツの言ったように、同化したいのかもな、とダリオは推察していた。究極のお世話形態は、支配者が花を取り込んでお世話することだと言っていたから。
テオドールもそうしたいのかもしれない。そして、そうしたいのと同じくらいに、あるいはそれ以上にそうしたくないのかもしれない。
先ほどの幻覚はたぶんそういうことで、否定の声もまた紛れもない本心なのだろう。
そう思ったところで、意識が浮上した。
「ぁ、え……?」
まるで白昼夢から現実に目が覚めたようだった。本体のテオドールと交わるにも段階的なものがあって、相手の気持ちが伝わってくる意識が混線するような状態から、自分の肉体に引き戻されたのだ。
気づいたら、テオドールの領域ではなく、寝室のベッドの上で、仰向けになり、大きな子どもに圧し掛かられるよう青年に覆いかぶさられ、ぜえぜえと息を荒げていた。
なんかこう、色々チートデーで無茶苦茶したら、最後らへんぶっ飛んで、テオと意識混線したっぽい、とダリオは天井を見上げながら理解する。自分の経験や視聴覚に合わせて、混線した意識はあのように再現された。そう考えられるのは、それこそ相手の気持ちや知識が流れ込んできた名残と思われる。
まあ、一番のぞかれたくない大事なところはガードされてたかな、オブラートに包んでああいう感じ、と目が泳ぐ。テオドールにしてみれば、あれは漏らすつもりがなかったのだろう。しかし、うっかり漏れて共有してしまったので、食べない、と焦って繰り返し否定してきたのだ。ダリオは息を乱しながら、テオドールの背中に手を回して、ぽんぽんと叩いた。
「わかってるよ、わかってる」
俺ほんとうにわかってんのかな、という自問もありながら、青年の頭を片手で抱えて伝えた。
「あのさ、テオが俺を食うとか食わねーとかわかってるわけじゃなくて。俺がわかってんのは、テオが俺のこと大事にしたいと思ってくれてるのは伝わってるからさ。実際そうしてくれてるだろ」
な? と艶のある髪を撫でて言い聞かせた。具体の行動を伴ってなされたことがすべてだ。この青年に、破壊衝動や捕食衝動があったところで、そりゃあまあ、あるもんはあるんじゃね? とダリオは思う。否定したところで、あるものは既にあるのだから、そういうものとして認めるしかない。
圧し掛かっていたテオドールが顔を上げ、長いまつげの陰影の下、青ざめた顔でダリオを無言に見つめた。眉が下がり、「……、……」と青年なりにショック状態に見受けられる。
「……たべないです」
ダリオの方こそ目じりを下げた。
「ああ」
この間から、ドナーの件といい、寿命問題勘違いの件といい、今回の食欲映像化暴露といい、テオドールはけっこうショックなのかもしれない。
「困ったな」
テオドールが青い目をわずかに見開くので、そのまま後頭部を片手でシーツに下げさせ、
「俺の可愛い人が、本当にかわいいんで困ったってことだ」
ダリオはテオドールの首筋に唇を押し当て、彼の髪やうなじを撫でながら、かわいくて仕方ないのと慰めるのとで、キスした。
「よしよし、びっくりしちゃったんだな。違う? うん、そうなんだな。そうかそうか。こないだから、色々驚いたり、ショック受けたり、大変だったよな。せっかくのチートデーだったのに、ごめんな。もっかいこっちで仲良くしよっか」
テオドールは泣いていなかったが、ほとんど同じようなもので、じいっとダリオを見下ろして、今度は唇へキスしてもらうままに任せている。いやらしくない、親愛のバードキスだ。ただまあ、いやらしくなっても全然問題ねーけど、と頭の片隅で思う。しかし、テオのメンタルケアが先、とダリオはこの青年を甘やかした。
テオドールは譲ってくれたが、本当は気の遠くなるくらいの永遠を一緒に生きようと、そうするつもりで張り切って、浮かれぽんちになっていたのに、ダリオが最悪の形で台無しにしたのだ。
いっぱい我慢させてるよなと思って、チートデーを実施したら、窯の蓋がうっかり外れたのか、隠していた欲望をダリオに共有してしまうし。
踏んだり蹴ったりとはこのことだろう。
泣いちゃうよな~、とダリオは青年に腕を回したまま、ちゅ、とまたキスする。
俺の可愛い人、可愛い人外。
もうなんでもしてあげたい。だってテオはそうしてくれてるじゃねーか。ダリオだって、青年を喜ばすためなら、なんでもしてあげたい。上からだけど、奉仕したいのではなくて、与えられたように、与えたいのだ。でもそうしたら、やっぱり俺、多分ぶっ壊れるよなあ、と改めてダリオは認めた。ならば、できるだけ長く壊れないようにこちらも努力し、人生設計をやり直して、勉強しないといけないだろう。
一人だろうと、二人だろうと、長くを正気で過ごせるように。
ダリオは決める。
それからこの後、ふたりはとても仲良くしたので、好きなものを好きなだけ食べられる。確かに今日はチートデーなのだった。
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