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番外 十四 魔女の家事件 ダリオの家族編
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しおりを挟むダリオの事情聴取は、そもそもどうして犯人に辿り着いたか、そのあたりの聞き取りになった。
ゴーストのルーナの話などしても信じてもらえないだろう。
警察分署の一室で、ダリオはあらかじめ用意していたストーリーを説明した。
大学講師のヤンから、被害者の発見場所や日付のメモをもらっていたのは刑事も知っていたから、導入については問題ない。第一被害者の発見されたグレート・ネックを調べていたところ、犯人の家の一階窓から、異父妹とよく似た女児を見かけて通報したと言えばあっさり納得してくれた。パティスリーの件については、たまたま目に入った店に入って、お菓子の家のケーキをたまたま気に入って、たまたま店主と意気投合して、たまたま予約日付の話が出て、とだいぶ苦しかったが、仕方ない。
「そんなラッキーなこともあるんですねえ」
若い方の刑事は呑気にそう言って、血が引き合ったのかもですねとコメントしていた。なお、年かさのリーゼント刑事は「なるほど」と穏やかににこにこ笑いつつ、含みがある様子ではあったが。
「被害児童の死亡推定日前後と、パティスリーのお菓子の家ケーキの予約状況、ご遺体の胃の内容物についてはこちらでも突き合わせさせてもらいます。情報提供ありがとう」
「あ、いえ、はい……」
曖昧に頷いたダリオに、それから、とリーゼント刑事はつけ加えた。
「これはひとりごとなんですが……犯人なんですがねぇ、家の中でも女児相手に若い女性のかっこう……女装をしていたようでしてね」
「は、はあ」
老婆のかっこうをしていたのではないのか。あ、女児を攫う時は警戒されにくい老婆のかっこうで、犯人は本来若い女のかっこうをするのが性癖だったのか、と推測する。
ちなみにダリオは、女装について、過度の露出でもなければ、ふーんで終わる方だ。何しろ、自分がミニスカートメイドで、オプションに獣耳や尻尾をつけて、看板を持ち、往来で呼び込みをしている。それもどうなんだ。トイレはさすがに男性トイレを利用するが、別に公序良俗の範囲で好きな格好をすればいいと思う。
「ヤン先生にうかがったんですが、オートガイネフィリアというんですかな。男性が、自分を女性だと想像すること、もしくは女装などの行為で、女性化することによって、性的興奮を得る性的嗜好、性倒錯の一種だそうです」
「えーと俺もひとりごとなんですけど、犯人はそのオートガイネフィリアだったんですか?」
ダリオ自身はアルバイトで女装するが、女性化することで興奮を得るようなことはない。あ、でも男性用えっちな下着をテオドールに着せてもらって興奮したな、と微妙な気持ちになった(ダリオ以上にテオドールが珍しく興奮しまくっていたが)。しかし、自分ひとりで着脱した時はがっくりしたから、やはりその嗜好はさほどないのかもしれない。あるいは、人間の嗜好、性癖というのは、きっぱり白黒でゼロと百に二分されるものではなく、まだらに濃淡を帯びたグレーの境界に人々はいるのかもしれなかった。
「ええ。その女装癖による性倒錯ですが、過去の被害女児に対して、自分も女児という自認状態で、レズビアンとして強姦を試みたようです」
「……はあ?」
というか、俺これ聞いちゃっていいやつか? とダリオは困惑する。
「まあ、ダリオさんも困惑されとるとおり、ペニスを使って強姦しとる時点でレズビアンもなんもないですが。当事者に失礼、いや侮辱に値するというものでしょう」
「そうですね……」
リーゼント刑事は明らかにひとりごとを逸脱してきているが、ダリオも相槌を打った。
「だいぶ混乱されてますね」
ダリオとしては、話の着地点これどこだという気持ちだ。
「老婆の特殊メイクマスクと違い、家の中で女児の装いをする際は、念入りにメイクをしていたようでして。こちらのコスメ? というのですかな、真珠粉を使った特別製のものをおしろいで使っていたようなんです。第一被害者のルーナちゃんが、こちらをどういうわけが飲み込んでいましてね」
「あ……胃の中に?」
「ええ。抵抗して噛みついたのかもしれませんし、その辺りはわかりませんが……まあ、家宅捜索もしてますし、言い逃れはさせませんよ。大陪審にもちこんで全事件起訴させます」
「はい」
神妙に頷いたダリオは、ところで、とリーゼント刑事の次の言葉に顔を上げた。
「老婆の特殊メイクマスクの話は、特に気にかからず、ふつうに聞き流されたようですが、ご存じでしたかな」
「……」
あ、とダリオは誘導尋問に引っかかった自分を自覚し、硬直した。
老婆の話は、ゴーストのルーナに聞いたから知っていたことで、犯人の家の外から通報して待機していただけのダリオには知り得ない情報である。
「ま、そこは追求しません。長いこと刑事やってますと、ダリオさんのような方にも伝手ができますので。あ、もし大学卒業後、こっち方面のコンサルタントでもされるようでしたら、おねがいすることもあるかもしれませんな」
「……あー、はい。ありがとうございます……?」
内心ダリオは冷や汗ものである。ダリオの周囲には変なおじさんたちも多いが、なんだかんだ彼らの方が上手で、まだまだ自分は経験が足りない。詰めが甘いのだ。
多少自分にがっくりしながら、ダリオは警察を辞去した。夜も遅いし、ルーナのところには明日行こう。
去り際に、リーゼント刑事が「刑事もいいかもしれませんよ。ダリオさん向いていると思います」などと言ってきて、今年の勧誘二件目のダリオである。
正直ダリオは、食っていくことが一番で、自分が何をしたいとか、何になりたいとかは二の次だった。
公認会計士を目指しているのも、資格はあくまで箔付けのようなもので、資格それ自体に意味はない。会計系はどこでも仕事があると思ったからだ。
ほんとうは。
ダリオは昔から武道をやっている。アルバイトや学業で忙しく、練習が難しくなっても、どうにかぎりぎり細々と続けてきたのは、未練のようなものだった。
なぜなら、子供の頃、ダリオは警察官になりたかったからだ。犬のテオドールと一緒に事件を解決する! と思っていた。今側にいるのは、犬のテオドールではなくて、人外のテオドールだけれども。
ちなみに、イーストシティの警察官は給料も悪くない。特に軍隊経験者や武道系の資格保持者は歓迎される。ダリオは運動能力もそこそこいい方だし、体格もよい。学業もしっかりやって来た。問題のある人物を弾くための心理試験に受かれば、恐らく合格できるだろう。
だが、連邦は銃社会で、登録制とはいえ、民間人の銃保有率も高い。警察官の殉職は年間百名前後、勤務中に命を落としている。イーストシティは連邦で一番警察の殉職が多く、去年は一四名亡くなっていた。
安定を望むなら、どう考えても会計系だ。
「ダリオさん」
分署の外でテオドールが待っていた。夜のイーストシティは冷えるからと、またどこから出したのか薄手のコートを着せられる。礼を言いながらダリオはテオドールを見上げた。
「テオは事情聴取あったのか?」
「いえ」
しれっとした回答とそのうつくしい横顔に、なんかまた人外美貌か特殊能力で有耶無耶にしたんだなと思ったが、それこそ深く追及しないダリオだった。
二人並んで歩きながら、テオドールが報告する。
「ダリオさんの小さい血縁者は現在イーストシティ病院にいます。ご指示どおり、女性の大きい血縁者が病室に入った時点で眠りを解除しておきました」
「ありがとう。母さんが来てからの方が、グ……その、彼女も安心だろうしな」
横に並ぶテオドールも、周囲に溶け込むためか、高そうなコートを羽織り、首にワインカラーのウールストールを流している。
夜の往来を、人々がこの青年に視線を釘付けにされながら、呆然と振り返る光景はいつものやつである。
不意に、テオドールが淡々と口にした。
「ダリオさんは、小さい血縁者の名前を呼ばれませんね」
「う、うーん……なんか躊躇する。状況が落ち着いたら、心理抵抗が……」
ダリオは少し黙ってから、は、とつめていた息を吐いた。少し落ち着きを取り戻す。
「ま、今後会うつもりもねーし、いいや」
さすがにもう五歳児から目を離さないし、よく言い聞かせるだろう。テオドールが、じ、と凝視してくるので、今回色々世話になったこともあり、ダリオは心情を告げることとした。
「テオがどこまで把握してるのかわかんねーけど、母さんとは相性が悪くて。父親ともだけどな。どっちも情緒がこう……乱高下が激しい人たちでな」
ダリオは肩をすくめた。
「優しい時もあるんだが、急に言うこと変わったりするタイプというか……いやそれはまあとにかく、今後関わる気ないんだ。グ……グレーテ? って子にも悪いけど、俺がしゃしゃり出るとまた母さんと揉めるだろうし、母さんも、娘はそこそこかわいがってるみたいだから、今後もノータッチだ。って、わけで、前回、テオの妹さんがテオに会いたいようならとりなししてやるって勝手に言ってごめんな」
テオドールはわずかに目を見開いた。
ダリオは気まずくなって、下を向く。
「家族だからって仲良くする必要はねーよ。真面目に相性あるからな。母さんだって、親向いてねえとは思うけど、俺と、い、妹? で、平等に愛せなんてそもそも無理だし。俺だってそう。合わねーやつもいれば、合うやつもいる。でも合わねーからって、暴力ふるったり、理不尽なことはしない。父さんも母さんもそれができねーから、嫌な奴だって思ってる。母さんはまだしも、父さんは、犬のテオ……蹴ったし……消耗するから恨んでねーけど許す気ねーし。親でも、嫌な奴だったら仲良くしなくていい。他にもいい人たちはいっぱいいるから、俺もう成人してるし、別に困んねーしな」
ダリオは早口になった。
「ダリオさん」
しばらく黙って聞いていたテオドールが、ダリオの名を呼んだ。
ダリオは地面の方を見たまま歩き、顔を上げられない。犬のテオドールがどうなったか思い出して、唇を引き結んだ。ダリオがやられているのを見て、テオドールは海軍上がりの父親に嚙みついた。目の前で蹴り飛ばされたテオドールに、ダリオは慌てて駆け寄ったが、きゅんきゅん鳴いて、酷く弱ってて、それなのに立とうとしていて……ダリオをかばおうとしていた。また蹴ろうとされ、ダリオは父親に殴りかかったが逆にぶっ飛ばされた。
「ダリオさん」
テオドールが珍しく何も許可を得ずに、ダリオの手を握った。
「帰りましょう」
もう帰ってるところだが、テオドールはそう言った。
「……うん」
ダリオも握り返す。
お菓子の家のケーキを追って行ったら、異父妹を見つけて、彼女は母のいるおうちに帰れたけれども。
おとぎ話のように、帰り道の目印にまいたパンくずを小鳥に食べられたからではないが、ダリオはそこには一緒に帰れない。帰らない。
ダリオの家族はテオドールだ。生まれた場所は選べなかったが、自分で家族になりたいと選んだ青年はテオドールだった。彼といっしょにいる。
ダリオは、ぎゅっ、ともう一度青年の手を握った。ゆびのすきまを、青年のゆびが絡んで、優しく握り返してくれる。まるで、心ごと抱きしめるように。
ほんとうはダリオは何か言いたかったけれど、喉につかえて、結局口にすることができなかった。
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