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番外 十四 魔女の家事件 ダリオの家族編

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 “Candy House(お菓子の家)”というパティスリーに入ると、ルーナの言っていたお菓子の家のケーキとやらが店の一角に飾ってあった。
 マカロンの屋根、チョコレートのドア、クッキーの壁、生クリームでデコレーションされ、ホワイトチョコレートの樹木が家を囲んでおり、とんがり帽子をかぶった魔女と、男の子、女の子の砂糖菓子が添えてある。
「これ、実物じゃねーな」
 合成樹脂の見本のようだ。
 テオドールを見て、パステルカラーのエプロンをまとった売り子はしばらくぼーっとしていたが、カウンター越しに詳細を尋ねたところ、予約商品らしい。
「あ、あっ、ご注文いただければ、最短三日でご用意できます」
「へえ、結構早く作ってくれるんですね」
 バースデーケーキでも一週間前には予約推奨されているのに、はやいもんだなとダリオは驚いた。
 テオドールがカウンター前のダリオの横に並ぶ。
「市販の材料でも作れる簡易なものですね。必要なのはスポンジと接着部位などにつかう生クリームくらいでは?」
 優雅な口調で、おい、と言いたくなるような感想を平然と口にしている。しかし幸いなことに、売り子はテオドールに見蕩れて、暴言を吐いているのは頭に入ってこないらしい。
「んー、まあとりあえず、ルーナちゃんに聞いたケーキと一致するっぽいな」
 ルーナが生前に、犯人から食べさせられていたケーキは恐らくこれだろう。
 ダリオは売り子に質問した。
「あの、このお菓子の家のケーキって最近予約した人います?」
「あ、あっ、はい。き、昨日一件、ご予約ッ、いただいていますね!」
 他に、最近予約は受けていないらしい。ダリオは大学でヤンからもらったメモを見て、この辺の日付で過去にも予約入っていたら状況証拠にはならないだろうかと思った。
 少なくとも、昨日予約した人の名前と住所、風体などは知りたい。
 どうやって聞き出そうか悩んだが、テオドールが前に出て、愁眉を悩ましく寄せた憂い顔に、艶のある声で聞いたら、奥から出て来た店主が喜んで教えてくれた。いいのか。個人情報ガバガバである。
「き、きのう、お電話予約でぇッ」
 店主はいかつい熊のような髭もじゃの男性だったが、声が完全に裏返って、凄い勢いで協力してくれた。本当にいいのか。おまけに過去の予約表まで出してきてくれ、ざっと目を通すだけでも大きな収穫があった。
「……ヤン先生のメモの日付近辺を見ても、前後で同じ人物が予約しているな」
 どうやら犯人は、攫った女児を殺す前に、お菓子の家を食べさせているらしい。
 なんだか儀式めいている。
 お菓子をたっぷり腹に詰めさせて、犯して、殺して、水中に沈めて証拠隠滅しているわけだ。
 ダリオはへきえきとしたし、気分が悪くなった。


 パティスリーを出て、判明した住所へ向かう道すがら、ダリオは見解を述べた。
「……水死体が溺死かどうかの壊機試験――プランクトン検査をしてるなら、胃の内包物も記録してるだろうし、このお菓子の家と成分一致すれば、ある程度証拠になるかもな。その辺は警察に任せるか」
「ダリオさんは警察に任せられるつもりなのですか?」
「ん、ああ。もう半ばこいつが犯人だろと決め打ってるけど、そうしねーと、今回の件だけとっちめても、他の被害者の件まで俺じゃ手が回らねーし。ルーナちゃんもきちんと白黒つけて、うちに帰してやりてーしな」
 メモした住所の一軒家に辿り着くと、二階の窓はしっかり厚手のカーテンが引かれているのが外から確認できた。
「……テオ、中の様子わかったりするか?」
「はい。……成人男性一名と、五歳程度女児が一名、後者はダリオさんと血縁関係がありますね」
「……無事か?」
「今のところ、性暴行含め、危害は加えられていないようです。肉体に損傷が見られません」
「はあ……そ…っか」
 ダリオは外壁にもたれると、そのままずるずる滑り落ちるようにしゃがみ込んだ。顔面を膝の間に伏せるようにして、しばらくうなだれてしまう。
 精神的に疲労が凄まじい。
 さすがに五歳の子どもがレイプされていたら、しかも異父妹とか、エグ過ぎる。無理だ。悪い予想をなるべく前面に押し出さないようにしながら動いていたダリオである。テオドールの言葉に安堵が後から追いつくと、力が抜け、座り込んでしまったのだった。しかしいつまでもそうしてはいられない。
 こういう時テオドールは余計なことを言わない。ダリオが落ち着くのを待って、次のように提案した。
「ダリオさん、外から中の男を爆破することもできますが」
 いつもの過ぎた。これこそ無理に過ぎる。
「テオ、ほんとぶれねーよな……やめてくれ。あー、それより、無害化できねーか? グ……ええと、女の子の方も寝かせるとか。安全に」
「可能です。すぐ実行しますか?」
「ああ。いつ危害加えられるかわかんねーし。今頼む。ただ、安全にお願いします」
 テオドールは少し首を傾げた。
「両方とも寝かせます――寝ました。ダリオさんがいいとおっしゃるまで目覚めません」
「助かったよ。ありがとう。警察に通報するわ」
 携帯フォンの電話アプリを起こしながら、テオドール万能過ぎる、とダリオは思った。
 日中、連絡先をくれていた刑事たちでいいだろう。
「ダリオ・ロータスです。グレート・ネック地区の――アベニュー……にいるんですが」
 簡単に経緯を述べ、通報した。
 サクサクと簡単に特定できたようだが、これもルーナの証言があったがためである。生き証人がいなければ、通常はこれほどスムーズにはいかないだろう。
 それからすぐにイーストシティ警察が来て、犯人を捕まえた。
 異父妹のグレーテもぐっすり寝ているところを無事保護したようだ。
 ダリオも警察署で事情を聴取されることになったが、その際にルーナの母親も来ていた。警察の方で、被害者遺族に再度調査が入っていたらしい。彼女はルーナの遺影を持ち込んでおり、涙していた。
(全然怒ってねーじゃん)
 怒ってるとしたら、犯人にだ。殺された我が子――ルーナにはひとつも。ひとつだって、怒っていないのだった。
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