俺の人生をめちゃくちゃにする人外サイコパス美形の魔性に、執着されています

フルーツ仙人

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番外 九 甘える?

2 絵画の男編

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 ギャラリーストーカー事件がひと段落して、お礼にはならないが、有志でお花見をすることになった。スカーレットやミナも来るようだ。
 スカーレットファンの面々はとても喜んでいた。
 ダリオは学業とアルバイト関係が立て込んで、当日遅れて到着した。手土産の酒を顔見知りの武道サークルの部長に渡すと、みんな酒ばかり持ってくるんだよなーと笑われた。
「ダリオ、なんか寝てねーって顔してんぞ」
「うーん……」
 ふだんは問題ないが、深夜アルバイトで寝ていない。
「おい、もういいから、これ食って寝ろ!」
「こっちも食べとけー」
「ほい、お水」
 あまりにへろへろしているので、先に騒いでいた者たちから、「これ食べて、その後いいから、寝ろ、寝ろ」と横になるよう言われる。ダリオ以外にも、ダウンして寝ている者もいたので、かなり自由だ。酒のせいではなく、同じく疲労組らしい。みんな忙しいんだなー、体を大切にしてくれーとダリオは間延びしたよう口にし、「ダリオくんもでしょ!」「お前が言うな!」と複数人から指摘を受けた。
「だいぶ疲れてるなー。ご飯も無理して食わなくていいんだぞ。寝るなら、あのへん空けてるから」
「ありがとう、じゃあ、来たばっかりだがそうさせてもらう」
 ダリオも、あれこれ差し出されるものを少し胃に入れてから、ひと眠りすることにした。
 目をつぶっても、皆の喧騒が近くなったり遠くなったり、心地よく聞こえてくる。ああ、みんな楽しそうだ。いい人たちだ、と思う。ギャラリーストーカーの件も、彼らの協力で解決した。
 風が気持ちいい。ダウンジャケットを枕に埋もれながら、まぶたの裏に柔らかな春の日差しと、人々の楽しそうな声を肴に、ダリオはうつらうつらとする。
 何か喋っているが、意味をなさない会話が聞こえる。
 視界は暗く閉ざされていく。音が遠ざかる。どっと笑い声。それも小さくなる。
 現実と夢が境をなくしていく。


 黒いふたつの影が、シーソーを漕いでいる。
 うん? とダリオは謎に思った。
 子供がふたり、シーソーを漕いでいる。
 キーッ、パタン。キーッ、パタン。
 音が聞こえる。
 段々意識が落ちてくる。
 靴先が見える。
 黒いブーツの靴先。
 キーッ、パタン。キーッ、パタン。
 コートのシルエットが翻る。
 キーッ、パタン。キーッ、パタン。
 あれは……モッズコートだ。
 キー…………バタンッ
 大きな音がして、扉が閉まった。いつの間にか扉の内側にいる。
 内側? は? 外にいたはずなのに、なんでだ、とダリオが思った時には、世界は反転し、彼は見知らぬ部屋で椅子に座っていた。
 真っ暗だ。外は真っ暗で、桜の花が白く咲いている。
 十字に切り取られた窓枠の前に、モッズコートの黒い人影が、十指を合わせて三角を作るようにし、前傾姿勢でパイプ椅子に座っていた。
 あー……と額を押さえたくなる。久しぶりだ。テオドールが現れてから、ほぼこういうことはなくなっていたので、この空気に体が追い付いていない部分がある。だが、頭は急速に以前の感覚を取り戻して冷えていく。
「……誘拐か?」
 ダリオはつとめて冷静に尋ねた。
 ここ最近なかったものの、突如怪異に見知らぬ空間に連れ込まれるのは、初めてではない。
「すぐに返すさ。悪いな」
 ちっとも悪びれない声で、影は言った。シルエットも声も若い男性のものだ。
「俺は、そうだな……『ランナー』と呼ばれている。『絵画の男』とか。まあ好きに呼んでくれ」
 モッズコートの男でいい気がする。とりあえず、話はできそうなタイプだ。ダリオは目を細めた。話が通じるなら、ぐっと生存率はあがる。相手の要求は何か。
 ダリオが挨拶を返さないので、影は両手を上げた。
「無理やり連れて来たのは悪かった。ただ、害意はないんだ。すぐに返すよ」
「要件は?」
「キミ、けっこうせっかちだな」
 余計なお世話過ぎる。誘拐犯よりマシだ。
「キミに俺は個人的な事情で興味があってな」
 ダリオは眉をひそめた。影は苦笑したようだ。
「様子を観察したいんだが、困っているように見えたので、急遽カウンセリングルームを設置してみた。ああ、キミらの事情はあらかた知っている。俺のことはごみ捨てボックスと思って、色々整理に役立ててほしい」
「はあ?」
 一方的過ぎる。さすが怪異だ。だが、要望を聞かないと返してもらえそうにもない。しかも別に語ったところで、ダリオもさして困らない案件だ。
「俺が困りごとをアンタに話せば、アンタは満足というわけか?」
「ああ。おおむね間違っていない。できればキミの困りごと解決に寄与できればと思っているよ」
 よくわかんねー怪異だな。変態か。ダリオは思ったがさすがに言わなかった。逆上されても困る。
 絵画の男は笑った。
「恋人への甘え方で困っているんだろ? 相談に乗るよ」
「……意味が分からんが、他人の恋愛相談が趣味なのか?」
「まあ、当たらずとも遠からずだ。俺は恋愛沙汰で、首を切られてしまってな。どうしたら回避できたんだか、ずっと考えている。なので、他人の恋愛沙汰が気になるのさ。さて、こんなもので、相談してくれるか?」
 どこまで本当か知らないが、本人いわく、生前首をぶった切られた怪異らしい。その後恋愛相談カウンセリングルームを開設しているようだ。
「親しい知人に話すには、キミの環境は中々特殊だ。事情を知っていて、気兼ねなく話せる通りすがりの他人さ。利用しない手はないだろ?」
 言われてみればというか、言われる前からありだなと実は思っていたダリオである。自分を害してこない怪異相手には、大雑把だ。全部の怪異に怯えて支障をきたしていると神経がもたないため、幼少期から血反吐混じりに獲得されたスルースキル(副作用:神経麻痺)とも言える。
「うーん、そうだな。じゃあ、相談させてもらいます」
 口調を改め、あっさり言うので、怪異の方に苦笑されたが、ダリオにはこういうところが多々あるのだった。
 状況整理と互いの前提認識の確認で、大体の概要を改めて話す。本人の自己申告通り、よく内情を知られていた。
「アンタ、事情細かいところまで知ってて、純粋に気持ち悪いな……」
 ダリオは引いた。
「いやいやいや、さすがに俺も周辺で見ていた人たちくらいしか知らんからな! キミの周囲で言うと、エヴァ君や、クリス君、キミが割と親しくしていた地元の怪異程度だから!」
「周囲の人間関係まで把握されていて気持ち悪い……」
 絵画の男、ランナーは何か顔面を崩しているようだが、ダリオのまっすぐな気持ちである。とりあえずダリオは事情を知ってるようだし、と頭を切り替えた。ランナーも咳払いして、気を取り直したポーズをする。
「と、とにかく。コホン。キミ、よく人助けをしているようだけれど」
「はあ、まあ普通程度です」
「そうかな? けっこう体を張っているようじゃないか? 例えば青髭屋敷事件。死んでもおかしくなかったと思うが?」
「あー、それは確かにそうですね」
 テオドールにも言われた。四肢爆散しても、復元自体は可能だが、人格は多少変わることになると。ちなみに、その多少とは、知性を99%程度喪失し、他者に血肉に異常執着するゾンビ化のことだった。全然多少ではない。あの頃は、知性喪失した状態で復活しても、「これで元通りですね」と言われそうな無関心さがあったように思う。ダリオの行動も不合理だと首をかしげていた。花として特別視はされていたものの、そこにダリオの人格は付随しておらず、属性だけ機械的に厚遇するといった感じで、個体認識されていたのかもあやしい。
「まあ、テオドールが助けてくれましたので」
「ああ。結果としてはそうだろう。キミも支援を拒まなかった」
「はあ、そうですね」
 なんの尋問かわからないが、整理のためにはいいかもしれないと、ダリオも素直に答える。
「赤ずきん村の事件の時は、キミからテオドール君に支援を頼んでいるな」
「あー、確かに、治療とかは当て込んでました」
 その後も色々聞かれ、日常生活の話もし、ダリオは嫌でも気づいた。
「さすがに多少わかった……かもしれないです。俺、他人のことなら、テオドールに助け求めるのあまり躊躇ないですね」
「ああ。それともう一声。日常はどうかな」
「……うーん、旅行に行った時も、事前に初めてだからよくわからんし、一緒に考えて欲しいと頼みましたが、特に抵抗なかったです」
「なるほど。他に頼んだりできてるかい?」
「他に……」
「一緒に暮らしているんだろ? 例えば、夕飯を作ってもらったり」
「テオは食事必要ないので、頼むことはないです。作りたいと言うので、一緒に作ることはありますが、俺から頼むことはないです。テオの方からコーヒー入れてくれることはありますが。あー、俺が疲れてると、様子見て軽食出してくれることはありますね」
「そうか、うん、他には。例えば、支配者は、花の衣装管理や着脱にこだわるだろう?」
「えっ、そこも把握してるのか、気持ち悪い……」
「まあまあまあまあ、おじさんも若い人にそういわれると傷つくぞ! 自分でも気持ち悪いことを言ってる自覚はあるから、かんべんしてくれ!」
「すみません、根が素直なもので……」
 嫌みでなく、素でダリオは言う。しかも本心から申し訳なさそうに言うので、ランナーは顔が引きつっているようだった。ダリオは少し考えて口を開く。
「とりあえず、俺から頼むことはないですが、あなたの言うとおり、支配者は種族的に衣装の着脱こだわりあるみたいなんで、コートくらいは脱がせてもらったり、クローゼットに入れてもらう管理とか任せてます。それ以上は、気も引けるし、全部お願いするのもなんなので。特別な時以外は、基本自分のことは自分でしますね」
「ありがとう。他に、ダリオ君から日常でテオドール君にお願いすることはないのか?」
「……他に……」
 ダリオは沈黙した。あれ? と自分で記憶を探って、ん? となってしまう。
「思いつかないみたいだな」
「咄嗟には。ええと、細かいことなら何かしら頼んでることはあると思うんですが……あっ」
「うん、何かあったか?」
「誰かを害していいですか、と聞かれたら、止めろとお願いしてますね」
「そうかー」
 ダリオは自分でも苦しいと思った。
「よし。じゃあ逆に、ダリオ君からテオドール君に何かしてることや、お願いされることはあるか?」
「テオもそんなにああしてほしい、こうしてほしいということは言わないですが……どうしてもしたいことは、テオの場合はっきり口にしてきますね。割と自己主張激しいところもあるので、そういう風に。疑問に思ったらつめてきますし」
 ふたりの気持ちが定まらない内から、コミュニケーションで有用と感じたので、セックス導入したいですとつめてきたことがある。やりたいことがあれば、障害がある場合、何故ですかどうしてですか、とご納得いくまで主張してくるのだ。無理に推し進めることはないが、その分説明を求めてくる。
 我慢もしているが、大事なことはけっこう譲らない性格だ。
「あとテオは、軽微なことなら、ためらいなく、こうしてほしいと言ってくるような? 撫でて下さいとか一時期ブームだったみたいで。あーそれと俺からは、様子見て、ハグするか? と聞くことはけっこうあります」
「様子を見て?」
「ええと、俺の不用意な言動で、テオの様子がおかしい時?」
「なるほど」
 だんだんとダリオは、自分のアンバランスさに気づいてきた。
「うん。なにか気づいたか?」
「その、俺の方は。逆に軽微なことは頼めてないというか。あー……目的がはっきりしてることは、抵抗なく口にできるんですけど。誰かを助けるのに、必要とか。旅行の件とか。センシティブな話ですが、性交渉もそうだと……やることはっきりしてるんで」
「そうか。じゃあ、ダリオ君は、キミは、軽微なことを頼まないのは何か引っ掛かりがあるのか? 頼みたくない?」
「まあ……自分のことは自分でしますし……」
 言いながら、聞かれていることはそうじゃないというのは理解した。
「そうだな、大人なんだから、自分のことは自分でするよな。だが、テオドール君が必要なことは? 例えば、ハグはひとりではできないよな。キミ自身がしたい時はどうするんだい?」
 テオドールがしたい時ではなく、ダリオがしたい時。
 ダリオは急に足元が抜けた気がした。
「それとも、キミはハグしたくないか?」
「いや……いえ、俺は……」
「自分の欲望を口にするのは抵抗があるか?」
「いえ……」
 セックスしたいとかは、口にできた。ああ、でも、それは、やることが、はっきり明確だから。
「躊躇するのは、はっきりしないことか? 日常の曖昧な……ハグやキス、ふれあい、頼ったり甘えたり、親愛のコミュニケーションだ。親が子にやるような」
「……わかりました。たぶん、わからなくて」
 変な言葉になったが、そうだった。わからなくて。ダリオは、テオドールとそうしたかったが、わからなくて。どうしたら自然にできるかわからなくて、自分の気持ちを、テオドールに投影していた場面もあったかもしれない。
 ハグするか、じゃなくて、ハグされたい。キスするか、じゃなくて、キスされたい。ふれてほしい。くっつきたい。何もなくても。
「人の形をしてると。逆にやりづらいよな。学習してきたのは、できない状態の維持だったんだから。わからないのは仕方ないさ。よかったら、テオドール君には、キミのしたいこと、してほしいことを、そのままお願いしてみたらいい」
 ダリオは、情緒赤ちゃんなのは本当に俺の方、と内心頭を抱えていた。
「あの、ありがとうございます」
 こんがらがっていた糸は、ほどいてみればシンプルだったが、ひとりでもとに戻せた気がしない。これが当たり前の状態すぎて、違和のポイントに気づかなかった。
「気持ち悪いと言って、すみませんでした」
「いや、それはな! もういいから! キミ、いいこだな!」
 ランナーは再び顔面が崩れているようだった。変態かと思ったが、普通にいい人(怪異)だった。
 



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