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七 平行世界から、ラブラブな俺たちがやって来たので、人外は「……」ともの言いたげにこちらを凝視している事件
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ハイブランド『VANP』の筆頭デザイナー、エリック・ヴァンプから後日連絡が届き、相応の報酬も出すというので、服をもらうのは辞退したが、簡易にモデルを引き受けることにした。
テオドールにモデルをしてもらいたいのではないか? と聞いたが、彼は単体ではモデルに向いていないと、きっぱりエリック・ヴァンプは首を振っていた。
ダリオも考えてみたが、それはそうかもしれないと不思議と納得するところもある。
「完璧すぎて、もはや誰もその服を着られないだろう」
とはエリック・ヴァンプの言葉で、なるほどと思わされた。『VANP』のメインデザイナーとしての感覚と、経営者としての感覚は冷徹に別ということらしい。
この『VANP』は、ヴァンプ一族が筆頭株主となり、カスティリオーニ・ヴァンプが聖暦一九四五年に創業した。最も美しい紳士スーツを仕立てるとされるスーツブランドの最高峰のひとつである。
スーツ一着が、驚きの価格百万~というのも珍しくなく、伝統と革新の盾と矛をかかげ、華麗でありながらストイック、世界中の紳士たちから愛され、また魅了してやまない超高級ブランドなのだ。
その高価格帯スーツを献上されまくっておきながら、エリック・ヴァンプに対して、「?」と個体認識していなかったらしいテオドールの詫びもかねて、招待に応じることにしたのだった。
スタジオのドレスアップルームで身支度をさせてもらうので、普段着身一つで来てくれ! との言葉に甘え、ひとまず一番ダリオの手持ちでまともそうな服で訪問した。
ちなみに、ダリオがもっている服は、ぺらぺらの格安スーツ一着で、これは冠婚葬祭や、少し硬めのアルバイト面接用だった。
今でこそダリオは企業型奨学金をもらいながら大学生をしているが、割とまじめに貧困層スレスレを漂っている。体を壊せば、一発で沈むような状態だった。だからダリオは娯楽や旅行その他にはほぼ縁がない。プリからハイスクールまでは、学校主催の金のかかるイベントはすべてスルーしてきた。正直、それどころではなかったのだ。ダリオに目をかけてくれた老教師などは、学生の内にこうしたイベントは経験しておいた方がいい、もちろん君の未来でいくらでも取り返せるが、十代の感性で経験できるのは今だけだと言って、支援してくれようとしたが、ダリオは断った。
返せる当てもないそれを受け取るのは、当時のダリオにとってはっきり負担だったのである。その頃からダリオは体格もよく、体力も人並み以上にあったが、これ以上荷物を増やすと、しんどいから背負わない、という選択だった。
そうは言っても、俺はけっこう恵まれている、とダリオは思っている。健康だし、基礎体力は同年代同性よりも高く、男性であることで、女性のように住まいの安全コストを考慮する必要がない。施設暮らしだったから、ダリオは女の子たちがどういう風に悪い大人から身をまもるために多大なコストを支払い、時に飲み込んで来たのか目にしてきている。自分が大人より体が大きくなってからは、他の子どもたちの壁になるようなこともした。ダリオは自分が特別優しいとは思っていない。ダリオの身体が小さいときに、年上のお兄さんやお姉さんたちがダリオを守ってくれたように、今度はダリオが同じことをしただけだった。
つまりダリオは、なにより、人に恵まれた。悪い誘惑はいくらでもあったのだ。同じ施設で、薬物や反社会からの誘いに逆らえず、消えて行った仲間もいた。彼らの両親がそれを子供に強いたこともあった。親が子供を愛しているのではない。子供が親を愛しているから、必死に親の要望に応えようとする。
ダリオだって、そうなったっておかしくなかった。重ねて明暗をわけたのは、ダリオが特別な存在だったからではない。今、奨学金をもらって大学に通えているのも、ダリオがいつでも道の暗い部分に落ちないよう、周囲の人々が気を配り、時に引っ張り上げ、声をかけてくれ続けたおかげなのだった。その人々は入れ代わり立ち代わり、ダリオの道を通り過ぎる風景であり、花や木であった。
ダリオはいつでもありがたく思っていたが、心を寄せ過ぎてはいけないと考えていた。彼らはいつか去る風景であり、花や木だったからだ。
今、ダリオはテオドールに心を寄せようとしている。そうではないか。預けてもいいのか、じっと様子をうかがっている。
ただやはり、撫でられて、無表情に花を飛ばしているように見えるこの人外の青年を見ると、手ぇ出すの、ためらう……無理……となるのだった。
テオドールはまったくイノセントな存在でもないし、知能はダリオよりずっと高いとは思う。まあしばらく様子見かな、とダリオは考えていた。
「こちらで完璧です」
ふと顔を上げると、メイクは終わったらしい。最後に全体チェックをして、オーケーが出た。
あーこの一着から靴にアクセサリーまでいくらすんだろ、とダリオはひやっとしたが、先方が着てくれと言うのだ。まあいいかと流した。
スタジオに入ると、エリック・ヴァンプがすっ飛んできて、
「素晴らしい! やはり私の見立ては間違っていませんでした! ダリオさん、貴方にはザクロのモチーフが似合うと思ったのです!」
「はあ、ありがとうございます」
「おお、おっしゃるとおり。調和もありますが、このアトリエで織られた生地は、一日に生産できる量が、一枚のシルクスカーフほどでしてね、そのスチールグレーの深みに、半身だけ大輪のザクロを這わせて、『VANP』らしく華やかにもストイックを演出する試算で、私の見立てどおりに『完璧』になり、『欠けて』もいる。ダリオさん、貴方は見た目にストイックだが、このテーラードジャケットを肩に羽織り、タートルネックに同じく禁欲的パドロックモチーフのネックレスをかけて戒めることで、逆によりストイックさを増し、同時に華やかさを添えたのです。加えて、サイドだけ、貴方の髪を上げるように指示しました。この指示は約束された成功でしたが、ストイックと華やかさのちょうど均衡の天秤であり、不均衡のトリックスターです。完璧なアンバランスが調和し、調和する端からアンバランスに目を奪われる。太陽神に感謝を!!!!!」
後半物凄く早口過ぎて、ダリオは褒められているんだろうが、なんかすごいなとしか思わなかった。
「そしてそのアンバランスを更に引き立てるために……ラストアイテム、エリクサー……グラスを用意しました……」
エリクサーではなくて、眼鏡をかけるように指示され、着用すると、「グ―――――ッド」と拳を握り込んでエリック・ヴァンプは再度太陽神信仰の祈りを捧げている。太陽神信者は、ちょっとあれだが、エネルギッシュな人が多いのを地でいっている感じだ。
べたべたに褒められるので、テオドール抜きでスタジオに来てよかったな……とダリオは思った。
思ったのだが、撮影が始まって、ある程度めどがついたあたりで、普通にテオドールがエリック・ヴァンプと話しながらいたので、置いて来た意味……とダリオは遠い目になった。
一度休憩に入り、多少遠慮しながらずかずかと彼らの方へ行くと、
「お疲れ様です、ダリオさん」
とまったく悪びれずに挨拶される。
「来なくていいと言っただろ。なんでいるんだ」
「来たいので来ました。彼もよいと言ったので」
エリック・ヴァンプの方にテオドールは視線をやる。
「はい、大歓迎です」
「ああ、はい。雇い主がそれでいいとおっしゃるなら、結構です……」
「ところで、僕もダリオさんの写真をいただけますか?」
「もちろんです! ミューズ!」
「お前なんでもかんでもたかるのやめろよ」
ダリオは一応注意しておいた。エリック・ヴァンプは「お気になさらず」とかわし、
「よろしければ、一枚、ミューズとダリオさんで写真を撮っておかれますか?」
と提案してきた。二心は全然なさそうだ。
テオドールは思わぬことを言われたように少し目を見開き、ダリオの方をうかがう。
撮りたいらしい。というか、写真が欲しいっぽい。
しかし、仕事用でもなさそうだし、撮影スタッフの手をわずらわせてよいのか。
「エリックさん、ご迷惑では?」
主にスタッフの皆さんに、という意味で周囲を気にするように尋ねたのだが。
「ぜ、ぜ、ぜ、ぜひぜひぜひ!!!!」
「やります!!! 何枚でも!!!! むしろこちらが給料を全額払います!!! お金払います!!!!」
「おねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいします!!!!!」
「私からチャンスを奪わないで!!!!! 撮らせてください!!!!! むしろ雑誌に載せましょう!!!!!」
「推しに課金させてください!!!! 緊急突発一日限定ガチャのSSRスチル!!!!!」
プロの仕事ぶりでチェックやなんやしていたスタッフたちが、鬼の形相でつめ寄って来たので、あ、はい、となった。最後なんか一人変な人がいた気がしたが、よく考えると全員発言がおかしかった。
ものすごく絡んだ構図をとったわけではない。どちらかというと、ほぼ距離をとって、無質質な黒パイプの構造物前でそれぞれもたれて撮影したり、セットを入れ替えて少し寄ってみたり程度だ。単体で問題なくないか? これでいいのか? とダリオには謎だったが、エリック・ヴァンプやスタッフたちが言うには、まさに『VANP』の目指す、禁欲と華やかさを体現する素晴らしい撮影になったという。
クライアントが納得しているならそれでいいか、とダリオはあっさり流した。
契約金額を改めるので、広報に使っていいか聞かれ、当初通り名前を出さないということで、テオドールに確認の上、了承する。
ダリオ的にはものすごく助かった。企業型奨学金以外に、返済の必要なものも借りている。これでだいぶ楽になった。
あと、写真を後日もらえることになって、テオドールが無表情なりに、とても喜んでいるようだったので、よかったな~という気持ちになる。あまりこういう発想がなかったが、今後は折りに触れて写真をとってもいいかもなと、帰りしなテオドールに言うと、彼は少し考えて、
「エヴァさんとも撮りたいですが、了承いただけるでしょうか」
と尋ねて来た。あれだけきぃきぃ罵られているのに、何故かテオドールは二言目には「さすがエヴァさんです」と言って、妙に敬意を抱いているようである。そしてこの発言で、好感度が高いことも判明した。
前回、血も涙もないと言われて、お望みならお見せしますと、はた目には煽り返すような発言をしていたが、マジレス生物なので、一滴の嫌味も入っていないことはエヴァも承知していたことだろう。テオドールはすべて本気のマジレスなのだ。
「素直にお願いしたら、たぶん、了解してくれると思うぞ」
「はい」
神妙に頷いたかと思えば、テオドールは付け加えた。
「僕は本心を隠し立てしたことはありませんが、いつもどおりでよろしいのでしょうか」
「う、うーん……素直なのはいつもどおりでいいが、物騒な発言は、まあ止めた方がいいと思う。人間の可動範囲内におさめて、四肢爆散とかそういうのは範囲外だ」
「……わかりました」
何故ちょっと黙ったのか。念のため釘を刺してよかったと思うダリオなのだった。
その後、広報に使われた写真がけっこうな大騒ぎになったのだが、それはまた別の話である。なお、エヴァは大学のカフェテラスで素直にお願いされて、最初警戒心でハリネズミのように逆立っていた。しかし、ダリオと写真を撮れて、後から写真を所有できるのがうれしかったので、エヴァとも写真を撮って、持っておきたいと説明され、しばらく沈黙する。彼女は、「ぐうっ」とうめいた後に、了承していた。
「ダリオくん!」
とエヴァは切れて叫ぶ。「かわいいんだけど!?」と嫌そうに言われたので、ダリオは課題をしながら、「わかるわかる」と適当に頷いておいた。
テオドールの人間関係が広がることはいいことだ。そう思うけれども、同時にそれって、俺の感覚なんだよな……人間としての価値観に過ぎないとも留めておく。
本当にそれがテオドールにとっていいことなのか分からない。ただ、本人も自分で要望を口にしているし、今のところは双方によい影響なのではないかと暫定評価だ。
あとはまあ、ダリオはテオドールの知性を度外視して、情緒的には子供と思って接している部分があるが、それも失礼と言えばド級に失礼な話なことも認識している。ここは本当に随時見直しながらだ。
どうしても、施設や里親元、怪異との関わりでの原罪体験が、ダリオに「なにも分からない子供に手を出そうとする大人はクソ」「怪異は、人間の物差しではかってはいけない」というイメージとして焼き付けられ、忌避させている。
ダリオは、なにも分からない子供を自分の欲望でいいようにする側にならないでいたい。フェアでなければ、そんなもんは一方的な搾取だということだ。
1年くらいとりあえずみておけばいいか? と考える。テオドールも、当初より、他者との関わりで変わってきている。
先日、迷子を届けてきたのには本当に驚いた。テオドールは人間の個々には興味がないと思っていたからだ。なぜ、見も知らぬ子供が、自分のあとをふらふらついてきたからといって、親元まで送り届けようと思ったのだろう。
それがベストだったかは議論の余地のあるところだが、テオドールの行いは、ダリオが人間という社会性を育む生き物に感じる、最もよきもののひとつだった。
たくさんの恐ろしく唾棄すべきものの中に、消えずに息づく人間の善性だ。それを人外のテオドールが、ダリオのいないところで、自ら判断し、示した。
ダリオはテオドールから報告されたとき、本当は、驚き、ぐっと胸のつまるのようなおもいがしたのだ。だから、誤魔化すように撫で回した。
どこでそんな学習をしてきたのか。
エヴァと撮影を済ませたテオドールが、ダリオさんとエヴァさんと三人で撮影したいと言うので、ダリオは立ち上がった。
テオドールと出会ってからも、酷い事件はいくつもあった。だが、恐ろしい闇の中にも、光はある。ダリオがもし信じられなくなったとしても、人々は示したではないか。小さな善性を。
ダリオは特別な存在ではない。ダリオ自身が、いつだって、人々の善により助けられてきた。
三人で撮影し、エヴァは次の講義があると言って、慌ただしく離席した。カフェテラスにいた他の学生たちも、講義のタイミングでほとんどいなくなっている。
大事なものでも見るように、データを確認しているテオドールに、うまく撮れたか、と覗き込もうとして。
ふと、風がふいた。
人外の美しい青年は、吹き抜けた風が鳴らす葉擦れの音を聞くように顔を上げ。
この青年が、ダリオを振り返った時、ああ、そうかと思った。よくわからないが、そうかと。
テオドールはまっすぐに、まるで貫くようにダリオを見つめてくる。
「ずいぶん以前のように感じますが、ダリオさんが、青髭屋敷に行かれるというので、あの時も今も理解不能と思ったのを思い出しました。何故そんな無駄なことをするのだろうと」
だしぬけな言葉に、ダリオは面食らう。
「はあ、急になんだ」
「やはり、理解しがたいと思いまして」
「俺だって知らねーよ」
明確に理由はない。そうしたいからしただけだ。
「リトル・レッド・フード村でも、ずいぶん打撲を作っておられましたので」
「あー、あったな。まあ、治療あてこんでたしな」
「すぐに治療はされたくないとおっしゃるので、肩をお貸ししました」
そんなこともあった。治療方法が気まずいので、打撲したまま、とりあえずテオドールの肩を借りたのだ。
「あの時も、肩をお貸ししながら、理解不能だと思っていました」
「もしかして俺、遠回しに精神攻撃されてるのか?」
そんな感じはしないのだが、一応聞いてみる。
「いえ、ただ理解不能と思ったとお伝えしたかったのです」
わけがわからない。テオドールは今もそうだと言う。
「その後も、やたら無駄に人助けされるので」
「いや、いくらなんでも、全部首つっこんでるわけじゃねーぞ。そんなんしてたら、首が回らなくなる」
関わってしまったり、見過ごすと、自分があとで嫌になりそうなものだけだ。
テオドールはじっと見通してくる。
ダリオは居心地が悪くなった。
「好きでしていらっしゃるのかと思っていました」
「断じて違う」
「であれば、ますます理解不能です」
テオドールはディスりに来てるとしか思えないような口調だが、実際のところ全くそんな感じはしないので、ダリオの方は不可解さばかり募って来る。何が言いたいのか分からない。
「不合理で、理解しがたい行為ですが……たびたび肩をお貸ししながら、僕は奇妙に……爽快さを感じていました」
「は? 俺が打撲作ってるのに興奮してたのか?」
「いえ、……そうなんでしょうか?」
「今のはなしだ」
妙な性癖が目覚める前に封じておいた。
「少し考えてみましたが、恐らく違うようです」
「よかったよ」
ダリオは安心したが、さらなる爆弾が落とされた。
「ダリオさんは、僕のことを人間社会のゼロ歳児のように思っておられるようですが」
ばれていた。まあそりゃそうかとも思う。テオドールの知能を考えれば不思議なことではない。
「ダリオさんのお考えになる以上に、僕は人間社会の情報にアクセスしています。四次元以上からのアプローチも可能なので、一人の人間に集積可能な情報量をはるかに凌駕しているものとなっているはずです」
ただ、と口元に考えるよう、皮手袋に包まれた指を押し当て、テオドールは自己申告した。
「人間としての生物次元レベルを落とした解析能力はまだ精査が不足していますので、人間社会ゼロ歳児扱いも不当ではありません」
「あー、悪かった」
「いえ、僕が申し上げたかったのは、それなりに僕も『人間』についてのデータだけは膨大に持っているということです」
「……」
警戒がダリオの腹の底で、ぞろり、と頭をもたげた。怪異に対して、よくある感覚で、しばらくそれは忘れていたものでもあった。
「そう警戒なさらないでください。僕は――膨大なデータから、『人間』を軽蔑に値する生き物と判断しました。僕には人間のような道徳観念は初期装備されていませんが、種族的な道徳観と申しますか、そちらに当てはめても、あまりよい感情を持てなかったので」
「……ああ」
「今も思考のベースとして、その判断は変わりはありませんが、『人』の不合理性を興味深くも感じています。すべての人間が軽蔑に値するのではない、よき人間もいるのだなどと、ノットオールヒューマンとするわけでもありません。不合理自体が……美しいようにも感じることがあるのです」
「……はーーーーー」
ダリオは長い長い溜息を吐いて、髪をかきあげるようにぐしゃぐしゃにした。
「ハルマゲドンでも始めるのかと思った」
「お望みであれば手を貸しますが」
「いらん。前置き不穏過ぎる。疲れた」
「申し訳ありません。話した方が、整理できるかと思いまして」
「俺は課題がある。帰れ」
「はい。ではダリオさん、また後ほど」
テオドールはそう言いながら、身をかがめて、ダリオの耳にもう一言、艶のある声で囁いて行った。
軽いあいさつで姿を消したテオドールに、いつの間にか聞こえなくなっていた周囲の雑音が戻って来る。知らん間にまたやられた。
本当にしてやられた。なんだあれは。人外アピールか。
それとも人間でいう反抗期か。
結局、テオドールは自分はあなたが思うほど子供ではない、と述べて行ったのだ。
「クソ人外……」
ダリオは顔面を片手で覆って、少しの間周囲から自分を遮断した。
最後に、テオドールは。
『僕はたびたび、ダリオさんのことを美しいと感じるとお伝えしたかった。それだけです』
そう言って、周囲の音を戻したのだ。
かわいい、かわいい、とここしばらく言っていた自分をダリオは「お前目ん玉節穴か」と思って、みるみる怪異という存在への警戒心が山盛りに息を吹き返すのを感じた。
パラレルワールドの自分が、「がんばれ」と言っていた意味が、今頃遅効性で効いて来る昼下がりである。
テオドールにモデルをしてもらいたいのではないか? と聞いたが、彼は単体ではモデルに向いていないと、きっぱりエリック・ヴァンプは首を振っていた。
ダリオも考えてみたが、それはそうかもしれないと不思議と納得するところもある。
「完璧すぎて、もはや誰もその服を着られないだろう」
とはエリック・ヴァンプの言葉で、なるほどと思わされた。『VANP』のメインデザイナーとしての感覚と、経営者としての感覚は冷徹に別ということらしい。
この『VANP』は、ヴァンプ一族が筆頭株主となり、カスティリオーニ・ヴァンプが聖暦一九四五年に創業した。最も美しい紳士スーツを仕立てるとされるスーツブランドの最高峰のひとつである。
スーツ一着が、驚きの価格百万~というのも珍しくなく、伝統と革新の盾と矛をかかげ、華麗でありながらストイック、世界中の紳士たちから愛され、また魅了してやまない超高級ブランドなのだ。
その高価格帯スーツを献上されまくっておきながら、エリック・ヴァンプに対して、「?」と個体認識していなかったらしいテオドールの詫びもかねて、招待に応じることにしたのだった。
スタジオのドレスアップルームで身支度をさせてもらうので、普段着身一つで来てくれ! との言葉に甘え、ひとまず一番ダリオの手持ちでまともそうな服で訪問した。
ちなみに、ダリオがもっている服は、ぺらぺらの格安スーツ一着で、これは冠婚葬祭や、少し硬めのアルバイト面接用だった。
今でこそダリオは企業型奨学金をもらいながら大学生をしているが、割とまじめに貧困層スレスレを漂っている。体を壊せば、一発で沈むような状態だった。だからダリオは娯楽や旅行その他にはほぼ縁がない。プリからハイスクールまでは、学校主催の金のかかるイベントはすべてスルーしてきた。正直、それどころではなかったのだ。ダリオに目をかけてくれた老教師などは、学生の内にこうしたイベントは経験しておいた方がいい、もちろん君の未来でいくらでも取り返せるが、十代の感性で経験できるのは今だけだと言って、支援してくれようとしたが、ダリオは断った。
返せる当てもないそれを受け取るのは、当時のダリオにとってはっきり負担だったのである。その頃からダリオは体格もよく、体力も人並み以上にあったが、これ以上荷物を増やすと、しんどいから背負わない、という選択だった。
そうは言っても、俺はけっこう恵まれている、とダリオは思っている。健康だし、基礎体力は同年代同性よりも高く、男性であることで、女性のように住まいの安全コストを考慮する必要がない。施設暮らしだったから、ダリオは女の子たちがどういう風に悪い大人から身をまもるために多大なコストを支払い、時に飲み込んで来たのか目にしてきている。自分が大人より体が大きくなってからは、他の子どもたちの壁になるようなこともした。ダリオは自分が特別優しいとは思っていない。ダリオの身体が小さいときに、年上のお兄さんやお姉さんたちがダリオを守ってくれたように、今度はダリオが同じことをしただけだった。
つまりダリオは、なにより、人に恵まれた。悪い誘惑はいくらでもあったのだ。同じ施設で、薬物や反社会からの誘いに逆らえず、消えて行った仲間もいた。彼らの両親がそれを子供に強いたこともあった。親が子供を愛しているのではない。子供が親を愛しているから、必死に親の要望に応えようとする。
ダリオだって、そうなったっておかしくなかった。重ねて明暗をわけたのは、ダリオが特別な存在だったからではない。今、奨学金をもらって大学に通えているのも、ダリオがいつでも道の暗い部分に落ちないよう、周囲の人々が気を配り、時に引っ張り上げ、声をかけてくれ続けたおかげなのだった。その人々は入れ代わり立ち代わり、ダリオの道を通り過ぎる風景であり、花や木であった。
ダリオはいつでもありがたく思っていたが、心を寄せ過ぎてはいけないと考えていた。彼らはいつか去る風景であり、花や木だったからだ。
今、ダリオはテオドールに心を寄せようとしている。そうではないか。預けてもいいのか、じっと様子をうかがっている。
ただやはり、撫でられて、無表情に花を飛ばしているように見えるこの人外の青年を見ると、手ぇ出すの、ためらう……無理……となるのだった。
テオドールはまったくイノセントな存在でもないし、知能はダリオよりずっと高いとは思う。まあしばらく様子見かな、とダリオは考えていた。
「こちらで完璧です」
ふと顔を上げると、メイクは終わったらしい。最後に全体チェックをして、オーケーが出た。
あーこの一着から靴にアクセサリーまでいくらすんだろ、とダリオはひやっとしたが、先方が着てくれと言うのだ。まあいいかと流した。
スタジオに入ると、エリック・ヴァンプがすっ飛んできて、
「素晴らしい! やはり私の見立ては間違っていませんでした! ダリオさん、貴方にはザクロのモチーフが似合うと思ったのです!」
「はあ、ありがとうございます」
「おお、おっしゃるとおり。調和もありますが、このアトリエで織られた生地は、一日に生産できる量が、一枚のシルクスカーフほどでしてね、そのスチールグレーの深みに、半身だけ大輪のザクロを這わせて、『VANP』らしく華やかにもストイックを演出する試算で、私の見立てどおりに『完璧』になり、『欠けて』もいる。ダリオさん、貴方は見た目にストイックだが、このテーラードジャケットを肩に羽織り、タートルネックに同じく禁欲的パドロックモチーフのネックレスをかけて戒めることで、逆によりストイックさを増し、同時に華やかさを添えたのです。加えて、サイドだけ、貴方の髪を上げるように指示しました。この指示は約束された成功でしたが、ストイックと華やかさのちょうど均衡の天秤であり、不均衡のトリックスターです。完璧なアンバランスが調和し、調和する端からアンバランスに目を奪われる。太陽神に感謝を!!!!!」
後半物凄く早口過ぎて、ダリオは褒められているんだろうが、なんかすごいなとしか思わなかった。
「そしてそのアンバランスを更に引き立てるために……ラストアイテム、エリクサー……グラスを用意しました……」
エリクサーではなくて、眼鏡をかけるように指示され、着用すると、「グ―――――ッド」と拳を握り込んでエリック・ヴァンプは再度太陽神信仰の祈りを捧げている。太陽神信者は、ちょっとあれだが、エネルギッシュな人が多いのを地でいっている感じだ。
べたべたに褒められるので、テオドール抜きでスタジオに来てよかったな……とダリオは思った。
思ったのだが、撮影が始まって、ある程度めどがついたあたりで、普通にテオドールがエリック・ヴァンプと話しながらいたので、置いて来た意味……とダリオは遠い目になった。
一度休憩に入り、多少遠慮しながらずかずかと彼らの方へ行くと、
「お疲れ様です、ダリオさん」
とまったく悪びれずに挨拶される。
「来なくていいと言っただろ。なんでいるんだ」
「来たいので来ました。彼もよいと言ったので」
エリック・ヴァンプの方にテオドールは視線をやる。
「はい、大歓迎です」
「ああ、はい。雇い主がそれでいいとおっしゃるなら、結構です……」
「ところで、僕もダリオさんの写真をいただけますか?」
「もちろんです! ミューズ!」
「お前なんでもかんでもたかるのやめろよ」
ダリオは一応注意しておいた。エリック・ヴァンプは「お気になさらず」とかわし、
「よろしければ、一枚、ミューズとダリオさんで写真を撮っておかれますか?」
と提案してきた。二心は全然なさそうだ。
テオドールは思わぬことを言われたように少し目を見開き、ダリオの方をうかがう。
撮りたいらしい。というか、写真が欲しいっぽい。
しかし、仕事用でもなさそうだし、撮影スタッフの手をわずらわせてよいのか。
「エリックさん、ご迷惑では?」
主にスタッフの皆さんに、という意味で周囲を気にするように尋ねたのだが。
「ぜ、ぜ、ぜ、ぜひぜひぜひ!!!!」
「やります!!! 何枚でも!!!! むしろこちらが給料を全額払います!!! お金払います!!!!」
「おねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいします!!!!!」
「私からチャンスを奪わないで!!!!! 撮らせてください!!!!! むしろ雑誌に載せましょう!!!!!」
「推しに課金させてください!!!! 緊急突発一日限定ガチャのSSRスチル!!!!!」
プロの仕事ぶりでチェックやなんやしていたスタッフたちが、鬼の形相でつめ寄って来たので、あ、はい、となった。最後なんか一人変な人がいた気がしたが、よく考えると全員発言がおかしかった。
ものすごく絡んだ構図をとったわけではない。どちらかというと、ほぼ距離をとって、無質質な黒パイプの構造物前でそれぞれもたれて撮影したり、セットを入れ替えて少し寄ってみたり程度だ。単体で問題なくないか? これでいいのか? とダリオには謎だったが、エリック・ヴァンプやスタッフたちが言うには、まさに『VANP』の目指す、禁欲と華やかさを体現する素晴らしい撮影になったという。
クライアントが納得しているならそれでいいか、とダリオはあっさり流した。
契約金額を改めるので、広報に使っていいか聞かれ、当初通り名前を出さないということで、テオドールに確認の上、了承する。
ダリオ的にはものすごく助かった。企業型奨学金以外に、返済の必要なものも借りている。これでだいぶ楽になった。
あと、写真を後日もらえることになって、テオドールが無表情なりに、とても喜んでいるようだったので、よかったな~という気持ちになる。あまりこういう発想がなかったが、今後は折りに触れて写真をとってもいいかもなと、帰りしなテオドールに言うと、彼は少し考えて、
「エヴァさんとも撮りたいですが、了承いただけるでしょうか」
と尋ねて来た。あれだけきぃきぃ罵られているのに、何故かテオドールは二言目には「さすがエヴァさんです」と言って、妙に敬意を抱いているようである。そしてこの発言で、好感度が高いことも判明した。
前回、血も涙もないと言われて、お望みならお見せしますと、はた目には煽り返すような発言をしていたが、マジレス生物なので、一滴の嫌味も入っていないことはエヴァも承知していたことだろう。テオドールはすべて本気のマジレスなのだ。
「素直にお願いしたら、たぶん、了解してくれると思うぞ」
「はい」
神妙に頷いたかと思えば、テオドールは付け加えた。
「僕は本心を隠し立てしたことはありませんが、いつもどおりでよろしいのでしょうか」
「う、うーん……素直なのはいつもどおりでいいが、物騒な発言は、まあ止めた方がいいと思う。人間の可動範囲内におさめて、四肢爆散とかそういうのは範囲外だ」
「……わかりました」
何故ちょっと黙ったのか。念のため釘を刺してよかったと思うダリオなのだった。
その後、広報に使われた写真がけっこうな大騒ぎになったのだが、それはまた別の話である。なお、エヴァは大学のカフェテラスで素直にお願いされて、最初警戒心でハリネズミのように逆立っていた。しかし、ダリオと写真を撮れて、後から写真を所有できるのがうれしかったので、エヴァとも写真を撮って、持っておきたいと説明され、しばらく沈黙する。彼女は、「ぐうっ」とうめいた後に、了承していた。
「ダリオくん!」
とエヴァは切れて叫ぶ。「かわいいんだけど!?」と嫌そうに言われたので、ダリオは課題をしながら、「わかるわかる」と適当に頷いておいた。
テオドールの人間関係が広がることはいいことだ。そう思うけれども、同時にそれって、俺の感覚なんだよな……人間としての価値観に過ぎないとも留めておく。
本当にそれがテオドールにとっていいことなのか分からない。ただ、本人も自分で要望を口にしているし、今のところは双方によい影響なのではないかと暫定評価だ。
あとはまあ、ダリオはテオドールの知性を度外視して、情緒的には子供と思って接している部分があるが、それも失礼と言えばド級に失礼な話なことも認識している。ここは本当に随時見直しながらだ。
どうしても、施設や里親元、怪異との関わりでの原罪体験が、ダリオに「なにも分からない子供に手を出そうとする大人はクソ」「怪異は、人間の物差しではかってはいけない」というイメージとして焼き付けられ、忌避させている。
ダリオは、なにも分からない子供を自分の欲望でいいようにする側にならないでいたい。フェアでなければ、そんなもんは一方的な搾取だということだ。
1年くらいとりあえずみておけばいいか? と考える。テオドールも、当初より、他者との関わりで変わってきている。
先日、迷子を届けてきたのには本当に驚いた。テオドールは人間の個々には興味がないと思っていたからだ。なぜ、見も知らぬ子供が、自分のあとをふらふらついてきたからといって、親元まで送り届けようと思ったのだろう。
それがベストだったかは議論の余地のあるところだが、テオドールの行いは、ダリオが人間という社会性を育む生き物に感じる、最もよきもののひとつだった。
たくさんの恐ろしく唾棄すべきものの中に、消えずに息づく人間の善性だ。それを人外のテオドールが、ダリオのいないところで、自ら判断し、示した。
ダリオはテオドールから報告されたとき、本当は、驚き、ぐっと胸のつまるのようなおもいがしたのだ。だから、誤魔化すように撫で回した。
どこでそんな学習をしてきたのか。
エヴァと撮影を済ませたテオドールが、ダリオさんとエヴァさんと三人で撮影したいと言うので、ダリオは立ち上がった。
テオドールと出会ってからも、酷い事件はいくつもあった。だが、恐ろしい闇の中にも、光はある。ダリオがもし信じられなくなったとしても、人々は示したではないか。小さな善性を。
ダリオは特別な存在ではない。ダリオ自身が、いつだって、人々の善により助けられてきた。
三人で撮影し、エヴァは次の講義があると言って、慌ただしく離席した。カフェテラスにいた他の学生たちも、講義のタイミングでほとんどいなくなっている。
大事なものでも見るように、データを確認しているテオドールに、うまく撮れたか、と覗き込もうとして。
ふと、風がふいた。
人外の美しい青年は、吹き抜けた風が鳴らす葉擦れの音を聞くように顔を上げ。
この青年が、ダリオを振り返った時、ああ、そうかと思った。よくわからないが、そうかと。
テオドールはまっすぐに、まるで貫くようにダリオを見つめてくる。
「ずいぶん以前のように感じますが、ダリオさんが、青髭屋敷に行かれるというので、あの時も今も理解不能と思ったのを思い出しました。何故そんな無駄なことをするのだろうと」
だしぬけな言葉に、ダリオは面食らう。
「はあ、急になんだ」
「やはり、理解しがたいと思いまして」
「俺だって知らねーよ」
明確に理由はない。そうしたいからしただけだ。
「リトル・レッド・フード村でも、ずいぶん打撲を作っておられましたので」
「あー、あったな。まあ、治療あてこんでたしな」
「すぐに治療はされたくないとおっしゃるので、肩をお貸ししました」
そんなこともあった。治療方法が気まずいので、打撲したまま、とりあえずテオドールの肩を借りたのだ。
「あの時も、肩をお貸ししながら、理解不能だと思っていました」
「もしかして俺、遠回しに精神攻撃されてるのか?」
そんな感じはしないのだが、一応聞いてみる。
「いえ、ただ理解不能と思ったとお伝えしたかったのです」
わけがわからない。テオドールは今もそうだと言う。
「その後も、やたら無駄に人助けされるので」
「いや、いくらなんでも、全部首つっこんでるわけじゃねーぞ。そんなんしてたら、首が回らなくなる」
関わってしまったり、見過ごすと、自分があとで嫌になりそうなものだけだ。
テオドールはじっと見通してくる。
ダリオは居心地が悪くなった。
「好きでしていらっしゃるのかと思っていました」
「断じて違う」
「であれば、ますます理解不能です」
テオドールはディスりに来てるとしか思えないような口調だが、実際のところ全くそんな感じはしないので、ダリオの方は不可解さばかり募って来る。何が言いたいのか分からない。
「不合理で、理解しがたい行為ですが……たびたび肩をお貸ししながら、僕は奇妙に……爽快さを感じていました」
「は? 俺が打撲作ってるのに興奮してたのか?」
「いえ、……そうなんでしょうか?」
「今のはなしだ」
妙な性癖が目覚める前に封じておいた。
「少し考えてみましたが、恐らく違うようです」
「よかったよ」
ダリオは安心したが、さらなる爆弾が落とされた。
「ダリオさんは、僕のことを人間社会のゼロ歳児のように思っておられるようですが」
ばれていた。まあそりゃそうかとも思う。テオドールの知能を考えれば不思議なことではない。
「ダリオさんのお考えになる以上に、僕は人間社会の情報にアクセスしています。四次元以上からのアプローチも可能なので、一人の人間に集積可能な情報量をはるかに凌駕しているものとなっているはずです」
ただ、と口元に考えるよう、皮手袋に包まれた指を押し当て、テオドールは自己申告した。
「人間としての生物次元レベルを落とした解析能力はまだ精査が不足していますので、人間社会ゼロ歳児扱いも不当ではありません」
「あー、悪かった」
「いえ、僕が申し上げたかったのは、それなりに僕も『人間』についてのデータだけは膨大に持っているということです」
「……」
警戒がダリオの腹の底で、ぞろり、と頭をもたげた。怪異に対して、よくある感覚で、しばらくそれは忘れていたものでもあった。
「そう警戒なさらないでください。僕は――膨大なデータから、『人間』を軽蔑に値する生き物と判断しました。僕には人間のような道徳観念は初期装備されていませんが、種族的な道徳観と申しますか、そちらに当てはめても、あまりよい感情を持てなかったので」
「……ああ」
「今も思考のベースとして、その判断は変わりはありませんが、『人』の不合理性を興味深くも感じています。すべての人間が軽蔑に値するのではない、よき人間もいるのだなどと、ノットオールヒューマンとするわけでもありません。不合理自体が……美しいようにも感じることがあるのです」
「……はーーーーー」
ダリオは長い長い溜息を吐いて、髪をかきあげるようにぐしゃぐしゃにした。
「ハルマゲドンでも始めるのかと思った」
「お望みであれば手を貸しますが」
「いらん。前置き不穏過ぎる。疲れた」
「申し訳ありません。話した方が、整理できるかと思いまして」
「俺は課題がある。帰れ」
「はい。ではダリオさん、また後ほど」
テオドールはそう言いながら、身をかがめて、ダリオの耳にもう一言、艶のある声で囁いて行った。
軽いあいさつで姿を消したテオドールに、いつの間にか聞こえなくなっていた周囲の雑音が戻って来る。知らん間にまたやられた。
本当にしてやられた。なんだあれは。人外アピールか。
それとも人間でいう反抗期か。
結局、テオドールは自分はあなたが思うほど子供ではない、と述べて行ったのだ。
「クソ人外……」
ダリオは顔面を片手で覆って、少しの間周囲から自分を遮断した。
最後に、テオドールは。
『僕はたびたび、ダリオさんのことを美しいと感じるとお伝えしたかった。それだけです』
そう言って、周囲の音を戻したのだ。
かわいい、かわいい、とここしばらく言っていた自分をダリオは「お前目ん玉節穴か」と思って、みるみる怪異という存在への警戒心が山盛りに息を吹き返すのを感じた。
パラレルワールドの自分が、「がんばれ」と言っていた意味が、今頃遅効性で効いて来る昼下がりである。
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