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六 ラプンツェル殺人事件
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思わずダリオはテオドールの方を見やり、それからリーゼロッテの真っ青な顔色を見て、腹を括った。別にあらゆる困りごとに首を突っ込む気はないのだが、さすがに放置しては寝覚めが悪すぎる。
リーゼロッテは指を組み、うつむいたままだ。まるで何かが視界に入るのをじっと回避するように指を凝視している。それで、ダリオは気がついた。リーゼロッテが必死に縮こまってやり過ごそうとするその姿は、ダリオが『怪異』から発見されないようにふるまっていた時の様子と酷似していたからだ。
「……リーゼロッテさん。もしかして、いるんですね?」
「……ぅ、」
うん、とリーゼロッテは頷いた。『何かが追いかけて来る』『どんどん近づいてる』『たぶん明日にはうちにくる』というのは、まさに今現在進行していたのだ。
ダリオには見えないが、そこに『いる』のだという。ダリオはリーゼロッテに、テオドールが詳しいので少し話してみますと断った。
「テオ、こういうのが俺に見えないなんてことあるのか?」
「そうですね……ラジオの周波数のようなものかと。ダリオさんは周波数不明な時でも、自動チューニングされて、およその怪異は普段ご覧になれると思います。しかし、この『呪い』は、目的の周波数とずれてしまい、スキャンが停止してしまう。つまり、受信できない」
「あー、てことは、『呪われている』っていうのは、周波数が合うってことか」
「そうです。電波を受信できる状態になっているのが『呪われている』状態と思っていただければ」
「そうか。で、お前としばらく行動をともにした方がいいってのは、呪いは別に特定個人にとどまるわけじゃなくて、俺も影響受けるってことか?」
「端的に申し上げると、感染する可能性はあります」
「わかった。あと、お前これ解除ってできるか?」
「……解除自体はできますが」
テオドールは真顔でダリオを見つめてきた。あ、これダメなやつ、とダリオは経験則で理解する。色々四肢なり精神なりがぶっ飛ぶやつだ。テオドールが解除したところで、リーゼロッテが無事でなければ意味がない。
「ご賢察のとおり、僕が解除した場合、本体が一度大破するかと思います。復元させることは可能ですが、以前ダリオさんは却下されましたので、お望みではないかと」
「大破ってお前な……あーそういえば言ってたな……」
出会ったばかりの頃に、ダリオが死んでも生き返らせられるが、オリジナルの復元は難しいとかなんとか言っていた件だ。当時交わした会話の内容をダリオは思い出す。
『さすがに僕も、ダリオさんの四肢が爆散しては、完全にオリジナル復元するのは難しい。復元にあたっては、多少人格がオリジナルから逸脱することになりますが……』
『逸脱ってどうなるんだ』
『……他者の血肉に異常執着を示し、知性が99%程度喪失します』
『それ元通りじゃないだろ。別人どころか、ゾンビだからな」
記憶を再生してみたが、テオドールの人外倫理観ぶりが際立つ。どう考えても、リーゼロッテにこれをやるわけにはいかない。
「うーん、解除というか、原因を特定して、穏便にこう……できないか」
「感染経路を辿れば、大元に行き会うでしょう。いつものようにオブジェクト破壊すれば、恐らく解決するかと思います。ただ、今回は呪いを感染させるなど、かなりオブジェクトのフェーズが進行していますので、勝手は違うかと思います」
「もとに戻らん感じか?」
いつもはダリオがコアのオブジェクトを破壊すると、異常増殖状態に変態していた怪異は、元の人間の姿に戻る。今回はそうではないとテオドールは言っているのか。
「はい。すでに大元となった何かの『あり方』が、呪いをまき散らすフェーズへ不可逆変化に移行していますので。ダリオさんがオブジェクト破壊されようがされまいが、原状復帰できないと思います。確かことわざが……『零れたミルクは元に戻らない』でしたか。破壊によって、呪いのような『現象』を停止させるだけになるかと」
「あー……わかった。ありがとう。最後に、テオ、お前に呪いは見えてるのか?」
はじめて、テオドールは微妙に困った様子を見せた。人間離れした美しい顔が、かすかに愁眉となっている。美人がまゆを寄せ、愁いを含ませた表情をしているわけだが、どうせろくでもない球が打ち返される前ふりだろうとダリオは考えた。そして案の定だ。
「僕から見れば、ダリオさん以外は十把一絡げと申しますか……」
質問に適切な回答ができないから歯切れが悪いだけで、テオドールが人間の個体をどう認識しているのか垣間見えて、ダリオは黙った。
気を取り直し、感染経路をリトル・レッド・フード村や盗撮事件の時のように追うことは可能か尋ねようとした時だ。
「あ、あの……」
リーゼロッテがぎゅっとつぶっていた目を開き、ダリオの方を見上げてこう言った。
「感染経路は……たぶんわかる、と思う」
彼女は脂汗を流しながら、笑いの形に口元を歪めた。
「AV……観た時……殺害された男優の顔がアップになったって言ったでしょ。凄く邪悪で、頭から離れなかったって。本当はだから覚えていたんじゃないの。あの時、目が、目があって……い、いま、横からのぞきこんでるの……殺された……会社員の人……同じ顔なの……ぅっ、ううっ、ずっと追いかけて来る……!」
リーゼロッテは泣き出した。ダリオは返却されたハンカチを再び彼女に差し出す。テオドールが神妙な顔で、口元に手をやり説明した。
「おそらく前のターゲットが死亡した時点で、その姿をとって、次のターゲットに『ついて来る』現象なのでしょう。かなり至近距離まで来ているようですが、まだ呪いの本体ともいえる効果自体は追いついていないようですね。どちらかといえば、今はまだホーミングの自動照準を合わされているだけの状態で、実弾が『追いつく』のは彼女の言う通り明日の晩あたりかと」
テオドールは淡々と告げ、最後にこう付け加えた。
「件のAVが媒介になったと思われますので、現物を接収するのがよいかと思います。リーゼロッテさんが映像で『相手』と目が合ったというのは事実でしょう。その時、相手から『見られて』いたのです。そこから辿るのが早い」
わかった、とダリオは頷いた。
リーゼロッテは指を組み、うつむいたままだ。まるで何かが視界に入るのをじっと回避するように指を凝視している。それで、ダリオは気がついた。リーゼロッテが必死に縮こまってやり過ごそうとするその姿は、ダリオが『怪異』から発見されないようにふるまっていた時の様子と酷似していたからだ。
「……リーゼロッテさん。もしかして、いるんですね?」
「……ぅ、」
うん、とリーゼロッテは頷いた。『何かが追いかけて来る』『どんどん近づいてる』『たぶん明日にはうちにくる』というのは、まさに今現在進行していたのだ。
ダリオには見えないが、そこに『いる』のだという。ダリオはリーゼロッテに、テオドールが詳しいので少し話してみますと断った。
「テオ、こういうのが俺に見えないなんてことあるのか?」
「そうですね……ラジオの周波数のようなものかと。ダリオさんは周波数不明な時でも、自動チューニングされて、およその怪異は普段ご覧になれると思います。しかし、この『呪い』は、目的の周波数とずれてしまい、スキャンが停止してしまう。つまり、受信できない」
「あー、てことは、『呪われている』っていうのは、周波数が合うってことか」
「そうです。電波を受信できる状態になっているのが『呪われている』状態と思っていただければ」
「そうか。で、お前としばらく行動をともにした方がいいってのは、呪いは別に特定個人にとどまるわけじゃなくて、俺も影響受けるってことか?」
「端的に申し上げると、感染する可能性はあります」
「わかった。あと、お前これ解除ってできるか?」
「……解除自体はできますが」
テオドールは真顔でダリオを見つめてきた。あ、これダメなやつ、とダリオは経験則で理解する。色々四肢なり精神なりがぶっ飛ぶやつだ。テオドールが解除したところで、リーゼロッテが無事でなければ意味がない。
「ご賢察のとおり、僕が解除した場合、本体が一度大破するかと思います。復元させることは可能ですが、以前ダリオさんは却下されましたので、お望みではないかと」
「大破ってお前な……あーそういえば言ってたな……」
出会ったばかりの頃に、ダリオが死んでも生き返らせられるが、オリジナルの復元は難しいとかなんとか言っていた件だ。当時交わした会話の内容をダリオは思い出す。
『さすがに僕も、ダリオさんの四肢が爆散しては、完全にオリジナル復元するのは難しい。復元にあたっては、多少人格がオリジナルから逸脱することになりますが……』
『逸脱ってどうなるんだ』
『……他者の血肉に異常執着を示し、知性が99%程度喪失します』
『それ元通りじゃないだろ。別人どころか、ゾンビだからな」
記憶を再生してみたが、テオドールの人外倫理観ぶりが際立つ。どう考えても、リーゼロッテにこれをやるわけにはいかない。
「うーん、解除というか、原因を特定して、穏便にこう……できないか」
「感染経路を辿れば、大元に行き会うでしょう。いつものようにオブジェクト破壊すれば、恐らく解決するかと思います。ただ、今回は呪いを感染させるなど、かなりオブジェクトのフェーズが進行していますので、勝手は違うかと思います」
「もとに戻らん感じか?」
いつもはダリオがコアのオブジェクトを破壊すると、異常増殖状態に変態していた怪異は、元の人間の姿に戻る。今回はそうではないとテオドールは言っているのか。
「はい。すでに大元となった何かの『あり方』が、呪いをまき散らすフェーズへ不可逆変化に移行していますので。ダリオさんがオブジェクト破壊されようがされまいが、原状復帰できないと思います。確かことわざが……『零れたミルクは元に戻らない』でしたか。破壊によって、呪いのような『現象』を停止させるだけになるかと」
「あー……わかった。ありがとう。最後に、テオ、お前に呪いは見えてるのか?」
はじめて、テオドールは微妙に困った様子を見せた。人間離れした美しい顔が、かすかに愁眉となっている。美人がまゆを寄せ、愁いを含ませた表情をしているわけだが、どうせろくでもない球が打ち返される前ふりだろうとダリオは考えた。そして案の定だ。
「僕から見れば、ダリオさん以外は十把一絡げと申しますか……」
質問に適切な回答ができないから歯切れが悪いだけで、テオドールが人間の個体をどう認識しているのか垣間見えて、ダリオは黙った。
気を取り直し、感染経路をリトル・レッド・フード村や盗撮事件の時のように追うことは可能か尋ねようとした時だ。
「あ、あの……」
リーゼロッテがぎゅっとつぶっていた目を開き、ダリオの方を見上げてこう言った。
「感染経路は……たぶんわかる、と思う」
彼女は脂汗を流しながら、笑いの形に口元を歪めた。
「AV……観た時……殺害された男優の顔がアップになったって言ったでしょ。凄く邪悪で、頭から離れなかったって。本当はだから覚えていたんじゃないの。あの時、目が、目があって……い、いま、横からのぞきこんでるの……殺された……会社員の人……同じ顔なの……ぅっ、ううっ、ずっと追いかけて来る……!」
リーゼロッテは泣き出した。ダリオは返却されたハンカチを再び彼女に差し出す。テオドールが神妙な顔で、口元に手をやり説明した。
「おそらく前のターゲットが死亡した時点で、その姿をとって、次のターゲットに『ついて来る』現象なのでしょう。かなり至近距離まで来ているようですが、まだ呪いの本体ともいえる効果自体は追いついていないようですね。どちらかといえば、今はまだホーミングの自動照準を合わされているだけの状態で、実弾が『追いつく』のは彼女の言う通り明日の晩あたりかと」
テオドールは淡々と告げ、最後にこう付け加えた。
「件のAVが媒介になったと思われますので、現物を接収するのがよいかと思います。リーゼロッテさんが映像で『相手』と目が合ったというのは事実でしょう。その時、相手から『見られて』いたのです。そこから辿るのが早い」
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