Astray

雲乃みい

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第3部

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あの野郎……。

湧きあがった鈴木に対するある確信に内心舌打ちしたい気持ちになりながらため息をつく。
急激に思考は冷え、俺は遥の手に触れた。
しがみつく遥の手を離そうとした。けど、抱きついてくる。

「……服着ろ」

ソファの下に落ちている遥のズボンを屈んで取る。
ようやく遥は俺からわずかに身を離し差し出したズボンを受け取った。
微かに震えている手でのろのろとズボンを履く。

「帰れ」

ちゃんと服を着たのを確認してそう言えば遥は目を見開いた。

「……落ちついたらでいい。俺は出かけ」

帰れとは言ったものの今の状態では無理だろうと、なら俺が出て行けばいい。
だが俺の言葉が終わる前に遥が身体をぶつけるようにしてまたしがみついてきた。
勢いのよさにバランスを崩した俺は遥とともにソファに座り込む。

「……先生」

俺の胸元に顔を埋めた遥の声はか細く震えて俺を呼ぶ。

「せんせい」

ゆっくりと顔を上げた遥の濡れた瞳が俺を見上げる。
先生、と苦しそうに哀しそうに繰り返す遥に俺は無言を返した。
俺は―――。

「先生……」

ぎゅっと俺の背にまわした腕に力を込め、遥の唇が続く言葉を形どる。

「好きです」

いまだに震えて、それでもはっきりとした声が静かに響いた。

「好きです、先生、好きなんです」

大粒の涙をこぼし、真っ直ぐに俺を見て遥は告げる。
その涙は綺麗で、儚い。
綺麗で、綺麗で、綺麗過ぎて、触れる気が起きない。
頬を涙で濡らしながら、無言のままの俺に遥が二度三度と「好きです」と繰り返した。

「……先生は、なんで」

口を閉ざしている俺に辛そうに遥は眉を寄せる。
その表情は普段の遥よりも大人びていていた。

「なんで」

迷うように、戸惑うように一瞬視線が揺れ、なにかを決意したように口を開いた。

「先生は、なんで……僕を抱いたんですか?」

笑いそうに、なった。
乾ききった笑いが表面には浮ばないまま俺の中に落ち、気分が重くなる。

なんで、抱いた―――か。

違うだろ。
違う。

「先生……教えてくださいっ」

俺の腕をきつく掴み必死の眼差しが俺を貫く。
遥から視線を逸らし部屋の中を眺める。
初めてだましてこの部屋に連れてきた日のことを思い出す。
あれからどれだけの月日が経ったのか。

「……なんで、お前を"犯した"のか」

騙してでも、無理矢理でも。
それは―――。


「好きだからだよ」


歪み過ぎた感情。
年の離れた、しかも生徒に対して、我ながらどうしてこんなに歪んだのかって失笑しちまう。

「お前のことが好きで、犯した。身体だけでも手に入れたかった」

俺の言葉を聞くたびに目を見開いていった遥は涙を止め、息までも止めたかのようにして俺を凝視した。
そして嬉しそうに顔をほころばせた。

「せ、んせい……っ」
「……でも」

やっぱり、駄目だ。
遥の目に俺はどう映っているのか。
言葉を途切れさせた俺に、遥は訝しげに、せんせい?、と唇を動かす。


「でも、お前の気持ちを―――信じられない」

好きだ、と言う遥の気持ちを俺は信じきれない。
手に入るならなんだっていい、そう思ってたのに。





***





遥に初めて会ったのは二年前。
俺はまだ新任で、二年生を受け持っていた。
ちょうど遥と出会ったとき―――あの頃は柄にもなく仕事で気落ちしていた時だった。
別にそのとき一目惚れしたとかじゃない。
まだ中学生だった遥の純粋さに癒されはしたけれど。

『先生、また数学教えてください』

模試のあと、ひとり階段のところに座り込んでいた遥に声をかけたのは単純に帰宅を促すためだった。
ひっそりとうずくまっていた遥は問題用紙を必死に見ていて、訊けば一問だけ時間が来て途中で断念したのがあってそれが気になったのだという。
家に帰ってゆっくり確認すればいいのに、そう思いながらも唸るようにして考えている姿が微笑ましくて俺はつい隣に座って教えてやった。
すぐに問題は解け、遥は俺に礼を言い、

『僕この学校に入学できたら先生に教わりたいです』

と笑顔を向けてきた。
邪気のない笑顔に、じゃあ受験頑張れよ待ってるな、と俺も笑い返し見送った。
それから翌年、遥はこの学校へ入学した。
俺はまた二年生の受け持ちで一年生の遥とは接点がなく、ただ入学していることだけ入学式にその姿を見かけて知っていた。
たった一度少し話しただけの俺のことを覚えてるとは限らないから俺から声をかけることはしなかった。
そしてやってきた再会は準備室で、遥の目は鈴木だけを見ていた。
別に好きだったわけじゃない。

『こんにちは』

鈴木と同じ準備室を使う俺に遥が挨拶して、それだけだ。
同性でしかも教師を好きになっている遥に気づいて―――同性でもいいのかと少し複雑な気分になった。

『……鈴木先生、あのっ、ここなんですけど』

放課後少女のように顔を赤らめて鈴木に質問をしにくる姿は健気で、報われないだろうに、と複雑な気分になった。

『鈴木先生』

そう呼ぶときの緊張して上擦った声を聞くたびに、やはり複雑な気分に陥る。

『……あの鈴木先生は』

俺しかいなかったときの静かな落胆を見るのがいやで目を逸らした。
だが―――目を逸らしたところで、8つも下の遥の存在が……ひっかかっていたのは本当は最初からだったのかもしれない。




***


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