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第3部
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sideM
心なんて――伴わなくてもいい。
ただ身体だけ――俺のところに堕ちればいい。
堕ちるまで、壊して噛み砕いて、犯し続けてやる。
ただ、そう
思っていた。
それで、それだけで、いいと。
***
「片桐、小西――」
朝のホームルーム。生徒たちの名前を読み上げていく。
毎日変わり映えのしない光景。
生徒たちはそれぞれ元気よくだったり気のない返事だったりを返してくる。
それによどみなく俺はただ名前を呼ぶ。
淡々と、ただ呼ぶだけだ。
「澤野」
名簿に視線を落したままで。
テンポは崩しちゃいない。
だけどその名前を呼ぶ時だけ妙に自分の中で一瞬が長く感じる。
そして、
――はい。
と、遥のかろうじて俺へと届く小さな声が聞こえてくるまでの時間も。
か細い声に覇気はなく、それでもその声が前に向かって出されていることはわかる。
それでも俺の視線は名簿に落ちたままで、視線を上げることなく次の生徒の名を呼ぶ。
視線を感じたまま、なにも見ないふりをして。
あの日、準備室で強引に抱いたあの日。
部屋に放置したあとのことを知らない。
2時間以上の時間を置いて戻った時には情事のあとなどまったくなく、いたのは鈴木だけだった。
それに心底安堵し、同時に数日遥は登校してこないだろうと思った。
予想通り翌日遥は学校を休み――だけれどそのあとはちゃんと登校してきていた。
白い顔を一層白くさせて、"あの日"初めて遥を犯したとき以上にやつれた顔で。
『風邪はもうだいじょうぶなのか』
その朝のホームルームで"担任"として形式的にかけた言葉に『はい』と返事をした遥は視線を逸らすことなく複雑な感情で瞳を揺らしながらも俺を見てきた。
泣き腫らしたのか赤くなった目が俺を捉え、すぐに視線を逸らした。
泣く必要なんてないのに。
馬鹿だ、と内心呟く。
解放されたのだと、喜べばいいのに。
喜ぶべき、なんだよ、お前は。
俺のことを、そんな目で、見る必要なんてない。
ないんだ。
全部忘れてしまえばいい。
あの日から一週間たった今も変わらず向けられる視線を無視し続け、クラス全員の名前を呼び終えた俺はそっと名簿を閉じた。
***
「あーつかれたー」
放課後、鈴木が肩を回しながら準備室に入ってきた。
「早く帰ってAV見てぇ」
イスに音を立てて座り大きな声で言う。
決して生徒には見せられない聞かせられない態度だ。
だけど鈴木の場合フレンドリーで生徒たちに人気があるから、特に影響はないのかもしれない。
俺にとってはいつものことだから気にせずに今日した小テストの答案を採点していく。
「AV借りて帰るかなー」
独り言にしては毎回大きすぎる声。
俺はただ黙々と作業しているとキャスターが動き近づいてくる音がした。
傍らにイスごと移動してきた鈴木は俺のデスクに片肘をつく。
「なぁ、葛城」
どうせろくなことじゃないだろうと答案用紙から視線を逸らすことはしない。
「なんだ」
「いま悩みがあるんだけど、相談乗ってくれないかなーと思ってさー」
「……」
相談、と言ってもどうしたってろくなことじゃないに決まっている。
「最近さコスプレものにハマってるんだけど、今日の気分は女子高生もの見たい気分なんだよ。でもさ、仮に借りたとして、実際見てみてやっぱコスプレものにしておけばよかったぁとなったら悔しいだろ?」
「……両方借りろ」
案の定過ぎる内容にぐだぐだと会話を続けるのも面倒だから即答した。
「なるほど、それはアリだな」
よしじゃあ今日は―――と隣でぶつぶつと喋り続ける鈴木。
うるさいのはうるさいが存在をないものにしてしまえばどうでもいい。
「―――」
手が止まったのは、自分のデスクに戻ることなく何か喋っている鈴木のせいじゃなくて、ひとりの生徒の答案だった。
『澤野遥』
習字を習っていたらしい遥の字はとても綺麗だ。
数秒止まった動きを再開し、答案をチェックしていく。
毎日暗い表情をしているけど勉強はしっかりしているのか満点に近かった。
「お、遥ちゃんのか。相変わらず綺麗な字だなー」
一瞬自分の眉が上がってしまうのを感じた。
「……なんだその気持ち悪い呼び方」
鈴木の相手をするつもりなんてなかった。
遥の答案をめくり、次の生徒の採点をはじめる。
「遥ちゃん、ってぴったりだろ。澤野可愛いし」
「……男だろ」
「んなのわかってるさ。でもその辺の女よりは可愛いな。なんつーの、清純派?」
また手が止まりそうになったがそのまま動かす。
横を見てはいないから鈴木の表情はわからないが、楽しそうな声だ。
「遥ちゃん遊びにこなくなったよな。前はしょっちゅう勉強教わりに来てたのに。お前いじめたんじゃないのか」
鈴木が妙な呼び方をするたびにいらいらする。
「俺に訊きにきてくれれば優しく教えてやるのにな」
「……お前、頭沸いたか? 女じゃないぞ、澤野は」
「当たり前だろ」
堪え切れず隣を見れば、鈴木は大口を開けて笑う。
「まー澤野ならアリかなって気はするけど」
「……あ?」
「それより、お前金曜暇じゃないか? 飲みにいくんだけど、来いよ。可愛い子来るからさ。お前ずっとフリーなんだろ? 紹介してやるよ」
にやにやと俺の顔を覗き込んでくる鈴木から答案へと視線を戻す。
「どうせ暇だろ? 決定だから。俺もたまには息抜きしなきゃなー」
とりあえず今日はAVだなー、とぼやいている鈴木の存在を今度こそ完全にシャットダウンする。
窓の外から差し込む西日が用紙にかかっている。
不意に鈴木と―――笑顔の遥の姿が脳裏によみがえって、それを振り払い仕事に集中した。
***
心なんて――伴わなくてもいい。
ただ身体だけ――俺のところに堕ちればいい。
堕ちるまで、壊して噛み砕いて、犯し続けてやる。
ただ、そう
思っていた。
それで、それだけで、いいと。
***
「片桐、小西――」
朝のホームルーム。生徒たちの名前を読み上げていく。
毎日変わり映えのしない光景。
生徒たちはそれぞれ元気よくだったり気のない返事だったりを返してくる。
それによどみなく俺はただ名前を呼ぶ。
淡々と、ただ呼ぶだけだ。
「澤野」
名簿に視線を落したままで。
テンポは崩しちゃいない。
だけどその名前を呼ぶ時だけ妙に自分の中で一瞬が長く感じる。
そして、
――はい。
と、遥のかろうじて俺へと届く小さな声が聞こえてくるまでの時間も。
か細い声に覇気はなく、それでもその声が前に向かって出されていることはわかる。
それでも俺の視線は名簿に落ちたままで、視線を上げることなく次の生徒の名を呼ぶ。
視線を感じたまま、なにも見ないふりをして。
あの日、準備室で強引に抱いたあの日。
部屋に放置したあとのことを知らない。
2時間以上の時間を置いて戻った時には情事のあとなどまったくなく、いたのは鈴木だけだった。
それに心底安堵し、同時に数日遥は登校してこないだろうと思った。
予想通り翌日遥は学校を休み――だけれどそのあとはちゃんと登校してきていた。
白い顔を一層白くさせて、"あの日"初めて遥を犯したとき以上にやつれた顔で。
『風邪はもうだいじょうぶなのか』
その朝のホームルームで"担任"として形式的にかけた言葉に『はい』と返事をした遥は視線を逸らすことなく複雑な感情で瞳を揺らしながらも俺を見てきた。
泣き腫らしたのか赤くなった目が俺を捉え、すぐに視線を逸らした。
泣く必要なんてないのに。
馬鹿だ、と内心呟く。
解放されたのだと、喜べばいいのに。
喜ぶべき、なんだよ、お前は。
俺のことを、そんな目で、見る必要なんてない。
ないんだ。
全部忘れてしまえばいい。
あの日から一週間たった今も変わらず向けられる視線を無視し続け、クラス全員の名前を呼び終えた俺はそっと名簿を閉じた。
***
「あーつかれたー」
放課後、鈴木が肩を回しながら準備室に入ってきた。
「早く帰ってAV見てぇ」
イスに音を立てて座り大きな声で言う。
決して生徒には見せられない聞かせられない態度だ。
だけど鈴木の場合フレンドリーで生徒たちに人気があるから、特に影響はないのかもしれない。
俺にとってはいつものことだから気にせずに今日した小テストの答案を採点していく。
「AV借りて帰るかなー」
独り言にしては毎回大きすぎる声。
俺はただ黙々と作業しているとキャスターが動き近づいてくる音がした。
傍らにイスごと移動してきた鈴木は俺のデスクに片肘をつく。
「なぁ、葛城」
どうせろくなことじゃないだろうと答案用紙から視線を逸らすことはしない。
「なんだ」
「いま悩みがあるんだけど、相談乗ってくれないかなーと思ってさー」
「……」
相談、と言ってもどうしたってろくなことじゃないに決まっている。
「最近さコスプレものにハマってるんだけど、今日の気分は女子高生もの見たい気分なんだよ。でもさ、仮に借りたとして、実際見てみてやっぱコスプレものにしておけばよかったぁとなったら悔しいだろ?」
「……両方借りろ」
案の定過ぎる内容にぐだぐだと会話を続けるのも面倒だから即答した。
「なるほど、それはアリだな」
よしじゃあ今日は―――と隣でぶつぶつと喋り続ける鈴木。
うるさいのはうるさいが存在をないものにしてしまえばどうでもいい。
「―――」
手が止まったのは、自分のデスクに戻ることなく何か喋っている鈴木のせいじゃなくて、ひとりの生徒の答案だった。
『澤野遥』
習字を習っていたらしい遥の字はとても綺麗だ。
数秒止まった動きを再開し、答案をチェックしていく。
毎日暗い表情をしているけど勉強はしっかりしているのか満点に近かった。
「お、遥ちゃんのか。相変わらず綺麗な字だなー」
一瞬自分の眉が上がってしまうのを感じた。
「……なんだその気持ち悪い呼び方」
鈴木の相手をするつもりなんてなかった。
遥の答案をめくり、次の生徒の採点をはじめる。
「遥ちゃん、ってぴったりだろ。澤野可愛いし」
「……男だろ」
「んなのわかってるさ。でもその辺の女よりは可愛いな。なんつーの、清純派?」
また手が止まりそうになったがそのまま動かす。
横を見てはいないから鈴木の表情はわからないが、楽しそうな声だ。
「遥ちゃん遊びにこなくなったよな。前はしょっちゅう勉強教わりに来てたのに。お前いじめたんじゃないのか」
鈴木が妙な呼び方をするたびにいらいらする。
「俺に訊きにきてくれれば優しく教えてやるのにな」
「……お前、頭沸いたか? 女じゃないぞ、澤野は」
「当たり前だろ」
堪え切れず隣を見れば、鈴木は大口を開けて笑う。
「まー澤野ならアリかなって気はするけど」
「……あ?」
「それより、お前金曜暇じゃないか? 飲みにいくんだけど、来いよ。可愛い子来るからさ。お前ずっとフリーなんだろ? 紹介してやるよ」
にやにやと俺の顔を覗き込んでくる鈴木から答案へと視線を戻す。
「どうせ暇だろ? 決定だから。俺もたまには息抜きしなきゃなー」
とりあえず今日はAVだなー、とぼやいている鈴木の存在を今度こそ完全にシャットダウンする。
窓の外から差し込む西日が用紙にかかっている。
不意に鈴木と―――笑顔の遥の姿が脳裏によみがえって、それを振り払い仕事に集中した。
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