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第2部
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先生と話す時間を作ろう。
そう決めて、放課後がいいのか先生の家に直接言ったほうがいいのか迷っていたら、唐突にその日のうちにそのときはきた。
六時間目の授業が自習になったことがきっかけだった。
突然の自習にクラスメイトたちはざわざわと騒がしくなって、課題のプリントは配られたけど、みんな自由に席を立ったりしてる。
僕はプリントを見ながら―――先生のことを考えてた。
ちょうどいまの時間、先生は受け持ってる授業がないはずなんだ。
そんなことまでいつの間にか把握してしまってた自分に驚きながら、いまがチャンスなんじゃないかってプリントを握りしめる。
放課後は鈴木先生がいるはずだし、家まで行ったら―――……。
「ハルー」
里ちゃんが前の席にプリントを持ってやってきた。
僕は里ちゃんを見て―――迷うままに、口を開いていた。
「……保健室行ってくる」
「は? 具合悪いのか?」
「ちょ……っと……」
「確かに顔色悪いけど。ついていこーか?」
「大丈夫……」
顔色悪いのはきっと緊張してるからだとおもう。
それに嘘ついてることに罪悪感わくけど。
昼休み、里ちゃんたちに後押ししてもらったから、だから、がんばろうって……決めたんだ。
「……里ちゃん、行ってくるね」
「ああ。気をつけろよ」
どこに行くのか―――。
僕と里ちゃんの会話は本当は噛み合っていない。
けど、「うん」と頷いて僕は教室を抜け出すと、先生がいるはずの準備室へと向かったのだった。
***
準備室の前に辿りついて、そこから動けない。
ノックをしなきゃいけないけど決心してここまで来たのに意気地なしな僕は怖くて立ちすくんでいた。
ぎゅ、と唇を噛んで拳を握りしめる。
深く息を吸い込んで、息を止める。
―――このまま先生と会えなくなるのはいやだ。
そう、想って、ゆっくり息を吐き出して、手を動かした。
ドアをノックする音がやけに大きく響いて聞こえた。
―――中から先生の返事がして僕はドアを開ける。
「……失礼します」
中へと足を踏み入れる僕の目にちょうど椅子に腰かけた先生が振り向くのが映った。
その顔が一瞬驚き、すぐに無表情になるのも。
後手にドアを閉め、緊張と不安で激しくなる動悸に息苦しさを感じながら震える足を動かした。
「……先生」
「―――なんだ。いまは授業中だろう」
冷たい声が胸に突き刺さる。
先生は「教室に戻れ」と僕に背を向けた。
プリントかなにか作ってるのか調べものでもしているのか。
先生がパソコンのキーを打つ音が静かな室内に響きだす。
僕は―――また一歩、一歩と足をゆっくりとすすめた。
「先生……」
手足も、声も震えていた。
生きてきた中でこんなに緊張してるのは初めてで、いまにもこの場に座り込んでしまいそうになる。
「先生……あの。あの、この前のことなんですけど」
振り向くことはなく作業を続けている先生。
僕の存在なんてないようなその態度にくじけそうになりながらも声を絞り出す。
「もういいって……どうしてなんです……か?」
尋ねた言葉はひどく直接的だった。
でも思考はまわらないし、どうやって訊けばいいかわからない。
そして一旦口火を切れば、またもうひとつと言葉が滑り落ちる。
「連絡……もうしないって、なんで……。僕……なにかしましたか……? 先生の気に障るようなこと」
先生は無言のままだけど、震えながらも僕は止めることができないまま震える声で訊き続ける。
「もし僕がなにかしたのなら、謝ります……っ。だから先生……あの、もう会わないなんて―――……」
不意に、大きな物音がした。
喋ることに夢中になっていた僕はハッとしていつの間にか俯いていた顔を上げた。
見れば椅子が動き、立ちあがった先生が映る。
「……お前」
ため息混じりに先生の呟きが落ちた。
先生が僕に反応してくれたことが、たったそれだけだけど嬉しくなってしまう。
背を向けたまま先生は―――多分短く笑った。
「お前さ。頭おかしいんじゃないのか?」
振り向き、先生は机にもたれるようにして立ち冷たい眼差しを僕に留めた。
「……え……?」
浮かぶ嘲笑に心臓が痛む。
「だってそうだろ? お前俺になにされてたのかわかってるのか?」
呆れたようなバカにしたような視線。
「お前は犯されてたんだぞ? 解放されて喜ぶはずだろ?」
確かにそうだ。
そう、なんだけど。
「……でも、でも……僕は……先生が」
犯されてたのに、おかしいのかもしれない。
でもだけど、先生の部屋で過ごす時間がだんだんと大切なものになっていった。
無理やりで始まったけど先生は優しかった……。
だから―――。
「僕は」
「そんなに」
僕は―――。
「ヨカッタ、のか?」
一段低くなった先生の声は一層冷たかった。
「……な……に?」
「セックスだよ。男の俺に突っ込まれてお前散々善がってたもんな? ヤリすぎて、ヤレなくなって身体が寂しいんだろ?」
「……ち……違いますッ!! 先生、僕は」
「何が違うんだよ。ヤリたいんだろ? 突っ込まれてイキまくりたいんだろ? そういや保健室では挿れてないもんな」
まさか学校でお前から誘われるなんて思わなかったな。
そう笑う先生に頭が真っ白になっていく。
違う、違う。
そうじゃない。
でも保健室で誘ったのは……確かに僕だ。
でも、違う。
「せ、先生、僕はっ……そうじゃなくて……っ、あの……っ」
「欲求不満なんだろ?」
「違いますっ。先生っ」
「しょーがねぇな。もうお前飽きたし他探そうと思ってたけど」
「……」
面倒臭そうに吐き出された言葉に胸が抉られる。
飽きた?
他?
誰? 僕以外を―――。
イヤだ。
次々に頭の中に沸き上がってくる想い。
「俺も散々楽しませてもらったしな―――最後にヤってやるよ」
ふらりと先生が机の側から離れ、僕の思考を断つように、冷ややかに告げた。
「自分でほぐして机に手をついてケツ突き出せ。そうしたら突っ込んでヤるよ」
「―――」
冗談、なんかじゃないことは……先生の目を見ればわかった。
呆然としてしまう僕の視界の中で、先生は「たしかアイツ持ってたな……」と言いながら鈴木先生の机の引き出しを開けて何かを探していた。
そして見つけたソレを先生の机の上に置いた。
「ハンドクリームでいいだろ。ローション代わりに使え。ほら、早くしろよ。授業終わるぞ?」
チューブに入ったハンドクリーム。
それを使って自分でほぐす。
出来ない。
出来るはずない。
息が苦しいのに呼吸するのも忘れそうになる。
出来ない。
出来るはずない―――けど。
「……は……い」
多分、しなかったら本当に先生との接点は切れてしまう。
もう二度と先生は僕に触れてくれない。
それだけは確信できて、ほんの少しの可能性でもいいから、と僕はガタガタと震えて今にも崩れそうになる足に力を込めて先生のそばに向かった。
先生は入れ替わるように机から離れ、鈴木先生の机のそばに立つ。
机の上のハンドクリーム。
ドラッグストアでよく見かけるようなどこにでもあるハンドクリーム。
目に見えて震えている手でそれを取った。
キャップを開こうとすれば、
「先に脱げよ」
と笑われる。
びくりと身体が強張ってハンドクリームが机の上に落ちてしまう。
確かに脱がなきゃ触れない……。
ドキドキとまるで心臓が耳のあたりにあるようにうるさい。
顔が熱く頭がぐらぐらするのを感じながら僕はズボンに手をかけた。
緊張のせいでベルトを外すのも脱ぐのも時間がかかった。
素肌が空気に触れ全身が竦む。
学校の中で自分がなにをしてるのか、しようとしてるのか。
考えただけで怖くて震える。
だけど……。
「早くシろ」
「……」
僕は今度こそハンドクリームを指先に出し、恐る恐る後へと持っていった。
そう決めて、放課後がいいのか先生の家に直接言ったほうがいいのか迷っていたら、唐突にその日のうちにそのときはきた。
六時間目の授業が自習になったことがきっかけだった。
突然の自習にクラスメイトたちはざわざわと騒がしくなって、課題のプリントは配られたけど、みんな自由に席を立ったりしてる。
僕はプリントを見ながら―――先生のことを考えてた。
ちょうどいまの時間、先生は受け持ってる授業がないはずなんだ。
そんなことまでいつの間にか把握してしまってた自分に驚きながら、いまがチャンスなんじゃないかってプリントを握りしめる。
放課後は鈴木先生がいるはずだし、家まで行ったら―――……。
「ハルー」
里ちゃんが前の席にプリントを持ってやってきた。
僕は里ちゃんを見て―――迷うままに、口を開いていた。
「……保健室行ってくる」
「は? 具合悪いのか?」
「ちょ……っと……」
「確かに顔色悪いけど。ついていこーか?」
「大丈夫……」
顔色悪いのはきっと緊張してるからだとおもう。
それに嘘ついてることに罪悪感わくけど。
昼休み、里ちゃんたちに後押ししてもらったから、だから、がんばろうって……決めたんだ。
「……里ちゃん、行ってくるね」
「ああ。気をつけろよ」
どこに行くのか―――。
僕と里ちゃんの会話は本当は噛み合っていない。
けど、「うん」と頷いて僕は教室を抜け出すと、先生がいるはずの準備室へと向かったのだった。
***
準備室の前に辿りついて、そこから動けない。
ノックをしなきゃいけないけど決心してここまで来たのに意気地なしな僕は怖くて立ちすくんでいた。
ぎゅ、と唇を噛んで拳を握りしめる。
深く息を吸い込んで、息を止める。
―――このまま先生と会えなくなるのはいやだ。
そう、想って、ゆっくり息を吐き出して、手を動かした。
ドアをノックする音がやけに大きく響いて聞こえた。
―――中から先生の返事がして僕はドアを開ける。
「……失礼します」
中へと足を踏み入れる僕の目にちょうど椅子に腰かけた先生が振り向くのが映った。
その顔が一瞬驚き、すぐに無表情になるのも。
後手にドアを閉め、緊張と不安で激しくなる動悸に息苦しさを感じながら震える足を動かした。
「……先生」
「―――なんだ。いまは授業中だろう」
冷たい声が胸に突き刺さる。
先生は「教室に戻れ」と僕に背を向けた。
プリントかなにか作ってるのか調べものでもしているのか。
先生がパソコンのキーを打つ音が静かな室内に響きだす。
僕は―――また一歩、一歩と足をゆっくりとすすめた。
「先生……」
手足も、声も震えていた。
生きてきた中でこんなに緊張してるのは初めてで、いまにもこの場に座り込んでしまいそうになる。
「先生……あの。あの、この前のことなんですけど」
振り向くことはなく作業を続けている先生。
僕の存在なんてないようなその態度にくじけそうになりながらも声を絞り出す。
「もういいって……どうしてなんです……か?」
尋ねた言葉はひどく直接的だった。
でも思考はまわらないし、どうやって訊けばいいかわからない。
そして一旦口火を切れば、またもうひとつと言葉が滑り落ちる。
「連絡……もうしないって、なんで……。僕……なにかしましたか……? 先生の気に障るようなこと」
先生は無言のままだけど、震えながらも僕は止めることができないまま震える声で訊き続ける。
「もし僕がなにかしたのなら、謝ります……っ。だから先生……あの、もう会わないなんて―――……」
不意に、大きな物音がした。
喋ることに夢中になっていた僕はハッとしていつの間にか俯いていた顔を上げた。
見れば椅子が動き、立ちあがった先生が映る。
「……お前」
ため息混じりに先生の呟きが落ちた。
先生が僕に反応してくれたことが、たったそれだけだけど嬉しくなってしまう。
背を向けたまま先生は―――多分短く笑った。
「お前さ。頭おかしいんじゃないのか?」
振り向き、先生は机にもたれるようにして立ち冷たい眼差しを僕に留めた。
「……え……?」
浮かぶ嘲笑に心臓が痛む。
「だってそうだろ? お前俺になにされてたのかわかってるのか?」
呆れたようなバカにしたような視線。
「お前は犯されてたんだぞ? 解放されて喜ぶはずだろ?」
確かにそうだ。
そう、なんだけど。
「……でも、でも……僕は……先生が」
犯されてたのに、おかしいのかもしれない。
でもだけど、先生の部屋で過ごす時間がだんだんと大切なものになっていった。
無理やりで始まったけど先生は優しかった……。
だから―――。
「僕は」
「そんなに」
僕は―――。
「ヨカッタ、のか?」
一段低くなった先生の声は一層冷たかった。
「……な……に?」
「セックスだよ。男の俺に突っ込まれてお前散々善がってたもんな? ヤリすぎて、ヤレなくなって身体が寂しいんだろ?」
「……ち……違いますッ!! 先生、僕は」
「何が違うんだよ。ヤリたいんだろ? 突っ込まれてイキまくりたいんだろ? そういや保健室では挿れてないもんな」
まさか学校でお前から誘われるなんて思わなかったな。
そう笑う先生に頭が真っ白になっていく。
違う、違う。
そうじゃない。
でも保健室で誘ったのは……確かに僕だ。
でも、違う。
「せ、先生、僕はっ……そうじゃなくて……っ、あの……っ」
「欲求不満なんだろ?」
「違いますっ。先生っ」
「しょーがねぇな。もうお前飽きたし他探そうと思ってたけど」
「……」
面倒臭そうに吐き出された言葉に胸が抉られる。
飽きた?
他?
誰? 僕以外を―――。
イヤだ。
次々に頭の中に沸き上がってくる想い。
「俺も散々楽しませてもらったしな―――最後にヤってやるよ」
ふらりと先生が机の側から離れ、僕の思考を断つように、冷ややかに告げた。
「自分でほぐして机に手をついてケツ突き出せ。そうしたら突っ込んでヤるよ」
「―――」
冗談、なんかじゃないことは……先生の目を見ればわかった。
呆然としてしまう僕の視界の中で、先生は「たしかアイツ持ってたな……」と言いながら鈴木先生の机の引き出しを開けて何かを探していた。
そして見つけたソレを先生の机の上に置いた。
「ハンドクリームでいいだろ。ローション代わりに使え。ほら、早くしろよ。授業終わるぞ?」
チューブに入ったハンドクリーム。
それを使って自分でほぐす。
出来ない。
出来るはずない。
息が苦しいのに呼吸するのも忘れそうになる。
出来ない。
出来るはずない―――けど。
「……は……い」
多分、しなかったら本当に先生との接点は切れてしまう。
もう二度と先生は僕に触れてくれない。
それだけは確信できて、ほんの少しの可能性でもいいから、と僕はガタガタと震えて今にも崩れそうになる足に力を込めて先生のそばに向かった。
先生は入れ替わるように机から離れ、鈴木先生の机のそばに立つ。
机の上のハンドクリーム。
ドラッグストアでよく見かけるようなどこにでもあるハンドクリーム。
目に見えて震えている手でそれを取った。
キャップを開こうとすれば、
「先に脱げよ」
と笑われる。
びくりと身体が強張ってハンドクリームが机の上に落ちてしまう。
確かに脱がなきゃ触れない……。
ドキドキとまるで心臓が耳のあたりにあるようにうるさい。
顔が熱く頭がぐらぐらするのを感じながら僕はズボンに手をかけた。
緊張のせいでベルトを外すのも脱ぐのも時間がかかった。
素肌が空気に触れ全身が竦む。
学校の中で自分がなにをしてるのか、しようとしてるのか。
考えただけで怖くて震える。
だけど……。
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「……」
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