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第2部
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―――なんで、連絡がないんだろう。
金曜の夜、ずっとずっと連絡を待っていた。
いつもなら鳴るはずの時間になっても僕の携帯が着信を告げることはなかった。
でも金曜の夜はまだマシだった。
もしかしたら先生も忙しいんだし疲れて寝てしまったのかもしれないとか友達と飲みに行ってるのかもしれない、そう思えたから。
携帯を握ったまま先生からの電話を待っていた僕はベッドでいつの間にか眠っていて次の朝目が覚めて着信履歴を見ても先生の名前がないことにがっかりした。
メールもなにも入っていなくて朝からずっと不安になって。
そしていつもなら先生が迎えに来てくれる時間になっても携帯が鳴ることはなかった。
「……どうしたんだろ」
ベッドに座り込んで先生の名前を携帯に表示させる。
ここ数カ月連絡がないってことなんてなかった。
どうしたんだろう、ってずっと思いながら時間だけが過ぎていく。
「今日はでかけないの?」
「……うん。あ、もしかしたら後で出かけるかも……しれない。わからないけど」
久しぶりに土曜の昼間、家にいる僕に母さんとお昼を食べながら訊かれた問い。
先生から電話がかかってくるかもしれないって可能性はまだないわけじゃないから一応出かけるかもなんて言ったけど―――。
結局、夜になっても電話がかかってくることはなかった。
「……先生」
何度も先生の名前を携帯に表示させて、メールの作成画面を表示させた。
だけど発信ボタンを押すことはできなくて、メールも送信ボタンを押すことはなく削除して。
ずっとその繰り返しだった。
なにもすることなく無駄に土曜日は終わってしまい。
日曜日になって。
僕はなんの連絡もないのに着替えると家を出て―――先生の家へと向かった。
いつもは車で通る道を歩くのはとても新鮮だった。
だからといって気分は晴れることはなかったけど。
先生から連絡がない理由がわからない。
思い当たることと言えば保健室の一件だった。
僕から先生の手を掴んだことを―――先生は本当は怒っていた?
……そんなことはないはず。
ベッドの傍から離れていったとき、あの一瞬先生は僕を見て―――『土曜日』って口だけを動かした。
はっきりと言われたわけじゃないけど、確かにそう動いた唇。
だから、だから怒ってるなんてことはないはず。
でもだから、なぜ連絡がないのかがわからなかった。
もしかして病気?
不安が募っていく中、ようやく先生の住むアパートが視界に映る。
実際自分の目で捉えて僕は足を止めた。
連絡もなにもしないでここまで来てしまったけどあそこまで行ってドアをノックする勇気がなかった。
もし来客中だったり忙しかったらって考えてしまうし。
やっぱりメールだけでも送ったほうがいいのかな。
携帯を取り出して家にいたときと同じようにメールを起動しては消すを繰り返す。
日曜の昼、道の真ん中で立ちつくしている僕はきっと周りからみたら怪しいだろう。
たまに通り過ぎるひとたちに視線を送られるのを感じて少し先にあったコンビニまで戻るか、それともアパートまで行ってみるか悩んだ。
迷ったままのろのろと足を動かし前へと進む。
先生は家にいるのかな。
それとも出かけてる?
どうしよう、どうすればいい。
悩んで迷ってる間にアパートまでもうすぐのところに来て、一階部分にある駐車場の定位置に先生の車があるのが遠目だけどわかった。
先生いるのかな―――とアパートを見上げたときドアの開閉する音が聞こえてきた。
もし先生だったらって住人はほかにもたくさんいるのにもしかしたらって緊張して。
馬鹿みたいに立ちつくす僕の視界の中、アパートの階段を下りてきたのは……先生だった。
心臓がぎゅっとなって、急激に速く動き出すのがわかる。
声も出せずに先生を見つめることしかできなかった。
先生はうつむいて階段を下りていて、下についたところでふと顔を上げた。
先生と目が合って、先生が驚いたように目を見開く。
「――」
なにを言えばいいのかわからないまま口を開きかけて、僕は言う言葉も見つけてなかったのに言葉を失う。
先生は、すぐに無表情になって、僕から視線を逸らした。
そのまま駐車場へと向かう。
―――なんで。
不安が一気に全身に渦巻いて僕は無意識に身体を動かしていた。
ほんの三日前。
あの日先生の手を取ったのに。
僕を見てくれなかった学校で触れて触れられたのに。
なんで。
「――……先生っ」
気づけばそう声をかけてた。
振り返ることなく立ち止まった先生の傍に駆け寄って、三日前のように僕は先生の手を掴んだ。
「あ、あのっ」
先生がゆっくりと振り向いて僕を見下ろす。
無表情のままの先生にまた僕は言葉を失う。
先生の視線が先生の手を掴む僕の手へと移動し、数秒眺め、振りほどかれた。
「――触るな」
「……え」
冷たく静かに吐き出された声に身体が竦む。
呆然と先生を見上げる僕に先生は無表情のまま冷たく目を光らせて呟いた。
「なんでここにいる」
「……」
なんで、ってだって、いつも、僕は。
「あ、あの……あの」
「もういい」
「え?」
「お前に連絡することはもうない」
はっきりとした拒絶を滲ませた声。
僕は絶句して先生を凝視する。
だから、と動く先生の唇。
「帰れ」
―――先生。
って、呼ぶことも、その手を再び掴むこともできなかった。
動くことができない。
先生は車に乗り込んだ。エンジン音が駐車場に響く。
そして、僕の前を通り過ぎた。
走り去る車。
残された僕。
いなくなった、先生。
いつまで―――そこにいたのか覚えてない。
どうやって家まで帰ったのかも覚えてない。
『夕食は』
と声をかけた母さんにいらないと返事をしたことだけは覚えてる。
あとはずっと、ずっと部屋でうずくまっていた。
なんでこうなってしまったのかわからなくて。
時間が経つごとに先生の言葉の意味を理解すればするほど怖くなって。
何かの間違いだって思うけど。
学校じゃないのに、冷たく僕を見る先生の目を思い出して―――息が、詰まった。
***
金曜の夜、ずっとずっと連絡を待っていた。
いつもなら鳴るはずの時間になっても僕の携帯が着信を告げることはなかった。
でも金曜の夜はまだマシだった。
もしかしたら先生も忙しいんだし疲れて寝てしまったのかもしれないとか友達と飲みに行ってるのかもしれない、そう思えたから。
携帯を握ったまま先生からの電話を待っていた僕はベッドでいつの間にか眠っていて次の朝目が覚めて着信履歴を見ても先生の名前がないことにがっかりした。
メールもなにも入っていなくて朝からずっと不安になって。
そしていつもなら先生が迎えに来てくれる時間になっても携帯が鳴ることはなかった。
「……どうしたんだろ」
ベッドに座り込んで先生の名前を携帯に表示させる。
ここ数カ月連絡がないってことなんてなかった。
どうしたんだろう、ってずっと思いながら時間だけが過ぎていく。
「今日はでかけないの?」
「……うん。あ、もしかしたら後で出かけるかも……しれない。わからないけど」
久しぶりに土曜の昼間、家にいる僕に母さんとお昼を食べながら訊かれた問い。
先生から電話がかかってくるかもしれないって可能性はまだないわけじゃないから一応出かけるかもなんて言ったけど―――。
結局、夜になっても電話がかかってくることはなかった。
「……先生」
何度も先生の名前を携帯に表示させて、メールの作成画面を表示させた。
だけど発信ボタンを押すことはできなくて、メールも送信ボタンを押すことはなく削除して。
ずっとその繰り返しだった。
なにもすることなく無駄に土曜日は終わってしまい。
日曜日になって。
僕はなんの連絡もないのに着替えると家を出て―――先生の家へと向かった。
いつもは車で通る道を歩くのはとても新鮮だった。
だからといって気分は晴れることはなかったけど。
先生から連絡がない理由がわからない。
思い当たることと言えば保健室の一件だった。
僕から先生の手を掴んだことを―――先生は本当は怒っていた?
……そんなことはないはず。
ベッドの傍から離れていったとき、あの一瞬先生は僕を見て―――『土曜日』って口だけを動かした。
はっきりと言われたわけじゃないけど、確かにそう動いた唇。
だから、だから怒ってるなんてことはないはず。
でもだから、なぜ連絡がないのかがわからなかった。
もしかして病気?
不安が募っていく中、ようやく先生の住むアパートが視界に映る。
実際自分の目で捉えて僕は足を止めた。
連絡もなにもしないでここまで来てしまったけどあそこまで行ってドアをノックする勇気がなかった。
もし来客中だったり忙しかったらって考えてしまうし。
やっぱりメールだけでも送ったほうがいいのかな。
携帯を取り出して家にいたときと同じようにメールを起動しては消すを繰り返す。
日曜の昼、道の真ん中で立ちつくしている僕はきっと周りからみたら怪しいだろう。
たまに通り過ぎるひとたちに視線を送られるのを感じて少し先にあったコンビニまで戻るか、それともアパートまで行ってみるか悩んだ。
迷ったままのろのろと足を動かし前へと進む。
先生は家にいるのかな。
それとも出かけてる?
どうしよう、どうすればいい。
悩んで迷ってる間にアパートまでもうすぐのところに来て、一階部分にある駐車場の定位置に先生の車があるのが遠目だけどわかった。
先生いるのかな―――とアパートを見上げたときドアの開閉する音が聞こえてきた。
もし先生だったらって住人はほかにもたくさんいるのにもしかしたらって緊張して。
馬鹿みたいに立ちつくす僕の視界の中、アパートの階段を下りてきたのは……先生だった。
心臓がぎゅっとなって、急激に速く動き出すのがわかる。
声も出せずに先生を見つめることしかできなかった。
先生はうつむいて階段を下りていて、下についたところでふと顔を上げた。
先生と目が合って、先生が驚いたように目を見開く。
「――」
なにを言えばいいのかわからないまま口を開きかけて、僕は言う言葉も見つけてなかったのに言葉を失う。
先生は、すぐに無表情になって、僕から視線を逸らした。
そのまま駐車場へと向かう。
―――なんで。
不安が一気に全身に渦巻いて僕は無意識に身体を動かしていた。
ほんの三日前。
あの日先生の手を取ったのに。
僕を見てくれなかった学校で触れて触れられたのに。
なんで。
「――……先生っ」
気づけばそう声をかけてた。
振り返ることなく立ち止まった先生の傍に駆け寄って、三日前のように僕は先生の手を掴んだ。
「あ、あのっ」
先生がゆっくりと振り向いて僕を見下ろす。
無表情のままの先生にまた僕は言葉を失う。
先生の視線が先生の手を掴む僕の手へと移動し、数秒眺め、振りほどかれた。
「――触るな」
「……え」
冷たく静かに吐き出された声に身体が竦む。
呆然と先生を見上げる僕に先生は無表情のまま冷たく目を光らせて呟いた。
「なんでここにいる」
「……」
なんで、ってだって、いつも、僕は。
「あ、あの……あの」
「もういい」
「え?」
「お前に連絡することはもうない」
はっきりとした拒絶を滲ませた声。
僕は絶句して先生を凝視する。
だから、と動く先生の唇。
「帰れ」
―――先生。
って、呼ぶことも、その手を再び掴むこともできなかった。
動くことができない。
先生は車に乗り込んだ。エンジン音が駐車場に響く。
そして、僕の前を通り過ぎた。
走り去る車。
残された僕。
いなくなった、先生。
いつまで―――そこにいたのか覚えてない。
どうやって家まで帰ったのかも覚えてない。
『夕食は』
と声をかけた母さんにいらないと返事をしたことだけは覚えてる。
あとはずっと、ずっと部屋でうずくまっていた。
なんでこうなってしまったのかわからなくて。
時間が経つごとに先生の言葉の意味を理解すればするほど怖くなって。
何かの間違いだって思うけど。
学校じゃないのに、冷たく僕を見る先生の目を思い出して―――息が、詰まった。
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