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第2部
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次の日になっても鈴木先生の言葉が頭に残ってる。
週末……合コンあるのかな。
今日は木曜で明日は金曜。
明日、いつものように夜先生から電話あるんだろうか。
ぎゅっとシャープペンを握ってしまって芯が折れて、芯を出して。
先生のことばかり考える頭を振って前を見て。
初老の日本史の先生が説明しているのに耳を傾けたけど集中できないまま授業は終わってしまった。
今日先生の授業は6時間目。
きっと先生のこと見ては俯いてを繰り返すんだろうなってそれだけはいまからわかってる。
「今日なにするのかな」
「バスケだって言ってたぞ」
日本史の次は体育の授業で、僕は里ちゃんたちと体育館に向かう。
「ハル、あんまりボーっとしてるなよ」
「そうそう。最近ぼうっとしすぎ。ボールとかぶつかりそうだよな」
「う……。気をつける」
笑いながら指摘されて目を泳がせた。
里ちゃんたちと話してると少しは気が紛れて気分もちょっとは落ちつく。
「あ、でもハルの場合ぼうっとしてなくてもボールぶつかりそう」
「……充くん、僕そんなに……」
のろまじゃないよ、と言いかけたけど運動音痴は事実だし口をつぐんだらさらに里ちゃんたちに笑われて、僕もつられて苦笑した。
体育は少し苦手だけど嫌いじゃない。
授業が始まって今日は試合をするからチーム分けをすることになって出席番号の前半と後半とで別れて、同じチームには充くんがいた。
チーム内でも1戦目2戦目で出る順番を決めて、充くんが前半に出て応援した。
みんなでワイワイいいながら試合を見るのは楽しくて、あっという間に後半戦になる。
「交代~!」
充くんにハイタッチされて、僕もコートに入っていく。
得点はいれきれないだろうけど足手まといにならないようにしなきゃなぁ。
体育の先生が笛を鳴らして試合が始まる。
動き出す皆と同じように僕もボールを追いかけ始め―――た、のに、視界に人影が映った。
なんで、気づいてしまうんだろう。
まさか体育館で見るなんて思ってなかった先生が入口から体育館半分を使ってる女子たちがいる方へ向かっていってる。
女子担当の体育の先生に話しかけている先生。
皆からの声に止まっていた足を動かし始めるけど気になってチラチラ先生のほうを見てしまう。
確か30代前半だとかいう体育の女の先生と喋っているっていうだけで胸がもやもやしてくる。
体育館に来るくらいだから用事があるんだろう。
なのに、目を逸らしたくなって、でも気になって見てしまって。
本当にバカなんじゃないのか。
試合には集中できずにうろうろとしながら僕のことなんて見るはずもない先生を見て。
体育の先生が少し頭を下げて先生も同じようにする。
話が終わったのか先生が踵を返しかけて、笑って女の先生の頭のあたりを指さした。
そして―――先生の手が髪に一瞬触れた。
女の先生は慌てたように頭を何度も下げてる。
だからきっとゴミがついていたとかそんなことなんだろう。
だけど。
「ハルー、がんばれー!」
充くんやほかのチームメイトの声が聞こえてきたけど頭には入ってこない。
ただ他の人に触れた先生のことだけが頭を支配する。
僕は先生に―――学校では視線も合わせてもらえないのに。
くだらない、女々しい、わかっていても不快な感情に包まれて唇を噛みしめた。
なんでこんな感情を抱いてしまうのか。
本当は、もう―――気付いてる。
犯される恐怖から、いま捨てられる恐怖に変わってる、この感情がなにかって。
「――……ハル! おいっ」
動きを止めていた僕に叫び声がかかった。
里ちゃんの声だ、と思った瞬間我に返った僕の目にボールが飛んでくるのが見えて、あっと思ったときには頭に強い衝撃を受けて視界が反転した。
―――――――
―――――
――――
喋り声が遠くで聞こえて意識がゆっくり浮上してきた。
ぼんやり瞼をあげると見たことがあるベージュ色のカーテンで四方を囲まれてる。
どこだろうと考えながら自分がベッドに寝ていることに気づいた。
肘をついて少しだけ身体を起こして体操服なことにも気づく。
あれ?
不思議に思ってそう言えばって思いだした瞬間頭がズキズキした。
あのとき多分ボールが当たったんだ。
でもまさか気絶しちゃったのかな。
情けないな……ってため息をついていたらドアの閉まる音が聞こえてきた。
そして足音が一つ僕のいるベッドのほうへと近づいてくる。
保健の先生だろうと頭を摩りタンコブができてるなんて思いながら視線を向けたら、カーテンが静かに開かれた。
「……目、覚めたのか」
「……」
そう言ったのは保健の先生じゃなくて―――先生。
驚きで固まる僕に先生は歩み寄って、
「気分はどうだ」
と聞いてくる。
「え、あ、はい……大丈夫です」
「頭は痛くないか」
「……はい。タンコブができてるくらいで……。すみません。ぼうっとしてて……。昨日……寝るのが遅かったから……寝不足で」
「問題ないならいい。……ちょうどいま宮崎先生、職員室へ急用で行かれたんだ。20分ほどで戻られると思うけど……」
「そう、なんですね……」
「戻ってこられたらちゃんと診てもらえ。病院に行く必要もあるかもしれないしな」
「……はい」
「俺は向こうにいる。横になってろ」
「……」
先生が背を向ける。
その手がカーテンに手をかけて。
「――」
「……」
閉じることなく、僕の方を振りかえった。
もう片方の手―――を掴んでいる僕の手。
先生がじっと僕を見つめる。
「っ……あ、あの」
ボールがぶつかる直前に見た光景。
先生が僕以外の、それも女性にほんの少しでも触れていたあの光景。
思い出した瞬間、僕は先生の手を掴んでいた。
「あの」
でも言葉なんてなにも出てこない。
でも離すこともできずに、すがりつくように先生の手を握りしめて俯いた。
少しの間沈黙が落ちてシャッ――、とカーテンが閉まる音が響いた。
俯いた視界に先生の足がまた傍へ近づくのが映る。
そっと恐る恐る見上げると、無表情な先生と目があった。
「……先生」
なにを言えばいいのかやっぱりわからないまま呟いて―――。
影が、僕の顔に落ちてきた。
***
週末……合コンあるのかな。
今日は木曜で明日は金曜。
明日、いつものように夜先生から電話あるんだろうか。
ぎゅっとシャープペンを握ってしまって芯が折れて、芯を出して。
先生のことばかり考える頭を振って前を見て。
初老の日本史の先生が説明しているのに耳を傾けたけど集中できないまま授業は終わってしまった。
今日先生の授業は6時間目。
きっと先生のこと見ては俯いてを繰り返すんだろうなってそれだけはいまからわかってる。
「今日なにするのかな」
「バスケだって言ってたぞ」
日本史の次は体育の授業で、僕は里ちゃんたちと体育館に向かう。
「ハル、あんまりボーっとしてるなよ」
「そうそう。最近ぼうっとしすぎ。ボールとかぶつかりそうだよな」
「う……。気をつける」
笑いながら指摘されて目を泳がせた。
里ちゃんたちと話してると少しは気が紛れて気分もちょっとは落ちつく。
「あ、でもハルの場合ぼうっとしてなくてもボールぶつかりそう」
「……充くん、僕そんなに……」
のろまじゃないよ、と言いかけたけど運動音痴は事実だし口をつぐんだらさらに里ちゃんたちに笑われて、僕もつられて苦笑した。
体育は少し苦手だけど嫌いじゃない。
授業が始まって今日は試合をするからチーム分けをすることになって出席番号の前半と後半とで別れて、同じチームには充くんがいた。
チーム内でも1戦目2戦目で出る順番を決めて、充くんが前半に出て応援した。
みんなでワイワイいいながら試合を見るのは楽しくて、あっという間に後半戦になる。
「交代~!」
充くんにハイタッチされて、僕もコートに入っていく。
得点はいれきれないだろうけど足手まといにならないようにしなきゃなぁ。
体育の先生が笛を鳴らして試合が始まる。
動き出す皆と同じように僕もボールを追いかけ始め―――た、のに、視界に人影が映った。
なんで、気づいてしまうんだろう。
まさか体育館で見るなんて思ってなかった先生が入口から体育館半分を使ってる女子たちがいる方へ向かっていってる。
女子担当の体育の先生に話しかけている先生。
皆からの声に止まっていた足を動かし始めるけど気になってチラチラ先生のほうを見てしまう。
確か30代前半だとかいう体育の女の先生と喋っているっていうだけで胸がもやもやしてくる。
体育館に来るくらいだから用事があるんだろう。
なのに、目を逸らしたくなって、でも気になって見てしまって。
本当にバカなんじゃないのか。
試合には集中できずにうろうろとしながら僕のことなんて見るはずもない先生を見て。
体育の先生が少し頭を下げて先生も同じようにする。
話が終わったのか先生が踵を返しかけて、笑って女の先生の頭のあたりを指さした。
そして―――先生の手が髪に一瞬触れた。
女の先生は慌てたように頭を何度も下げてる。
だからきっとゴミがついていたとかそんなことなんだろう。
だけど。
「ハルー、がんばれー!」
充くんやほかのチームメイトの声が聞こえてきたけど頭には入ってこない。
ただ他の人に触れた先生のことだけが頭を支配する。
僕は先生に―――学校では視線も合わせてもらえないのに。
くだらない、女々しい、わかっていても不快な感情に包まれて唇を噛みしめた。
なんでこんな感情を抱いてしまうのか。
本当は、もう―――気付いてる。
犯される恐怖から、いま捨てられる恐怖に変わってる、この感情がなにかって。
「――……ハル! おいっ」
動きを止めていた僕に叫び声がかかった。
里ちゃんの声だ、と思った瞬間我に返った僕の目にボールが飛んでくるのが見えて、あっと思ったときには頭に強い衝撃を受けて視界が反転した。
―――――――
―――――
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喋り声が遠くで聞こえて意識がゆっくり浮上してきた。
ぼんやり瞼をあげると見たことがあるベージュ色のカーテンで四方を囲まれてる。
どこだろうと考えながら自分がベッドに寝ていることに気づいた。
肘をついて少しだけ身体を起こして体操服なことにも気づく。
あれ?
不思議に思ってそう言えばって思いだした瞬間頭がズキズキした。
あのとき多分ボールが当たったんだ。
でもまさか気絶しちゃったのかな。
情けないな……ってため息をついていたらドアの閉まる音が聞こえてきた。
そして足音が一つ僕のいるベッドのほうへと近づいてくる。
保健の先生だろうと頭を摩りタンコブができてるなんて思いながら視線を向けたら、カーテンが静かに開かれた。
「……目、覚めたのか」
「……」
そう言ったのは保健の先生じゃなくて―――先生。
驚きで固まる僕に先生は歩み寄って、
「気分はどうだ」
と聞いてくる。
「え、あ、はい……大丈夫です」
「頭は痛くないか」
「……はい。タンコブができてるくらいで……。すみません。ぼうっとしてて……。昨日……寝るのが遅かったから……寝不足で」
「問題ないならいい。……ちょうどいま宮崎先生、職員室へ急用で行かれたんだ。20分ほどで戻られると思うけど……」
「そう、なんですね……」
「戻ってこられたらちゃんと診てもらえ。病院に行く必要もあるかもしれないしな」
「……はい」
「俺は向こうにいる。横になってろ」
「……」
先生が背を向ける。
その手がカーテンに手をかけて。
「――」
「……」
閉じることなく、僕の方を振りかえった。
もう片方の手―――を掴んでいる僕の手。
先生がじっと僕を見つめる。
「っ……あ、あの」
ボールがぶつかる直前に見た光景。
先生が僕以外の、それも女性にほんの少しでも触れていたあの光景。
思い出した瞬間、僕は先生の手を掴んでいた。
「あの」
でも言葉なんてなにも出てこない。
でも離すこともできずに、すがりつくように先生の手を握りしめて俯いた。
少しの間沈黙が落ちてシャッ――、とカーテンが閉まる音が響いた。
俯いた視界に先生の足がまた傍へ近づくのが映る。
そっと恐る恐る見上げると、無表情な先生と目があった。
「……先生」
なにを言えばいいのかやっぱりわからないまま呟いて―――。
影が、僕の顔に落ちてきた。
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