14 / 30
第2部
13
しおりを挟む
週末先生と過ごして、そしてまた一週間が始まれば同じことの繰り返し。
「――さようなら」
週の途中、あっというまに時間は過ぎてぼんやりとしていた僕はHRが終わりため息をついた。
最近全然授業にも身が入らなくてぼーっとしてるうちに授業が終わってしまってることが多い。
ダメだなって思うけどどうしても授業に――何に対しても集中できなかった。
「せんせ~。ここ教えてー」
「私ここー!」
だけど敏感に反応してしまうことがある。
それは全部――集中できないことの裏返し。
教壇にいた先生のところに急いで向かった女子たちが先生を取り囲んで質問をしている。
よくある光景。
そんな光景に目を伏せてしまう僕。
どれだけ週末先生に抱かれても、学校が始まれば全部が夢だったような気がした。
僕は先生のそばに近づけない。
先生は僕を見ない。
もうそれは慣れることはないけれど僕と先生の中では当然のように保たれた距離。
週末先生に呼ばれてホッとしてしまう――どうにかしているとしか思えない自分。
先生に抱かれて全部埋め尽くされてる週末。
先生の視界にさえ入っているのかわからないのに僕の思考すべてを支配している平日。
女子たちが先生に質問を投げかけているのを僕は見ずに、だけどそのやり取りをしっかりと聞いてしまってる。
なんて女々しいんだろうって呆れてしまう。
そして自分に苛立ちながら―――先生の傍にいる女子たちにも苛立つ。
「――ハル」
僕が苛立つ必要なんてあるはずないのに。
「ハール!」
大きく耳元で響いた声に僕はハッとして顔を上げた。
僕を呼んでいたのは充くんで鞄を肩に担いで僕を見下ろしていた。
そのとなりには里ちゃんもいて、
「またボーっとしてる」
って笑っている。
「ご、ごめん」
「最近ほんっとぼーっとしてるなぁ。ところでさ、今からカラオケでも行かね?」
「……あ」
まだ帰る準備をなにもしてなかった僕は一瞬迷って、
「ごめん」
って謝った。
「今日は……」
「また図書館か?」
「う、うん」
「どうしたんだよ。テスト前でもないのに。ハル、勉強しすぎじゃねーの?」
里ちゃんが苦笑しながら言ってきて、僕もそれに苦笑で返す。
「……あの、ほら最近僕ぼーっとしてることが多いから……その分図書館で勉強して取り戻そうかなって」
「なんだそれ」
笑いながらも、
「しかたねーなー」
「今度行こうな」
充くんと里ちゃんは僕の下手な言い訳に頷いてくれた。
「うん。次は絶対行くよ」
「ああ。じゃーな」
「勉強しすぎて熱出すなよ」
ばいばい、と手を振って充くんたちは教室を出て行く。
僕はそれを見送ってため息をまたつくと帰り支度をはじめた。
いつのまにか先生の姿はない。
質問攻めはもう終わったのだろうか。
それとも移動したのかな。
気づけばまたため息がでそうになって、寸前のところで飲み込みながら鞄を手に席を立ち図書室に向かった。
図書室に行ったって勉強するわけでもないけど。
ノートや問題集を開いたって結局上の空は相変わらず。
それでも図書室に向かうのは―――先生が学校にいるから。
そして図書室がある棟の三階に先生がいる準備室があるから。
準備室を通って図書室へと下りるっていうのがここ最近の日課だった。
数ヶ月前までは準備室のドアをノックしていたのに、いまは緊張しながら通り過ぎることしかできない。
ゆっくり歩いて差し掛かった準備室からは人の気配がなかった。
―――あとでまた覗いてみようかな。
そんなことを考えて、苦笑してしまう。
見に来たところでドアをノックする勇気もないのに。
学校で先生に話しかける勇気もないのに。
なんでこんなにうじうじしてるんだろう、情けないんだろうって呆れて、結局またため息がこぼれてた。
準備室の前でもぼーっとしていた僕はその場にどれくらいいたのかわからないけど、遠くから聞こえてきた声に慌てて角に隠れた。
「――お前ってさ、たいして愛想ないのに女子にモテるよなー」
それは鈴木先生の声で。
「……知るか」
ぼそりと返されたのは―――先生の声。
鈴木先生と喋っているからか普段の週末の先生を感じさせる声音。
驚きに身体を竦ませて立ちつくす僕のほうへと足音が近づいてくる。
「で、最近どうなんだよ。相変わらずひとり? なー、女紹介してやろっか? 溜まってんじゃねーの?」
耳に飛び込んできた鈴木先生の言葉に心臓が跳ねた。
―――女?
「……お前、ここ学校だぞ」
呆れたような先生の声。
でもその表情は見えない。見ることができないから、声通りに呆れているのか笑っているのかわからなくて不安に胸が詰まった。
「誰もいやしねーよ。とりあえず合コンでもするか」
「いい」
「なんでだよ。今度の週末にでもさー」
「お前彼女いるだろ」
「それは同期の葛城先生のためだろ」
「……興味ない」
「はー? お前―――」
近づいた声はドアの開閉とともに遮られる。
途切れた会話はドアの向こうで続いているんだろう。
ほんの少しだけ鈴木先生の話声が漏れ聞こえた。
―――合コン?
固まったまま、ふたりの会話を反芻する。
先生が合コン?
断っていたけど、だけど……。
息が苦しくなるくらいに動悸が激しくてその場にうずくまった。
僕とは違って大人の先生。
先生が誰か女の人と知り合って、付き合う?
きっとそれは高校生の僕なんかと違う大人の女性なんだろう。
それに僕は"男"で。
もし、もし先生が鈴木先生の誘いを受けて、女性を紹介されたら、合コンに行っちゃったら。
足元がぐらつくような感覚を覚えてギュッと目をつむる。
今週もし先生に呼ばれなかったらどうしよう。
不安が押し寄せて―――なぜ不安になってるのかなんて気づきもしないまま―――僕はその場にしばらく座り込んでいた。
***
「――さようなら」
週の途中、あっというまに時間は過ぎてぼんやりとしていた僕はHRが終わりため息をついた。
最近全然授業にも身が入らなくてぼーっとしてるうちに授業が終わってしまってることが多い。
ダメだなって思うけどどうしても授業に――何に対しても集中できなかった。
「せんせ~。ここ教えてー」
「私ここー!」
だけど敏感に反応してしまうことがある。
それは全部――集中できないことの裏返し。
教壇にいた先生のところに急いで向かった女子たちが先生を取り囲んで質問をしている。
よくある光景。
そんな光景に目を伏せてしまう僕。
どれだけ週末先生に抱かれても、学校が始まれば全部が夢だったような気がした。
僕は先生のそばに近づけない。
先生は僕を見ない。
もうそれは慣れることはないけれど僕と先生の中では当然のように保たれた距離。
週末先生に呼ばれてホッとしてしまう――どうにかしているとしか思えない自分。
先生に抱かれて全部埋め尽くされてる週末。
先生の視界にさえ入っているのかわからないのに僕の思考すべてを支配している平日。
女子たちが先生に質問を投げかけているのを僕は見ずに、だけどそのやり取りをしっかりと聞いてしまってる。
なんて女々しいんだろうって呆れてしまう。
そして自分に苛立ちながら―――先生の傍にいる女子たちにも苛立つ。
「――ハル」
僕が苛立つ必要なんてあるはずないのに。
「ハール!」
大きく耳元で響いた声に僕はハッとして顔を上げた。
僕を呼んでいたのは充くんで鞄を肩に担いで僕を見下ろしていた。
そのとなりには里ちゃんもいて、
「またボーっとしてる」
って笑っている。
「ご、ごめん」
「最近ほんっとぼーっとしてるなぁ。ところでさ、今からカラオケでも行かね?」
「……あ」
まだ帰る準備をなにもしてなかった僕は一瞬迷って、
「ごめん」
って謝った。
「今日は……」
「また図書館か?」
「う、うん」
「どうしたんだよ。テスト前でもないのに。ハル、勉強しすぎじゃねーの?」
里ちゃんが苦笑しながら言ってきて、僕もそれに苦笑で返す。
「……あの、ほら最近僕ぼーっとしてることが多いから……その分図書館で勉強して取り戻そうかなって」
「なんだそれ」
笑いながらも、
「しかたねーなー」
「今度行こうな」
充くんと里ちゃんは僕の下手な言い訳に頷いてくれた。
「うん。次は絶対行くよ」
「ああ。じゃーな」
「勉強しすぎて熱出すなよ」
ばいばい、と手を振って充くんたちは教室を出て行く。
僕はそれを見送ってため息をまたつくと帰り支度をはじめた。
いつのまにか先生の姿はない。
質問攻めはもう終わったのだろうか。
それとも移動したのかな。
気づけばまたため息がでそうになって、寸前のところで飲み込みながら鞄を手に席を立ち図書室に向かった。
図書室に行ったって勉強するわけでもないけど。
ノートや問題集を開いたって結局上の空は相変わらず。
それでも図書室に向かうのは―――先生が学校にいるから。
そして図書室がある棟の三階に先生がいる準備室があるから。
準備室を通って図書室へと下りるっていうのがここ最近の日課だった。
数ヶ月前までは準備室のドアをノックしていたのに、いまは緊張しながら通り過ぎることしかできない。
ゆっくり歩いて差し掛かった準備室からは人の気配がなかった。
―――あとでまた覗いてみようかな。
そんなことを考えて、苦笑してしまう。
見に来たところでドアをノックする勇気もないのに。
学校で先生に話しかける勇気もないのに。
なんでこんなにうじうじしてるんだろう、情けないんだろうって呆れて、結局またため息がこぼれてた。
準備室の前でもぼーっとしていた僕はその場にどれくらいいたのかわからないけど、遠くから聞こえてきた声に慌てて角に隠れた。
「――お前ってさ、たいして愛想ないのに女子にモテるよなー」
それは鈴木先生の声で。
「……知るか」
ぼそりと返されたのは―――先生の声。
鈴木先生と喋っているからか普段の週末の先生を感じさせる声音。
驚きに身体を竦ませて立ちつくす僕のほうへと足音が近づいてくる。
「で、最近どうなんだよ。相変わらずひとり? なー、女紹介してやろっか? 溜まってんじゃねーの?」
耳に飛び込んできた鈴木先生の言葉に心臓が跳ねた。
―――女?
「……お前、ここ学校だぞ」
呆れたような先生の声。
でもその表情は見えない。見ることができないから、声通りに呆れているのか笑っているのかわからなくて不安に胸が詰まった。
「誰もいやしねーよ。とりあえず合コンでもするか」
「いい」
「なんでだよ。今度の週末にでもさー」
「お前彼女いるだろ」
「それは同期の葛城先生のためだろ」
「……興味ない」
「はー? お前―――」
近づいた声はドアの開閉とともに遮られる。
途切れた会話はドアの向こうで続いているんだろう。
ほんの少しだけ鈴木先生の話声が漏れ聞こえた。
―――合コン?
固まったまま、ふたりの会話を反芻する。
先生が合コン?
断っていたけど、だけど……。
息が苦しくなるくらいに動悸が激しくてその場にうずくまった。
僕とは違って大人の先生。
先生が誰か女の人と知り合って、付き合う?
きっとそれは高校生の僕なんかと違う大人の女性なんだろう。
それに僕は"男"で。
もし、もし先生が鈴木先生の誘いを受けて、女性を紹介されたら、合コンに行っちゃったら。
足元がぐらつくような感覚を覚えてギュッと目をつむる。
今週もし先生に呼ばれなかったらどうしよう。
不安が押し寄せて―――なぜ不安になってるのかなんて気づきもしないまま―――僕はその場にしばらく座り込んでいた。
***
0
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説




サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる