one night

雲乃みい

文字の大きさ
上 下
28 / 30
contact3.そして、その手を掴むのは

27

しおりを挟む
解放された手が寒さを感じて、ぎゅっと拳を握る。
ダメってなんだよ。
智紀さんを見上げれば俺から一歩距離をとった。
笑顔のままで、俺にはその真意は読みとれない。
だけどさっきの言葉は、それはまるで、俺が断ると、いや、断ったほうがいいとでも言ってるように聞こえた。
「なんだよ……それ」
勝手に口をついて出た。
「答えが出せないんだったらやめたほうがいい」
眉を寄せてしまう。
何を言いだしてるんだこの人、と苛立ちさえ湧きあがってきた。
だけど笑みを浮かべたまま、それでも真剣な眼差しが俺を捉えた。
「俺が告白して一カ月以上―――ずっと悩んでるんだろ? 答えはでないまま」
「……しょうがないじゃないですか」
俺と智紀さんは男同士で、智紀さんに出会うまでは偏見はなくても自分が男とセックスをするなんてこと考えたこともなかった。
男同士で付き合うっていう現実が考えてもわからない。
それに、智紀さんは望めばいくらだっていい相手がいそうな人だ。
「……ずるいですよ……」
押してダメなら引いてみるみたいなことですか。
ぼそり呟けば優しく頭を撫でられて胸が苦しくなる。
「そういうんじゃないよ。ただそれだけ悩んで迷うのなら付き合ったとしても千裕の不安はなくならないだろうしいつか後悔するかもしれない」
「……そこは……俺がどうにかするとか言わないんですか」
なんだよ、それ。
いつだって強引なくせに、なんで。
「俺の不安なんて吹き飛ばしてくれるんじゃないんですか……」
自分の言葉にも、なんだそれって、自嘲する。
でも、なんだよ。
「そりゃ、頑張るよ。頑張るっていうより、俺と付き合っちゃえばもうちーくんはきっと俺にめろめろハッピーだろうし」
「……めろめろ……って古いでしょ」
砕けた口調で言われ、俺も呆れて笑おうとしたけど引き攣ってできない。
やっとのことで小さくつっこむことしかできなかった。
「流されるちーくんは可愛いし、ここで大人のキスでもしてうんって言わせてもいいんだけど。でもさ―――俺、いやなんだよね」
ふっと笑みが消える。
「流されて恋人になってもらうのは。ちゃんと千裕が選んで。付き合うか付き合わないか」
「……」
「現状維持がいいっていうのならそれはノーにして」
―――現状維持。
それはずっと目を逸らして逃げていた俺が、望んでたもの。
「ノーだったら俺はもう追わない。もう触れないよ」
静かに告げられた最後の言葉は、嘘偽りないものだろう。
本当に―――。
「……やっぱり、ズルイですよ」
目を覆うようにして額を押え、深いため息をつく。
きっとこのひとは、本当に追わない。俺がノーと言えば、全部なかったことにするのかもしれない。
「ズルイ」
ノンケの俺を引きずりこんだくせに、散々流されるように仕向けてきたくせに。
俺のことなんて全部見透かしてくるくせに。
散々甘やかして、これかよ。
―――俯いて、目を閉じた。
全部、全部頭の中から追い出す。
沈黙のあとしばらくして、手を伸ばした。
そっと智紀さんのネクタイを掴み、ゆっくりとそれを引っ張りながら顔を上げた。
「責任、とってください」
絶対智紀さんはドSだ。
そして俺はきっと可愛げのない性格だろう、この人に関しては。
苦笑がこぼれ、
目を閉じて答えのかわりに―――キスをした。




触れ合った唇、俺から舌を出してその唇を舐める。
途端に舌が絡まってきてきつく抱きしめられた。
背中にまわされた腕の力強さに胸が苦しくなる。
いつもより性急に、激しいキスに一気に熱が上がってくる。
やけに心臓の音が激しくて羞恥に見舞われながら咥内を侵してくる舌に必死で応えた。
「……っ、ん」
唾液を渡され、飲み込む間もなく蹂躙されこぼれてしまう。
息継ぐ間もないキスに俺は智紀さんにしがみついた。
いつもと同じで、いつもと違うキス。
こんな路地裏でこのままヤってしまうんじゃないかっていうくらいの勢いで、熱が下半身に集まってくる。
ぐっと智紀さんの肩を押すとようやく離れた。
「……ここでヤる気ですか」
「まさか。でももうちょっと」
妙に甘くて優しい声が息を切らしている俺にかかり、そしてまた唇が塞がれる。
いやでもヤる気じゃ、っていう焦りと、智紀さんの言うようにもう少しこのままっていう欲。
いまは後者のほうが勝っていた。
こんな裏路地で、いつ誰が来るかもわからない。
だけど―――こうしてこの人に触れるのを、触れられるのを望んだのは俺だ。
離れた手をイヤだって思ったのは俺だ。
「ん……っ、は」
いよいよヤバイくらいに熱を持ちすぎた身体に、緩んだ理性がここでこのまま、なんて普段なら思わないことを考えてしまう。
無意識に腰を押し付けてしまっていたら、腰を撫でられそれだけで痺れるような感覚が背中を走る。
「―――千裕」
ちゅ、とリップ音を立てて離れていった智紀さんが、勃ってる、と色気のありすぎる顔で笑い俺の耳に舌を這わせた。
「やっぱ可愛いな」
可愛くないですよ、なんて思うヒマもない。
吐息とともに囁く声が、好きだ、と続けて。
俺はまた返事のかわりに終われないキスを返した。





***





キスだけで動けなくなる、なんてあるんだろうか。
いやあるよな。
いまがまさにそんな状態で俺は智紀さんにもたれかかっていた。
どれだけの間キスしていたのかはわからないけどかなり長い間キスしていたのは確かだ。
おかげで頭はぼうっとしてるし、身体は疼いているし、俺のものは反応しまくっている。
抱きしめられている状態だからそれは智紀さんにも伝わってるだろう。
「そろそろ帰ろうか」
「えっ」
ぽつりと言われた言葉に思わず声を上げて、赤面する。
途端に智紀さんがくすくす笑って、
「俺んちに行こうってこと」
俺の顔を覗き込んでくる。
「……はい」
小さく頷きながらも、ちょっと戸惑う。
このままここでヤるんじゃないかっていう勢いもあっただけに、どうしようもない状態になっているし―――てっきり俺はその辺のホテルにでも行くのかななんて漠然と思っていた。
「いや?」
反応の薄い俺に目ざとく気づく智紀さんがケツをするりと撫でてくる。
「……いや、とかじゃなくって」
近くのラブホでも、と小声でぼそぼそと言う俺にまたキスが落ちてきた。
「っ、ちょっ」
これ以上されたら本当やばい気がして肩を叩けば、智紀さんは笑いながら俺の首筋に顔を埋めた。
「俺もこのままここでヤっちゃいたいし、近くのラブホでもいーんだけどさ。多分、俺」
耳に吐息が吹きかかる。低くなった声が、
「当分ちーくんのこと離せなくなると思うからゆっくりできる自宅のほうがいいかな、って」
軽く、だけど熱を孕んで俺を捉える。
「……」
離せなくってどれだけだよ。
でも明日も明後日も休みだし―――。
「……あの」
ずっとベッドにいそうだな。ってのは予感でもなんでもない。
それはそれとして、いまだ。
「うん?」
「……もうちょっと待って下さい」
まだ熱のおさまらない俺の身体。いまの状況で電車とか乗れそうにないからそう言えば吹きだされた。
タクシーで帰ればいいよ、でもまだ電車あるのに、って交わせば、
「千裕、いまどれだけ自分がエロい顔してるかわかってる?」
電車になんか乗れないって、と俺の頬をつねってきた。
「……」
智紀さんだって、と内心言い返したくなりながら黙ってこの熱を一旦逃さなきゃってことを考えていたら手を引かれた。
「はい、帰ろ」
「え、だからちょっともう少し落ち着いてから」
「だーめ。―――俺も限界。まじでここでヤっていいならいいけど?」
口角を上げた智紀さんはその言葉が冗談交じりで、本気だろうってことがわかる余裕のないもので。
俺は目を泳がせながらも俯いて歩き出した。
裏路地から出ればすぐにタクシーは捕まってふたり乗り込む。
その間ずっと繋がれている手は悪戯に俺を弄ぶ。
掌でさえ、手の甲でさえ、どこでも性感帯になりえるんだっていうのを実感しながらも、タクシーの運転手がいる空間に少し冷静さを取り戻した俺はずっと俯いていることしかできないでした。
いまさら、自分がしたことを思い出して、認めて頭の中がごちゃごちゃしてる。
数時間前までは答えも出せず迷っていた。
でもいまは―――隣にいる智紀さんは俺の……。
この手をとったのは俺。
―――後悔はしてない。
驚くほどすっきりとした気分もあるんだけど、それ以上に心臓がうるさい。
そう言えば俺は―――ずっと従妹の鈴が好きだったから。
本当の意味でそういう相手と恋人になるのは初めてなんだ。
そんなことを気づいてしまえるくらいにはタクシーに乗っている時間は十分あって、俺はますます顔を俯かせていた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

処理中です...