one night

雲乃みい

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contact3.そして、その手を掴むのは

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「北京ダックうまー」
ちーくん、巻いて?ってなんの期待なのかよくわからない眼差しで見つめられてため息つきながら北京ダックを葱や薬味とともに餅皮に包んで渡してあげると嬉しそうに美味しそうにバクバク食べている。
「智紀さんってそんなに北京ダック好きなんですか」
「んー?」
ぺろりと、だけど決して粗野じゃなくて綺麗に食べ、口元をナプキンで拭きながら智紀さんはにこりと笑った。
「もちろん好きだけど、それ以上に」
「以上に?」
「こうしてちーくんが俺のために甲斐甲斐しく餅皮に包んでくれて食べさせてくれるのがいいよね」
「……」
いや、あんたが巻いてって言ってきたんだろう。
そんなツッコミを言う気力もなくため息を返事がわりにする。
「ちーくん、もう一個ちょうだい?」
俺の呆れた表情なんて気にも留めずにこにこと手を差し出す智紀さんに、もう一度ため息をついて黙って餅皮を手にした。





***





どの料理も美味しく、円卓には二人でよく食べ切れたなっていう量の皿が空になっていた。
「結構食ったなー」
「俺かなり苦しいです」
酒も入ってなんだかんだあっという間に和やかに食事が終わってしまった。
白酒をストレートでずっと飲んでいたせいか酔いが結構まわっている気がする。
じんわり熱い身体とふわふわする思考。
満足感と満腹感にゆっくり息を吐き出し水を飲んでいたところで智紀さんが「そろそろ出ようか」と言った。
頷いて席を立つ。
「御馳走様、でいいのかな」
「もちろんです。絶対俺が払いますから」
「ありがとう。御馳走になるよ」
「いいえ」
こっちこそいつも御馳走になってるんだしな。
レジで会計を済ませる。大まか予想通りの金額。
今回だけじゃなくこれからは俺も奢らせてもらうようにしないとな。
―――そう考えて違和感を覚えたけど、酔いのせいか思考が鈍くてなんなのかわからなかった。
店の外にでると素面なら肌寒さを感じそうな空気が火照った身体には心地よかった。
「ちーくん、酔ってる?」
智紀さんと並んで歩きだす。
「別に……少しくらいですかね」
「そう? 結構飲んでたよね」
「料理美味しかったし、それに―――……」
「それに?」
言葉が途切れた俺に智紀さんが顔を覗き込むようにして聞いてくる。
「……えっと」
それに、なんだったんだろう。
やっぱり俺酔ってしまったのかな。
こめかみ押さえて軽く頭を振ると、智紀さんがくすくす笑う。
「本当可愛いなあ、千裕は」
不意に名前で呼ばれ心臓が跳ねた。
「可愛くないですよ、全然」
智紀さんは相変わらずくすくす笑っていて、いったい何のスイッチ入ったんだなんていぶかしんでたら手が握られた。
「ちょっと遠回りしよう」
そう手を引かれる。
駅へとじゃなく、裏路地へと入っていく。
おいおいこんなところ連れ込んでこの人何する気だよ。
「どこかお店に入ってもいいんだけどさすがにね。人の目もあるし」
「人の目……って」
一体なにを、と眉を寄せてると智紀さんが立ち止まり俺に向き直った。
シンとした人通りのない静かな路地。
頭上高く、遠くにある月が満月だということをいま知った。
「ちーくん」
甘さを含んだ声が呼んで俺の手を握り締める。
え、まさかこんなところでヤったり―――。
焦ってると握りしめられた俺の手が持ち上げられ、その甲に唇が押しあてられた。
そしてまっすぐに智紀さんが俺を見て、笑う。
全部絡みとられるような眼差しに言葉を失っていると、
「教えてくれる?」
と握られていた手が、指を絡み合わせる繋ぎ方に変えられ
「酔うほど酒飲んじゃうくらい悩んでた答え」
そう、言われた。
「……答え……」
「そ。千裕。俺の告白の返事は? イエス? ノー?」
「―――」
冷や水を浴びせられたように一気に思考が覚醒する。
酔いは醒め俺は顔を強張らせた。
うまい食事と酒に逃げて、目を逸らしていたこと。
唾を飲み込む音が、やけに大きく身体を震わせた。
シンとした路地裏。
ここから大通りに出れば人はたくさんいるだろう。
耳を澄ませば車の走る音だって聞こえてくる。
だけど、異様にいま、ここは静かに思えた。
俺の手を繋いだままじっと見つめる智紀さんに俺はただ立ち尽くしていた。
―――イエスかノーか。
選択はその二つしかないのに、それ以外がないかこの期に及んで探してしまっている。
「……なんで俺なんですか」
「可愛いから」
ようやく言葉を出せばすぐに返される。
相変わらずの笑顔に、はっと短い笑いがこぼれた。
「可愛いって褒め言葉にならないですよ。俺、男ですよ。それに別に可愛い顔もしてません」
「別に容姿のこと言ってるわけじゃないよ。存在が可愛い」
「……バカじゃないですか」
ますます喜べもしない。なんだ、可愛いって。
意味不明すぎだろ。
それに可愛いっていうなら―――あの……。
「……この前……智紀さんの店にいたあの美少年……あの子なんじゃないんですか? 智紀さんが以前好きだった子って」
じっと見上げて言えば、智紀さんは平然とした笑顔で「アタリ」と軽く頷く。
「よくわかったね? ああ、愛の力?」
「……バカじゃないんですか、本当」
何度同じことを言えば思えばいいんだろうか。
呆れて智紀さんの手を離そうとしたけど、ぎゅっと握りしめられてそれは叶わない。
「……あんな綺麗な子のあとに俺とかないでしょ」
言いながら、こんなことを言ったら"ヤキモチ妬いてるのか"とか難くせをつけられそうな気がした。
だけど智紀さんは指で繋いだ手の甲を撫でながら、
「容姿なんて関係ないって」
と目を細めながらあいてる手で俺の頬に触れる。
「それに十分ちーくんはイケメンだって思うけどな。それといま俺が好きなのは千裕だけ」
さらりと言われた言葉に頬が熱を帯びるのを感じて慌てて顔を背けた。
「……あなたにはもっといい人いるでしょう」
なんで俺なんだ。
だってこの人は自分の会社を持っていて、バカだろって思うことは多いけどそれだけじゃないってことなんて百も承知だ。
軽いことばや笑みを浮かべたって、智紀さんの場合軽薄にはならない。
この人はもともと育ちもいいみたいだし品がある。
モテるだろうし、男でも女でも選び放題なんじゃないか?
「いい人ねぇ。なにを基準にして俺に合う相手を選ぶのかはわからないけど、俺は好きになったヤツ以外はごめんだね」
淡々とした声。同時に智紀さんの手が俺の顎をつかみ、持ち上げる。
近づいてくる顔に反射的に目を閉じてしまうと唇の端に唇が触れた。
キスだけど、キスにはならなかったキス。
至近距離で視線が絡む。
「千裕はなにが不安?」
「……不安って、俺は別に」
だけど自分の目が泳いでしまってることはわかっていた。
不安―――なんだろうか。
俺はいままでずっと従妹の鈴が好きで、恋人がいたこともあるけどうまくはいかなかった。
本気になれたことなんてない。
俺がもしこの人の手を取ったら、俺はきっと……。
「千裕。お前がいま考えてること教えてよ」
いま、考えていること?
考えれば考えるほど迷路に入ってしまったようになにも見えなくなっている。
俺はどうすればいいのかわからず顔を伏せた。
そのまま沈黙が落ちる。
俺は言葉が見つからず、智紀さんの視線は感じるけど智紀さんもまた何も言わなかった。
どれくらいそうしていたのか、数分は経っていたと思う。
「そんなに迷うなら、ダメってことじゃないか?」
不意に、静かな口調で智紀さんが言って―――繋いだままだった手が離れていった。



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