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contact2. それを、誰と見るか
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俺たち以外車から出ているものはいない暗いサービスエリア。
もちろん灯りはあるけれど夜の濃さは深く、吐く息がとても白く見えた。
「俺、運転しますよ」
「んー? いいよ」
車へと辿りついて繋がれたままの手を離してくれるのを待ちながら提案すれば平気だと笑い返される。
「まだ二時間くらいしか運転してないし、大丈夫だよ」
「いや、でも」
確かに二時間くらいなら平気そうに感じるけれど、いまは深夜だ。
日中に比べたら疲労しやすいんじゃないか。
「俺が運転しますよ」
「いーの」
手が離れ、笑いながら智紀さんが運転席に乗ってしまう。
それでも躊躇って俺が助手席に乗れずにいると、ウィンドウが開いて乗るように促された。
仕方なく乗り込んだ俺をシートに深くもたれた智紀さんは目を細め見る。
「運転するの結構好きなんだよ。だから本当気にしなくていいよ。初日の出プラス元旦ドライブしたくてちーくん誘ったようなもんだし」
「……じゃあきつくなったらかわります。絶対言ってくださいね」
「はいはい」
「本当にですよ?」
「はーい。わかったって。じゃあそんな心配してくれるなら、ちーくんチャージさせてよ」
「……」
また手を繋ぐのか?
―――もういまさらだし、それくらいはかまわないけど走行中に片手ハンドルは危ないからな。
悩んでいると「ちーくん」と呼ばれて視線があった。
カーエアコンの暖かい空気が揺れる。
そして微かにシートの軋む音がして、智紀さんが身を乗り出し俺の目前に顔を寄せた。
「……なんですか」
距離は15センチ程度。
一瞬心臓が跳ねたのは単純に驚いただけだ。
平静を装ってあえて身を引くこともしなかった。
動揺、なんてする必要ないし。
「キスして?」
「……」
だけどやっぱり智紀さんは智紀さん。
まだ今日で会うのが二回目だっていうのに、いかにも言いそうだと思ってしまうのはどうしてだろう。
「……やっぱり俺運転かわります」
「いいよ。そのかわりキスしてよ」
「……キスはしません。だから俺が運転しますから」
「なんで?」
「なんでって……」
「じゃあ勝手にしていい?」
「……いや、それは―――」
俺が喋っている途中からゆっくりと顔が近づいてくる。
ほんの少ししかなかった距離がゼロに近づく。
もうあと少しで唇が触れ合いそうなところで智紀さんの動きが止まった。
「キスしていい?」
「智紀さん」
名前を呼んで、否定をするつもりだけど身体は動かない。
そんな俺を楽しげに智紀さんは見つめてくる。
近すぎる距離で。
「……あの」
「なに?」
「近すぎます」
「キスするからいいんじゃない」
「……いやキスは」
「キスは?」
「……」
吐息さえ吹きかかる距離で互いに止まったまま、視線だけが絡む。
「ちーくんは」
「……」
「強引なほうがイイ?」
「―――そ」
んなわけ、と続けたかった言葉は距離がゼロになったことで途切れた。
言いかけてたから口は開いていて舌が入り込んでくる。
きっとされるだろうとは思っていたけれど実際されると驚きに身体が固まった。
触れあった唇はいままで外にいたせいか冷たい。
それに反比例するように熱い舌が入り込んでくる。
煙草の匂いが咥内に充満する。
とっさに智紀さんの肩に手を置いた。
それは押し退けるためのものだった、はず。
だけど力は入らなかった。
初めて会ったとき同様に俺の経験値なんかじゃ歯が立たない智紀さんのキス。
歯列をなぞり咥内をくすぐる舌の動きに翻弄されるしかできない俺の背に智紀さんの手が回る。
背筋をおりていく手が腰を捕まえて引き寄せる。
押し退けるどころか反射的にしがみつくように智紀さんの肩に置く手に力を込めてしまった。
ここは車の中で、周りには距離はあいてはいるけれど数台の車が停まっている。
そんな場所でキスなんてありえないだろ。
「……っ……智紀さん」
息継ぎの合間になんとか少しでも距離を取りながら待ってくれと名を呼ぶ。
「なに?」
「ここ……サービスエリアですよ」
「だから?」
触れるだけのキスと唇を食むように甘噛みしてきながら薄く笑われる。
この人に何を言っても無駄なことはわかっていたけど。
「……だから」
「夜だし、誰も見えないよ」
それでも素直に受けるっていうことは―――まるで俺が……。
「ちーくん」
思考を遮るように甘さを含んだ声が響いて、抱き寄せられた。
車の中でキスなんてなんのドラマの1シーンだよ。
それとも恋愛の歌の歌詞か?
恋愛に―――いや"彼女"との付き合い方が淡泊だった俺にはハードルが高い。
触れ合わせるだけならともかく、こんな激しいのは。
「っ……ん」
これから情事でも始める気かって聞きたくなるくらいに息継ぎもままならないくらいのキスだった。
なんでまたこの人とキスしてしまっているんだろう。
流されたらダメだ。
そんな考えなんて全部消えてしまう。
かわりにあの夜のことが、もう何週間も経っているのに昨日のことのように甦る。
狭い車の中だから息遣いや唾液の交わる音、シートが小さく軋む音、衣擦れの音がやけに大きく生々しく耳に届く。
さっきまで冷たい夜風にさらされ冷えたはずの身体はエアコンのせいじゃない熱を帯び始めているような気がした。
認めたくはないけれど頭の中が異様に熱く痺れるようになってしまっているのは絡め合わせた舌から発生する快感だ。
経験値が低いくせに智紀さんの舌の動きにあわせて自分から舌を動かしはじめていた。
どうかしてる。
この人と一緒にいるとどうにかなってしまいそうになる。
ぞくりぞくりと背を這いあがってくるような危機感のような快感のような刺激。
俺の腰を抱いているのは柔らかい女の腕じゃなく硬い腕なのにどうでもよくなる。
キスでこんなにも気持ちいいって感じたのはこの人が初めてで、いまもどうしようもなく気持ちよかった。
引きずられるようにキスに溺れてしまう。
我を忘れていた俺に、だけど自我を取り戻させたのはやっぱり智紀さん。
「……っ!!」
下肢に伸びてきた手にハッとして慌てて智紀さんを押しのけた。
さすがにここでそれはないだろ。
思わず端に逃げるように背を寄せると、智紀さんは吹き出して片手をハンドルに置いた。
「キスはいいのに、触るのは駄目なんだ?」
「駄目って……車ですよ。それにサービスエリアだし」
「誰も見てないって。それに数台しか停まってないし平気だよ」
「……」
平気だとかいう問題じゃないだろ。
悪びれなく笑う智紀さんにため息がでた。
しかもなんでそんな笑顔でさえさわやかなんだろう。
「……俺は平気じゃありませんから」
この人の存在って詐欺っぽいよな。
流されてキスしてしまったのは俺だけど、いまさらだけど、これ以上車の中で流されるようなことがあったらマズイ。
「外でとかありえないでしょ」
もうこれ以上踏み込まれないように素っ気なく言った。
身体に広がりかけていた熱を発散させたくてさりげなく拳を握って掌に爪を立てたりしてみる。
智紀さんのペースに巻き込まれないように、もう一度ため息をわざとつく。
精いっぱいの虚勢。
そんなもの―――この人に通じるはずないってわかってはいるけど。
「ちーくん、外はダメ?」
「当たり前です」
智紀さんは喉を鳴らしてもう片方の腕もハンドルに乗せて、寄りかかる。
楽しそうに目を細めながら俺を見てくる。
「なんかその言い方だと中ならいいって聞こえるな」
「は?」
「この前みたいにホテル、とかならいい?」
「……」
なにをバカなっていう想いと、羞恥に顔が熱くなるのを感じて顔を背けた。
「……っ、なにバカなこと言ってるんですか。俺は初日の出を見たいっていうから着いてきただけです」
あの夜のようなことは二度とない。
あるはずない。
湿った唇をそっと手の甲で拭って窓の外を見る。
外の暗いパーキングエリアと、窓には車内の様子も映り込んでる。
俺の方を智紀さんが見ているのは変わらずで、落ちた沈黙を今夜初めて息苦しいと思った。
変に速く動いている心臓の音に妙に苛立ってしまう。
「ちーくん」
「……俺は初日の出を見に行くだけですから」
「ちーひろ」
「俺は」
「初日の出、見たことある?」
「初日……え……、あ……」
智紀さんの話を聞こうとせずに子供のようにムキになってた自分に気づく。
いやでもさっきの話の流れなら警戒したって―――なんて自分にいい訳をしてしまう。
「初日の出。ある?」
ハンドルからシートへと身体を倒したながら智紀さんがもう一度、なにも答えない俺に訊いてきた。
「……昔……見に行こうとしたけど雨で……」
鈴と見に行こうと計画を立てていたのに結局元旦は雨で中止になった。
『あー、雨か。残念だったなー』
軽く笑ってその時は言ったけど、結構実際は凹んだっけ。
「ふーん」
向けられる笑みをたたえた目が少しからかいの色を含んだような気がした。
まるで俺が誰と行こうとしていたのか気づいていそうな、いや気づいてるんだろう、気づいて見透かして面白がってるんだろう。
「……天候なんてどうしようもないですし、毎年晴れなわけじゃないから仕方ないんですけどね」
だからその時の俺は別にそんなに落ち込んだりしてないんだ、と言いたかった―――いや、いい訳したかった。
なんで俺この人に反抗的になってしまうんだろ。
「そうだねー、天気なんてころころかわるしねー」
子供染みた対応をする自分自身に呆れる。
どうやったってこの人には―――。
「でも、ね」
智紀さんの手が伸びて、拳を作ったままだった手を取った。
その手が俺の手を開かせて引っ張って、そして手の甲にキスが落ちる。
「俺、晴れ男だから。今日は初日の出見れるよ」
「………らしい、ですね」
「だろー? 一緒に見ようね、ちーくん」
「……はい」
どうやったって、敵わない。
ついさっきまであんな激しいキスをしてきたのは誰だったのか。
緩く笑う智紀さんに毒気を抜かれて気づけば頷いていた。
俺の手から手が離れていって、カチン、と小さくプルタブを引く音が響く。
車内にコーヒーの匂いが広がる。
コーヒーを一口二口と飲んで智紀さんはシートベルトを締めた。
「―――行こうか」
促されて俺もシートベルトを締め、ゆっくりと車は動き出した。
再び流れ出す景色。
休憩をはさむ前よりも会話はまばらになって、静かに智紀さんは運転していた。
俺はなんとなく落ち着かない気持ちを持て余しながら―――
知らないうちに眠りに落ちてしまっていた。
―――――――
―――――
―――
もちろん灯りはあるけれど夜の濃さは深く、吐く息がとても白く見えた。
「俺、運転しますよ」
「んー? いいよ」
車へと辿りついて繋がれたままの手を離してくれるのを待ちながら提案すれば平気だと笑い返される。
「まだ二時間くらいしか運転してないし、大丈夫だよ」
「いや、でも」
確かに二時間くらいなら平気そうに感じるけれど、いまは深夜だ。
日中に比べたら疲労しやすいんじゃないか。
「俺が運転しますよ」
「いーの」
手が離れ、笑いながら智紀さんが運転席に乗ってしまう。
それでも躊躇って俺が助手席に乗れずにいると、ウィンドウが開いて乗るように促された。
仕方なく乗り込んだ俺をシートに深くもたれた智紀さんは目を細め見る。
「運転するの結構好きなんだよ。だから本当気にしなくていいよ。初日の出プラス元旦ドライブしたくてちーくん誘ったようなもんだし」
「……じゃあきつくなったらかわります。絶対言ってくださいね」
「はいはい」
「本当にですよ?」
「はーい。わかったって。じゃあそんな心配してくれるなら、ちーくんチャージさせてよ」
「……」
また手を繋ぐのか?
―――もういまさらだし、それくらいはかまわないけど走行中に片手ハンドルは危ないからな。
悩んでいると「ちーくん」と呼ばれて視線があった。
カーエアコンの暖かい空気が揺れる。
そして微かにシートの軋む音がして、智紀さんが身を乗り出し俺の目前に顔を寄せた。
「……なんですか」
距離は15センチ程度。
一瞬心臓が跳ねたのは単純に驚いただけだ。
平静を装ってあえて身を引くこともしなかった。
動揺、なんてする必要ないし。
「キスして?」
「……」
だけどやっぱり智紀さんは智紀さん。
まだ今日で会うのが二回目だっていうのに、いかにも言いそうだと思ってしまうのはどうしてだろう。
「……やっぱり俺運転かわります」
「いいよ。そのかわりキスしてよ」
「……キスはしません。だから俺が運転しますから」
「なんで?」
「なんでって……」
「じゃあ勝手にしていい?」
「……いや、それは―――」
俺が喋っている途中からゆっくりと顔が近づいてくる。
ほんの少ししかなかった距離がゼロに近づく。
もうあと少しで唇が触れ合いそうなところで智紀さんの動きが止まった。
「キスしていい?」
「智紀さん」
名前を呼んで、否定をするつもりだけど身体は動かない。
そんな俺を楽しげに智紀さんは見つめてくる。
近すぎる距離で。
「……あの」
「なに?」
「近すぎます」
「キスするからいいんじゃない」
「……いやキスは」
「キスは?」
「……」
吐息さえ吹きかかる距離で互いに止まったまま、視線だけが絡む。
「ちーくんは」
「……」
「強引なほうがイイ?」
「―――そ」
んなわけ、と続けたかった言葉は距離がゼロになったことで途切れた。
言いかけてたから口は開いていて舌が入り込んでくる。
きっとされるだろうとは思っていたけれど実際されると驚きに身体が固まった。
触れあった唇はいままで外にいたせいか冷たい。
それに反比例するように熱い舌が入り込んでくる。
煙草の匂いが咥内に充満する。
とっさに智紀さんの肩に手を置いた。
それは押し退けるためのものだった、はず。
だけど力は入らなかった。
初めて会ったとき同様に俺の経験値なんかじゃ歯が立たない智紀さんのキス。
歯列をなぞり咥内をくすぐる舌の動きに翻弄されるしかできない俺の背に智紀さんの手が回る。
背筋をおりていく手が腰を捕まえて引き寄せる。
押し退けるどころか反射的にしがみつくように智紀さんの肩に置く手に力を込めてしまった。
ここは車の中で、周りには距離はあいてはいるけれど数台の車が停まっている。
そんな場所でキスなんてありえないだろ。
「……っ……智紀さん」
息継ぎの合間になんとか少しでも距離を取りながら待ってくれと名を呼ぶ。
「なに?」
「ここ……サービスエリアですよ」
「だから?」
触れるだけのキスと唇を食むように甘噛みしてきながら薄く笑われる。
この人に何を言っても無駄なことはわかっていたけど。
「……だから」
「夜だし、誰も見えないよ」
それでも素直に受けるっていうことは―――まるで俺が……。
「ちーくん」
思考を遮るように甘さを含んだ声が響いて、抱き寄せられた。
車の中でキスなんてなんのドラマの1シーンだよ。
それとも恋愛の歌の歌詞か?
恋愛に―――いや"彼女"との付き合い方が淡泊だった俺にはハードルが高い。
触れ合わせるだけならともかく、こんな激しいのは。
「っ……ん」
これから情事でも始める気かって聞きたくなるくらいに息継ぎもままならないくらいのキスだった。
なんでまたこの人とキスしてしまっているんだろう。
流されたらダメだ。
そんな考えなんて全部消えてしまう。
かわりにあの夜のことが、もう何週間も経っているのに昨日のことのように甦る。
狭い車の中だから息遣いや唾液の交わる音、シートが小さく軋む音、衣擦れの音がやけに大きく生々しく耳に届く。
さっきまで冷たい夜風にさらされ冷えたはずの身体はエアコンのせいじゃない熱を帯び始めているような気がした。
認めたくはないけれど頭の中が異様に熱く痺れるようになってしまっているのは絡め合わせた舌から発生する快感だ。
経験値が低いくせに智紀さんの舌の動きにあわせて自分から舌を動かしはじめていた。
どうかしてる。
この人と一緒にいるとどうにかなってしまいそうになる。
ぞくりぞくりと背を這いあがってくるような危機感のような快感のような刺激。
俺の腰を抱いているのは柔らかい女の腕じゃなく硬い腕なのにどうでもよくなる。
キスでこんなにも気持ちいいって感じたのはこの人が初めてで、いまもどうしようもなく気持ちよかった。
引きずられるようにキスに溺れてしまう。
我を忘れていた俺に、だけど自我を取り戻させたのはやっぱり智紀さん。
「……っ!!」
下肢に伸びてきた手にハッとして慌てて智紀さんを押しのけた。
さすがにここでそれはないだろ。
思わず端に逃げるように背を寄せると、智紀さんは吹き出して片手をハンドルに置いた。
「キスはいいのに、触るのは駄目なんだ?」
「駄目って……車ですよ。それにサービスエリアだし」
「誰も見てないって。それに数台しか停まってないし平気だよ」
「……」
平気だとかいう問題じゃないだろ。
悪びれなく笑う智紀さんにため息がでた。
しかもなんでそんな笑顔でさえさわやかなんだろう。
「……俺は平気じゃありませんから」
この人の存在って詐欺っぽいよな。
流されてキスしてしまったのは俺だけど、いまさらだけど、これ以上車の中で流されるようなことがあったらマズイ。
「外でとかありえないでしょ」
もうこれ以上踏み込まれないように素っ気なく言った。
身体に広がりかけていた熱を発散させたくてさりげなく拳を握って掌に爪を立てたりしてみる。
智紀さんのペースに巻き込まれないように、もう一度ため息をわざとつく。
精いっぱいの虚勢。
そんなもの―――この人に通じるはずないってわかってはいるけど。
「ちーくん、外はダメ?」
「当たり前です」
智紀さんは喉を鳴らしてもう片方の腕もハンドルに乗せて、寄りかかる。
楽しそうに目を細めながら俺を見てくる。
「なんかその言い方だと中ならいいって聞こえるな」
「は?」
「この前みたいにホテル、とかならいい?」
「……」
なにをバカなっていう想いと、羞恥に顔が熱くなるのを感じて顔を背けた。
「……っ、なにバカなこと言ってるんですか。俺は初日の出を見たいっていうから着いてきただけです」
あの夜のようなことは二度とない。
あるはずない。
湿った唇をそっと手の甲で拭って窓の外を見る。
外の暗いパーキングエリアと、窓には車内の様子も映り込んでる。
俺の方を智紀さんが見ているのは変わらずで、落ちた沈黙を今夜初めて息苦しいと思った。
変に速く動いている心臓の音に妙に苛立ってしまう。
「ちーくん」
「……俺は初日の出を見に行くだけですから」
「ちーひろ」
「俺は」
「初日の出、見たことある?」
「初日……え……、あ……」
智紀さんの話を聞こうとせずに子供のようにムキになってた自分に気づく。
いやでもさっきの話の流れなら警戒したって―――なんて自分にいい訳をしてしまう。
「初日の出。ある?」
ハンドルからシートへと身体を倒したながら智紀さんがもう一度、なにも答えない俺に訊いてきた。
「……昔……見に行こうとしたけど雨で……」
鈴と見に行こうと計画を立てていたのに結局元旦は雨で中止になった。
『あー、雨か。残念だったなー』
軽く笑ってその時は言ったけど、結構実際は凹んだっけ。
「ふーん」
向けられる笑みをたたえた目が少しからかいの色を含んだような気がした。
まるで俺が誰と行こうとしていたのか気づいていそうな、いや気づいてるんだろう、気づいて見透かして面白がってるんだろう。
「……天候なんてどうしようもないですし、毎年晴れなわけじゃないから仕方ないんですけどね」
だからその時の俺は別にそんなに落ち込んだりしてないんだ、と言いたかった―――いや、いい訳したかった。
なんで俺この人に反抗的になってしまうんだろ。
「そうだねー、天気なんてころころかわるしねー」
子供染みた対応をする自分自身に呆れる。
どうやったってこの人には―――。
「でも、ね」
智紀さんの手が伸びて、拳を作ったままだった手を取った。
その手が俺の手を開かせて引っ張って、そして手の甲にキスが落ちる。
「俺、晴れ男だから。今日は初日の出見れるよ」
「………らしい、ですね」
「だろー? 一緒に見ようね、ちーくん」
「……はい」
どうやったって、敵わない。
ついさっきまであんな激しいキスをしてきたのは誰だったのか。
緩く笑う智紀さんに毒気を抜かれて気づけば頷いていた。
俺の手から手が離れていって、カチン、と小さくプルタブを引く音が響く。
車内にコーヒーの匂いが広がる。
コーヒーを一口二口と飲んで智紀さんはシートベルトを締めた。
「―――行こうか」
促されて俺もシートベルトを締め、ゆっくりと車は動き出した。
再び流れ出す景色。
休憩をはさむ前よりも会話はまばらになって、静かに智紀さんは運転していた。
俺はなんとなく落ち着かない気持ちを持て余しながら―――
知らないうちに眠りに落ちてしまっていた。
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