10 / 30
contact2. それを、誰と見るか
9
しおりを挟む
もう二度と会うことがない人だと思っていた。
***
『やほー、ちーくん。久しぶり。元気してた?』
その声が、電話がかかってきたのは一年が最後の日。
大晦日で、しかもあと1分で新年というときだった。
「……はい。元気です」
『いまは家?』
「はい」
正月俺は実家に戻ってきていた。
戸惑いながら答えると、
『あ、あと20秒』
という言葉が返ってくる。
自然とテレビに目を向けるとカウントダウンは15秒を切ったところだった。
リビングには俺以外の家族もいて、電話をしている俺のことは気にしていない様子で新年に向けて少しテンションがあがっているようだ。
『あと10秒―――』
智紀さんもテレビを見ているんだろうか。
テレビの中の芸能人がカウントダウンをしていて、それとぴったり智紀さんの声も重なる。
『4、3、2、1―――』
あっという間にその瞬間はきた。
『あけましておめでとう、千裕』
テレビの中でも、リビングでも"おめでとう"と皆が言いあっていて、だけど俺の意識は電話の向こう側に引っ張られる。
「……あけましておめでとうございます」
新しい年、俺がそう言う相手は普通に家族にだと思っていた。
それがまさか電話でとはいえ智紀さんとまず最初に新年のあいさつを交わすなんて思ってもみなかった。
『そうそう、ちーくん。お正月はどう過ごすの? 友達と遊んだり?』
戸惑っているあいだにも智紀さんは話しかけてくる。
「……いえ。とくに予定はありません。寝正月ってやつです」
鈴の家に居候してる俺は年末年始は実家に戻ってきてた。
だけど何の予定もない。
なんとなくだらだらと過ごしたい気分だったんだ。
『じゃあさ、俺と初詣いかない?』
「……え?」
唐突に"あの日"、『またね』と電話越しに言われた言葉が甦る。
二週間前―――の、あの夜。
初めて行ったバーで出会ったばかりの智紀さんと一夜を共にした。
『千裕。またね』
別れ際、確かにそう言って―――だけど、もう会うことはないだろうと思っていた。
そのあとメールが来たことはある。
でもそれも二回くらいで、仕事が忙しいというような内容と他愛もない雑談だけだった。
別に誘われることもなくて俺は当たり障りのない返事をした。
きっとメールはそのうちこなくなって、会うこともないまま"あの夜"のことも忘れていくんだろう、そう思ってた。
あのときホームで電話越しに呼ばれた俺の名前が耳に焼きついてたけど―――数日で消えてしまったし。
新しい年になればもともとない接点は消えてなくなって、"あの夜"のことは夢じゃなかったのかといつか思うんだろうと……。
『ちーくん?』
どうしてかひどく動揺している自分に気づく。
どうしたの、と問いかける声に我に返って、
「なんでもないです……」
それだけを言った。
『そう? それで、どう? 一緒に初詣行ってくれる?』
「……」
俺と? 何故?
聞きそうになる。
"あの夜"から二週間の間にはクリスマスもあった。
智紀さんならきっと素敵な女性と過ごしたはずだ。
そういう女性と初詣も行けばいいんじゃないのか?
『ね、一緒に行こうよ。だめ?』
「……」
『ちーひーろ。家の住所教えて。いまから迎えに行くから』
俺の反応がないことに痺れをきらしたのか、だけどとくに声に変化はなく催促してきた。
「……いや別に迎えにきてもらわなくても出ていきま―――……え。いまから!?」
『そうそう。もう元旦だしね』
「え、でも」
『特に予定ないんだよね? それともちーくんは夜更かしできないタイプ?』
「……別にそういうんじゃないですけど」
『じゃー俺に付き合ってよ。ね、ちーくん』
「……」
予定もないし、子供じゃあるまいし早寝しなきゃいけないわけでもない。
なにをこんなに躊躇ってるんだろう。
"あの夜"のことなんて気にせずに、頷けばいい。
ただ初詣に行くだけ、なんだから。
「……初詣ですよね」
『そうだよ。俺、おみくじって大吉しか引いたことないんだよね』
「……そうですか」
『俺と一緒に行ってくれる?』
「……はい」
深く考えることなんてない。
きっとこの電話は気まぐれなもので、大した意味なんてないんだ。
逆にこうして渋ってる俺のほうがおかしい。
初詣に行って、適当に喋って、そして別れれば終わりだ。
『よかった。断れるかと思ったよ』
含み笑いで言われ、少し気まずく思う。
そして住所を教えてくれと言われ、最寄駅を教えた。
近くに来たら連絡すると電話は切れて――。
俺はとりあえず自室に戻って着替えることにした。
まさか新年早々、あの人に会うなんて。
「……初詣に行くだけだし」
俺は男が好きなわけじゃない。
"あの夜"はあんなことになったけど、あのときが異質だっただけだ。
「……なにもない」
"今夜"はなにもあるはずがない。
そうだとしても、気が重く準備をするのが億劫でしかたなかった。
―――――――
―――――
―――
***
『やほー、ちーくん。久しぶり。元気してた?』
その声が、電話がかかってきたのは一年が最後の日。
大晦日で、しかもあと1分で新年というときだった。
「……はい。元気です」
『いまは家?』
「はい」
正月俺は実家に戻ってきていた。
戸惑いながら答えると、
『あ、あと20秒』
という言葉が返ってくる。
自然とテレビに目を向けるとカウントダウンは15秒を切ったところだった。
リビングには俺以外の家族もいて、電話をしている俺のことは気にしていない様子で新年に向けて少しテンションがあがっているようだ。
『あと10秒―――』
智紀さんもテレビを見ているんだろうか。
テレビの中の芸能人がカウントダウンをしていて、それとぴったり智紀さんの声も重なる。
『4、3、2、1―――』
あっという間にその瞬間はきた。
『あけましておめでとう、千裕』
テレビの中でも、リビングでも"おめでとう"と皆が言いあっていて、だけど俺の意識は電話の向こう側に引っ張られる。
「……あけましておめでとうございます」
新しい年、俺がそう言う相手は普通に家族にだと思っていた。
それがまさか電話でとはいえ智紀さんとまず最初に新年のあいさつを交わすなんて思ってもみなかった。
『そうそう、ちーくん。お正月はどう過ごすの? 友達と遊んだり?』
戸惑っているあいだにも智紀さんは話しかけてくる。
「……いえ。とくに予定はありません。寝正月ってやつです」
鈴の家に居候してる俺は年末年始は実家に戻ってきてた。
だけど何の予定もない。
なんとなくだらだらと過ごしたい気分だったんだ。
『じゃあさ、俺と初詣いかない?』
「……え?」
唐突に"あの日"、『またね』と電話越しに言われた言葉が甦る。
二週間前―――の、あの夜。
初めて行ったバーで出会ったばかりの智紀さんと一夜を共にした。
『千裕。またね』
別れ際、確かにそう言って―――だけど、もう会うことはないだろうと思っていた。
そのあとメールが来たことはある。
でもそれも二回くらいで、仕事が忙しいというような内容と他愛もない雑談だけだった。
別に誘われることもなくて俺は当たり障りのない返事をした。
きっとメールはそのうちこなくなって、会うこともないまま"あの夜"のことも忘れていくんだろう、そう思ってた。
あのときホームで電話越しに呼ばれた俺の名前が耳に焼きついてたけど―――数日で消えてしまったし。
新しい年になればもともとない接点は消えてなくなって、"あの夜"のことは夢じゃなかったのかといつか思うんだろうと……。
『ちーくん?』
どうしてかひどく動揺している自分に気づく。
どうしたの、と問いかける声に我に返って、
「なんでもないです……」
それだけを言った。
『そう? それで、どう? 一緒に初詣行ってくれる?』
「……」
俺と? 何故?
聞きそうになる。
"あの夜"から二週間の間にはクリスマスもあった。
智紀さんならきっと素敵な女性と過ごしたはずだ。
そういう女性と初詣も行けばいいんじゃないのか?
『ね、一緒に行こうよ。だめ?』
「……」
『ちーひーろ。家の住所教えて。いまから迎えに行くから』
俺の反応がないことに痺れをきらしたのか、だけどとくに声に変化はなく催促してきた。
「……いや別に迎えにきてもらわなくても出ていきま―――……え。いまから!?」
『そうそう。もう元旦だしね』
「え、でも」
『特に予定ないんだよね? それともちーくんは夜更かしできないタイプ?』
「……別にそういうんじゃないですけど」
『じゃー俺に付き合ってよ。ね、ちーくん』
「……」
予定もないし、子供じゃあるまいし早寝しなきゃいけないわけでもない。
なにをこんなに躊躇ってるんだろう。
"あの夜"のことなんて気にせずに、頷けばいい。
ただ初詣に行くだけ、なんだから。
「……初詣ですよね」
『そうだよ。俺、おみくじって大吉しか引いたことないんだよね』
「……そうですか」
『俺と一緒に行ってくれる?』
「……はい」
深く考えることなんてない。
きっとこの電話は気まぐれなもので、大した意味なんてないんだ。
逆にこうして渋ってる俺のほうがおかしい。
初詣に行って、適当に喋って、そして別れれば終わりだ。
『よかった。断れるかと思ったよ』
含み笑いで言われ、少し気まずく思う。
そして住所を教えてくれと言われ、最寄駅を教えた。
近くに来たら連絡すると電話は切れて――。
俺はとりあえず自室に戻って着替えることにした。
まさか新年早々、あの人に会うなんて。
「……初詣に行くだけだし」
俺は男が好きなわけじゃない。
"あの夜"はあんなことになったけど、あのときが異質だっただけだ。
「……なにもない」
"今夜"はなにもあるはずがない。
そうだとしても、気が重く準備をするのが億劫でしかたなかった。
―――――――
―――――
―――
0
お気に入りに追加
224
あなたにおすすめの小説
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる