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contact1. その男、危険
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「……え」
不穏そうな言葉に思わず智紀さんを見てしまう。
見なきゃよかった、とすぐに後悔した。
笑顔を浮かべているけど、その目は艶っぽくて俺を誘うような色気を放っていた。
「気持ちいいこと、しよっか、ちーくん」
片手は腰を支えたまま、もう片方の手が俺の顎を捉える。
「あ、の」
キスくらい上手く出来なきゃ好きな子に嫌われるよ。
そう笑って智紀さんは俺の口を塞いだ。
―――嫌われるも何も、俺と鈴が結ばれることは一生ない。
そんな思いがよぎるけど、あっというまに消されていく。
「……っ……は」
やっぱりこれまでしてきたキスと全然違う。
絡みついてくる舌から鳥肌が立つような刺激が送られてくる。
抵抗するように智紀さんの腕に手をかけて離れようと力を加えた。
「……ッ」
だけど舌を軽く噛まれて、両手で拘束される。
抱き寄せられて肌と肌が密着した。
何度も角度を変えてキスされていくうちに力が抜けていくのを感じた。
「……ちーくんも舌、動かしな」
ほんの少し離れた唇が、俺にそう命じる。
無理だ―――。
理性が拒否するのに、また咥内に差し込まれた舌におずおずと舌を絡める自分がいる。
ジャグジーの気泡が吐き出される音にまぎれるように、俺の脳内に響く水音。
抵抗する力はいつのまにか弱まっていた。
相手は男なのに。
いや、相手が鈴以外の女とするキスは全部どうでもよかった。
性欲を吐きだすための、惰性でするキスばかりだった。
それと同じキスのはずだ。
なのに―――。
「……ぁ……ん……っ」
涎がこぼれるくらいに何度も続けられるキスに頭がもうろうとしてくる。
風呂に入ってるからだと思いたい。
だけどそうじゃないのは俺の身体が、下半身が反応してしまってることが現実を知らせる。
「……ッン!!」
密着した肌の間で俺のものが硬くなっているのを腹部で感じていたらそれに智紀さんが触れてきた。
思わず逃げかけた身体を抱きしめられる。
お湯の中で掌に包まれて上下に扱かれる。
「……っ……は」
まじでまずい。
握られて、擦られる、なんていうのも女にしてもらったこと……あったっけ。
挿れて、吐き出せば終わりのセックスしか知らなかった俺を煽るように動く指。
終わることがないようなキスに、俺の半身に与えられる刺激に思考が溶けていく。
「……エッロイ顔」
ようやく離れた唇と唇。
俺は荒い呼吸しか吐き出せないのに、智紀さんは余裕の表情。
俺に呟く声こそ俺にしてみればエロく、甘くて――まじでやばい。
ぐらぐらする。
湯あたりならいい。
「ちーくん、舌出して」
ほら、とギュッと半身を握られて、自分から出てるなんて信じられないくそ甘い声とともに舌を出す。
空中で絡みついてくる舌。
やばい、やばい。
絶対やばいって―――。
理性が警報をガンガンならしているのに俺はされるまま、智紀さんに身体を預けてしまっていた。
水面が揺れる。
空気の冷たさが肩を冷やしていく。
だけど身体は熱かった。
「ちーくんて感度いいね」
俺のを扱きながら背中を指先で触ってくる。
背骨を辿るように動いてるだけなのにむず痒いような、気持ちいいような感覚に
身体が震えてた。
「それに、ここからもたくさん出てるよね。お湯とは違うし」
尿道を指先で弄られる。
自分の身体は自分が一番わかってる。
認めたくないけど先走りが滲み出してるのは知っていた。
いまが人生で一番恥ずかしいんじゃないのか。
楽しそうにからかわれて、顔が異様に熱い。
「……っ…く」
「ちーくん、俺も気持ちよくなっていーい?」
「……は…い?」
いまいち意味がわからずにいると少し腰を浮かされた。
それまで俺が下敷きにしてた――智紀さんの硬いものが俺のと一緒に握りこまれ
る。
はじめての感覚。
そりゃ自分以外のを見たことはある。
だけど触れ合わせるなんてはじめてで、ありえない。
「……ぁ…っ」
硬く脈打つ互いの熱さが伝わってきてくらくらする。
ありえない、はずなのに腰が揺れていた。
風呂の熱さが、きっと身体の熱さを増長させてるんだ。
酒も入ってるし、だから……。
そんな言い訳ばかり自分にする。
でもそうしないと信じられない状況だからしょうがないよな。
俺のと智紀さんのを一緒に擦りあげる手が気持ちいいなんて、互いの性器が擦れあって脈動が伝わってくるのさえ気持ちいいなんて、何かのせいにしなけりゃ信じられない。
「きもちいーい、ちーくん」
耳朶を甘噛みされて、喋るたびにかかる吐息に身震いする。
耳も性感体なんだと、気づかされる。
「……っ……ン……っあ」
じわじわと湧いてくる吐射感。
最近は自分ですることさえなかったから久しぶりの刺激はきつすぎて、早々に達しそうになる。
「……ン、ん」
智紀さんの顔が近づいてきて自然に口を半開きにしていた。
塞がれて舌が差し込まれて。
ついさっき教え込まれた動きを思い出すように、自分から舌を絡めていた。
目を閉じる前に見えた夜空に浮かぶ月が満月だったから―――きっとそのせいもあるんだ。
俺が、こんなことをしてるのは。
だけど―――。
「……ッ!!」
ばしゃん、と大きく水面が揺れる。
唇が離れて、俺はとっさに智紀さんの腕を掴んでいた。
逃げるように。
だって―――。
「ああ、まだ早かった? ちょっと慣らしておこうかと思ったんだけど」
悪びれもなく笑って俺の唇を舐める智紀さん。
智紀さんの片手は自分でもそんな触ることのない―――後孔を撫でるようにそっと触れていて。
俺はその違和感と羞恥に正気に引き戻されていた。
一気に頭から冷水を浴びせられた気がした。
堪え切れず、
「すいませんっ」
と智紀さんの腕から逃れようとしたけど腰に手をまわされた。
たいした拘束じゃなかったけど、何故か振りほどけなかった。
ただ後孔に触れていた指は離れていってひとまず安心する。
「いいよ。初めてだもんね、怖いよね」
怖い……というか、いや怖いが。
それよりもなんで俺、流されてるんだろう。
そんな今さらなことを考えてしまう。
相手は男で初対面なのに、風呂にまで入って――互いの性器を擦り合わせて。
「あ、ちょっと萎えた」
握ったままだった智紀さんが呟いて俺を笑いを含んだ目で覗きこむ。
「なに、素面にでも戻った?」
「……いや……あの」
「まあ別にいいよ」
まったく気にする様子もなく智紀さんは笑って俺のものを解放した。
「……あ」
なんでこんなこと、と思ったばかりなのに離されると物足りなさに身体が疼いて思わず声が出た。
やばい。
自分の漏らした声に真っ青よりも真っ赤になったのはすぐに智紀さんが可笑しそうに笑って俺の耳を舐めてきたから。
「どうしようか。とりあえず抜く?」
正直迷った。
冷静を取り戻した理性の一部が男同士だぞってストップをかける。
だけどそれでもいい、と流されようとしている自分もいる。
決め切れずに俺は揺れる水面に視線を落とす。
いっそあのまま強引にでも快楽を与え続けてくれればよかったのに。
少し萎えはしたけどまだ硬さを残した俺のものはすぐそばにある智紀さんのに微かに触れていて、その硬さを感じるたびにぞくぞくと背筋を這う刺激があった。
「ちーくん、どうする?」
「……智紀さんは」
揺れる理性と思考。
頬に滑る智紀さんの指に視線を上げたら甘い眼差しが俺を捉える。
相手は男だ。
だけど、いや、でも。
「なに?」
「……どうしたいんですか?」
―――俺はひきょう者だ。
「俺?」
可笑しそうに口角を上げるその綺麗な顔から少し視線を逸らして、ぎこちなく言葉を続ける。
「……傷の舐めあい……するって言ったのは智紀さんだし……。智紀さんは俺がもういいって言えば、止めるんですか?」
ズルイなと自分に呆れる。
こんな遠まわしじゃなく、素直に言えばいい。
けど、自分じゃ決め切れない。
たとえ一夜限りかもしれなくても自分からは言えない。
沈黙が落ちて、ジャグジーの泡が吹き出る音だけが夜の中に響く。
じっと背けた顔に視線を感じた。
「―――じゃあ」
ちーくん、と言って智紀さんの手が俺の腰から離れていった。
え、と戸惑うように智紀さんを見たら唇が触れそうなほど顔を近づけられた。
さっきよりも一層の妖艶さを増した微笑が向けられる。
「俺の好きなようにするけど、いい?」
その瞳に捕らえられる。
「ちーくんがやめてくれ、っていってもやめないけど。いーい?」
「……」
ごくり、と唾を呑む音がやけに大きく響いた。
俺は余計なことを言ったのかもしれない。
ただ黙って流されてた方がよかったのかも。
そんな気がして、だけどもう後にも退けず――小さく頷いた。
瞬間、ものすごく楽しげに智紀さんの目が瞬いて、怯んだ。
けどもう――遅かった。
心臓の音が耳にうるさい。
俺はこれからどうなるんだろう―――。
唾を飲み込む音が自分の中でやけに大きく響いた。
けど―――
「でさ、ちーくんの好きな子ってどんな子なの?」
と、智紀さんは俺から離れると大きく伸びをして湯船につかりなおした。
人一人分ほど空いてしまった距離に拍子抜けする。
「……え、は」
「好きだった従妹ちゃん。どんな子?」
「……えっと……男嫌いだったんです。幼稚園の頃、男の子にいじめられて……それでトラウマになって男が苦手になって」
「へぇ、可哀想に」
さっきまでの熱があっという間に霧散していくようだ。
結局智紀さんは、もうなにもしないということにしたんだろうか。
「……でも俺だけは平気だったんです。だから……俺は彼女のナイト気取りで……」
智紀さんは真面目に俺の話に耳を傾けていて、だから俺は少しづつ鈴のことを話していった。
話すたびにどんどん心が落ち着いていく。
どんどん、冷静になっていく。
そうすると初対面の智紀さんとこうして風呂に入っているという事実が改めておかしいと気づかされて、さらに冷静になる。
「そっか。ずーっと好きだったんなら、なかなか忘れられないよね」
「……」
もう諦めた―――違う、俺は鈴の幸せを願って、だから俺の気持ちはもう終わらせたんだ。
だけど簡単に忘れられるはずもなく、だから答えきれない。
黙っていると智紀さんが立ちあがった。
視線を上げると笑顔で、
「あがろうか」
と促された。
「……はい」
一緒に連れ立って上がるのも微妙だったから智紀さんが先にあがって、俺は少しして上がった。
もうすっかり俺の身体は落ち着いてしまってる。
やっぱりもうシないんだろうな。
俺ももうそういう気分じゃなくなってるし。
脱衣所で身体を拭きながらため息をつく。
少し……残念な気がする、なんてどっか俺おかしくなったんだろうか。
きっと男同士なんて未知の世界に足踏みこもうとしてたから少しまだ変に気分が高揚してるのかもしれないな。
「……あ、どれ着よう」
綺麗に身体を拭いて、そしてどうしようかと迷った。
バスローブ、パジャマ……。
いやその前にこのままここに泊まるんだろうか。
いやもうシないなら帰る、とか?
でも智紀さんの服はそのまま置いてあってバスローブが一着減っていた。
それにならって俺もバスローブを手にする。
えっと……それで下着……。
当たり前だけど風呂に入る前脱いだものしかない。
それを履いていく、よな?
履かない方がおかしいよな?
なんで俺はこんなことで悩んでるんだろう。
本当にどこか頭のねじが一本飛んでしまったんじゃないのか。
自分に呆れながら結局下着をつけバスローブを着て部屋に戻った。
だけどそこに智紀さんの姿はなくて寝室に向かう。
開いていたドアから中を見ると棚みたいなところを開けてなにか出しているようだった。
なにしてるんだろう。
寝室に足をそのまま踏み入れて、目に入った大きなベッドに緊張する。
でも、きっともうなにもない―――よな?
智紀さんは俺が入って来たのを気づいていないようだ。
髪から水滴が頬を伝ってきて、髪を乾かして来ようかとバスルームにまた戻ろうとした。
だけど手を掴まれる。
「ちーくん、どこ行くの?」
気づいていたのか。
智紀さんが音もなく俺の傍に立って目を細める。
「えっと、髪乾かそうかなと思って」
「別に濡れたままでもいいんじゃない? 濡れ髪もなかなかそそるよ?」
……そそるって。
「そうそう。それでさっきの続きになるけど」
「……つづき?」
動揺する自分を宥めながら問い返す。
首を傾げた智紀さんは―――妖しく目を光らせた。
「ちーくんはさ、その従妹ちゃんをオカズにシたことある?」
「―――」
その問いに、
その意味に、
一瞬で頭の中が真っ白になった。
そしてゆっくりと手を引かれてベッドに座らされる。
「忘れるのって、痛いよね。傷じゃあないけど、まぁでも傷みたいなものなのかなぁ? 膿を出すのも痛い、って知ってる?」
「……え。あ、あの」
智紀さんの手が俺の頬をかすめる。
いや、そうじゃなくて。
視界が遮られる。
暗くなる。
「膿んでひどくなるとさ、傷口にメス入れてぱっくり開いて力任せにしごいて膿みだして、って相当痛いよね。思わない?」
「と、ともき、さん」
俺の目につけられた、たぶんアイマスク。
「まあでも出してしまえばすっきり治るの待つだけだし、ね?」
肩が押されて、ベッドに倒される。
柔らかなスプリングに身体が沈む。
一層、頭の中は白んでいって、戸惑う俺の両手が頭上でなにかに、縛られる。
それからバスローブの襟元に手が触れて、小さく身体が震えた。
「ちーくんは、大好きな彼女でシたことある? 俺に教えてよ」
甘い、けれどそれはまるで、命令。
「……あ、あのっ」
ようやくの思いで声を発したけど。
「俺のやり方、でいいんだよね?」
笑う声がして―――やっぱり、俺はとんでもない人に捕まったんだって再認識した。
***
不穏そうな言葉に思わず智紀さんを見てしまう。
見なきゃよかった、とすぐに後悔した。
笑顔を浮かべているけど、その目は艶っぽくて俺を誘うような色気を放っていた。
「気持ちいいこと、しよっか、ちーくん」
片手は腰を支えたまま、もう片方の手が俺の顎を捉える。
「あ、の」
キスくらい上手く出来なきゃ好きな子に嫌われるよ。
そう笑って智紀さんは俺の口を塞いだ。
―――嫌われるも何も、俺と鈴が結ばれることは一生ない。
そんな思いがよぎるけど、あっというまに消されていく。
「……っ……は」
やっぱりこれまでしてきたキスと全然違う。
絡みついてくる舌から鳥肌が立つような刺激が送られてくる。
抵抗するように智紀さんの腕に手をかけて離れようと力を加えた。
「……ッ」
だけど舌を軽く噛まれて、両手で拘束される。
抱き寄せられて肌と肌が密着した。
何度も角度を変えてキスされていくうちに力が抜けていくのを感じた。
「……ちーくんも舌、動かしな」
ほんの少し離れた唇が、俺にそう命じる。
無理だ―――。
理性が拒否するのに、また咥内に差し込まれた舌におずおずと舌を絡める自分がいる。
ジャグジーの気泡が吐き出される音にまぎれるように、俺の脳内に響く水音。
抵抗する力はいつのまにか弱まっていた。
相手は男なのに。
いや、相手が鈴以外の女とするキスは全部どうでもよかった。
性欲を吐きだすための、惰性でするキスばかりだった。
それと同じキスのはずだ。
なのに―――。
「……ぁ……ん……っ」
涎がこぼれるくらいに何度も続けられるキスに頭がもうろうとしてくる。
風呂に入ってるからだと思いたい。
だけどそうじゃないのは俺の身体が、下半身が反応してしまってることが現実を知らせる。
「……ッン!!」
密着した肌の間で俺のものが硬くなっているのを腹部で感じていたらそれに智紀さんが触れてきた。
思わず逃げかけた身体を抱きしめられる。
お湯の中で掌に包まれて上下に扱かれる。
「……っ……は」
まじでまずい。
握られて、擦られる、なんていうのも女にしてもらったこと……あったっけ。
挿れて、吐き出せば終わりのセックスしか知らなかった俺を煽るように動く指。
終わることがないようなキスに、俺の半身に与えられる刺激に思考が溶けていく。
「……エッロイ顔」
ようやく離れた唇と唇。
俺は荒い呼吸しか吐き出せないのに、智紀さんは余裕の表情。
俺に呟く声こそ俺にしてみればエロく、甘くて――まじでやばい。
ぐらぐらする。
湯あたりならいい。
「ちーくん、舌出して」
ほら、とギュッと半身を握られて、自分から出てるなんて信じられないくそ甘い声とともに舌を出す。
空中で絡みついてくる舌。
やばい、やばい。
絶対やばいって―――。
理性が警報をガンガンならしているのに俺はされるまま、智紀さんに身体を預けてしまっていた。
水面が揺れる。
空気の冷たさが肩を冷やしていく。
だけど身体は熱かった。
「ちーくんて感度いいね」
俺のを扱きながら背中を指先で触ってくる。
背骨を辿るように動いてるだけなのにむず痒いような、気持ちいいような感覚に
身体が震えてた。
「それに、ここからもたくさん出てるよね。お湯とは違うし」
尿道を指先で弄られる。
自分の身体は自分が一番わかってる。
認めたくないけど先走りが滲み出してるのは知っていた。
いまが人生で一番恥ずかしいんじゃないのか。
楽しそうにからかわれて、顔が異様に熱い。
「……っ…く」
「ちーくん、俺も気持ちよくなっていーい?」
「……は…い?」
いまいち意味がわからずにいると少し腰を浮かされた。
それまで俺が下敷きにしてた――智紀さんの硬いものが俺のと一緒に握りこまれ
る。
はじめての感覚。
そりゃ自分以外のを見たことはある。
だけど触れ合わせるなんてはじめてで、ありえない。
「……ぁ…っ」
硬く脈打つ互いの熱さが伝わってきてくらくらする。
ありえない、はずなのに腰が揺れていた。
風呂の熱さが、きっと身体の熱さを増長させてるんだ。
酒も入ってるし、だから……。
そんな言い訳ばかり自分にする。
でもそうしないと信じられない状況だからしょうがないよな。
俺のと智紀さんのを一緒に擦りあげる手が気持ちいいなんて、互いの性器が擦れあって脈動が伝わってくるのさえ気持ちいいなんて、何かのせいにしなけりゃ信じられない。
「きもちいーい、ちーくん」
耳朶を甘噛みされて、喋るたびにかかる吐息に身震いする。
耳も性感体なんだと、気づかされる。
「……っ……ン……っあ」
じわじわと湧いてくる吐射感。
最近は自分ですることさえなかったから久しぶりの刺激はきつすぎて、早々に達しそうになる。
「……ン、ん」
智紀さんの顔が近づいてきて自然に口を半開きにしていた。
塞がれて舌が差し込まれて。
ついさっき教え込まれた動きを思い出すように、自分から舌を絡めていた。
目を閉じる前に見えた夜空に浮かぶ月が満月だったから―――きっとそのせいもあるんだ。
俺が、こんなことをしてるのは。
だけど―――。
「……ッ!!」
ばしゃん、と大きく水面が揺れる。
唇が離れて、俺はとっさに智紀さんの腕を掴んでいた。
逃げるように。
だって―――。
「ああ、まだ早かった? ちょっと慣らしておこうかと思ったんだけど」
悪びれもなく笑って俺の唇を舐める智紀さん。
智紀さんの片手は自分でもそんな触ることのない―――後孔を撫でるようにそっと触れていて。
俺はその違和感と羞恥に正気に引き戻されていた。
一気に頭から冷水を浴びせられた気がした。
堪え切れず、
「すいませんっ」
と智紀さんの腕から逃れようとしたけど腰に手をまわされた。
たいした拘束じゃなかったけど、何故か振りほどけなかった。
ただ後孔に触れていた指は離れていってひとまず安心する。
「いいよ。初めてだもんね、怖いよね」
怖い……というか、いや怖いが。
それよりもなんで俺、流されてるんだろう。
そんな今さらなことを考えてしまう。
相手は男で初対面なのに、風呂にまで入って――互いの性器を擦り合わせて。
「あ、ちょっと萎えた」
握ったままだった智紀さんが呟いて俺を笑いを含んだ目で覗きこむ。
「なに、素面にでも戻った?」
「……いや……あの」
「まあ別にいいよ」
まったく気にする様子もなく智紀さんは笑って俺のものを解放した。
「……あ」
なんでこんなこと、と思ったばかりなのに離されると物足りなさに身体が疼いて思わず声が出た。
やばい。
自分の漏らした声に真っ青よりも真っ赤になったのはすぐに智紀さんが可笑しそうに笑って俺の耳を舐めてきたから。
「どうしようか。とりあえず抜く?」
正直迷った。
冷静を取り戻した理性の一部が男同士だぞってストップをかける。
だけどそれでもいい、と流されようとしている自分もいる。
決め切れずに俺は揺れる水面に視線を落とす。
いっそあのまま強引にでも快楽を与え続けてくれればよかったのに。
少し萎えはしたけどまだ硬さを残した俺のものはすぐそばにある智紀さんのに微かに触れていて、その硬さを感じるたびにぞくぞくと背筋を這う刺激があった。
「ちーくん、どうする?」
「……智紀さんは」
揺れる理性と思考。
頬に滑る智紀さんの指に視線を上げたら甘い眼差しが俺を捉える。
相手は男だ。
だけど、いや、でも。
「なに?」
「……どうしたいんですか?」
―――俺はひきょう者だ。
「俺?」
可笑しそうに口角を上げるその綺麗な顔から少し視線を逸らして、ぎこちなく言葉を続ける。
「……傷の舐めあい……するって言ったのは智紀さんだし……。智紀さんは俺がもういいって言えば、止めるんですか?」
ズルイなと自分に呆れる。
こんな遠まわしじゃなく、素直に言えばいい。
けど、自分じゃ決め切れない。
たとえ一夜限りかもしれなくても自分からは言えない。
沈黙が落ちて、ジャグジーの泡が吹き出る音だけが夜の中に響く。
じっと背けた顔に視線を感じた。
「―――じゃあ」
ちーくん、と言って智紀さんの手が俺の腰から離れていった。
え、と戸惑うように智紀さんを見たら唇が触れそうなほど顔を近づけられた。
さっきよりも一層の妖艶さを増した微笑が向けられる。
「俺の好きなようにするけど、いい?」
その瞳に捕らえられる。
「ちーくんがやめてくれ、っていってもやめないけど。いーい?」
「……」
ごくり、と唾を呑む音がやけに大きく響いた。
俺は余計なことを言ったのかもしれない。
ただ黙って流されてた方がよかったのかも。
そんな気がして、だけどもう後にも退けず――小さく頷いた。
瞬間、ものすごく楽しげに智紀さんの目が瞬いて、怯んだ。
けどもう――遅かった。
心臓の音が耳にうるさい。
俺はこれからどうなるんだろう―――。
唾を飲み込む音が自分の中でやけに大きく響いた。
けど―――
「でさ、ちーくんの好きな子ってどんな子なの?」
と、智紀さんは俺から離れると大きく伸びをして湯船につかりなおした。
人一人分ほど空いてしまった距離に拍子抜けする。
「……え、は」
「好きだった従妹ちゃん。どんな子?」
「……えっと……男嫌いだったんです。幼稚園の頃、男の子にいじめられて……それでトラウマになって男が苦手になって」
「へぇ、可哀想に」
さっきまでの熱があっという間に霧散していくようだ。
結局智紀さんは、もうなにもしないということにしたんだろうか。
「……でも俺だけは平気だったんです。だから……俺は彼女のナイト気取りで……」
智紀さんは真面目に俺の話に耳を傾けていて、だから俺は少しづつ鈴のことを話していった。
話すたびにどんどん心が落ち着いていく。
どんどん、冷静になっていく。
そうすると初対面の智紀さんとこうして風呂に入っているという事実が改めておかしいと気づかされて、さらに冷静になる。
「そっか。ずーっと好きだったんなら、なかなか忘れられないよね」
「……」
もう諦めた―――違う、俺は鈴の幸せを願って、だから俺の気持ちはもう終わらせたんだ。
だけど簡単に忘れられるはずもなく、だから答えきれない。
黙っていると智紀さんが立ちあがった。
視線を上げると笑顔で、
「あがろうか」
と促された。
「……はい」
一緒に連れ立って上がるのも微妙だったから智紀さんが先にあがって、俺は少しして上がった。
もうすっかり俺の身体は落ち着いてしまってる。
やっぱりもうシないんだろうな。
俺ももうそういう気分じゃなくなってるし。
脱衣所で身体を拭きながらため息をつく。
少し……残念な気がする、なんてどっか俺おかしくなったんだろうか。
きっと男同士なんて未知の世界に足踏みこもうとしてたから少しまだ変に気分が高揚してるのかもしれないな。
「……あ、どれ着よう」
綺麗に身体を拭いて、そしてどうしようかと迷った。
バスローブ、パジャマ……。
いやその前にこのままここに泊まるんだろうか。
いやもうシないなら帰る、とか?
でも智紀さんの服はそのまま置いてあってバスローブが一着減っていた。
それにならって俺もバスローブを手にする。
えっと……それで下着……。
当たり前だけど風呂に入る前脱いだものしかない。
それを履いていく、よな?
履かない方がおかしいよな?
なんで俺はこんなことで悩んでるんだろう。
本当にどこか頭のねじが一本飛んでしまったんじゃないのか。
自分に呆れながら結局下着をつけバスローブを着て部屋に戻った。
だけどそこに智紀さんの姿はなくて寝室に向かう。
開いていたドアから中を見ると棚みたいなところを開けてなにか出しているようだった。
なにしてるんだろう。
寝室に足をそのまま踏み入れて、目に入った大きなベッドに緊張する。
でも、きっともうなにもない―――よな?
智紀さんは俺が入って来たのを気づいていないようだ。
髪から水滴が頬を伝ってきて、髪を乾かして来ようかとバスルームにまた戻ろうとした。
だけど手を掴まれる。
「ちーくん、どこ行くの?」
気づいていたのか。
智紀さんが音もなく俺の傍に立って目を細める。
「えっと、髪乾かそうかなと思って」
「別に濡れたままでもいいんじゃない? 濡れ髪もなかなかそそるよ?」
……そそるって。
「そうそう。それでさっきの続きになるけど」
「……つづき?」
動揺する自分を宥めながら問い返す。
首を傾げた智紀さんは―――妖しく目を光らせた。
「ちーくんはさ、その従妹ちゃんをオカズにシたことある?」
「―――」
その問いに、
その意味に、
一瞬で頭の中が真っ白になった。
そしてゆっくりと手を引かれてベッドに座らされる。
「忘れるのって、痛いよね。傷じゃあないけど、まぁでも傷みたいなものなのかなぁ? 膿を出すのも痛い、って知ってる?」
「……え。あ、あの」
智紀さんの手が俺の頬をかすめる。
いや、そうじゃなくて。
視界が遮られる。
暗くなる。
「膿んでひどくなるとさ、傷口にメス入れてぱっくり開いて力任せにしごいて膿みだして、って相当痛いよね。思わない?」
「と、ともき、さん」
俺の目につけられた、たぶんアイマスク。
「まあでも出してしまえばすっきり治るの待つだけだし、ね?」
肩が押されて、ベッドに倒される。
柔らかなスプリングに身体が沈む。
一層、頭の中は白んでいって、戸惑う俺の両手が頭上でなにかに、縛られる。
それからバスローブの襟元に手が触れて、小さく身体が震えた。
「ちーくんは、大好きな彼女でシたことある? 俺に教えてよ」
甘い、けれどそれはまるで、命令。
「……あ、あのっ」
ようやくの思いで声を発したけど。
「俺のやり方、でいいんだよね?」
笑う声がして―――やっぱり、俺はとんでもない人に捕まったんだって再認識した。
***
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※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
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