one night

雲乃みい

文字の大きさ
上 下
2 / 30
contact1. その男、危険

1

しおりを挟む
バーのドアベルが静かに響いて何気なくカウンターにいた俺は視線を走らせた。
スーツ姿の男が一人店内に入ってくる。
薄暗い照明の中で、その男は異様に目立って見えた。
20代半ばか後半か。爽やかそうな雰囲気をした顔立ちの整った男。
まだ大学生の俺が社会人の男の地位を推し量ることなんてできないけど、それでもその男は普通のサラリーマンと違うのはわかった。
オーラっていうと大げさかもしれない。
でも華やかで知的な空気をまとってカウンターへと歩いてくる姿を無意識のうちに目で追っていた。
その男が俺が座る席の間一つ空けて立ち止まりカウンターに手を置く。
常連らしい男はマスターとバーテンに声をかけて―――俺を見た。
「こんばんわ」
「……こんばんわ」
「隣いい?」
「え? はぁ」
俺が見すぎていたせいなのか、声かけられたうえにまさかの相席。
正直戸惑いながらジントニックを飲む。
高いスツールのイスに座った男はバーテンに
「とりあえずビール」
と声をかけて背広の内ポケットから煙草を取り出した。
片手で一本取り出して口に咥えて火をつける。
流れるような動作は様になりすぎていてまた目で追ってしまう。
「吸う?」
煙草を差し出されて、結構ですと首を振った。
俺、なにしてるんだ?
こんなにじろじろ見てたら不審者だろ。
グラスに視線を落として表面に薄く浮かぶ水滴を眺める。
たまには一人で飲もうとふらり立ち寄ったバー。
初めて入ったこの店を選んだ理由はとくにない。
ただ静かな場所で一人で酒を飲んで――感傷に浸るのもたまにはいいかなと、それだけだった。
「俺、邪魔?」
顔を上げたら頬づえをついた男が口元に笑みを浮かべて俺を見つめてる。
邪魔と言ったら正直邪魔で。
それでも実際目についたってことは多少興味があるってことだろうから、そうでもないとも言える。
「いえ……」
無愛想にするのもなんだから、愛想笑い程度の笑みを浮かべる。
「そう? よかった。俺も一人で飲みたくて来たんだけど、やっぱり人恋しくなって隣に座らせてもらいました」
……少し変わった人なのか?
気さくといっていいのか、屈託なく話しかけてくる態度はでも嫌な感じはない。
自分の空気に巻き込むのがうまそうな人だな、っていう印象を受けた。
ジントニックを飲んで、たまにはこういう出会いもいいかと会話を続けることにした。
「俺も一人で来たんですけど、俺でよければ話相手になりますよ」
「本当? 悪いね、気を使わせたみたいで」
「いいえ」
素直に嬉しそうに笑顔を向けられて俺もつられて笑顔になる。
それが俺と―――片瀬智紀さんとの出会いだった。






お互い簡単な自己紹介をして、初対面だというのに打ち解けるのはあっという間だった。
智紀さんからもらった名刺には"代表取締役"なんていう肩書があってびっくりするのと同時になるほどなとも感心。
小さい会社だよ、とは言っていたけど、やっぱりなにかしら上に立つ人は違うんだなと実感する。
俺自身人見知りする方ではないけど、それでもまるで昔からの知り合いのように思えるくらい会話が弾むのは智紀さんのリードがうまいからだと思う。
「それにしてもいいなぁ、大学生」
「そうですか?」
「合コンしたい」
「すればいいじゃないですか」
三杯目になる酒を飲みながら智紀さんはしみじみと呟く。
「それに別に合コンなんかしなくてもモテそうだからすぐに彼女できるんじゃないんですか?」
彼女、か。
恋愛ネタはいまは避けたかったけどしょうがない。
胸の奥がちくちく疼くのを無視して残り少しになっていたジントニックを飲みきった。
「まぁモテはするけど」
あっさり認めても智紀さんなら嫌味じゃないから不思議だ。
「でも好きな子に好きになってもらわなかったら、意味ないよね?」
「……」
俺は――笑えてるだろうか。
もうとっくに諦めて、封印した気持ち。
「俺、最近振られたんだよね」
「え?」
俺と――同じ?
イヤ違うか。俺は気持ちを伝えることはしてなかったから。
智紀さんは静かにグラスを置くと笑った。
「千裕くん、も、だろ?」
「……は?」
まるで俺のすべてを見透かすような目。
動揺よりも先に単純に驚いた。
「なんで」
「だって」
――泣きそうな顔してたから。
智紀さんの言葉に、俺はどんな反応をすればいいのかわからずにグラスを傾けて空だったことに気づいた。
「千裕くん」
俺はそんな顔してる?
いや、してるつもりはない。
「よかったら店かえない? 俺の失恋話、聞いてよ」
俺の話をするつもりはない、けど。
智紀さんも俺と同じなんだと思ったら、頷いていた。







「へぇ、ライバルがいたんですか」
誘われるままにバーを出てやってきたのは普通の居酒屋だった。
チェーン店の庶民的な店。
智紀さん曰く、騒がしい店の方がこっちも気にせずいろいろと喋れる、らしい。
そう言われればそうかなと思いながら智紀さんの話を聞いていた。
最初はお互いの世間話からはじまって、グラスを数杯重ねてようやく本題。
「そうそう。俺と同い年でさ。実は高校時代一度会ったことはあったんだけど、それにしてもびっくりしたなぁ。一流企業のエリートさんでイケメンで優しくって、ライバルとしては最強だと思わない?」
「それは手ごわいですね。でも智紀さんだって会社経営してるしカッコイイし、負けなさそうだけど」
「だよねー?」
この人って、やっぱり変わっていうか面白い人だな。
俺かっこいいのに、と拗ねたようにため息をついて焼酎のお湯割りを口に運んでいる。
「敗因はなんだったんですか」
失恋話を笑って聞くのもどうか。
智紀さんは落ち込んでいそうな素振りをして喋ってはいる。
だけど、どことなく笑いを誘うような口ぶりで俺はつい口元を緩めていた。
「そうだなー。性格もあってたと思うし、身体の相性もよかったし」
「……」
身体の、相性。
そっと智紀さんを見る。
俺よりも年上で経験豊富なのには間違いない。
好きな相手がいて、振られたけど――シたんだ。
「千裕くん?」
「あ、はい」
付き合っていなくてもそういう関係になる、というのはわかる。
俺だって経験はなくはないし。
「どうかした?」
顔引きつってる、と俺の頬を突いてくる智紀さん。
慌てて首を振る。
「ああ、身体の相性のところで引っかかった?」
……この人、テレパシーでもあるんじゃないのか。
自分としてはあんまり顔には出してないつもりだったんだけどな。
「いや……どういう関係だったのかなぁと思っただけです」
親友の知り合いだとか、なんだとか。
年下の子ということは聞いたけど。
「その……エッチまでしたならその相手の人もそれなりに智紀さんのこと好きだったんじゃないのかなと思って」
俺の好きな鈴ならありえない。
鈴相手にそういう行為を付き合う前にしようとも……思わないし。
「さー? 俺が強引に誘ったからね」
「……押しが強いんですね」
「まだ好きかどうかの自覚をしていなさそうだったから、隙をついてみました」
ひきょう者だからね、俺は。
煙草を咥えて笑いながら智紀さんはそのまま続ける。
「それに"好き"ではないにしろ好意を持たれてるのは確かだったからね。身体の相性が良ければ好転するかもしれないし?」
「……でも強引にして嫌われたらとか不安はなかったんですか?」
「そのときはそのとき。どっちにしろ告白すればうまくいくか振られるかのどっちかなんだしね。まぁとはいっても俺も強硬手段に出たよね、とは思うけど」
吐き出された紫煙を目で追って、ビールを一口飲んだ。
好きな子のことを考えているのかため息をつきながらもその表情は柔らかい。
「……やっぱり自信があるからできるんですか」
「自信持ってなきゃ途中でへたれちゃうでしょ」
「強いんですね、智紀さんは」
俺とは全然違う。
「当たって砕けろだからね、俺は。―――千裕くんは?」
「……」
「告白、しなかったの」
「従妹なんです。俺が好きな子は。下手に告白して気まずくなるのっていやでしょ」
できるだけ軽い口調で軽く笑う。
とっくに諦めたといいながらいまだに胸が疼くのはなんでだろうな。
「まだ好きなんだね」
「でももう彼氏もできてるんですよ。だから俺はもう」
「忘れたいのに忘れられなくて辛い?」
智紀さんは少し変わってて気さくで、初対面なのに話やすい。
でも、まぎれもなく大人だ。
俺よりも大人。
寄越された眼差しが俺を真っ直ぐ見ていて、目が逸らせない。
そんなことはない、と思っているし言いたいけど声が出ない。
「吐き出せばいいのに」
手が伸びてきて俺の頬をつねる。
痛いですよ、と口角を上げながらその手をどけようとしたら手を掴まれた。
掴まれた手首が熱い。
向けられた視線に、よくわからない胸騒ぎがした。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

処理中です...