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3. 永遠に友人
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二週間後、悠人は約束どおり涼風を食事に誘った。
しかし、それで終わりにはならなかった。しばらくのちに再び彼女から食事に誘われ、そこでも奢られてしまったため、またしても彼女を食事に誘うことになる。この繰り返しで、二週間ごとに交互に誘い合うという状態が続いていた。
飲みに行くこともあれば、純粋に食事だけのときもある。
彼女の策略にまんまとはまっているという自覚はあるが、特に不快には感じていなかった。むしろ楽しみなくらいである。次はどこに連れて行こうか、どこに連れて行かれるのか――そんな些細なことに思いをめぐらせるだけで、無意識に心が浮き立ってくるのだ。
しかし、こんなことをいつまでも続けるわけにはいかないし、続くはずもない。悠人には彼女の想いに応える気などないのだから。そう思いつつも自分から終わらせる勇気はなかった。いつか来るであろう終焉をうっすらと覚悟しつつ、ただなすがまま現状に流されていた。
『今度の金曜日、できれば日中にお時間いただけます?』
彼女からそう電話があったのは、夏が過ぎ、秋に変わりゆく季節のころだった。
しかし、先週末に彼女から誘われて食事をしたばかりであり、本来なら次は来週、それも悠人の方が誘うはずなのにと訝しく思う。おまけに日中というのが解せない。あのお礼のとき以来、時間の早い遅いはあれど会うのはすべて夜だったのに。
暗黙の了解が崩れたのは、終焉の予兆かもしれない。
そんなことを考えながらも、素知らぬふりをして金曜の午後に時間を取ることを約束した。何をするつもりなのかはあえて尋ねていない。どうも秘密にしたがっているような口ぶりだったので、その意思を尊重したのである。それでもまあ大丈夫だろうと楽観していられるくらいには、彼女を信用していた。
待ち合わせ場所は、彼女のマンションからも画廊からも離れたところにある地下鉄の駅だった。
悠人はタクシーで1番出口に乗り付けた。きっちりとスーツを着込んだその上から、いまだ夏を思わせる灼けつくような日射しが降りそそぐ。またたく間にじわりと汗がにじんだ。逃げ込むように、若干ひんやりとした薄暗い階段を駆け降りていく。
改札前には、すでに彼女が待っていた。仕事用の黒いスーツを身につけ、大きな鞄を肩から提げている。乗降客がすくない駅なのか、平日昼間という時間ゆえか、あたりにはちらほらとしか人がいない。そのため彼女もすぐこちらに気付き、顔をかがやかせて駆け寄ってきた。
「平日の日中にご無理を言って申し訳ありませんでした」
「いえ……それで、今日はどういったご用件でしょう?」
「美術館です」
単刀直入に尋ねたが、彼女はにっこりと思わせぶりに微笑んでそれだけしか答えない。
その美術館に彼女の見たい絵画があるのだろうか。あるいは悠人に見せたい絵画があるのだろうか。気にはなるが、どうせまもなく明らかになるのだからと思い、それ以上は追及せず促されるまま歩き出した。
彼女に連れてこられたのは、駅から直結したビルの九階に入っている美術館だった。ただ、閉められた扉には休館という札がかかっている。知らずに来てしまったのだろうかと思ったが、彼女はあたりまえのように通用口の方にまわった。
「すみません、お忙しいのにわがままを言って」
「いえ、もう展示はほぼ終わっていますので」
付近にいたスーツ姿の男性ににこやかに声をかけ、悠人を誘導しつつ中へと進む。
さきほどの会話から察するに、新たな展示の準備をするために休館としているのだろう。周囲を見回すと、あたたかな薄明かりの中にさまざまな絵が展示されていた。ところどころに関係者らしき人物も見受けられる。どうやら照明の明るさや解説プレートの位置など、細かいところを最終調整しているようだ。
彼女の足が、とある絵画の前で止まった。
その凛とした横顔から視線をたどり、悠人は息をのんだ。そこに展示されていたものは――。
「悠人さんに取り戻していただいた、父の遺作です」
「ああ……」
目にしたことは数えるほどしかないが、忘れてはいなかった。
正直いって絵画に関する知識はあまり持ち合わせておらず、良し悪しなどわかりようもないが、それでもこの絵のことは感覚的に気に入っていた。いきいきとした生気があふれているようで、見ているだけで気持ちが高揚してくるのだ。
「Andante(アンダンテ)、というタイトルがついていました」
そう言われて、得心がいく。
人物の足元に描かれているのは螺旋階段だと思っていたが、鍵盤でもあったのだろう。まるで音楽と人生を重ね合わせているかのようである。気持ちが高揚するのは、この絵から無意識に音楽のリズムを感じ取っていたからだろうか。日比野夏彦の抽象画にはダークなものも少なくないと聞いているが、死の間際に描いたこの絵がこれほど生命力に満ち満ちているのは、幼い娘へ希望を遺したかったからかもしれない。
「悠人さんに取り戻していただいてから昨年公表するまで、画廊にも出さずに、誰にも見せずに、私はこの絵をずっとひとりじめにしていました。ですが昨年公表してからいくつか依頼があって……かけがえのない大切な絵ですけど、大切な絵だからこそ、みなさんに見てもらおうと決心したんです。日比野夏彦の娘として、美術に携わる人間として」
彼女はまっすぐ絵画に目を向けたまま、淡々と語る。
父親のパートナーであるはずの画商に奪われた経験から、人目にさらすことに慎重になっていたのかもしれない。美術関係の仕事を始めても、自分の画廊を持つようになっても、いっさいほかの人に見せなかったくらいだから、彼女の中ではとても大きな決心だったのだろう。
「それで、私に展示されているところを見せようと?」
「ええ、悠人さんにこの展示を見ていただいて、感謝の気持ちを伝えたかったんです。私が美術を学ぶようになったきっかけは、父のこの絵をもっと理解したいと思ったから。そして怪盗ファントムに近づきたかったから。おかげで未熟ながら美術の世界に携わるようになり、やりがいのある仕事をいただけるようになりました。この特別展も少しお手伝いしているんです。悠人さんと出会っていなかったら、悠人さんがこの絵を取り戻してくれなかったら、今の私はありませんでした。こうやって父の絵を送り出すこともできなかった。ですから……」
そこで言葉を切り、彼女はゆっくりと振り向いた。悠人の表情はすこし硬くなる。
「感謝なら橘会長にしてください。私は命じられるまま動いただけですから」
「もちろん橘会長にも感謝しています。それでも私の恩人は悠人さんなの」
この絵画を取り戻そうと決めたのは橘剛三だ。そして計画を立てたのはほかの仲間である。悠人は何人かいる実行メンバーのひとりにすぎない。なのに、彼女へ返しにいったのが悠人だけだったため、悠人ひとりの仕事だと誤解されてしまったのだ。
一年近く前、彼女が訪ねてきて再会したときに一通り説明したが、長年にわたる思いまでは簡単に覆らないのだろう。当時下手な優しさを見せてしまったことも影響しているようだ。彼女がどう認識していようと気にする必要はないのだが、手柄をひとりじめしたようで何となくきまりが悪い。
「日比野さん、あなたがそう思うのは自由ですが」
「涼風」
「え?」
「今後はできれば涼風と呼んでくださいませんか?」
「…………」
突然のことに面食らい無言で立ちつくしていると、彼女はハッとして、あたふたと右手を横に振りながら弁解する。
「別に彼女面したいわけじゃないの。ただ、友人くらいにはなれたらいいなって」
「友人……」
その言葉に、なぜだかわからないが後頭部をガツンと殴られたような衝撃を受けた。恋人として付き合ってほしいと言われたら、もう会うことをやめなければならないと思っていたが、友人になりたいと言われるなどまったくの想定外である。
友人になったからといって特に何かが変わることはないだろう。せいぜい食事に誘うのに理由づけが必要なくなるくらいだ。そう冷静に考えてもなお頷くことに抵抗を覚える。もしかすると、名前のない曖昧な関係に居心地の良さを感じていたのかもしれない。
絶句したままの悠人に、彼女は不安そうな面持ちで言いつのる。
「涼風と呼ぶのがお嫌でしたら無理にとは言いませんので……その、ふたりで食事に行ってお話しすることだけは、今までどおり続けさせてもらえませんか? 悠人さんに彼女ができたらさすがに良くないと思いますので、それまでのあいだで構いません」
悠人とは違い、彼女は名前のない曖昧な関係に不安を感じていたのだろう。いつ途切れるかわからないこの繋がりを、少しでも確かなものにしようと必死になっている。いじらしいほどに。
「あなたに恋人ができた場合はどうなるんですか?」
「……やはり終わりにしないといけませんよね」
彼女は困惑したように微妙に顔をゆがめて答えると、ないとは思いますけど、と視線を落としてひとりごとのように言いそえる。
しかし、どちらかといえばないのは悠人の方である。もともと恋人がほしいなどと願う気持ちはほとんどない。あるのは好きなひとを手に入れたいという欲求だけだ。そして、そう簡単に誰かを好きになれるほど素直な性質ではないし、好きになったとしても相手には受け入れてもらえないだろう。
「もし、どちらにも恋人ができなかったら?」
「永遠に友人でいられますね」
そう答えたあと、彼女はくすっと笑って肩をすくめた。
悠人は微妙な面持ちになり逡巡する。
「……まあ構わないでしょう。では、今後は友人ということで……涼風」
名を呼ぶと、彼女の目がこぼれ落ちそうなくらい大きく見開かれた。そしてほのかに頬を染めながら柔らかくふわりと微笑む。いままで目にしたこともないくらい幸せそうに。
これで、良かったのか――。
友人となっても本当に何も変わらないのか自信がなくなってきた。早まったかもしれないという淡い後悔がじわりと湧き上がる。もし彼女にこれまで以上の期待を抱かせることになったとしても、自分には応えることなど出来はしないのに。
悠人は口を引きむすんだまますべての始まりである絵画を見やり、わずかに目を細めた。
しかし、それで終わりにはならなかった。しばらくのちに再び彼女から食事に誘われ、そこでも奢られてしまったため、またしても彼女を食事に誘うことになる。この繰り返しで、二週間ごとに交互に誘い合うという状態が続いていた。
飲みに行くこともあれば、純粋に食事だけのときもある。
彼女の策略にまんまとはまっているという自覚はあるが、特に不快には感じていなかった。むしろ楽しみなくらいである。次はどこに連れて行こうか、どこに連れて行かれるのか――そんな些細なことに思いをめぐらせるだけで、無意識に心が浮き立ってくるのだ。
しかし、こんなことをいつまでも続けるわけにはいかないし、続くはずもない。悠人には彼女の想いに応える気などないのだから。そう思いつつも自分から終わらせる勇気はなかった。いつか来るであろう終焉をうっすらと覚悟しつつ、ただなすがまま現状に流されていた。
『今度の金曜日、できれば日中にお時間いただけます?』
彼女からそう電話があったのは、夏が過ぎ、秋に変わりゆく季節のころだった。
しかし、先週末に彼女から誘われて食事をしたばかりであり、本来なら次は来週、それも悠人の方が誘うはずなのにと訝しく思う。おまけに日中というのが解せない。あのお礼のとき以来、時間の早い遅いはあれど会うのはすべて夜だったのに。
暗黙の了解が崩れたのは、終焉の予兆かもしれない。
そんなことを考えながらも、素知らぬふりをして金曜の午後に時間を取ることを約束した。何をするつもりなのかはあえて尋ねていない。どうも秘密にしたがっているような口ぶりだったので、その意思を尊重したのである。それでもまあ大丈夫だろうと楽観していられるくらいには、彼女を信用していた。
待ち合わせ場所は、彼女のマンションからも画廊からも離れたところにある地下鉄の駅だった。
悠人はタクシーで1番出口に乗り付けた。きっちりとスーツを着込んだその上から、いまだ夏を思わせる灼けつくような日射しが降りそそぐ。またたく間にじわりと汗がにじんだ。逃げ込むように、若干ひんやりとした薄暗い階段を駆け降りていく。
改札前には、すでに彼女が待っていた。仕事用の黒いスーツを身につけ、大きな鞄を肩から提げている。乗降客がすくない駅なのか、平日昼間という時間ゆえか、あたりにはちらほらとしか人がいない。そのため彼女もすぐこちらに気付き、顔をかがやかせて駆け寄ってきた。
「平日の日中にご無理を言って申し訳ありませんでした」
「いえ……それで、今日はどういったご用件でしょう?」
「美術館です」
単刀直入に尋ねたが、彼女はにっこりと思わせぶりに微笑んでそれだけしか答えない。
その美術館に彼女の見たい絵画があるのだろうか。あるいは悠人に見せたい絵画があるのだろうか。気にはなるが、どうせまもなく明らかになるのだからと思い、それ以上は追及せず促されるまま歩き出した。
彼女に連れてこられたのは、駅から直結したビルの九階に入っている美術館だった。ただ、閉められた扉には休館という札がかかっている。知らずに来てしまったのだろうかと思ったが、彼女はあたりまえのように通用口の方にまわった。
「すみません、お忙しいのにわがままを言って」
「いえ、もう展示はほぼ終わっていますので」
付近にいたスーツ姿の男性ににこやかに声をかけ、悠人を誘導しつつ中へと進む。
さきほどの会話から察するに、新たな展示の準備をするために休館としているのだろう。周囲を見回すと、あたたかな薄明かりの中にさまざまな絵が展示されていた。ところどころに関係者らしき人物も見受けられる。どうやら照明の明るさや解説プレートの位置など、細かいところを最終調整しているようだ。
彼女の足が、とある絵画の前で止まった。
その凛とした横顔から視線をたどり、悠人は息をのんだ。そこに展示されていたものは――。
「悠人さんに取り戻していただいた、父の遺作です」
「ああ……」
目にしたことは数えるほどしかないが、忘れてはいなかった。
正直いって絵画に関する知識はあまり持ち合わせておらず、良し悪しなどわかりようもないが、それでもこの絵のことは感覚的に気に入っていた。いきいきとした生気があふれているようで、見ているだけで気持ちが高揚してくるのだ。
「Andante(アンダンテ)、というタイトルがついていました」
そう言われて、得心がいく。
人物の足元に描かれているのは螺旋階段だと思っていたが、鍵盤でもあったのだろう。まるで音楽と人生を重ね合わせているかのようである。気持ちが高揚するのは、この絵から無意識に音楽のリズムを感じ取っていたからだろうか。日比野夏彦の抽象画にはダークなものも少なくないと聞いているが、死の間際に描いたこの絵がこれほど生命力に満ち満ちているのは、幼い娘へ希望を遺したかったからかもしれない。
「悠人さんに取り戻していただいてから昨年公表するまで、画廊にも出さずに、誰にも見せずに、私はこの絵をずっとひとりじめにしていました。ですが昨年公表してからいくつか依頼があって……かけがえのない大切な絵ですけど、大切な絵だからこそ、みなさんに見てもらおうと決心したんです。日比野夏彦の娘として、美術に携わる人間として」
彼女はまっすぐ絵画に目を向けたまま、淡々と語る。
父親のパートナーであるはずの画商に奪われた経験から、人目にさらすことに慎重になっていたのかもしれない。美術関係の仕事を始めても、自分の画廊を持つようになっても、いっさいほかの人に見せなかったくらいだから、彼女の中ではとても大きな決心だったのだろう。
「それで、私に展示されているところを見せようと?」
「ええ、悠人さんにこの展示を見ていただいて、感謝の気持ちを伝えたかったんです。私が美術を学ぶようになったきっかけは、父のこの絵をもっと理解したいと思ったから。そして怪盗ファントムに近づきたかったから。おかげで未熟ながら美術の世界に携わるようになり、やりがいのある仕事をいただけるようになりました。この特別展も少しお手伝いしているんです。悠人さんと出会っていなかったら、悠人さんがこの絵を取り戻してくれなかったら、今の私はありませんでした。こうやって父の絵を送り出すこともできなかった。ですから……」
そこで言葉を切り、彼女はゆっくりと振り向いた。悠人の表情はすこし硬くなる。
「感謝なら橘会長にしてください。私は命じられるまま動いただけですから」
「もちろん橘会長にも感謝しています。それでも私の恩人は悠人さんなの」
この絵画を取り戻そうと決めたのは橘剛三だ。そして計画を立てたのはほかの仲間である。悠人は何人かいる実行メンバーのひとりにすぎない。なのに、彼女へ返しにいったのが悠人だけだったため、悠人ひとりの仕事だと誤解されてしまったのだ。
一年近く前、彼女が訪ねてきて再会したときに一通り説明したが、長年にわたる思いまでは簡単に覆らないのだろう。当時下手な優しさを見せてしまったことも影響しているようだ。彼女がどう認識していようと気にする必要はないのだが、手柄をひとりじめしたようで何となくきまりが悪い。
「日比野さん、あなたがそう思うのは自由ですが」
「涼風」
「え?」
「今後はできれば涼風と呼んでくださいませんか?」
「…………」
突然のことに面食らい無言で立ちつくしていると、彼女はハッとして、あたふたと右手を横に振りながら弁解する。
「別に彼女面したいわけじゃないの。ただ、友人くらいにはなれたらいいなって」
「友人……」
その言葉に、なぜだかわからないが後頭部をガツンと殴られたような衝撃を受けた。恋人として付き合ってほしいと言われたら、もう会うことをやめなければならないと思っていたが、友人になりたいと言われるなどまったくの想定外である。
友人になったからといって特に何かが変わることはないだろう。せいぜい食事に誘うのに理由づけが必要なくなるくらいだ。そう冷静に考えてもなお頷くことに抵抗を覚える。もしかすると、名前のない曖昧な関係に居心地の良さを感じていたのかもしれない。
絶句したままの悠人に、彼女は不安そうな面持ちで言いつのる。
「涼風と呼ぶのがお嫌でしたら無理にとは言いませんので……その、ふたりで食事に行ってお話しすることだけは、今までどおり続けさせてもらえませんか? 悠人さんに彼女ができたらさすがに良くないと思いますので、それまでのあいだで構いません」
悠人とは違い、彼女は名前のない曖昧な関係に不安を感じていたのだろう。いつ途切れるかわからないこの繋がりを、少しでも確かなものにしようと必死になっている。いじらしいほどに。
「あなたに恋人ができた場合はどうなるんですか?」
「……やはり終わりにしないといけませんよね」
彼女は困惑したように微妙に顔をゆがめて答えると、ないとは思いますけど、と視線を落としてひとりごとのように言いそえる。
しかし、どちらかといえばないのは悠人の方である。もともと恋人がほしいなどと願う気持ちはほとんどない。あるのは好きなひとを手に入れたいという欲求だけだ。そして、そう簡単に誰かを好きになれるほど素直な性質ではないし、好きになったとしても相手には受け入れてもらえないだろう。
「もし、どちらにも恋人ができなかったら?」
「永遠に友人でいられますね」
そう答えたあと、彼女はくすっと笑って肩をすくめた。
悠人は微妙な面持ちになり逡巡する。
「……まあ構わないでしょう。では、今後は友人ということで……涼風」
名を呼ぶと、彼女の目がこぼれ落ちそうなくらい大きく見開かれた。そしてほのかに頬を染めながら柔らかくふわりと微笑む。いままで目にしたこともないくらい幸せそうに。
これで、良かったのか――。
友人となっても本当に何も変わらないのか自信がなくなってきた。早まったかもしれないという淡い後悔がじわりと湧き上がる。もし彼女にこれまで以上の期待を抱かせることになったとしても、自分には応えることなど出来はしないのに。
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