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14話 魔女の遊戯
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「ここみたいだね」
「これが、魔女の家……」
白い壁と黒いとんがり屋根が、緑のツタで覆われた家が視界に映る。まるで、家が森と同化しているかのようだ。
「エリーゼ、準備はいい?」
「ええ、大丈夫よ」
彼の目を見て、しっかりと頷いて見せる。
すると彼も私に一つ頷きを返し、玄関ドアに設置された、猫モチーフのドアノックを鳴らした。
コンコンと金属がドアにぶつかる音が鳴る。
それから間もなく、扉がギィーと軋む音を立てて開いた。
しかし、奇妙なことにドア付近には誰の人影も見当たらない。
「勝手に空いたの?」
「さあ、分からない。入れということだろうか?」
リアスと二人で困惑する。そのとき、どこからともなく女性の声が耳に届いた。
「ご名答よ。さあ、中にどうぞ」
思わず、リアスと目を見合わせた。
そうだ。ここは普通の人の家ではない。魔女が住む家だった。通常なら有り得ないイレギュラーも、ここでは起こり得るのだ。
「エリーゼ。俺の後ろについて来て」
「分かった」
こうして、私はリアスとともに、魔女メーデイアの家におずおずと足を踏み入れた。
私たちが入室しきると、勝手に玄関の扉が閉まった。
「そのまま真っ直ぐ進んできて」
どこからか、再びさきほどと同じ声が聞こえる。
私たちはとりあえず、言われた通りに進むことにした。
ただただ一直線に歩き続ける。すると、一番の奥の部屋から漏れる光が見えた。
「あの部屋に人の気配を感じる」
リアスのその言葉を聞き、心に緊張が増す。
だがそれでも歩みは止めず、私たちは無事光に満ちた部屋の前へと辿り着いた。
そのときだ。扉の中から、ひょこっと一人の女性が顔を覗かせた。
「よく来たわね。さあ、入ってちょうだい」
女性はそう言って私たちを部屋の中に入れると、こちらに振り返った。
ラベンダー色の髪をツインシニヨンにした、ワイン色の唇が目を引く、灰白色の瞳を持つ女性だった。
――この人が、メーデイア……。
まるで猫のような強い眼力を持つ彼女は、こちらを見ると鈴の音が鳴るような声で話しかけてきた。
「あらためて、ようこそいらっしゃい。ところで、あなたたちはどちら様かしら?」
「ラディリアス・ヴィルナーだ。こちらは妻のエリーゼだ」
リアスの答えに彼女は目を細める。
だが私と目が合った途端、彼女は力を緩めたように、その目に三日月の弧を描いた。
「驚きだわ! まさかヴィルナー公爵夫妻様がいらっしゃるだなんて。あなたたちがこんなところまで来るだなんて、どういったご用件かしら?」
わざと演技がかったような彼女の語りを聞き、ふとアルチーナが脳内を過ぎる。
そんな中、リアスが説明を始めた。
「突然の訪問になり申し訳ない。実は妻にかかった魔法を完全に解いていただきたく、ここに来たんだ」
「魔法?」
メーデイアは不審げに眉をひそめ、品定めするような目つきで私を上から下、下から上へと見つめた。
「ああ、そういうこと……。これは、アルチーナの魅了魔法ね」
「分かるのですか!?」
まさか見ただけで分かるとは。
さすが魔女の女王だと感心していると、彼女はなんてこと無さそうに肩をすくめた。
「魔法をかけた時点で、解けようが解けまいが必ずかけた魔女の痕跡が残るのよ」
メーデイアは淡々と告げると、そのまま視線を私からリアスに移した。
「もしかして、あなたがアルチーナに頼んだの? って、こんな色男がまさかそんなわけ――」
「ああ、その通りだ」
冗談めかして話していたメーデイアは、リアスの言葉を聞き微かに目を見開いた。かと思えば、彼女は再びこちらに視線を戻し、からかうような笑みを浮かべて言った。
「あなたって悪い子ね」
「えっ?」
意味が分からない。
――悪い子って、私のこと?
困惑していると、隣に立つリアスが口を開いた。
「ところで、メーデイア。妻の魔法は解けているだろうか? 一応、アルチーナが解いたというが、確信が持てないんだ」
リアスはそう言うと、悲愴を滲ませメーデイアを見つめた。だが、彼女はそんな彼ににべもない返事を送った。
「言わなきゃダメ?」
彼女のその言葉に焦りを感じ、私もすかさず言葉を添えた。
「そのことが知りたくて来たのです。どうか教えてくださいませんか?」
私がそう告げると、メーデイアは椅子に腰かけ、前の机に肘を突いて私を見上げ言った。
「そんな簡単に教えてもらえると思ってるの? ただほど怖いものはないのよ?」
タダでは何もしないぞという、メーデイアの明確な拒否の意思表示だった。
だが、リアスはこのメーデイアの言葉を聞くなり、わずかに安堵の表情を浮かべ、彼女に声をかけた。
「それなら安心してほしい。望む金額を出そう」
至極真剣にリアスが告げる。
しかし、メーデイアはそんな彼に思わぬ反応を示した。提案を聞いた途端、腹を抱えて笑い始めたのだ。
「何か、俺はおかしなことを言っただろうか?」
彼女があまりにも笑うものだから、リアスはまるで虚を突かれたかのような表情で、戸惑いの声を漏らした。するとさすがに悪いと思ったのか、メーデイアは目尻に涙を溜め、ケラケラと笑いを残しながら返答した。
「お金の問題じゃないの」
「では、何が望みなんだ?」
「ただ私を楽しませてちょうだい」
「楽しませる……どうやって?」
「そうね。じゃあ今回は、私の出す問題が解けたら、あなた達の願いを何でも一つ聞いてあげるわ」
――問題を解いたら?
いったいどんな問題が出てくるというのだろうか。
でも、やらないことには一生魔法が解けたのか分からずじまいになってしまう。それなら、答えはもう一つしかなかった。
私とリアスは顔を見合わせ、互いに頷きメーデイアに向き直って答えた。
「分かった。交渉成立だ」
「どのような問題でしょうか?」
二人でメーデイアにジッと視線を向ける。すると、彼女はクスっとほくそ笑んで答えた。
「それは、目的の場所に行ってからのお楽しみよ」
そう言うと、彼女は突然指をパチンと鳴らした。
すると、いつの間にか私たちは、見知らぬ場所へと移動していた。
「ここはっ……?」
「ここは私が作り出した空間よ。ここで二人にあるモノを見つけてもらうわ。今からお題を言うから、よく聞いておいてね」
彼女はそう言うと、一つ咳ばらいをしてお題を述べ始めた。
「あなたたち二人に出すお題は『真珠が秘めたる少年が握る、唯一無二の姿を持つもの』を探せ、よ。私が指定したものを見つけたら、自ずと戻れるわ。それじゃあ、私はお茶でも飲んで待ってるから。頑張ってね」
彼女は愉しそうに笑って見せる。そして、まるでゆらゆらと揺れる蜃気楼のように、その場から姿を消した。
「真珠が秘めたる少年が握る、唯一無二の姿を持つもの……」
「とりあえず、単純に宝石がありそうな場所を探してみる?」
「ああ、そうしよう」
こうして、私たちの謎解きが突如として始まった。
私たちがいるのは、どうやら壮麗な建物の中らしい。純白と金を基調としており、建物全体がまるで美術品のような場所だった。
しかし、どうしたことか……。
来たことは無いはずなのに、どうにもこの場所には既視感を覚えて仕方なかった。
――知らない場所のはずなのに変だわ……。
「エリーゼ。思ったんだけど、ここってもしかして昔のロオネル城じゃないか?」
話しかけてきたリアスが、いきなり私の違和感の正体を暴き、思わず息を呑んだ。
私よりも王宮に通いなれた彼が言うのであれば、きっと間違いないだろう。
「確かに……その通りだわ! リアス、すごいわ!」
「やっぱりエリーゼも感じてたんだね」
「リアスほど冴えてなかったけれどね……。でも、これならどこに何の部屋があるかは明白ね!」
「うん! じゃあ、宝飾室を目指そう」
リアスの言葉に、私は意気揚々と頷いて見せた。
しかしそれから数分後、私たちは撃沈していた。
確かに真珠はあったが、だからと言って何があるわけでもなかったのだ。
「こんな捻りのない問題、やっぱり出すわけなかったのね……。ごめんなさい」
「どうして謝るんだ? 違うということが分かっただけ、一歩前進じゃないか」
リアスはそう言うと、柔らかく笑いかけてくれた。
まるで陽だまりのようなその微笑みを見ただけで、私の心は面白いくらいに励まされた。
「ありがとう、リアス。じゃあ、ほかも探してみましょう!」
こうして、私たちはさまざまな場所を探索した。
王座の間、晩餐会場、大理石の間、温室、講堂、図書館、寝室、礼拝堂、画廊、使用人たちの食堂、庭園、中庭、武器庫、舞踏室、書記室。
思いつく限りを巡ったが、一向に問題の手掛かりとなるものは見つけられず、振り出しに戻るを繰り返していた。
するとリアスが突然、ポツリと悲しい声を漏らした。
「こんなことになるなんて……。俺のせいだよ。エリーゼ、本当にごめんね」
「確かにきっかけはリアスだけど、この問題を受けると決めたのは二人の選択でしょう? だから、ここにいる間は謝るのは禁止よ。分かった?」
「うん……」
まるで怒られてしょげた子犬のようなリアスに、心がギューッと締め付けられる。
美貌の良さも相まって、より痛ましげに見える彼の表情に、私は切なさを禁じ得なかった。
――リアスがこれ以上罪悪感を抱かないためにも、絶対に問題を解かないと!
そう思っても、なかなか私たちは答えを求め出せずにいた。
何かヒントになるものはないかと、キョロキョロと辺りを見回しながら廊下を歩く。
とりあえず、手掛りの一つだけでも見つけたいものだ。
そう思った時、ふと外のある光景が私の目を引いた。
「うわぁ! リアス見て! 畑のミルクがこんなにいっぱい! メーデイアが作った空間らしいけど、ここのブドウって食べられるのかしら!?」
決して食い意地が張っているわけではない。
ただ、ブドウが好きなだけだ。
ヴィルナー公爵領ではブドウ栽培が盛んで、みなが栄養価の高いブドウを畑のミルクと呼び、好んで食べている。
公爵領のブドウを食べた時、甘さがあるブドウを初めて知った私は、それ以来ブドウに目が無いのだ。
私は興奮しながら、庭のブドウ畑からリアスに視線を移した。すると、何か閃いたように目を見開いたリアスと目が合った。
「エリーゼ、今なんて言った?」
「え? ええと、食べられるのかしらって……」
「最初の方なんて言ってたっ?」
「畑のミルクがこんなにもいっぱいって……」
どうしてそんなに聞いてくるのかと、不思議な気持ちで首を傾げる。
その瞬間、明らかにリアスの目の色が変わった。
「これが、魔女の家……」
白い壁と黒いとんがり屋根が、緑のツタで覆われた家が視界に映る。まるで、家が森と同化しているかのようだ。
「エリーゼ、準備はいい?」
「ええ、大丈夫よ」
彼の目を見て、しっかりと頷いて見せる。
すると彼も私に一つ頷きを返し、玄関ドアに設置された、猫モチーフのドアノックを鳴らした。
コンコンと金属がドアにぶつかる音が鳴る。
それから間もなく、扉がギィーと軋む音を立てて開いた。
しかし、奇妙なことにドア付近には誰の人影も見当たらない。
「勝手に空いたの?」
「さあ、分からない。入れということだろうか?」
リアスと二人で困惑する。そのとき、どこからともなく女性の声が耳に届いた。
「ご名答よ。さあ、中にどうぞ」
思わず、リアスと目を見合わせた。
そうだ。ここは普通の人の家ではない。魔女が住む家だった。通常なら有り得ないイレギュラーも、ここでは起こり得るのだ。
「エリーゼ。俺の後ろについて来て」
「分かった」
こうして、私はリアスとともに、魔女メーデイアの家におずおずと足を踏み入れた。
私たちが入室しきると、勝手に玄関の扉が閉まった。
「そのまま真っ直ぐ進んできて」
どこからか、再びさきほどと同じ声が聞こえる。
私たちはとりあえず、言われた通りに進むことにした。
ただただ一直線に歩き続ける。すると、一番の奥の部屋から漏れる光が見えた。
「あの部屋に人の気配を感じる」
リアスのその言葉を聞き、心に緊張が増す。
だがそれでも歩みは止めず、私たちは無事光に満ちた部屋の前へと辿り着いた。
そのときだ。扉の中から、ひょこっと一人の女性が顔を覗かせた。
「よく来たわね。さあ、入ってちょうだい」
女性はそう言って私たちを部屋の中に入れると、こちらに振り返った。
ラベンダー色の髪をツインシニヨンにした、ワイン色の唇が目を引く、灰白色の瞳を持つ女性だった。
――この人が、メーデイア……。
まるで猫のような強い眼力を持つ彼女は、こちらを見ると鈴の音が鳴るような声で話しかけてきた。
「あらためて、ようこそいらっしゃい。ところで、あなたたちはどちら様かしら?」
「ラディリアス・ヴィルナーだ。こちらは妻のエリーゼだ」
リアスの答えに彼女は目を細める。
だが私と目が合った途端、彼女は力を緩めたように、その目に三日月の弧を描いた。
「驚きだわ! まさかヴィルナー公爵夫妻様がいらっしゃるだなんて。あなたたちがこんなところまで来るだなんて、どういったご用件かしら?」
わざと演技がかったような彼女の語りを聞き、ふとアルチーナが脳内を過ぎる。
そんな中、リアスが説明を始めた。
「突然の訪問になり申し訳ない。実は妻にかかった魔法を完全に解いていただきたく、ここに来たんだ」
「魔法?」
メーデイアは不審げに眉をひそめ、品定めするような目つきで私を上から下、下から上へと見つめた。
「ああ、そういうこと……。これは、アルチーナの魅了魔法ね」
「分かるのですか!?」
まさか見ただけで分かるとは。
さすが魔女の女王だと感心していると、彼女はなんてこと無さそうに肩をすくめた。
「魔法をかけた時点で、解けようが解けまいが必ずかけた魔女の痕跡が残るのよ」
メーデイアは淡々と告げると、そのまま視線を私からリアスに移した。
「もしかして、あなたがアルチーナに頼んだの? って、こんな色男がまさかそんなわけ――」
「ああ、その通りだ」
冗談めかして話していたメーデイアは、リアスの言葉を聞き微かに目を見開いた。かと思えば、彼女は再びこちらに視線を戻し、からかうような笑みを浮かべて言った。
「あなたって悪い子ね」
「えっ?」
意味が分からない。
――悪い子って、私のこと?
困惑していると、隣に立つリアスが口を開いた。
「ところで、メーデイア。妻の魔法は解けているだろうか? 一応、アルチーナが解いたというが、確信が持てないんだ」
リアスはそう言うと、悲愴を滲ませメーデイアを見つめた。だが、彼女はそんな彼ににべもない返事を送った。
「言わなきゃダメ?」
彼女のその言葉に焦りを感じ、私もすかさず言葉を添えた。
「そのことが知りたくて来たのです。どうか教えてくださいませんか?」
私がそう告げると、メーデイアは椅子に腰かけ、前の机に肘を突いて私を見上げ言った。
「そんな簡単に教えてもらえると思ってるの? ただほど怖いものはないのよ?」
タダでは何もしないぞという、メーデイアの明確な拒否の意思表示だった。
だが、リアスはこのメーデイアの言葉を聞くなり、わずかに安堵の表情を浮かべ、彼女に声をかけた。
「それなら安心してほしい。望む金額を出そう」
至極真剣にリアスが告げる。
しかし、メーデイアはそんな彼に思わぬ反応を示した。提案を聞いた途端、腹を抱えて笑い始めたのだ。
「何か、俺はおかしなことを言っただろうか?」
彼女があまりにも笑うものだから、リアスはまるで虚を突かれたかのような表情で、戸惑いの声を漏らした。するとさすがに悪いと思ったのか、メーデイアは目尻に涙を溜め、ケラケラと笑いを残しながら返答した。
「お金の問題じゃないの」
「では、何が望みなんだ?」
「ただ私を楽しませてちょうだい」
「楽しませる……どうやって?」
「そうね。じゃあ今回は、私の出す問題が解けたら、あなた達の願いを何でも一つ聞いてあげるわ」
――問題を解いたら?
いったいどんな問題が出てくるというのだろうか。
でも、やらないことには一生魔法が解けたのか分からずじまいになってしまう。それなら、答えはもう一つしかなかった。
私とリアスは顔を見合わせ、互いに頷きメーデイアに向き直って答えた。
「分かった。交渉成立だ」
「どのような問題でしょうか?」
二人でメーデイアにジッと視線を向ける。すると、彼女はクスっとほくそ笑んで答えた。
「それは、目的の場所に行ってからのお楽しみよ」
そう言うと、彼女は突然指をパチンと鳴らした。
すると、いつの間にか私たちは、見知らぬ場所へと移動していた。
「ここはっ……?」
「ここは私が作り出した空間よ。ここで二人にあるモノを見つけてもらうわ。今からお題を言うから、よく聞いておいてね」
彼女はそう言うと、一つ咳ばらいをしてお題を述べ始めた。
「あなたたち二人に出すお題は『真珠が秘めたる少年が握る、唯一無二の姿を持つもの』を探せ、よ。私が指定したものを見つけたら、自ずと戻れるわ。それじゃあ、私はお茶でも飲んで待ってるから。頑張ってね」
彼女は愉しそうに笑って見せる。そして、まるでゆらゆらと揺れる蜃気楼のように、その場から姿を消した。
「真珠が秘めたる少年が握る、唯一無二の姿を持つもの……」
「とりあえず、単純に宝石がありそうな場所を探してみる?」
「ああ、そうしよう」
こうして、私たちの謎解きが突如として始まった。
私たちがいるのは、どうやら壮麗な建物の中らしい。純白と金を基調としており、建物全体がまるで美術品のような場所だった。
しかし、どうしたことか……。
来たことは無いはずなのに、どうにもこの場所には既視感を覚えて仕方なかった。
――知らない場所のはずなのに変だわ……。
「エリーゼ。思ったんだけど、ここってもしかして昔のロオネル城じゃないか?」
話しかけてきたリアスが、いきなり私の違和感の正体を暴き、思わず息を呑んだ。
私よりも王宮に通いなれた彼が言うのであれば、きっと間違いないだろう。
「確かに……その通りだわ! リアス、すごいわ!」
「やっぱりエリーゼも感じてたんだね」
「リアスほど冴えてなかったけれどね……。でも、これならどこに何の部屋があるかは明白ね!」
「うん! じゃあ、宝飾室を目指そう」
リアスの言葉に、私は意気揚々と頷いて見せた。
しかしそれから数分後、私たちは撃沈していた。
確かに真珠はあったが、だからと言って何があるわけでもなかったのだ。
「こんな捻りのない問題、やっぱり出すわけなかったのね……。ごめんなさい」
「どうして謝るんだ? 違うということが分かっただけ、一歩前進じゃないか」
リアスはそう言うと、柔らかく笑いかけてくれた。
まるで陽だまりのようなその微笑みを見ただけで、私の心は面白いくらいに励まされた。
「ありがとう、リアス。じゃあ、ほかも探してみましょう!」
こうして、私たちはさまざまな場所を探索した。
王座の間、晩餐会場、大理石の間、温室、講堂、図書館、寝室、礼拝堂、画廊、使用人たちの食堂、庭園、中庭、武器庫、舞踏室、書記室。
思いつく限りを巡ったが、一向に問題の手掛かりとなるものは見つけられず、振り出しに戻るを繰り返していた。
するとリアスが突然、ポツリと悲しい声を漏らした。
「こんなことになるなんて……。俺のせいだよ。エリーゼ、本当にごめんね」
「確かにきっかけはリアスだけど、この問題を受けると決めたのは二人の選択でしょう? だから、ここにいる間は謝るのは禁止よ。分かった?」
「うん……」
まるで怒られてしょげた子犬のようなリアスに、心がギューッと締め付けられる。
美貌の良さも相まって、より痛ましげに見える彼の表情に、私は切なさを禁じ得なかった。
――リアスがこれ以上罪悪感を抱かないためにも、絶対に問題を解かないと!
そう思っても、なかなか私たちは答えを求め出せずにいた。
何かヒントになるものはないかと、キョロキョロと辺りを見回しながら廊下を歩く。
とりあえず、手掛りの一つだけでも見つけたいものだ。
そう思った時、ふと外のある光景が私の目を引いた。
「うわぁ! リアス見て! 畑のミルクがこんなにいっぱい! メーデイアが作った空間らしいけど、ここのブドウって食べられるのかしら!?」
決して食い意地が張っているわけではない。
ただ、ブドウが好きなだけだ。
ヴィルナー公爵領ではブドウ栽培が盛んで、みなが栄養価の高いブドウを畑のミルクと呼び、好んで食べている。
公爵領のブドウを食べた時、甘さがあるブドウを初めて知った私は、それ以来ブドウに目が無いのだ。
私は興奮しながら、庭のブドウ畑からリアスに視線を移した。すると、何か閃いたように目を見開いたリアスと目が合った。
「エリーゼ、今なんて言った?」
「え? ええと、食べられるのかしらって……」
「最初の方なんて言ってたっ?」
「畑のミルクがこんなにもいっぱいって……」
どうしてそんなに聞いてくるのかと、不思議な気持ちで首を傾げる。
その瞬間、明らかにリアスの目の色が変わった。
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