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2話 彼は何を隠しているの?
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「やっぱりおかしいわ」
自室に戻り、私は独り言ちた。
「どうしてあんなにも頑ななの……?」
今日もまた、のらりくらりと躱された。
上手く聞き出せなかった自身の力不足を、今日も実感せざるを得ないとは……。
彼は今、何か問題を抱えているはずなのに、私には絶対にその悩みを話してはくれない。
――今までは、何でも相談してくれたのに……。
徐々に始まった変化であったが、最近のリアスは私との接し方が以前とはまるで違っていた。
一緒に話をして笑ったかと思えば、悲しそうな顔をする。満面の笑みを見せてくれる機会もグッと減った。
抱き締めてくれることも減ったし、わずかだが避けられているような気さえする。
「でも、私と話すとき以外も前と違うのよね……」
少なくとも一カ月前のリアスは、私が居なくてもいつも明るい表情だった。けれど今のリアスは、思い詰めた暗い表情をしていることが多い。
そんなリアスを見かけ私が話しかけてみると、リアスは嫌がる様子は見せず、むしろ嬉しそうに笑ってくれる。
だからこそ、なおさらリアスの悩みの原因が分からなかった。
最初は、人間なら誰しも言いたくない秘密の一つや二つはあるだろうと目を瞑っていた。だから、無理に聞き出そうとはしなかった。
しかし妻としては、何とか夫を励ましたい。そのため、私は彼を元気づけようとあらゆる試みをした。
「手作りのお菓子の差し入れでしょう? デートも行ったし、仕事も手伝っている。リアスが喜びそうなプレゼントもあげたし、二人の時間も作った。だけど、ね……」
どれも一瞬だけの効果だったと思い出し、私はため息をついてがっくり頭を垂れた。
こんなリアスは、本当に初めてなのだ。どうしたらいいのか、まったく思いつかない。
私はこんなにリアスに理解がなかったのかと、もう泣きそうだ。
二カ月後の社交期が始まれば、互いにもっと忙しくなるだろう。
実際に社交期が近づいているからか、彼が公爵邸の外に出る機会も増え始めている。
――本格的な社交期になる前に、リアスの憂いを無くしてあげたいわ。
だけど、無理に聞き出すわけにも……。
ただ、もう居ても立ってもいられない私がいた。
そうこうしているうちに、二カ月が経ってしまう気がするのだ。
とりあえず、彼に身近な人からも情報を集めてみよう。
そう思い立った私は、幼少からのリアスをよく知る人物から話を聞こうと、真っ先にある人物の元へ向かった。
「ユアンさん、少々お時間よろしいでしょうか?」
「エリーゼ様!?」
私が来るとは、思いもよらなかったのだろう。
秀麗な顔に驚きの色を浮かべた彼は、緩くウェーブがかったシナモンベージュの前髪を揺らし、慌ててこちらに駆け寄った。
「お忙しいところごめんなさい」
「いえいえ、どうされたのですか? もしや……ラディリアスについてですか?」
「っ……ええ、そうよ。あなたにはお見通しですね」
やはり彼の乳兄弟。今やリアスの側近もこなす彼は、ちゃんとリアスの変化に気づいていたようだ。
「リアスがあのようになった理由に、心当たりございますか?」
「すみません。私も分からず疑問に思っていたところで……。あんなラディリアス、今まで一度しか見たことがありませんから……」
色っぽいため息を吐くユアンさんにつられ、私も「そうですか……」とため息を零す。
しかし、ハッと我に返った。
――いや、その一度って何!?
そこが重要じゃない!
私は慌てて、目を伏せ悩ましげに眉を顰めるユアンさんに訊ねた。
「ユアンさん、その一度は何が原因だったのかご存じですか?」
「ああ、あのときはエリーゼ様への片想いで、恋煩っていたんです。まさに、今のような感じでしたよ」
何だか嬉しいような複雑なような。そんなユアンさんの話に言葉を詰まらせていると、彼がある提案をしてきた。
「そうだ。もしかしたら私よりも、カミロさんの方が詳しいかもしれません。昔から私に相談できないことは、よくカミロさんに相談していましたから」
カミロさんは、ヴィルナー公爵家で一番長く働いている執事長だ。この家を最も知る人だと言っても、過言では無い。
聞いてみる価値は十分にありそうだ。彼なら何か知っているかもしれない。
「確かに……。今からカミロさんにも伺ってみます!」
「ええ、ぜひそうしてみてください」
ユアンさんはそう言って、にっこりと愛想の良い笑みを浮かべる。その直後、少し声を潜めて悪戯っぽく言った。
「エリーゼ様を煩わせるなんて、ラディリアスは悪い奴ですね」
「ふふっ、それくらいが可愛らしいでしょう?」
肩をすくめ強がりと本音半分で返すと、ユアンさんはパチクリと目を見開く。だがすぐに、温かみあるアンバーの目を優しく細めた。
「やっぱり、ラディリアスと結婚した方がエリーゼ様で良かったです。大丈夫ですよ。きっとすぐに解決します」
ユアンさんのその言葉に、私の心はフッと軽くなる。私よりもずっと昔から彼と時間をともにした人が言うのだから、きっと大丈夫だろうと思えた。
「ユアンさん、ありがとう」
勇気づけてくれた彼に礼を伝え、にっこりと笑って見せる。
そして善は急げと、私はその足でさっそく執事長のカミロさんの元へ向かった。
しかし残念なことに、そこでも収穫は得られなかった。
「すみません。私も気づいてはいたのですが、その理由までは……」
「そうですか」
「メリダさんの方がご存知かもしれません」
新たな提案を受けた私は、次にリアスの乳母でありユアンさんの母であるメリダさんの元へとやって来た。
だが、メリダさんも前者の二人同様に、異変に気づいていたものの、その理由は何も知らないようだった。
もう八方塞がりかもしれない。
――って……駄目よ。
こんなところで弱気になっちゃいけないわ!
リアスの方が苦しんでいるんだと、自分を奮い立たせる。
そのときだった。
「いい加減なこと言わないで! いくら冗談でも許さないわよっ……!」
突然女性の叫び声が、私とメリダさんの耳をつんざいた。
自室に戻り、私は独り言ちた。
「どうしてあんなにも頑ななの……?」
今日もまた、のらりくらりと躱された。
上手く聞き出せなかった自身の力不足を、今日も実感せざるを得ないとは……。
彼は今、何か問題を抱えているはずなのに、私には絶対にその悩みを話してはくれない。
――今までは、何でも相談してくれたのに……。
徐々に始まった変化であったが、最近のリアスは私との接し方が以前とはまるで違っていた。
一緒に話をして笑ったかと思えば、悲しそうな顔をする。満面の笑みを見せてくれる機会もグッと減った。
抱き締めてくれることも減ったし、わずかだが避けられているような気さえする。
「でも、私と話すとき以外も前と違うのよね……」
少なくとも一カ月前のリアスは、私が居なくてもいつも明るい表情だった。けれど今のリアスは、思い詰めた暗い表情をしていることが多い。
そんなリアスを見かけ私が話しかけてみると、リアスは嫌がる様子は見せず、むしろ嬉しそうに笑ってくれる。
だからこそ、なおさらリアスの悩みの原因が分からなかった。
最初は、人間なら誰しも言いたくない秘密の一つや二つはあるだろうと目を瞑っていた。だから、無理に聞き出そうとはしなかった。
しかし妻としては、何とか夫を励ましたい。そのため、私は彼を元気づけようとあらゆる試みをした。
「手作りのお菓子の差し入れでしょう? デートも行ったし、仕事も手伝っている。リアスが喜びそうなプレゼントもあげたし、二人の時間も作った。だけど、ね……」
どれも一瞬だけの効果だったと思い出し、私はため息をついてがっくり頭を垂れた。
こんなリアスは、本当に初めてなのだ。どうしたらいいのか、まったく思いつかない。
私はこんなにリアスに理解がなかったのかと、もう泣きそうだ。
二カ月後の社交期が始まれば、互いにもっと忙しくなるだろう。
実際に社交期が近づいているからか、彼が公爵邸の外に出る機会も増え始めている。
――本格的な社交期になる前に、リアスの憂いを無くしてあげたいわ。
だけど、無理に聞き出すわけにも……。
ただ、もう居ても立ってもいられない私がいた。
そうこうしているうちに、二カ月が経ってしまう気がするのだ。
とりあえず、彼に身近な人からも情報を集めてみよう。
そう思い立った私は、幼少からのリアスをよく知る人物から話を聞こうと、真っ先にある人物の元へ向かった。
「ユアンさん、少々お時間よろしいでしょうか?」
「エリーゼ様!?」
私が来るとは、思いもよらなかったのだろう。
秀麗な顔に驚きの色を浮かべた彼は、緩くウェーブがかったシナモンベージュの前髪を揺らし、慌ててこちらに駆け寄った。
「お忙しいところごめんなさい」
「いえいえ、どうされたのですか? もしや……ラディリアスについてですか?」
「っ……ええ、そうよ。あなたにはお見通しですね」
やはり彼の乳兄弟。今やリアスの側近もこなす彼は、ちゃんとリアスの変化に気づいていたようだ。
「リアスがあのようになった理由に、心当たりございますか?」
「すみません。私も分からず疑問に思っていたところで……。あんなラディリアス、今まで一度しか見たことがありませんから……」
色っぽいため息を吐くユアンさんにつられ、私も「そうですか……」とため息を零す。
しかし、ハッと我に返った。
――いや、その一度って何!?
そこが重要じゃない!
私は慌てて、目を伏せ悩ましげに眉を顰めるユアンさんに訊ねた。
「ユアンさん、その一度は何が原因だったのかご存じですか?」
「ああ、あのときはエリーゼ様への片想いで、恋煩っていたんです。まさに、今のような感じでしたよ」
何だか嬉しいような複雑なような。そんなユアンさんの話に言葉を詰まらせていると、彼がある提案をしてきた。
「そうだ。もしかしたら私よりも、カミロさんの方が詳しいかもしれません。昔から私に相談できないことは、よくカミロさんに相談していましたから」
カミロさんは、ヴィルナー公爵家で一番長く働いている執事長だ。この家を最も知る人だと言っても、過言では無い。
聞いてみる価値は十分にありそうだ。彼なら何か知っているかもしれない。
「確かに……。今からカミロさんにも伺ってみます!」
「ええ、ぜひそうしてみてください」
ユアンさんはそう言って、にっこりと愛想の良い笑みを浮かべる。その直後、少し声を潜めて悪戯っぽく言った。
「エリーゼ様を煩わせるなんて、ラディリアスは悪い奴ですね」
「ふふっ、それくらいが可愛らしいでしょう?」
肩をすくめ強がりと本音半分で返すと、ユアンさんはパチクリと目を見開く。だがすぐに、温かみあるアンバーの目を優しく細めた。
「やっぱり、ラディリアスと結婚した方がエリーゼ様で良かったです。大丈夫ですよ。きっとすぐに解決します」
ユアンさんのその言葉に、私の心はフッと軽くなる。私よりもずっと昔から彼と時間をともにした人が言うのだから、きっと大丈夫だろうと思えた。
「ユアンさん、ありがとう」
勇気づけてくれた彼に礼を伝え、にっこりと笑って見せる。
そして善は急げと、私はその足でさっそく執事長のカミロさんの元へ向かった。
しかし残念なことに、そこでも収穫は得られなかった。
「すみません。私も気づいてはいたのですが、その理由までは……」
「そうですか」
「メリダさんの方がご存知かもしれません」
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だが、メリダさんも前者の二人同様に、異変に気づいていたものの、その理由は何も知らないようだった。
もう八方塞がりかもしれない。
――って……駄目よ。
こんなところで弱気になっちゃいけないわ!
リアスの方が苦しんでいるんだと、自分を奮い立たせる。
そのときだった。
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突然女性の叫び声が、私とメリダさんの耳をつんざいた。
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