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1話 悩めるエリーゼ
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「今、何と言ったの……?」
彼の言葉が理解できず、茫然と震える声で訊ねる。そんな私に、彼はさきほどの発言と同様の言葉を告げた。
「君が俺を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は俺のことを好きじゃない」
何度聞いても分からない。理解が追いつかない。
こんなにも彼のことを好きだし愛しているのに、よりにもよってその対象である本人に、この感情を否定されるだなんて……。
離婚したい――きっとそう言われるのだろうと思っていた。
だからこそ、ある意味で予想外な彼の言葉に、私は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
しかし、彼はその衝撃にさらなる追い打ちをかける言葉を続けた。
「今から君にかかった魅了魔法を解除する」
「…………えっ?」
ちょっと待ってほしい。
あまりにも展開が早すぎでは無いだろうか。
彼の言葉にとても心が追いつかない。
そんな私の脳内には、これまで彼とともに過ごした記憶がまるで走馬灯のように駆け巡った。
◇◇◇
ロオネル王国のベルガー公爵家に生まれた私、エリーゼが結婚したのは今から約二年前のこと……。
柔らかい白茶の髪に、凛々しいピンクブラウンの目。
適度に高く整った鼻に、形の良い口唇。
鍛えられた程よい筋肉を持ちながらも、細身かつ長身の青年。
まるで絵物語から抜け出た王子様のよう。そんな彼は、その麗しい見目だけで数多のご令嬢の恋心を攫うことから“初恋”と呼ばれている。
そう、この人こそが私の結婚相手――ラディリアス・ヴィルナーだ。
ヴィルナー公爵家に生まれた一人息子の彼は、両親を早くに亡くしており、私と出会ったときはすでに公爵になっていた。
“初恋”という通り名を持つ見目麗しい若き公爵、そんな彼の結婚には、当時社交界中の誰もが注目していた。
その最中、私とリアスは恋に落ちてから約二カ月という電撃的な速さで結婚したのだ。
リアスと私は交際以前から知り合いではあった。
しかし、特別かかわりが多い方でもない彼は私にとって、たまに社交界で交流をする程度の縁遠い人、そんな印象だった。
だがある夜の舞踏会でふとリアスと目が合った時、恋することは運命だと決められていたかのように私は彼に強く心惹かれた。
あのときの体験を一言で表すなら『鮮烈』――この言葉に尽きるだろう。
こうして互いに心惹かれ合い、私たちは二ヵ月という短い交際期間を経て、今日も続く夫婦になったというわけだ。
当然、社交界中は私たちの結婚に大騒ぎした。
寝耳に水とでもいうように、皆が私たちの結婚など予想もしていなかったという反応を示した。
だが結婚した日から今日まで、私たちの関係は交際期間の短さを感じさせないほど極めて順風満帆だった。
夫婦円満、おしどり夫婦とは、私たちを表す言葉と自称できるほどだ。
だけど最近、そんな私たちの関係に妙な違和感が生じていた。その原因は、夫のラディリアスことリアスの言動にあった。
◇◇◇
「ねえ、リアス」
「ん? どうした、エリーゼ?」
「少し元気がないように見えたから、どこか優れないところがあるんじゃないかと思って」
彼の顔はどことなく疲れており、顔色もあまり良くない。その姿に、思わず心配になる。
でも、張本人のリアスは私の言葉を聞くと、困ったように笑うのだった。
「エリーゼは心配症だな。大丈夫だよ、俺はいたって健康そのものだよ」
「だけど――」
無理しているように見える。そう言いかけたが、笑いながらも気まずげに目を逸らす彼の反応を見て、私はハッと口をつぐんだ。
これ以上問い詰めたら、本当に何も話してくれなくなると思ったのだ。
そしたら、もっとリアスがつらくなるかもしれない。
でも、妻として彼を支えたい気持ちは消えなくて。だから一言だけ、彼に伝えることにした。
「……ねえ、リアス」
「うん……」
「一人で抱えきれないとき、いつでも私がいるって忘れないでちょうだい」
そっと彼の手を握る。すると、リアスは息を呑み顔を上げた。
「エリーゼ……」
私の名を呟く彼の目は、涙が滲んでいるようだった。しかし、それは一瞬のことで。
「うーん、確かにちょっと疲れているかも。でも問題ないよ。エリーゼは優しいな、ありがとう」
そう言って、彼は笑って見せた。
でも、その笑顔は以前のような心からの笑顔とは感じられない。
まるで、抱えたジレンマを誤魔化すための、偽りの笑みのようだった。
彼の言葉が理解できず、茫然と震える声で訊ねる。そんな私に、彼はさきほどの発言と同様の言葉を告げた。
「君が俺を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は俺のことを好きじゃない」
何度聞いても分からない。理解が追いつかない。
こんなにも彼のことを好きだし愛しているのに、よりにもよってその対象である本人に、この感情を否定されるだなんて……。
離婚したい――きっとそう言われるのだろうと思っていた。
だからこそ、ある意味で予想外な彼の言葉に、私は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
しかし、彼はその衝撃にさらなる追い打ちをかける言葉を続けた。
「今から君にかかった魅了魔法を解除する」
「…………えっ?」
ちょっと待ってほしい。
あまりにも展開が早すぎでは無いだろうか。
彼の言葉にとても心が追いつかない。
そんな私の脳内には、これまで彼とともに過ごした記憶がまるで走馬灯のように駆け巡った。
◇◇◇
ロオネル王国のベルガー公爵家に生まれた私、エリーゼが結婚したのは今から約二年前のこと……。
柔らかい白茶の髪に、凛々しいピンクブラウンの目。
適度に高く整った鼻に、形の良い口唇。
鍛えられた程よい筋肉を持ちながらも、細身かつ長身の青年。
まるで絵物語から抜け出た王子様のよう。そんな彼は、その麗しい見目だけで数多のご令嬢の恋心を攫うことから“初恋”と呼ばれている。
そう、この人こそが私の結婚相手――ラディリアス・ヴィルナーだ。
ヴィルナー公爵家に生まれた一人息子の彼は、両親を早くに亡くしており、私と出会ったときはすでに公爵になっていた。
“初恋”という通り名を持つ見目麗しい若き公爵、そんな彼の結婚には、当時社交界中の誰もが注目していた。
その最中、私とリアスは恋に落ちてから約二カ月という電撃的な速さで結婚したのだ。
リアスと私は交際以前から知り合いではあった。
しかし、特別かかわりが多い方でもない彼は私にとって、たまに社交界で交流をする程度の縁遠い人、そんな印象だった。
だがある夜の舞踏会でふとリアスと目が合った時、恋することは運命だと決められていたかのように私は彼に強く心惹かれた。
あのときの体験を一言で表すなら『鮮烈』――この言葉に尽きるだろう。
こうして互いに心惹かれ合い、私たちは二ヵ月という短い交際期間を経て、今日も続く夫婦になったというわけだ。
当然、社交界中は私たちの結婚に大騒ぎした。
寝耳に水とでもいうように、皆が私たちの結婚など予想もしていなかったという反応を示した。
だが結婚した日から今日まで、私たちの関係は交際期間の短さを感じさせないほど極めて順風満帆だった。
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だけど最近、そんな私たちの関係に妙な違和感が生じていた。その原因は、夫のラディリアスことリアスの言動にあった。
◇◇◇
「ねえ、リアス」
「ん? どうした、エリーゼ?」
「少し元気がないように見えたから、どこか優れないところがあるんじゃないかと思って」
彼の顔はどことなく疲れており、顔色もあまり良くない。その姿に、思わず心配になる。
でも、張本人のリアスは私の言葉を聞くと、困ったように笑うのだった。
「エリーゼは心配症だな。大丈夫だよ、俺はいたって健康そのものだよ」
「だけど――」
無理しているように見える。そう言いかけたが、笑いながらも気まずげに目を逸らす彼の反応を見て、私はハッと口をつぐんだ。
これ以上問い詰めたら、本当に何も話してくれなくなると思ったのだ。
そしたら、もっとリアスがつらくなるかもしれない。
でも、妻として彼を支えたい気持ちは消えなくて。だから一言だけ、彼に伝えることにした。
「……ねえ、リアス」
「うん……」
「一人で抱えきれないとき、いつでも私がいるって忘れないでちょうだい」
そっと彼の手を握る。すると、リアスは息を呑み顔を上げた。
「エリーゼ……」
私の名を呟く彼の目は、涙が滲んでいるようだった。しかし、それは一瞬のことで。
「うーん、確かにちょっと疲れているかも。でも問題ないよ。エリーゼは優しいな、ありがとう」
そう言って、彼は笑って見せた。
でも、その笑顔は以前のような心からの笑顔とは感じられない。
まるで、抱えたジレンマを誤魔化すための、偽りの笑みのようだった。
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