上 下
39 / 39
アダムside

11話 泣かせない(26話後)

しおりを挟む
 シェリーのご両親と別れるのは少し寂しかった。僕が緊張していたのが馬鹿らしいと思えるくらい、2人は僕のことを歓迎してくれたのだ。

 シェリーは絶対に大丈夫だと言ってくれていたが、まさかここまで歓迎してくれるとは思っていなかった。2人とも優しい人だし、シェリーがこんな風に育った理由もあの2人を見たら納得だ。

 僕の傷を見ても特に何も言わず、そのままの僕を受け入れてくれる人がこの世に何人もいるなんて思っても見なかった。そして、それを受け入れてくれた人がシェリーのご両親で良かったと心の底から思った。

 帰り際、シェリーのお義父さんにかけられた言葉は正直嬉しすぎて泣きそうになった。

『君なら、いや違うな……君だからシェリーを託すことができる。アダム君、シェリーをよろしく頼むよ』

――君だからなんて、他でもない僕だからって言うことだよね?
 絶対にその期待に応えらえるように、僕がシェリーのことを幸せにするんだ!

 そんなことを思いながら、隣を楽しそうに歩く愛しい彼女を見つめていた。すると、突然前方から声が聞こえてきた。

「おーい!」

――誰だ? あの人は……。
 シェリーの知り合いか?

 そう思っていると、男はこっちに走ってくる。

「シェリー! シェリー・スフィアだろ!?」

 その言葉を聞いた瞬間彼女の顔を見ると、彼女は少し怯えた表情をした。恐らくこの男は彼女にとって良くない人物なのかもしれない。そう判断し、僕は彼女を男から庇うように立ちふさがった。

「久しぶりだな! シェリー元気にしてたか? 前、お前に会ったやつが、お前が話せるようになったって言ってたから……」

――突然走ってきたかと思えば、あまりにも不躾すぎないか?

 そう思い、僕は彼に話しかけた。

「すみません。突然走って来たかと思えば、いきなり大声で話しかけて、それでは彼女も怯えてしまいます。それに、いきなりお前だなんてあんまりじゃないですか?」

 そう言うと、彼はまずいというような顔をした。

「ごっ、ごめん……実はシェリーに会ったら言いたいことがあったんだよ」

 この言葉に対し、彼女はいつもより少し棘のある低い声を出した。

「言いたいことって何?」

 すると、目の前の彼は笑いながら頬を掻き話し始めた。

「めちゃくちゃ恥ずかしいんだけどさ、昔おま、じゃなかった……シェリーのことが好きだったんだよ。だけど、耳が聞こえなくなっただろ? 俺、急に好きな子の耳が聞こえなくなったって知って戸惑ってよ……どう声かけたらいいか分かんなくて、お前のこと虐めちまったんだ」

――は? 何を言っているんだ?
 それにまたお前って……。

「俺、まだまだ子どもだったからさー。ま、あのときは悪かったな! ごめん!」

 気まずそうに苦笑いをしながら、どれだけ軽いんだというような言葉を彼女に発している。そんな彼を見て一気に怒りが湧いてきたが、そんな彼にシェリーは凛とした声で言葉を返した。

「……過去の傷は一生消えないわ。大人になったのに、今でもされたことは心に残ってる。子どもだったからって、簡単に許せない。ただ、もう同じ過ちを繰り返さないで。それしかあなたに返す言葉は無いわ」

――良く言った、シェリー!

 そんなことを心の中で思った。すると、そんな彼女に対し、あろうことか目の前の男が逆切れを始めた。それを見て、シェリーは僕の手を掴み引っ張るとその場を離れようとした。

 僕はそんなシェリーの言動で、今すぐその場から離れたいのならその気持ちを優先しよう。そう考えた。しかし、男は大きな声で罵詈雑言を浴びせてくる。

「お前みたいな女に謝っただけ感謝されてもおかしくないのに、偉ぶってんじゃねーよ! ここじゃみんなお前のこと壊れ物って言ってたもんな! お前みたいな壊れ物の扱いなんて誰が分かるかよ!」

 その言葉を聞いて、もう僕は我慢が出来なかった。

「おい、いい加減にしてくれよ」
「ああ? 何言ってんだお前? こっちが黙ってりゃさっきから何なんだよ。お前さっきも俺にガタガタ言ってきたな、傷者のくせによ」

 全く反省していない男に何を言っても意味が無いのかもしれない。だけど、僕は彼に言葉をぶつけた。

「今の君の発言がまさに反省してない証拠だろ。君がシェリーに今日話しかけたのも、謝って満足したいだけ、ただの自己満足だ」
「何言って――」

 男が何か言い返そうとしているが、僕はその隙を与える気は無かった。

「あのときのことを許すか許さないかはシェリーが決めることだ。シェリーが許さなくても、もともとそんなことをした君が悪い。君が許さないことに対して怒ることがそもそも筋違いだ。しかも、ちょっとした嫌がらせというレベルではないはずだ」

 そこまで言うと、今度はシェリーが手を引っ張り良いから行こうと話しかけてきた。だが、まだ言わなければならないことがあった僕は、シェリーにちょっと待っててと言い、男に向き直った。

「やったことに子どもなんて言い訳は通用しないんだよ。それに、11歳にもなったら、それくらいの分別はつくだろう? それに君はさっき謝る時にずっと笑顔だったけど、何がそんなにおかしいんだ?」

 そう言うと、男が叫んだ。

「うるさい! つらつらつらつらキモイんだよ! もうお前らなんて知るか! ああ、もう謝り損だ! クソ!」

 そう言うと、男はその場から歩き出した。その様子を見計らったのか、シェリーは男が歩き出すとすぐに僕の横へと駆け寄ってきた。そして、すぐに男の方に視線を向けた瞬間、男は振り返って叫んできた。

「似た者同士でくっついとけ! 傷者同士お似合いだよ! 二度と俺に顔見せんじゃねー!」

――シェリーは見ちゃ駄目だ!

 本能がそう叫びシェリーの目を隠したが、一歩遅かった。そして、曲がり角で男が見えなくなったため、シェリ―の目を覆っていた手を離した。すると、シェリーは僕に訴えかけるように、泣きそうな顔をして話しかけてきた。

「アダム、何で言い返したの! 無視したら良かったでしょ? あんなやつ本気にしても、アダムが嫌な思いをするだけなのに……。私は大丈夫だからっ……」
「シェリーがあんなに言われてるのに、黙って聞けるわけないだろう。ただ横で突っ立ってるだけなんて無理だよ」

 僕も最初は我慢したが、どうしても堪えられなかった。シェリーに心配をかけてしまって悪いとは思うが、後悔はしていなかった。そんな僕に対し、シェリーは訴えを続けた。

「でも、あなたを巻き込みたくなくて行こうとしたのに何で止まったの? そうなってほしくないから、あの男から離れようって言ったのに! 私のせいでアダムに嫌な思いをさせてごめんなさい……」

 こんなに僕のことを心配するほど大事に想ってくれているのかと痛感する。それと同時に、彼女のせいじゃないのになぜ彼女が謝るのかともどかしい気持ちになる。

 僕は心配で怒っている彼女の左手を握り、彼女が落ち着くようにと指輪を撫でた。最近シェリーが自分を落ち着けようとしているときに癖でよく指輪を触っているからだ。

「君に悪いところなんて何1つ無いよ! 僕の大切な君があんなやつに色々言われて、黙っていられるわけないじゃないか。……でも、確かに君の言う通り、取り合わずに去った方が利口だったと思う……。僕も頭に血が上って……心配かけてごめんね」

 そう言うと、彼女は泣きそうな顔で僕を見上げ細い声を出した。

「私の方こそごめんなさい……。あなたまで傷ついて欲しくなかっただけなの。それなのに、守ってくれたアダムを怒るなんて、本当にごめんね……」
「シェリーが謝ること無いよ。ちゃんとシェリーの気持ちは分かってるから……」
「うん……ありがとう……」

 こうして、彼女は落ち着きを取り戻したが、このとき僕は以前あった出来事を思い出した。

 僕の同級生の男がシェリーに僕の悪口を言ったことがあった。彼女はあのときとても怒っていた。そのとき僕は、自分のせいで彼女に嫌な思いをさせてしまったと申し訳なく思っていた。

 そして、僕は彼女を安心させるために僕は大丈夫だということを伝え、彼女に嫌な思いをさせてしまったからと謝った。だけど、今逆の立場になって分かった。

 いくら彼女が大丈夫と言ったとしても、全然こっちが大丈夫じゃない!

――これから先、彼女が傷付かないように守るんだ!

 そう心に誓い、僕は出来るだけ彼女の気を晴らそうと思い、話しかけた。

「あんな男のために落ち込むなんて勿体ないからさ、シェリー笑ってよ! 僕、シェリーの笑顔が大好きなんだ」

 そう言うと、シェリーはフッと笑ってくれた。少しだけど笑ってくれたことに嬉しくなり僕も自然と笑顔が零れる。すると、彼女は僕を見てにっこりと笑いかけてくれた。

 僕はもっとシェリーのことが好きになった。


――――――――――――――――――――――――
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます♡
これにて、本作は完結でございます。

タイトルは『誓略せいりゃく結婚~あなたが好きで結婚したわけではありません~』です。
テーマは政略結婚×誓いを略した結婚でラブストーリー(異世界恋愛)です。

ご興味のある方は、ぜひチェックしてくださると嬉しいです(*^^*)

改めまして、アダムとシェリーの2人を知ってお読みくださり、本当にありがとうございました✨
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(5件)

江戸川ばた散歩

このまま幸せに、どうか…

解除
猫と犬とハムスター
ネタバレ含む
解除
とも
2023.07.09 とも

そんなダムを見ると、 と有りますが アダムではないでしょうか?

綺咲 潔
2023.07.09 綺咲 潔

教えてくださり誠にありがとうございます!
ご指摘いただいた箇所は修正いたしました。

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

[完]僕の前から、君が消えた

小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』 余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。 残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。  そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて…… *ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。

あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。 ※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。  元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。  破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。  だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。  初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――? 「私は彼女の代わりなの――? それとも――」  昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。 ※全13話(1話を2〜4分割して投稿)

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

「好き」の距離

饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。 伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。 以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。

年上の夫と私

ハチ助
恋愛
【あらすじ】二ヶ月後に婚礼を控えている伯爵令嬢のブローディアは、生まれてすぐに交わされた婚約17年目にして、一度も顔合わせをした事がない10歳も年の離れた婚約者のノティスから、婚礼準備と花嫁修業を行う目的で屋敷に招かれる。しかし国外外交をメインで担っているノティスは、顔合わせ後はその日の内に隣国へ発たなたなければならず、更に婚礼までの二カ月間は帰国出来ないらしい。やっと初対面を果たした温和な雰囲気の年上な婚約者から、その事を申し訳なさそうに告げられたブローディアだが、その状況を使用人達との関係醸成に集中出来る好機として捉える。同時に17年間、故意ではなかったにしろ、婚約者である自分との面会を先送りして来たノティスをこの二カ月間の成果で、見返してやろうと計画し始めたのだが……。【全24話で完結済】 ※1:この話は筆者の別作品『小さな殿下と私』の主人公セレティーナの親友ブローディアが主役のスピンオフ作品になります。 ※2:作中に明らかに事後(R18)を彷彿させる展開と会話があります。苦手な方はご注意を! (作者的にはR15ギリギリという判断です)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。