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41 心を通わせて

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 ヴァルド様の話を聞き、これまでのシドの言動の意味を、私は今さらながらようやく理解していた。

 ロイス陛下の魂が狩れなかったとき、シドがあんな怒っていた理由もやっと分かった。

――傷だらけの人に守ってもらっていたなんて……。

 なぜ今の今まで気づけなかったのか。

 楽しいとのんきに仕事をしている私を、彼はどんな目で見ていたのだろうか。
 想像するだけで苦しくなってくる。

 けれど、私が知らないシドが抱える問題は、そのほかにもあった。

 あの美しい深紅の目は堕天の証のため、シドは天使たちのあいだでハズレものと言われているらしい。

 つらかった。
 自分が悪く言われるよりも、シドが悪く言われていることの方がずっと……。

 だが、話はそれに留まらない。ヴァルド様は、ベリーとアールのことについても教えてくれた。

 彼らは片翼の不完全な天使のため、不吉だと差別され続けてきたところをシドが拾ったのだと。

 この話をするために、ベリーとアールに席を外させたのか。そう理解すると同時に、私は二人がシドにあんなに懐く理由を知って、大粒の涙をこぼした。

 二人も私も同じようにシドに救われていた存在だと知ったからだ。

「私、本当に何も分かっていなかったのね……」

 助けてばかりで助けてもらうことを知らないシド。そんな彼のことを思うと、胸が張り裂けそうだった。


 ◇◇◇


 ヴァルド様とルニーさんからの話を聞き終わり、私は一人でリビングのソファーにそのまま座っていた。

 涙こそ止まったが放心状態のままボーっとしている。まさにそのときだった。

 ガチャ――

 扉の音がした瞬間、私は自身の耳を疑いながら玄関に振り返った。

「シドっ……!」

 今日はきっと会えないだろう。そう思っていた彼がそこに立っていた。

 その姿を見た瞬間、まるで土砂降りの空に晴れ間が差したかのような気持ちになった。

「良かったっ……。シド、おかえりなさい」

 私は全速力で彼のもとへと駆け寄り、彼を見上げた。

 きっと今の私の顔は涙ぐんで見苦しいだろう。だが、それでも良かった。

 本当にシドが帰って来てくれたことを確認できたから。

「シド、私あなたのことっ……」

 何も分かっていなかった。そう言って謝ろうとしたのだが、突然私の身体は温もりで包まれた。

「……シドっ?」
「ごめん」

 ひどく疲れた様子で、彼が全体重をかけるように私を抱き締め呟いた。

「ど……どうしてシドが謝るんですか?」
「……あんたに嫌な思いさせただろ?」

 なぜこの状況で、そんな些末なことを考えているのだろうか。

――シドは優しすぎよ……。

 私は弱った彼の背中にそっと腕を回して力を込めた。

「シド、私は大丈夫です」

 そう言って、私は肩口から顔を上げたシドと目を合わせ、力強く頷いて見せた。
 私のことで、シドに心を割いてほしくなかったのだ。

 すると思いが伝わったのか、シドは心なしか安心したような表情になり、私を抱く手を解いた。

 その代わり、私の手を取って自室へと連れて行き、長椅子へと座らせた。

「きちんとオーロラに話しておきたいことがある。聞いてくれるか?」

 隣に腰かけたシドが不安そうに訊ねる。だが、心配は無用だ。私が彼に返す答えは一択のみだから。

「はい。聞かせてください」

 私がそう告げると、シドは両親の話はせず、死神姫であるフレイアとの婚約話について説明を始めた。

 内容は概ね、ヴァルド様たちから聞いたものと変わりなかった。先に聞いていたおかげで、私はシドの話を落ち着いて聞くことができた。

「オーロラ、ヴァルド様がここに住むことになった時、俺に渡してきた紙を覚えてる?」
「はい。あれが何か?」

 紙一枚でシドの態度が急変したからよく覚えている。あの紙の正体は何だったんだろう。

「あれさ、魂集めの期限の延期書だったんだよ」
「延期書?」
「ああ。結果としてだけど、ヴァルド様が延ばしてくれたから、魂集めの達成のほぼ確実な道筋が見えてきたんだ」

 自分が滞在したいがために、シドの弱みを使ったヴァルド様に微妙な気持ちになる。
 そんな契約を無くしてきてくれたのだったら、こちらの受け入れようも違うというのに。

 そう思う私に反し、シドはいたって謙虚を貫いた。

「今までは綱渡りみたいにギリギリだったけど、そのおかげで余裕が出来た。当然、延長期間には差し掛からないようにしたいけど……」

 確かに分かる。
 期限内に達成できるか微妙なとき、確実に達成できる期限に延長されたら、それは心持ちが違うだろう。

 そこに追い風が加われば、なおさらだろうと思った。だから、私はシドに励ましの言葉をかけた。

「……シドならできます」
「……」

 シドは無言だったが、その顔を見ると微かに口角が上がっていた。
 私は別に、面白いことを言ったつもりは無いのだけれど。

「どうされましたか?」
「いや、あんたがいて良かったなって」
「っ……!」

 本気で心臓が止まるかと思った。

 きっとシドのこの言葉に深い意味はないんだろうけど、好きな人にそんなことを言われたら動揺せざるを得ない。

――シドは言葉選びが問題ね……。

 私は彼のために、何かしてあげられたなんて思っていないのに。

 だが、今は彼のこの言葉を素直に受け止める方が良い気がする。

「……ありがとう、ございます」

 そんなこと無いなんて下手な否定はせず、ただそれだけを返すとシドは一つ頷いた。
 ただ、その彼の少し寂しそうな表情が、どうしても私の心に引っかかった。

「あの、シド……」
「ん?」
「私じゃ心許ないかもしれないけれど、あなたのためにできることなら何でもしますからね!」

 実際に私が出来ることはほとんどないだろうけれど、シドの気持ちが少しでも楽になればと思って言った。

「シドなら絶対に達成できる。大丈夫ですよ」

 根拠のない大丈夫なんて言葉は嫌いだ。だが、シドならできるという確信があったからこそ私は彼にそう告げた。

 そして、私は頼りない使用人として見られないよう、気丈を装いシドに微笑んで見せた。

 すると突然、シドがそんな私の手をするりと掬い握った。かと思えば、私の両手を包み込むと祈るかのように自身の額に押し当てた。

「ああ。……ありがとう、オーロラ」

 そう告げる彼の姿は、気高い彼が私に初めて気を許してくれたかのようだった。
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