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30 情愛の欠片
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私は今、心底驚いていた。
――ヴァルド様って、神様だったのねっ……。
あの柔和ながらも高潔さある神々しい見目からして、ただ者ではないと思っていた。それこそ、神話の神様が実在するならこの人のような容姿だろうと思うほどに……。
だが、彼が本当の神様だなんて誰が考える? あんなお宅訪問みたいなことをするなんて想像していなかったから、まさか本物の神様だなんて思ってもみなかった。
神様相手に下手な対応をしていたら、それこそ大問題になっていただろう。
そう考えると、あのときシドを呼んだ私の判断は正解だったというわけだ。シドが帰って来てくれたことも、運が良かったと言わざるを得ない。
――本当にシドが帰って来てくれて良かったわ。
思わずそっと胸を撫で下ろす。しかし、ホッとしていられないと私はシドの部屋の扉を一瞥した後、ベリーとアールに振り返った。
「ねえ、二人とも。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「どうしたの?」
「どうしたなのです?」
私を見上げた二人が、息を揃えてきょとんと首を傾げる。そこで、私はさきほど感じた違和感を彼らに訊ねてみることにした。
「シド……さっき怒っていたでしょう? どうしてか分かる?」
私を突き放そうとするような彼の物言いに、悲しみというよりも戸惑いの気持ちが強かった。というのも、そこまでシドの態度を急変させることをした心当たりが無いのだ。
すると、真っ先にアールが反応した。
「ぼくも分からないなのです。怒っているとは思ったですが、なぜなのでしょうね?」
「分からないわよね……何だか拗ねてるみたいだったし……」
シドが拗ねる理由も特に思いつかず、アールと頭を抱える。そのとき、ふと隣にいたべリーの視線がジトリと私を射貫いた。
「ベリー? 何か知って――」
「オーロラが変な顔をしてたのが原因なんじゃない?」
「変な顔!?」
私がいつそんな顔をしたというのか。もともとこんな顔なのに……。
そう思ったものの、あれ? と一つ心当たりが思い浮かんできた。
『あんた、満更でもなさそうな顔してるじゃん』
シドにそう言われたとき、確かに私は変な顔をしていたかもしれない……という記憶を思い出したのだ。
でも、あれは愛し子と言われたことを自分で言うのが恥ずかしくてしてしまった表情だ。ナルシストみたいで、妙に気恥ずかしくて。
ただ、決してシドの怒りを煽ったつもりはない。そのような意図はなかった。
――でも、シドは本当に心配そうな顔してたから、私がニヤニヤしているみたいで嫌だったのかも……。
もしかしたら、同じ話題に対する温度差が気に食わなかったのかも知れない。
自分が心から心配しているのに、心配している相手がヘラヘラしていると感じたら、嫌な気持ちになるのも理解できる。
きっと、これが原因だったのだろう。それなら、シドの怒りも納得だ。
「っ……ベリーの言う通りかもしれないわ。何だか、すべてが繋がった気がする」
「でしょう? それで、どうするの?」
「うーん……今はそっとしておいた方がいい気がするの。きっと、そのうち部屋から出てくるでしょう? そのとき声をかけてみるわ」
我ながら、毒にはならない無難な手法だと思う。ベリーも私の案にうんと頷き賛成してくれたから、大間違いな対応ではないと思う。
――シドが出てきたら、改めてお礼と謝罪を伝えないとね……。
仕事をすると言っていたから、きっと晩御飯の頃には出てくるだろう。そう思って、私はベリーとアールとともに掃除を進めた。
そして、晩御飯とお風呂の準備を進めたのだが、なぜかシドは部屋から出てこなかった。
これは誤算だった。
もしかして、想像以上に怒らせてしまっていたのだろうか? それとも、時間を忘れるほど仕事にのめり込んでいるのかしら?
――って……考えても無駄ね。
確かめに行こう。
もし仕事中だったら邪魔してしまうことになるかもしれない。けれど、怒っているのだとしたら、早く解決させた方がいいに決まっている。
ここまできたら、もう待つんじゃなくて私から行こう。
そう気を引き締めて、私はシドの部屋をノックした。
「シド、入ってもいいですか?」
はっきりと室内に聞こえる声で訊ねるも、返事は返ってこない。もう一度繰り返したが、結果は同様だった。
「シド、入りますよ?」
返事はない。
「本当に本当に、今から入りますからね!」
かなり大きな声で伝えたが、それでもなお返事は返ってこない。
――ここまで言っても返事がないなら、入ってもいいよね?
「シド、本当に入りますからね」
しつこいくらい、何度も何度も念押しをして、私はゆっくりと扉を開けた。
「失礼しま――」
扉の隙間から見える光景を見て、私は慌てて口を噤んだ。ソファに寝転がって、すやすやと眠るシドが視界に映ったからだ。
寝ていたから返事が無かったと分かり、とりあえずホッとする。そして、私は音を立てないように細心の注意を払って部屋に入り、眠る彼の元へと歩み寄った。
――風邪をひかなくても、寒いでしょ。
心で独り言ちながら、近くにある一人用ソファの座面に置かれたブランケットを彼に被せる。
そして、私は眠る彼の隣にそっとしゃがみこんだ。
――シドって、よく見たら本当に綺麗な顔をしているわよね……。
さっきのヴァルド様? とかいう神様は、神々しさ漂う本当に綺麗で美しい顔立ちをしていた。
だが、普段はなかなか凝視することが出来ないシドの顔をまじまじと見て、私は思わず息を呑んだ。
白磁器のような肌に、女性が羨むほどの長いまつ毛。整ったほどよく高い鼻に、形のいい唇。
何だか見れば見るほど、シドも相当な美形なのだと改めて思い知らされる。
ちょうどそのとき、シドのスースーという寝息が妙に耳に残った。それにより、目の前の彼の胸が呼吸に合わせて上下していることに気付いた。
――そういえば、天使に心臓ってあるのかな……?
契約のとき、血は出てたわよね……。
天使の身体の謎が気になり始めた私の思考は、完全にその謎の考察に切り替わる。
しかしその瞬間、私の耳に凛としながらも少し掠れを帯びた声が聞こえた。
「何、寝込みでも襲いに来たわけ?」
「お、起きてたんですか!?」
あまりにも突然喋り出すものだから、びっくりした私はウサギのように跳ねて尻餅をついてしまった。
一方、彼は目を閉じたまま鼻で笑い、言葉を続けた。
「そりゃ穴が開きそうなほど熱い視線向けられたら、起きない方が無理だろ」
「それなら寝たふりしないで、すぐに起きてくださいよ……」
これじゃあシドにとって、私は寝顔をじろじろと見つめる変態じゃないか。まあ、変態以外はその通りなのだけれど……。
何だか恥ずかしい。とてつもない羞恥を感じる。
――これを狙っていたのね……!
私は姿勢を正し、寝たふりをする意地悪なシドの顔をジッと見つめた。すると彼がすっと目を開き、瞼の裏で眠っていたその赤と視線が交差した。
――わあ、本当に綺麗な目ね……。
さきほど彼の目鼻立ちをしっかりと見たからこそ、この赤い瞳が本当に美しく見えた。すると、私の口からはその本音が漏れだしていた。
「シドの目は、本当に綺麗な赤ですね。レッドスピネルみたい……」
思わず感想を言いたくなり、思ったままを素直に告げる。直後、シドはギョッとしたような表情をした。
「は? 突然なんだよ。やっぱり変なやつ。……意味わかんねー」
彼はそういうと、その目を隠すかのように前髪を掻き掴んだ。そんな彼に、私は落ち着いた気持ちで言葉を続けた。
「分からなくてもいいですよ。とにかく綺麗ってことです! それより、ここで寝たら寒いでしょう? 寝るならベッドに行ってください」
「いや、ちょっと休憩してただけだからもう起きる」
「そうですか。では、晩御飯の準備をしてきますね」
そう言いながら部屋を出ようとしたが、私はふと思い出した。
――肝心の謝罪とお礼を忘れてたわ!
我ながら詰めが甘いと自責しながら、慌てて振り返る。すると、私が声をかけるよりも先に彼が口を開いた。
「オーロラ」
「はい? どうされました?」
彼に名前を呼ばれ、彼の方へと一歩歩み寄る。そんな私に、彼は想定外の質問をしてきた。
「あんた、何か欲しいものはある?」
「……は?」
不敬は承知だ。でも、彼にしては意外過ぎるその言葉に、私は間抜けな声を出してフリーズしてしまった。
――ヴァルド様って、神様だったのねっ……。
あの柔和ながらも高潔さある神々しい見目からして、ただ者ではないと思っていた。それこそ、神話の神様が実在するならこの人のような容姿だろうと思うほどに……。
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そう考えると、あのときシドを呼んだ私の判断は正解だったというわけだ。シドが帰って来てくれたことも、運が良かったと言わざるを得ない。
――本当にシドが帰って来てくれて良かったわ。
思わずそっと胸を撫で下ろす。しかし、ホッとしていられないと私はシドの部屋の扉を一瞥した後、ベリーとアールに振り返った。
「ねえ、二人とも。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
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「どうしたなのです?」
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「シド……さっき怒っていたでしょう? どうしてか分かる?」
私を突き放そうとするような彼の物言いに、悲しみというよりも戸惑いの気持ちが強かった。というのも、そこまでシドの態度を急変させることをした心当たりが無いのだ。
すると、真っ先にアールが反応した。
「ぼくも分からないなのです。怒っているとは思ったですが、なぜなのでしょうね?」
「分からないわよね……何だか拗ねてるみたいだったし……」
シドが拗ねる理由も特に思いつかず、アールと頭を抱える。そのとき、ふと隣にいたべリーの視線がジトリと私を射貫いた。
「ベリー? 何か知って――」
「オーロラが変な顔をしてたのが原因なんじゃない?」
「変な顔!?」
私がいつそんな顔をしたというのか。もともとこんな顔なのに……。
そう思ったものの、あれ? と一つ心当たりが思い浮かんできた。
『あんた、満更でもなさそうな顔してるじゃん』
シドにそう言われたとき、確かに私は変な顔をしていたかもしれない……という記憶を思い出したのだ。
でも、あれは愛し子と言われたことを自分で言うのが恥ずかしくてしてしまった表情だ。ナルシストみたいで、妙に気恥ずかしくて。
ただ、決してシドの怒りを煽ったつもりはない。そのような意図はなかった。
――でも、シドは本当に心配そうな顔してたから、私がニヤニヤしているみたいで嫌だったのかも……。
もしかしたら、同じ話題に対する温度差が気に食わなかったのかも知れない。
自分が心から心配しているのに、心配している相手がヘラヘラしていると感じたら、嫌な気持ちになるのも理解できる。
きっと、これが原因だったのだろう。それなら、シドの怒りも納得だ。
「っ……ベリーの言う通りかもしれないわ。何だか、すべてが繋がった気がする」
「でしょう? それで、どうするの?」
「うーん……今はそっとしておいた方がいい気がするの。きっと、そのうち部屋から出てくるでしょう? そのとき声をかけてみるわ」
我ながら、毒にはならない無難な手法だと思う。ベリーも私の案にうんと頷き賛成してくれたから、大間違いな対応ではないと思う。
――シドが出てきたら、改めてお礼と謝罪を伝えないとね……。
仕事をすると言っていたから、きっと晩御飯の頃には出てくるだろう。そう思って、私はベリーとアールとともに掃除を進めた。
そして、晩御飯とお風呂の準備を進めたのだが、なぜかシドは部屋から出てこなかった。
これは誤算だった。
もしかして、想像以上に怒らせてしまっていたのだろうか? それとも、時間を忘れるほど仕事にのめり込んでいるのかしら?
――って……考えても無駄ね。
確かめに行こう。
もし仕事中だったら邪魔してしまうことになるかもしれない。けれど、怒っているのだとしたら、早く解決させた方がいいに決まっている。
ここまできたら、もう待つんじゃなくて私から行こう。
そう気を引き締めて、私はシドの部屋をノックした。
「シド、入ってもいいですか?」
はっきりと室内に聞こえる声で訊ねるも、返事は返ってこない。もう一度繰り返したが、結果は同様だった。
「シド、入りますよ?」
返事はない。
「本当に本当に、今から入りますからね!」
かなり大きな声で伝えたが、それでもなお返事は返ってこない。
――ここまで言っても返事がないなら、入ってもいいよね?
「シド、本当に入りますからね」
しつこいくらい、何度も何度も念押しをして、私はゆっくりと扉を開けた。
「失礼しま――」
扉の隙間から見える光景を見て、私は慌てて口を噤んだ。ソファに寝転がって、すやすやと眠るシドが視界に映ったからだ。
寝ていたから返事が無かったと分かり、とりあえずホッとする。そして、私は音を立てないように細心の注意を払って部屋に入り、眠る彼の元へと歩み寄った。
――風邪をひかなくても、寒いでしょ。
心で独り言ちながら、近くにある一人用ソファの座面に置かれたブランケットを彼に被せる。
そして、私は眠る彼の隣にそっとしゃがみこんだ。
――シドって、よく見たら本当に綺麗な顔をしているわよね……。
さっきのヴァルド様? とかいう神様は、神々しさ漂う本当に綺麗で美しい顔立ちをしていた。
だが、普段はなかなか凝視することが出来ないシドの顔をまじまじと見て、私は思わず息を呑んだ。
白磁器のような肌に、女性が羨むほどの長いまつ毛。整ったほどよく高い鼻に、形のいい唇。
何だか見れば見るほど、シドも相当な美形なのだと改めて思い知らされる。
ちょうどそのとき、シドのスースーという寝息が妙に耳に残った。それにより、目の前の彼の胸が呼吸に合わせて上下していることに気付いた。
――そういえば、天使に心臓ってあるのかな……?
契約のとき、血は出てたわよね……。
天使の身体の謎が気になり始めた私の思考は、完全にその謎の考察に切り替わる。
しかしその瞬間、私の耳に凛としながらも少し掠れを帯びた声が聞こえた。
「何、寝込みでも襲いに来たわけ?」
「お、起きてたんですか!?」
あまりにも突然喋り出すものだから、びっくりした私はウサギのように跳ねて尻餅をついてしまった。
一方、彼は目を閉じたまま鼻で笑い、言葉を続けた。
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――わあ、本当に綺麗な目ね……。
さきほど彼の目鼻立ちをしっかりと見たからこそ、この赤い瞳が本当に美しく見えた。すると、私の口からはその本音が漏れだしていた。
「シドの目は、本当に綺麗な赤ですね。レッドスピネルみたい……」
思わず感想を言いたくなり、思ったままを素直に告げる。直後、シドはギョッとしたような表情をした。
「は? 突然なんだよ。やっぱり変なやつ。……意味わかんねー」
彼はそういうと、その目を隠すかのように前髪を掻き掴んだ。そんな彼に、私は落ち着いた気持ちで言葉を続けた。
「分からなくてもいいですよ。とにかく綺麗ってことです! それより、ここで寝たら寒いでしょう? 寝るならベッドに行ってください」
「いや、ちょっと休憩してただけだからもう起きる」
「そうですか。では、晩御飯の準備をしてきますね」
そう言いながら部屋を出ようとしたが、私はふと思い出した。
――肝心の謝罪とお礼を忘れてたわ!
我ながら詰めが甘いと自責しながら、慌てて振り返る。すると、私が声をかけるよりも先に彼が口を開いた。
「オーロラ」
「はい? どうされました?」
彼に名前を呼ばれ、彼の方へと一歩歩み寄る。そんな私に、彼は想定外の質問をしてきた。
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