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06 今日の私は救世主?
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「っ……!」
女性たちの金切り声で耳を劈かれ、思わず眉間に力が入り身も竦む。一方、陛下に侍っていた女性たちは、思いのままさらに大きな声で泣き叫び始めた。
近くにいた兵士たちも、どうしたら良いのか分からないようで、声こそ荒らげないものの、酷く困惑した表情をしている。
まさに大混乱。そんな言葉がぴったりなほど、あたりは騒然とした状況に陥ってしまった。
――こういう時こそ焦ってはダメよ。
どうしたら良いか整理しないとっ……。
逆に一歩引き、冷静に思考を働かせようと試みる。その直後、私に前世の知識が舞い降りた。
「メリッサさん」
「ど、どうしましょう!? 何が起きてっ……」
「今すぐ、宮廷医をこちらにお呼びしてください!」
「えっ……」
「急いでください! 早く!」
「わ、わかった……!」
メリッサさんは訳が分からないという様子だったが、私の言葉を受け慌てて駆け出した。
宮廷医は決められた待機場所にいるから、出来るだけ早く来てくれることを祈るのみ。そんな思いの中、私は地面に膝を突き倒れた陛下の肩を叩いた。
「大丈夫ですか!? 大丈夫ですか!?」
そうして陛下の意識を確認する。すると突然、私の身体は強い力で横から弾き飛ばされた。
「痛っ……」
「離れなさい! 高貴な陛下に、あなたみたいな下女が触るなんて有り得ないわ! それも叩くなんて!」
無様に床に打ち付けられた身体の痛みを擦りながら、声の方向に目を向ける。すると、鬼のような形相をした美女が目に入った。
普段なら怖くて何も言えないような相手。だけど人の命が懸かっている今、私は負けじと彼女を強く睨みつけた。
「暴力を振るったのではなく、意識があるかの確認をしていたんです」
「そうだとしても、あなたのような下女が触れて良いようなお方では――」
「ならば、見殺しにしろとっ……!?」
「それはっ……」
女性は化け物でも見るかのように私を見つめる。そして、物言いたげに口をモゴモゴさせるも、彼女は最終的に口を噤み、それ以上は何も言ってこなかった。
ちなみに、彼女がこうしてウダウダしている間に、私は陛下の意識が無いことを確認し終えた。
続けて、陛下の口元に耳を寄せる。だが、呼吸音は一切聞こえない。また、胸も上下していないし、お腹が動いていないことも確認できた。
これらの状況から察するに、私が出せる答えは一つだった。
――これって、いわゆる心停止……よね?
心停止した場合、どうしたら良かっただろうか。
ざわめく心を落ち着けながら、とりあえず気道確保をと思い顎を上げる。
続けてAEDは……と一瞬あたりを見回すが、そうだ、この世界にある訳がなかった。
じゃあ、胸骨圧迫? でも、前世と今世を通して、一度もそんなことをした経験なんてない。
もし胸骨圧迫をしたせいで何かあったら……。そう思うと、恐怖心が急に込み上げる。
しかし、心肺蘇生をしなければならない状況の場合、対処が遅れると死ぬかもしれないし、生き残ったとしても後遺症が残るかもしれない。
――判断ミスだったらどうしようっ……。
でも、普段通りの呼吸じゃなかったらしろって聞いたこともあるし……。
AEDもスマホも無いから分からないけど、やるしかない!
一か八かだと腹を括り、陛下の胸の真ん中に両手の付け根を重ね置く。そして、手の真上に肩が来るよう覆い被さる体勢になって、私は胸骨圧迫を始めた。
どこぞの菓子パンの行進曲か、カメの曲に合わせたら良いことは知っている。
そのため、私は腕をピンと伸ばし、脳内で再生している行進曲のリズムに合わせながら、圧迫を続けた。
――骨折したらごめんなさい。
許してください。
でも、骨折するかもしれないくらい強くやらないとダメなの。
どうか骨折しないで、目の前で死なないで……!
そう願いながら、必死に胸骨圧迫を続ける。どれくらい続けたのかも覚えていない。
だけど突然、意識を失っていたはずの陛下がケホッと咳き込み意識を取り戻した。
途端に、私の心には陛下を殺さずに済んだという安堵がどっと押し寄せる。そして、慌てて陛下に声をかけた。
「よ、良かったっ……。陛下、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……」
本当に良かった。受け答えも出来るし、心拍も自発呼吸も戻ったみたいだ。すると、ちょうどそのタイミングで、メリッサさんが宮廷医を連れて戻ってきた。
「お医者様がいらっしゃいました! では、失礼いたします」
解放された……!
そんな気持ちの私は、バトンタッチとばかりに一声かけて、その場から俊足で立ち去った。もちろん、メリッサさんも慌てて私を追うようについて来た。
何事も無かったかのように無言のまま、掃除予定だった客室に二人で移動する。そして部屋に入り扉を閉めた瞬間、私は息を吐きながらその場に座り込んだ。
すると同時に、メリッサさんが堪えていた感情を爆発させた。
「オーロラ、あなた一体っ……! いや、あなたってそういう子よね。でも、心配だわっ……」
私が変に目を付けられたかもしれないと思い、心配しているのだろう。でも、これ以上メリッサさんに心配をかけたくはない。
「生き返りましたし、殺されはしないと思います。それに陛下もかなり酔っていましたし、私のことなんてきっと忘れてますよ!」
メリッサさんだけではない。自分自身にも大丈夫だと言い聞かせるように、あえて楽観的に返す。
「うーん……本当にそうだったら良いんだけど……」
何となく腑に落ちないといった様子のメリッサさんは、口元をキュッと固く結んで、えも言われぬ表情を浮かべる。だがすぐに気を取り直した様子で、作り笑顔のような苦笑を見せた。
「でもまあ、今日のオーロラは人助け? いや犬助け? とにかく、誰かの救世主になる日みたいね」
そう言って、私を見つめるメリッサさん。その瞳の奥には、隠しきれない不安が滲んでいた。私はそれに気付かないふりをしながら、口角を上げ一つ頷きを返した。
だがそれから数日後、不安そうな表情を浮かべていたメリッサさんの懸念は、最悪な形で的中してしまった。
「オーロラ! よく来てくれたな! 会いたかったぞ!」
……あろうことか、私は陛下に呼び出されてしまったのだ。
――――――――――――
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます<(_ _*)>
この回に関しては、念のために補足させてください。
作中に出てきた心肺蘇生法は、18歳の少女が前世の記憶をなんとか絞り出した結果、偶然上手くいったものという設定。つまりフィクションです。
なので、正しい心肺蘇生法が知りたい場合は、こちらの内容は参考にしないでください。
人の命にかかわることですので、適切な機関が提示している、正式な方法や手順から学んでいただけますと幸いです。
女性たちの金切り声で耳を劈かれ、思わず眉間に力が入り身も竦む。一方、陛下に侍っていた女性たちは、思いのままさらに大きな声で泣き叫び始めた。
近くにいた兵士たちも、どうしたら良いのか分からないようで、声こそ荒らげないものの、酷く困惑した表情をしている。
まさに大混乱。そんな言葉がぴったりなほど、あたりは騒然とした状況に陥ってしまった。
――こういう時こそ焦ってはダメよ。
どうしたら良いか整理しないとっ……。
逆に一歩引き、冷静に思考を働かせようと試みる。その直後、私に前世の知識が舞い降りた。
「メリッサさん」
「ど、どうしましょう!? 何が起きてっ……」
「今すぐ、宮廷医をこちらにお呼びしてください!」
「えっ……」
「急いでください! 早く!」
「わ、わかった……!」
メリッサさんは訳が分からないという様子だったが、私の言葉を受け慌てて駆け出した。
宮廷医は決められた待機場所にいるから、出来るだけ早く来てくれることを祈るのみ。そんな思いの中、私は地面に膝を突き倒れた陛下の肩を叩いた。
「大丈夫ですか!? 大丈夫ですか!?」
そうして陛下の意識を確認する。すると突然、私の身体は強い力で横から弾き飛ばされた。
「痛っ……」
「離れなさい! 高貴な陛下に、あなたみたいな下女が触るなんて有り得ないわ! それも叩くなんて!」
無様に床に打ち付けられた身体の痛みを擦りながら、声の方向に目を向ける。すると、鬼のような形相をした美女が目に入った。
普段なら怖くて何も言えないような相手。だけど人の命が懸かっている今、私は負けじと彼女を強く睨みつけた。
「暴力を振るったのではなく、意識があるかの確認をしていたんです」
「そうだとしても、あなたのような下女が触れて良いようなお方では――」
「ならば、見殺しにしろとっ……!?」
「それはっ……」
女性は化け物でも見るかのように私を見つめる。そして、物言いたげに口をモゴモゴさせるも、彼女は最終的に口を噤み、それ以上は何も言ってこなかった。
ちなみに、彼女がこうしてウダウダしている間に、私は陛下の意識が無いことを確認し終えた。
続けて、陛下の口元に耳を寄せる。だが、呼吸音は一切聞こえない。また、胸も上下していないし、お腹が動いていないことも確認できた。
これらの状況から察するに、私が出せる答えは一つだった。
――これって、いわゆる心停止……よね?
心停止した場合、どうしたら良かっただろうか。
ざわめく心を落ち着けながら、とりあえず気道確保をと思い顎を上げる。
続けてAEDは……と一瞬あたりを見回すが、そうだ、この世界にある訳がなかった。
じゃあ、胸骨圧迫? でも、前世と今世を通して、一度もそんなことをした経験なんてない。
もし胸骨圧迫をしたせいで何かあったら……。そう思うと、恐怖心が急に込み上げる。
しかし、心肺蘇生をしなければならない状況の場合、対処が遅れると死ぬかもしれないし、生き残ったとしても後遺症が残るかもしれない。
――判断ミスだったらどうしようっ……。
でも、普段通りの呼吸じゃなかったらしろって聞いたこともあるし……。
AEDもスマホも無いから分からないけど、やるしかない!
一か八かだと腹を括り、陛下の胸の真ん中に両手の付け根を重ね置く。そして、手の真上に肩が来るよう覆い被さる体勢になって、私は胸骨圧迫を始めた。
どこぞの菓子パンの行進曲か、カメの曲に合わせたら良いことは知っている。
そのため、私は腕をピンと伸ばし、脳内で再生している行進曲のリズムに合わせながら、圧迫を続けた。
――骨折したらごめんなさい。
許してください。
でも、骨折するかもしれないくらい強くやらないとダメなの。
どうか骨折しないで、目の前で死なないで……!
そう願いながら、必死に胸骨圧迫を続ける。どれくらい続けたのかも覚えていない。
だけど突然、意識を失っていたはずの陛下がケホッと咳き込み意識を取り戻した。
途端に、私の心には陛下を殺さずに済んだという安堵がどっと押し寄せる。そして、慌てて陛下に声をかけた。
「よ、良かったっ……。陛下、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……」
本当に良かった。受け答えも出来るし、心拍も自発呼吸も戻ったみたいだ。すると、ちょうどそのタイミングで、メリッサさんが宮廷医を連れて戻ってきた。
「お医者様がいらっしゃいました! では、失礼いたします」
解放された……!
そんな気持ちの私は、バトンタッチとばかりに一声かけて、その場から俊足で立ち去った。もちろん、メリッサさんも慌てて私を追うようについて来た。
何事も無かったかのように無言のまま、掃除予定だった客室に二人で移動する。そして部屋に入り扉を閉めた瞬間、私は息を吐きながらその場に座り込んだ。
すると同時に、メリッサさんが堪えていた感情を爆発させた。
「オーロラ、あなた一体っ……! いや、あなたってそういう子よね。でも、心配だわっ……」
私が変に目を付けられたかもしれないと思い、心配しているのだろう。でも、これ以上メリッサさんに心配をかけたくはない。
「生き返りましたし、殺されはしないと思います。それに陛下もかなり酔っていましたし、私のことなんてきっと忘れてますよ!」
メリッサさんだけではない。自分自身にも大丈夫だと言い聞かせるように、あえて楽観的に返す。
「うーん……本当にそうだったら良いんだけど……」
何となく腑に落ちないといった様子のメリッサさんは、口元をキュッと固く結んで、えも言われぬ表情を浮かべる。だがすぐに気を取り直した様子で、作り笑顔のような苦笑を見せた。
「でもまあ、今日のオーロラは人助け? いや犬助け? とにかく、誰かの救世主になる日みたいね」
そう言って、私を見つめるメリッサさん。その瞳の奥には、隠しきれない不安が滲んでいた。私はそれに気付かないふりをしながら、口角を上げ一つ頷きを返した。
だがそれから数日後、不安そうな表情を浮かべていたメリッサさんの懸念は、最悪な形で的中してしまった。
「オーロラ! よく来てくれたな! 会いたかったぞ!」
……あろうことか、私は陛下に呼び出されてしまったのだ。
――――――――――――
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます<(_ _*)>
この回に関しては、念のために補足させてください。
作中に出てきた心肺蘇生法は、18歳の少女が前世の記憶をなんとか絞り出した結果、偶然上手くいったものという設定。つまりフィクションです。
なので、正しい心肺蘇生法が知りたい場合は、こちらの内容は参考にしないでください。
人の命にかかわることですので、適切な機関が提示している、正式な方法や手順から学んでいただけますと幸いです。
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