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76話 幸せな時間
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エンディミオン様と婚約してから、私たちはさまざまな場所に出かけ、デートを重ねる中で今まで以上に二人の思い出を増やしていった。
そして今日は、その中でも特に思い出深い、私にとって特別なデートスポットへとやって来ている。
「こんにちは、ルーク! ずいぶんご機嫌ね。今日はノアも一緒に来たのよ」
エンディミオン様の愛馬であるルークに声をかけ、私はもう一頭の愛馬であるノアを連れたエンディミオン様に振り返った。
すると、エンディミオン様ははしゃぐ私を見て、まるで太陽のように輝かんばかりの笑顔で笑い返してくれた。一方、その隣にいるノアはエンディミオン様に撫でられ、気持ちよさそうに鼻を伸ばしている。
ネクロマンサーの討伐に行くまでは知らなかったのだが、実はエンディミオン様には愛馬が二頭いた。月毛のルークは乗馬のときに、ルークよりも一回り大きい黒馬のノアは戦闘や討伐のときに乗る、という乗り分けをしているのだそうだ。
エンディミオン様は初めてのデートで私が乗馬を好きになったと知り、それは喜んで何度も私を乗馬に連れて来てくれた。そして、エンディミオン様がレッスンしてくれたおかげで、私はルークならば一人で乗れるようになった。
まだスピードは出せない。しかし、軽く走る程度であれば一人で乗りこなせるようになったという程度だ。そのため、今日は討伐のときに乗る馬であるノアも連れて来て、一緒に乗馬をしてみようということになったのだ。
――二人で乗るのも好きだけれど、今日は一人乗りに挑戦よ。
ああ、初めての形式だから何だかドキドキしてきたわ……。
そう考えていると、エンディミオン様がノアを連れて私に近寄り声をかけてきた。
「クリスタ様、スピードは出さず、まずはゆっくり歩いてみましょう」
「はい! ルーク、頑張ろうね!」
そうルークに声をかけると、ルークは楽しそうにフンと鼻を鳴らした。そして、私とエンディミオン様はそれぞれの馬に乗って、とりあえず進んでみようと前進することにした。
◇◇◇
――今日は最高の乗馬日和ね!
乗り始めて30分が経過した。温かい陽だまりの中、心地良いそよ風が草原一帯に吹き渡り、私は非常に開放的な気分になっていた。
だが、開放的な気分になれる理由はもう一つあった。そして、私はその理由である彼に視線を向けた。
「クリスタ様、どうされましたか?」
「エンディミオン様のお陰で、こんなに楽しいんだろうなぁって考えていたんです」
そう告げると、彼は驚いた顔をした後、にやける顔を必死に隠しながら言葉を紡いだ。
「それはこちらの台詞ですよ。それにしても、どうしてこの状況でそんな抱き締めたくなるようなことを仰るんですか? 不意打ちすぎますよ……」
「いつもエンディミオン様の方が不意打ちじゃないですか。私だって、あなたのことをドキドキさせたいんですよ?」
そう言葉を返すと、エンディミオン様は耳を真っ赤に染め、呆気にとられたような表情のまま固まってしまった。
だが、彼は意外とすぐに我に返った。そして、そこの丘の上で一度休憩しようと提案してきた。
そのため、丘に到着した私たちは馬から降り、近くの気に手綱を括りつけて、近くにある木陰へと移動した。
「こちらにお座りください」
そう言いながら、エンディミオン様は持参のハンカチを地面に広げた。呼吸をするかのようにこういうことをするものだから、本当に女性に対する気遣いが出来る人なのだとつくづく痛感する。
そして、私はその彼の好意を有難く受け取り、そのハンカチの上に座った。その瞬間あることを思い出し、私は隣に座ったエンディミオン様に声をかけた。
「そうだ! エンディミオン様。こちらにどうぞ!」
そう言って、私は自身の前腿をポンポンと叩いた。そうした理由は、つい昨日、馬車の中であったある出来事にあった。
私がエンディミオン様と帰る時に、たまに騎士団に遊びに来たギル様も同乗するときがある。昨日も、まさにそのシチュエーションだった。
そしてそのとき、私は子どもの姿をしたギル様に頼まれ、いつものように膝枕をしたのだ。すると、その光景を見てエンディミオン様が絶望的な表情をし、「ギル様が羨ましい…」と独り言ちたのを、私は聞き逃さなかった。
よって、エンディミオン様に対して、昨日から少し申し訳ないという気持ちを抱えていた私は、今しかないとエンディミオン様に膝枕をしようかという意味で声をかけた。
何せこの場所は、馬車の中のように狭いという制約や、人に見られるかもしれない心配がない。だから、エンディミオン様も誘いに乗りやすいだろう。そう思い誘ったのだが、彼は至極不思議そうな顔をして口を開いた。
「こちらにとは……?」
「膝枕です。……エンディミオン様さえ良ければですが」
ド直球に答えなければならない質問をされて、何だか恥ずかしくなり、最後の方は消え入りそうな声になってしまった。
――するの? しないの?
そう思いながら彼を見つめると、彼はハッと慌てた様子で「お願いします!」と前のめりに伝えてきた。
そのため、私はクスっと笑って彼に寝転ぶよう伝えて膝枕をした。
「クリスタ様。痛くないですか?」
「痛くないので大丈夫ですよ」
「幸せ過ぎて、おかしくなりそうですっ……」
そう言うと、エンディミオン様は自身の口元を手の甲で隠した。彼が照れている時によく見せるそのしぐさが、何とも愛らしく見える。そして気付けば、私はエンディミオン様の頭を髪を梳くように撫でていた。
するとその瞬間、エンディミオン様がガバッと起き上がった。
「エンディミオン様?」
「クリスタ様。私もあなたのことを可愛がりたいんです。膝枕はまた別の機会に……今はあなたを抱き締めさせてください」
そう言うと、彼は私の背後に回り、後ろから包み込むように私のことを抱き締めた。その瞬間、一気に彼に呑まれてしまったような感覚が襲ってきた。
――結局、こっちが落ち着くのよね。
エンディミオン様の良い香りがするわ。
そんなことを思っていると、エンディミオン様がごく自然に私の顎を軽くクイっと持ち上げ、私の唇に自身のそれを重ねた。
そして、私は彼に向かい合うように座り直し、角度を変えながら互いに何度も口づけを重ねた。
すると、いったんキスを止めた彼が、懐からあるモノを取り出した。
「クリスタ様。やっと完成したので、今日お渡ししたかったんです。左手を出していただけますか?」
そう言われ、私は言われるがまま左手を出した。そして、彼はその左手を手に取ると、そっと私の薬指に例のモノを嵌めた。
「婚約指輪です。あなたが私の婚約者である証明です」
そう言うと、エンディミオン様ははにかみながら、指輪が嵌まった私の左手の薬指にキスを落とした。
その瞬間、私は飛び込むように彼の思い切り抱き着いた。そんな私をエンディミオン様は受け止め、ギュッと優しく抱き締めてくれた。
……それから時は経ち、ついに結婚式の日がやって来た。
そして今日は、その中でも特に思い出深い、私にとって特別なデートスポットへとやって来ている。
「こんにちは、ルーク! ずいぶんご機嫌ね。今日はノアも一緒に来たのよ」
エンディミオン様の愛馬であるルークに声をかけ、私はもう一頭の愛馬であるノアを連れたエンディミオン様に振り返った。
すると、エンディミオン様ははしゃぐ私を見て、まるで太陽のように輝かんばかりの笑顔で笑い返してくれた。一方、その隣にいるノアはエンディミオン様に撫でられ、気持ちよさそうに鼻を伸ばしている。
ネクロマンサーの討伐に行くまでは知らなかったのだが、実はエンディミオン様には愛馬が二頭いた。月毛のルークは乗馬のときに、ルークよりも一回り大きい黒馬のノアは戦闘や討伐のときに乗る、という乗り分けをしているのだそうだ。
エンディミオン様は初めてのデートで私が乗馬を好きになったと知り、それは喜んで何度も私を乗馬に連れて来てくれた。そして、エンディミオン様がレッスンしてくれたおかげで、私はルークならば一人で乗れるようになった。
まだスピードは出せない。しかし、軽く走る程度であれば一人で乗りこなせるようになったという程度だ。そのため、今日は討伐のときに乗る馬であるノアも連れて来て、一緒に乗馬をしてみようということになったのだ。
――二人で乗るのも好きだけれど、今日は一人乗りに挑戦よ。
ああ、初めての形式だから何だかドキドキしてきたわ……。
そう考えていると、エンディミオン様がノアを連れて私に近寄り声をかけてきた。
「クリスタ様、スピードは出さず、まずはゆっくり歩いてみましょう」
「はい! ルーク、頑張ろうね!」
そうルークに声をかけると、ルークは楽しそうにフンと鼻を鳴らした。そして、私とエンディミオン様はそれぞれの馬に乗って、とりあえず進んでみようと前進することにした。
◇◇◇
――今日は最高の乗馬日和ね!
乗り始めて30分が経過した。温かい陽だまりの中、心地良いそよ風が草原一帯に吹き渡り、私は非常に開放的な気分になっていた。
だが、開放的な気分になれる理由はもう一つあった。そして、私はその理由である彼に視線を向けた。
「クリスタ様、どうされましたか?」
「エンディミオン様のお陰で、こんなに楽しいんだろうなぁって考えていたんです」
そう告げると、彼は驚いた顔をした後、にやける顔を必死に隠しながら言葉を紡いだ。
「それはこちらの台詞ですよ。それにしても、どうしてこの状況でそんな抱き締めたくなるようなことを仰るんですか? 不意打ちすぎますよ……」
「いつもエンディミオン様の方が不意打ちじゃないですか。私だって、あなたのことをドキドキさせたいんですよ?」
そう言葉を返すと、エンディミオン様は耳を真っ赤に染め、呆気にとられたような表情のまま固まってしまった。
だが、彼は意外とすぐに我に返った。そして、そこの丘の上で一度休憩しようと提案してきた。
そのため、丘に到着した私たちは馬から降り、近くの気に手綱を括りつけて、近くにある木陰へと移動した。
「こちらにお座りください」
そう言いながら、エンディミオン様は持参のハンカチを地面に広げた。呼吸をするかのようにこういうことをするものだから、本当に女性に対する気遣いが出来る人なのだとつくづく痛感する。
そして、私はその彼の好意を有難く受け取り、そのハンカチの上に座った。その瞬間あることを思い出し、私は隣に座ったエンディミオン様に声をかけた。
「そうだ! エンディミオン様。こちらにどうぞ!」
そう言って、私は自身の前腿をポンポンと叩いた。そうした理由は、つい昨日、馬車の中であったある出来事にあった。
私がエンディミオン様と帰る時に、たまに騎士団に遊びに来たギル様も同乗するときがある。昨日も、まさにそのシチュエーションだった。
そしてそのとき、私は子どもの姿をしたギル様に頼まれ、いつものように膝枕をしたのだ。すると、その光景を見てエンディミオン様が絶望的な表情をし、「ギル様が羨ましい…」と独り言ちたのを、私は聞き逃さなかった。
よって、エンディミオン様に対して、昨日から少し申し訳ないという気持ちを抱えていた私は、今しかないとエンディミオン様に膝枕をしようかという意味で声をかけた。
何せこの場所は、馬車の中のように狭いという制約や、人に見られるかもしれない心配がない。だから、エンディミオン様も誘いに乗りやすいだろう。そう思い誘ったのだが、彼は至極不思議そうな顔をして口を開いた。
「こちらにとは……?」
「膝枕です。……エンディミオン様さえ良ければですが」
ド直球に答えなければならない質問をされて、何だか恥ずかしくなり、最後の方は消え入りそうな声になってしまった。
――するの? しないの?
そう思いながら彼を見つめると、彼はハッと慌てた様子で「お願いします!」と前のめりに伝えてきた。
そのため、私はクスっと笑って彼に寝転ぶよう伝えて膝枕をした。
「クリスタ様。痛くないですか?」
「痛くないので大丈夫ですよ」
「幸せ過ぎて、おかしくなりそうですっ……」
そう言うと、エンディミオン様は自身の口元を手の甲で隠した。彼が照れている時によく見せるそのしぐさが、何とも愛らしく見える。そして気付けば、私はエンディミオン様の頭を髪を梳くように撫でていた。
するとその瞬間、エンディミオン様がガバッと起き上がった。
「エンディミオン様?」
「クリスタ様。私もあなたのことを可愛がりたいんです。膝枕はまた別の機会に……今はあなたを抱き締めさせてください」
そう言うと、彼は私の背後に回り、後ろから包み込むように私のことを抱き締めた。その瞬間、一気に彼に呑まれてしまったような感覚が襲ってきた。
――結局、こっちが落ち着くのよね。
エンディミオン様の良い香りがするわ。
そんなことを思っていると、エンディミオン様がごく自然に私の顎を軽くクイっと持ち上げ、私の唇に自身のそれを重ねた。
そして、私は彼に向かい合うように座り直し、角度を変えながら互いに何度も口づけを重ねた。
すると、いったんキスを止めた彼が、懐からあるモノを取り出した。
「クリスタ様。やっと完成したので、今日お渡ししたかったんです。左手を出していただけますか?」
そう言われ、私は言われるがまま左手を出した。そして、彼はその左手を手に取ると、そっと私の薬指に例のモノを嵌めた。
「婚約指輪です。あなたが私の婚約者である証明です」
そう言うと、エンディミオン様ははにかみながら、指輪が嵌まった私の左手の薬指にキスを落とした。
その瞬間、私は飛び込むように彼の思い切り抱き着いた。そんな私をエンディミオン様は受け止め、ギュッと優しく抱き締めてくれた。
……それから時は経ち、ついに結婚式の日がやって来た。
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