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57話 心に決めて
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エンディミオン様が去った後、私の心は気まずさいっぱいだった。しかし、仕事が始まってからは、いつの間にかそんな気持ちも掻き消えていた。
「クリスタさん、じゃあこの栄養ドリンクを届けて来てくれる?」
「はい! 了解しました」
こうして先生に頼まれ、私は今栄養ドリンクを届けに回っている。というのも、暑くなり始めたばかりのこの季節に、熱中症になる騎士が多いのだとか。
なんでも、暑いけど熱中症になるほどではないだろうと気が緩むことが原因らしい。そのため、私は事前対策として、体力回復作用も含んだ栄養ドリンクを配っているのだ。
「皆さん、きちんと飲んでくださいね」
「これ回復ポーション入り?」
「はい。そうですよ」
「めちゃくちゃ身体が軽くなったよ。ありがとな」
「それなら良かったです!」
そんな会話をしながら、また別の団にドリンクを届けようとしていた。すると、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。
「クリスタ。ちょっといいですか?」
そう呼ばれ振り返ると、そこには魔塔主様とごくたまにしか見られない総司令官様がいた。
――魔塔主様がどうしてここに……!?
それに総司令官様まで一緒だなんて……。
珍しいこともあるのね。そう思いながら、私は2人の元へと駆け寄って行った。
「どうされましたか?」
そう声をかけながら近寄ると、魔塔主様が口を開いた。
「ちょっとここでは……別の場所に移動しましょう」
別の場所に移動するほどの話とは、いったいどんな内容なのだろうか。普段騎士団にいるはずのない魔塔主様と、総司令官様までいるのだから、きっと良い話ではない気がする。
「分かりました……。では、アルバート先生に――」
伝えてくる。そう言おうとしたが、遮るように総司令官様が声を出した。
「安心しろ。アルバート・カミンには既に君と話しをすると伝えている」
ここ数カ月は騎士団で働いてきたが、初めて総司令官様の声を聞いて、何故か空想的な気分になった。すると、そんな私に総司令官様はある提案をしてきた。
「話し場所は……私の部屋で良いだろうか?」
「閣下の部屋ですか!?」
一介の治癒士が騎士団のトップである総司令官様の部屋に入っても良いのだろうか。まあ、本人が提案しているから良いのだろうが、ちょっと緊張してしまう。そんなことを思っていると、総司令官様は言葉を続けた。
「私の部屋だったら落ち着いて話せると思ったのだが……別の部屋のほうが良かったか?」
「いえ、閣下の部屋で問題ありません。大丈夫です」
――落ち着けるわけないでしょ……!
心ではそう叫んでいた。しかし、話し場所としては問題ないため、総司令官様を先頭に、私は魔塔主様と並んで部屋まで移動した。そして、到着するなり総司令官様が口を開いた。
「クリスタ・ウィルキンス、君に頼みたいことがあって呼んだんだ」
「はい。どういった内容でしょうか」
そう訊ねると、総司令官様は一呼吸おいて、とある質問をしてきた。
「君はネクロマンサーの事件を知っているな?」
「はい。詳細は分かりませんが、その事件自体は存じております」
「それなら話が早い。実は、今回のネクロマンサーがかなりの強敵なんだ。そこで、君には治療を主の目的とし、必要とあらば戦いに参戦する救護と戦闘の両方を担う人材として、今度の討伐作戦に参加してほしいんだ」
ここまで聞いて、何で魔塔主様が総司令官様と一緒にいたのかが分かった。きっと、魔塔主様に私を討伐作戦に投入する価値を確かめていたのだろう。そして、どうやら魔塔主様は投入するメリットがあるとの判断を、総司令官様に提示したみたいだ。
――私、また討伐作戦に参加するの……?
最初で最後の討伐作戦に参加した出来事を思い出し、少し動揺してしまう。すると、そんな私に対し、総司令官様は更なる情報を加えた。
「ちなみに、出発は2日後だ」
「2日後ですか!?」
「ああ……引き受けてくれるだろうか?」
2日後とはえらく急だ。今回一緒に行ったら、仲良くなった騎士団員たちの死体を見なければならないかもしれない。そう考えると、行くと決めるには相当の覚悟が必要だった。
だけど、今回の私は以前の私とは違う。今の私は聖女なのだ。今こそ、この力を皆のために使わなくてどうすると言うのだろうか。
――あのクズのためじゃなくて、私は皆のために力を使いたい。
聖女って本当はこういうことでしょ?
私は聖女になったのよ。
死体を見るのが怖いじゃなくて、死体を見なくて良いようにするのが私の仕事。
なら、もう選択肢は一つしかないじゃない。
怖くないわけではない。だが、私の中での答えは決まった。
「閣下。その討伐作戦に、私、クリスタ・ウィルキンスも参加いたします」
「よく引き受けてくれた。心から感謝するよ」
そう言うと、総司令官様は私の方へと手を差し出して来た。
――これは握手で合っているのかしら?
合っているのか不安に思いながら恐る恐る手を差し出すと、あちらから迎えにくる形で強く手を握られた。そんな握手が終わると、魔塔主様が口を開いた。
「ほら、言った通りだったでしょう? クリスタはこういう子なんですよ。ちゃんと自分の役目を分かってるんです」
「そのようだな。そんな子を騎士団に譲ってくれたあなたにはお礼をしないとな」
そう言うと、総司令官様は煽るような笑みを魔塔主様に向けた。そして、そんな笑顔を向けられた魔塔主様は、珍しく唇の端をピクピクとさせ余裕のない笑みを浮かべている。だが、魔塔主様はすぐに私に向き直り声をかけてきた。
「あくまで治療がメインですが、戦闘に参加する可能性は高いと思います。クリスタ……あなたは聖女ですが、それ以前に私の大切な孫のような存在です。必ず生きて戻ってきてください」
「はい。最善を尽くします……」
まさか、そんなに良く思ってくれてるとは思ってもみなかった。だが、それよりも今一番驚いていることは、私を孫のような存在だと思っていたことだ。
――魔塔主様、本当に何歳なの……?
その疑問が強まったまま、私は総司令官室から医務室へと戻った。そして、アルバート先生に2日後の討伐に参加することに関しての詳細を説明したところで、昼休憩の時間になった。
すると休憩時間になってから間もなく、エンディミオン様が医務室のドアを開けた。そして、一直線に私の方へ歩いてきたかと思うと、おもむろに話しかけてきた。いつもと違い、彼はとても切羽詰まった様子だ。
「クリスタ様! なぜ討伐に参加されるのですか!? 危ないです!」
――ああ、もう知ったのね。
でも、私の答えはもう決まっているの。
「危ないとは思います。ですが、誰かが行かないといけない。そして、その誰かが今回は私だったんです」
「ですが、今回の討伐は本当にきけ――」
「もう決めたんです。これは私の役目ですから」
そう言うと、何で分かってくれないんだと言うように、彼は表情を歪めた。その瞳には心配の色が見える。
「エンディミオン様」
「はい」
「人には危ないと言いますが、あなたも同じく危ないですよね?」
「それはそうですがっ……」
もどかしげな顔をしながらも、エンディミオン様はその先を言わなかった。私の言わんとすることを悟ったのだろう。
「今回戦闘に参加しなければならない可能性もありますが、私の主な目的は救護です。なので、積極的に自分から攻め入ることは基本しませんので、そこはご安心ください」
そう告げると、彼はシュンと落ち込んだ様子になりながらも、一応納得はした様子になった。
だがそれから数分後、エンディミオン様はずっと私の隣で喋り続けていた。
「絶対にクリスタ様の安全優先で行動してください。それで、可能な限りは私と一緒に――」
今回の討伐に参加するにあたり、私に守ってほしいことをつらつらと説明しているのだ。これは彼なり愛情なのだろう。そう思うと、少し呆れてしまう部分もあるが、ちょっぴり嬉しい気持ちになる。
こうして今日の昼休憩中、私はずっとエンディミオン様の話に耳を傾け続けた。
――今回の討伐から帰ったら、彼に結婚の返事をしましょう。
そう心に決めながら。
「クリスタさん、じゃあこの栄養ドリンクを届けて来てくれる?」
「はい! 了解しました」
こうして先生に頼まれ、私は今栄養ドリンクを届けに回っている。というのも、暑くなり始めたばかりのこの季節に、熱中症になる騎士が多いのだとか。
なんでも、暑いけど熱中症になるほどではないだろうと気が緩むことが原因らしい。そのため、私は事前対策として、体力回復作用も含んだ栄養ドリンクを配っているのだ。
「皆さん、きちんと飲んでくださいね」
「これ回復ポーション入り?」
「はい。そうですよ」
「めちゃくちゃ身体が軽くなったよ。ありがとな」
「それなら良かったです!」
そんな会話をしながら、また別の団にドリンクを届けようとしていた。すると、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。
「クリスタ。ちょっといいですか?」
そう呼ばれ振り返ると、そこには魔塔主様とごくたまにしか見られない総司令官様がいた。
――魔塔主様がどうしてここに……!?
それに総司令官様まで一緒だなんて……。
珍しいこともあるのね。そう思いながら、私は2人の元へと駆け寄って行った。
「どうされましたか?」
そう声をかけながら近寄ると、魔塔主様が口を開いた。
「ちょっとここでは……別の場所に移動しましょう」
別の場所に移動するほどの話とは、いったいどんな内容なのだろうか。普段騎士団にいるはずのない魔塔主様と、総司令官様までいるのだから、きっと良い話ではない気がする。
「分かりました……。では、アルバート先生に――」
伝えてくる。そう言おうとしたが、遮るように総司令官様が声を出した。
「安心しろ。アルバート・カミンには既に君と話しをすると伝えている」
ここ数カ月は騎士団で働いてきたが、初めて総司令官様の声を聞いて、何故か空想的な気分になった。すると、そんな私に総司令官様はある提案をしてきた。
「話し場所は……私の部屋で良いだろうか?」
「閣下の部屋ですか!?」
一介の治癒士が騎士団のトップである総司令官様の部屋に入っても良いのだろうか。まあ、本人が提案しているから良いのだろうが、ちょっと緊張してしまう。そんなことを思っていると、総司令官様は言葉を続けた。
「私の部屋だったら落ち着いて話せると思ったのだが……別の部屋のほうが良かったか?」
「いえ、閣下の部屋で問題ありません。大丈夫です」
――落ち着けるわけないでしょ……!
心ではそう叫んでいた。しかし、話し場所としては問題ないため、総司令官様を先頭に、私は魔塔主様と並んで部屋まで移動した。そして、到着するなり総司令官様が口を開いた。
「クリスタ・ウィルキンス、君に頼みたいことがあって呼んだんだ」
「はい。どういった内容でしょうか」
そう訊ねると、総司令官様は一呼吸おいて、とある質問をしてきた。
「君はネクロマンサーの事件を知っているな?」
「はい。詳細は分かりませんが、その事件自体は存じております」
「それなら話が早い。実は、今回のネクロマンサーがかなりの強敵なんだ。そこで、君には治療を主の目的とし、必要とあらば戦いに参戦する救護と戦闘の両方を担う人材として、今度の討伐作戦に参加してほしいんだ」
ここまで聞いて、何で魔塔主様が総司令官様と一緒にいたのかが分かった。きっと、魔塔主様に私を討伐作戦に投入する価値を確かめていたのだろう。そして、どうやら魔塔主様は投入するメリットがあるとの判断を、総司令官様に提示したみたいだ。
――私、また討伐作戦に参加するの……?
最初で最後の討伐作戦に参加した出来事を思い出し、少し動揺してしまう。すると、そんな私に対し、総司令官様は更なる情報を加えた。
「ちなみに、出発は2日後だ」
「2日後ですか!?」
「ああ……引き受けてくれるだろうか?」
2日後とはえらく急だ。今回一緒に行ったら、仲良くなった騎士団員たちの死体を見なければならないかもしれない。そう考えると、行くと決めるには相当の覚悟が必要だった。
だけど、今回の私は以前の私とは違う。今の私は聖女なのだ。今こそ、この力を皆のために使わなくてどうすると言うのだろうか。
――あのクズのためじゃなくて、私は皆のために力を使いたい。
聖女って本当はこういうことでしょ?
私は聖女になったのよ。
死体を見るのが怖いじゃなくて、死体を見なくて良いようにするのが私の仕事。
なら、もう選択肢は一つしかないじゃない。
怖くないわけではない。だが、私の中での答えは決まった。
「閣下。その討伐作戦に、私、クリスタ・ウィルキンスも参加いたします」
「よく引き受けてくれた。心から感謝するよ」
そう言うと、総司令官様は私の方へと手を差し出して来た。
――これは握手で合っているのかしら?
合っているのか不安に思いながら恐る恐る手を差し出すと、あちらから迎えにくる形で強く手を握られた。そんな握手が終わると、魔塔主様が口を開いた。
「ほら、言った通りだったでしょう? クリスタはこういう子なんですよ。ちゃんと自分の役目を分かってるんです」
「そのようだな。そんな子を騎士団に譲ってくれたあなたにはお礼をしないとな」
そう言うと、総司令官様は煽るような笑みを魔塔主様に向けた。そして、そんな笑顔を向けられた魔塔主様は、珍しく唇の端をピクピクとさせ余裕のない笑みを浮かべている。だが、魔塔主様はすぐに私に向き直り声をかけてきた。
「あくまで治療がメインですが、戦闘に参加する可能性は高いと思います。クリスタ……あなたは聖女ですが、それ以前に私の大切な孫のような存在です。必ず生きて戻ってきてください」
「はい。最善を尽くします……」
まさか、そんなに良く思ってくれてるとは思ってもみなかった。だが、それよりも今一番驚いていることは、私を孫のような存在だと思っていたことだ。
――魔塔主様、本当に何歳なの……?
その疑問が強まったまま、私は総司令官室から医務室へと戻った。そして、アルバート先生に2日後の討伐に参加することに関しての詳細を説明したところで、昼休憩の時間になった。
すると休憩時間になってから間もなく、エンディミオン様が医務室のドアを開けた。そして、一直線に私の方へ歩いてきたかと思うと、おもむろに話しかけてきた。いつもと違い、彼はとても切羽詰まった様子だ。
「クリスタ様! なぜ討伐に参加されるのですか!? 危ないです!」
――ああ、もう知ったのね。
でも、私の答えはもう決まっているの。
「危ないとは思います。ですが、誰かが行かないといけない。そして、その誰かが今回は私だったんです」
「ですが、今回の討伐は本当にきけ――」
「もう決めたんです。これは私の役目ですから」
そう言うと、何で分かってくれないんだと言うように、彼は表情を歪めた。その瞳には心配の色が見える。
「エンディミオン様」
「はい」
「人には危ないと言いますが、あなたも同じく危ないですよね?」
「それはそうですがっ……」
もどかしげな顔をしながらも、エンディミオン様はその先を言わなかった。私の言わんとすることを悟ったのだろう。
「今回戦闘に参加しなければならない可能性もありますが、私の主な目的は救護です。なので、積極的に自分から攻め入ることは基本しませんので、そこはご安心ください」
そう告げると、彼はシュンと落ち込んだ様子になりながらも、一応納得はした様子になった。
だがそれから数分後、エンディミオン様はずっと私の隣で喋り続けていた。
「絶対にクリスタ様の安全優先で行動してください。それで、可能な限りは私と一緒に――」
今回の討伐に参加するにあたり、私に守ってほしいことをつらつらと説明しているのだ。これは彼なり愛情なのだろう。そう思うと、少し呆れてしまう部分もあるが、ちょっぴり嬉しい気持ちになる。
こうして今日の昼休憩中、私はずっとエンディミオン様の話に耳を傾け続けた。
――今回の討伐から帰ったら、彼に結婚の返事をしましょう。
そう心に決めながら。
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