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54話 いつもより遠いあなた
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こうして、舞踏会の当日になった。昨日は舞踏会の準備をしようと、念のために仕事を休んだ。そして、家に迎えに来てもらい、私はエスコートしてくれる人物と一緒に会場入りした。
「それにしても、あなたをエスコートできるなんて嬉しいですね」
そう話しかけてきたのは、私の本日のエスコート役である魔塔主様だ。アルバート先生の提案で打診してみたところ、快く引き受けてくれたのだ。
「今日は本当に助かりました」
「いえいえ、クリスタとはなかなか会えないので良い機会ですよ」
「ありがとうございます」
魔塔主様は私を見てクスリと微笑んだ。かと思えば、顔を覗き込むようにしながら近況について訊ねてきた。
「最近はどうですか? 新しい仕事は楽しいですか?」
「騎士団の仕事はやりがいもあって楽しいですよ」
「……魔塔と比べてどうですか?」
「魔塔主様には悪いんですけど……正直魔塔より楽しいかも……です」
魔塔は良くも悪くも、人との関わり合いが少ない。私は言われた通りに生産者に徹するが、消費者が全く見えないのだ。それに比べ、騎士団の仕事は全貌がクリアだ。そういった要素が、今の私の仕事のやりがいを感じる1つになっていた。
「騎士団での仕事が楽しいとは……。クリスタはなかなか野蛮ですね」
魔塔主様は、真顔でボソリと呟いた。だがその直後、珍しく血色の良い頬を張りにっこりと笑い言葉を続けた。
「でも、楽しそうで何より!」
浮世離れした魔塔主様の発言に一瞬心が曇りかけたが、その一言でそんな気持ちは一掃された。すると、そのタイミングでダンスの曲が流れ始めた。
今回の舞踏会では、集団舞踏を取り入れていなかった。久しぶりにボールガウンを着たため、少し踊りに不安があった私は内心ほっとした。恐らく、本日の参加者の男女比が悪かったのだろう。比が崩れたことに、ひっそり感謝した。
今回は王室主催の舞踏会だ。そのため、王が踊り、徐々に高位貴族が参加していくペアダンスの形をとっていた。ちなみに、ペアがいない人は、余った人同士で互いに気が合えば踊る形だ。
「さあ、私たちの出番ですよ」
魔塔主様にそう声をかけられ、私たちはダンスホールへと向かった。
実は魔塔主様と一緒に踊るどころか、魔塔主様が踊っている姿を見ることも初めてだった。そのため、踊り出してから私は驚いた。
「魔塔主様……こんなにお上手だったんですね」
「いえいえ、何年も踊っていなかったので怪しいですよ」
「怪しいだなんて……すごく踊りやすいです!」
「それは良かった。でも、もう年だからそろそろこのレベルをキープすることは難しそうです」
そう言う魔塔主様は、余裕のある笑みで楽しそうに微笑んでいる。
――ずっと見た目が変わらないから分からないけれど、魔塔主様って何歳なのかしら……?
それなりの年齢のはずよね……。
まあ何にしろ、大道芸でもないし足を踏まれることもなくて良かったわ!
それに何と言っても、踊りやすい。やはり、レアードと私の踊りの相性が最悪だっただけで、私のダンスが壊滅的だったわけではなさそうで一安心した。
すると、曲の終わり間際というところで、魔塔主様がこそっと声をかけてきた。
「すみません、この1曲だけで終わっても良いですか?」
「はい、良いですよ。大丈夫ですか?」
「ええ。クリスタのダンスが上手だから助かりましたが……ダメですね。年齢には逆らえません」
私は老体に鞭を打ってしまったのかもしれない。そう思い、ダンス終了時にこっそり回復魔法をかけた。だが、敏感な魔塔主様は私の魔法に気付いたのだろう。嬉しそうに微笑みながら「ありがとう」と言い、私を壁際までエスコートしてくれた。
そして壁際に到着した時だった。突然、付近にいた人物が声をかけてきた。
「クリスタちゃんじゃないか……! 今日はいつにも増してえらくべっぴんさんだな!」
そう声をかけてきた人物は、騎士団員たちだった。
「ありがとうございます。何だか、こんなところで会うだなんて変な気分ですね」
「だよな~。と言うか、クリスタちゃんのペアはエンディミオン団長じゃなかったんだな」
「え? そうなのか?」
「だって、あいつスゲーぞ。見てみろよ!」
1人の騎士団員の言葉に従い、みんなで言われた方を見た。すると、そこには多くの女性に囲まれるエンディミオン様がいた。
――遠征から……間に合ったのね。
何だか、遠い世界の人みたい……。
そう思いながら彼を見ていると、騎士団員たちは口々に言いたいことを言い出した。
「御令嬢には悪いけどよ……何だか蟻地獄みたいで気持ち悪いな……」
「なーに言ってるんだよ! 俺はあんな蟻地獄なら嵌まって見たいぜ!」
彼らは本当に好き勝手なことを言ってばかりだ。そう呆れていると、「よし、俺相手見てけてくる」「俺も俺も!」と言って、彼らは去っていた。
嵐が去った……そんな気分で、ふとエンディミオン様を見た。知り合って始めてこういう場で彼を見たが、想像以上の人気ぶりだ。さすが色男と言われているだけある。
社交の場だからだろうか? 身分問題が少し緩い剣術大会の時と違い、側近くで彼を取り囲んでいる人は主に高位貴族の令嬢だ。ただでさえ少ない公爵令嬢も数人見える。
剣術大会のこともあって、私の名前を知っている令嬢に何かされるかもと覚悟はしていた。しかし、そんな心配はしなくても良さそうだ。どうやら、エンディミオン様を囲むことや見ることの方が彼女らにとっては大事らしい。
――エンディミオン様って、本当に別世界の人だったのね……。
そう思っていると、新たに私を呼ぶ声が聞こえた。
「あっ、いたいた! 姉さん!」
「ドレス素敵ですよ!」
「姉さんも来てたんですね。ちょっと団長たち呼んできます!」
突然、第5騎士団の団員たちが話しかけてきたのだ。そして、そんな彼らに魔塔主様は怪訝な視線を送った。
「あの方、あなたより年上では……? 姉さん?」
「ははっ……色々ありまして……」
そう言いながら魔塔主様の顔を見上げると、怪訝そうな顔はやめ、フッと笑って口を開いた。
「意味は分かりませんが、クリスタが本当に楽しそうで安心しましたよ」
「ふふっ、そうでしょう?」
「ええ、良かったです」
そんな話をしているうちに、ライオネル団長と見知らぬ男女がやって来た。そして、来るなり口々に話しかけてきた。
「この度は弟がお世話になりました。騎士を辞めずに済んで良かった! あなたのおかげだ……」
「兄を助けて下さりありがとうございます。是非、直接お礼が言いたかったので、参加されていて良かったです」
「兄を治療してくださったこと、心より感謝申し上げます」
皆がいっせいに喋り、何を言っているか所々しか聞こえなかった。だが、ライオネル団長の兄妹と名乗る5人は全力で感謝を伝えてくれた。そして一通り話を終えると、彼らは嵐のように去って行った。
――嬉しいけれど、ちょっと……いや、かなり疲れたわ。
人のいないところで休憩したい……。
「魔塔主様」
「どうしました?」
「ちょっとバルコニーに休憩しに行っていいですか?」
そう尋ねると、魔塔主様は快く了承してくれた。
「どうぞ休んでいてください。では、私は人と会う用事があるので、会ってきます。もし見当たらなければ勝手に帰って下さいね」
――勝手に帰って良いだなんて、エスコートの意味……!
そう思ったが、正直魔塔主様の提案の方が気楽でいられる。そのため、不満無くその案を受け入れ、私たちは別れた。
バルコニーに移動してみると、皆ダンスに夢中なのか人っ子一人居なかった。そしてそのまま、少し隙間の空いたカーテンから見える煌びやかな世界に背を向けた。
――今日は星がよく見えるわね……。
ふと空を見上げ、輝く星たちに目をやる。もちろん有名な星座は分かる。だが、ここまで星がたくさん見えると、どの星がどの星座の星かさえ怪しい。そのため、私は心の中で勝手に星座を作っては名前をつけ、時間を潰していた。
辺りには、少しひんやりとした澄んだ空気が漂っている。そのお陰で、綺麗な夜空と相まり気分がだいぶ落ち着いた。だが静穏を手に入れるまでに、意外と時間が経っていたようだ。気付けば、室内からはラストダンスの合図が流れ始めていた。
――ラストダンス後は出口が込み合うでしょうし、そろそろ帰りましょうか。
そう思いながら、腕を置いていた手すりから手を下ろし、見上げていた頭を下げ、そっと目を伏せた。すると突然、背後から声が聞こえた。
「間に合ったっ……」
その声と同時に、ふわっと風が吹き近くの梢がさざめいた。
「それにしても、あなたをエスコートできるなんて嬉しいですね」
そう話しかけてきたのは、私の本日のエスコート役である魔塔主様だ。アルバート先生の提案で打診してみたところ、快く引き受けてくれたのだ。
「今日は本当に助かりました」
「いえいえ、クリスタとはなかなか会えないので良い機会ですよ」
「ありがとうございます」
魔塔主様は私を見てクスリと微笑んだ。かと思えば、顔を覗き込むようにしながら近況について訊ねてきた。
「最近はどうですか? 新しい仕事は楽しいですか?」
「騎士団の仕事はやりがいもあって楽しいですよ」
「……魔塔と比べてどうですか?」
「魔塔主様には悪いんですけど……正直魔塔より楽しいかも……です」
魔塔は良くも悪くも、人との関わり合いが少ない。私は言われた通りに生産者に徹するが、消費者が全く見えないのだ。それに比べ、騎士団の仕事は全貌がクリアだ。そういった要素が、今の私の仕事のやりがいを感じる1つになっていた。
「騎士団での仕事が楽しいとは……。クリスタはなかなか野蛮ですね」
魔塔主様は、真顔でボソリと呟いた。だがその直後、珍しく血色の良い頬を張りにっこりと笑い言葉を続けた。
「でも、楽しそうで何より!」
浮世離れした魔塔主様の発言に一瞬心が曇りかけたが、その一言でそんな気持ちは一掃された。すると、そのタイミングでダンスの曲が流れ始めた。
今回の舞踏会では、集団舞踏を取り入れていなかった。久しぶりにボールガウンを着たため、少し踊りに不安があった私は内心ほっとした。恐らく、本日の参加者の男女比が悪かったのだろう。比が崩れたことに、ひっそり感謝した。
今回は王室主催の舞踏会だ。そのため、王が踊り、徐々に高位貴族が参加していくペアダンスの形をとっていた。ちなみに、ペアがいない人は、余った人同士で互いに気が合えば踊る形だ。
「さあ、私たちの出番ですよ」
魔塔主様にそう声をかけられ、私たちはダンスホールへと向かった。
実は魔塔主様と一緒に踊るどころか、魔塔主様が踊っている姿を見ることも初めてだった。そのため、踊り出してから私は驚いた。
「魔塔主様……こんなにお上手だったんですね」
「いえいえ、何年も踊っていなかったので怪しいですよ」
「怪しいだなんて……すごく踊りやすいです!」
「それは良かった。でも、もう年だからそろそろこのレベルをキープすることは難しそうです」
そう言う魔塔主様は、余裕のある笑みで楽しそうに微笑んでいる。
――ずっと見た目が変わらないから分からないけれど、魔塔主様って何歳なのかしら……?
それなりの年齢のはずよね……。
まあ何にしろ、大道芸でもないし足を踏まれることもなくて良かったわ!
それに何と言っても、踊りやすい。やはり、レアードと私の踊りの相性が最悪だっただけで、私のダンスが壊滅的だったわけではなさそうで一安心した。
すると、曲の終わり間際というところで、魔塔主様がこそっと声をかけてきた。
「すみません、この1曲だけで終わっても良いですか?」
「はい、良いですよ。大丈夫ですか?」
「ええ。クリスタのダンスが上手だから助かりましたが……ダメですね。年齢には逆らえません」
私は老体に鞭を打ってしまったのかもしれない。そう思い、ダンス終了時にこっそり回復魔法をかけた。だが、敏感な魔塔主様は私の魔法に気付いたのだろう。嬉しそうに微笑みながら「ありがとう」と言い、私を壁際までエスコートしてくれた。
そして壁際に到着した時だった。突然、付近にいた人物が声をかけてきた。
「クリスタちゃんじゃないか……! 今日はいつにも増してえらくべっぴんさんだな!」
そう声をかけてきた人物は、騎士団員たちだった。
「ありがとうございます。何だか、こんなところで会うだなんて変な気分ですね」
「だよな~。と言うか、クリスタちゃんのペアはエンディミオン団長じゃなかったんだな」
「え? そうなのか?」
「だって、あいつスゲーぞ。見てみろよ!」
1人の騎士団員の言葉に従い、みんなで言われた方を見た。すると、そこには多くの女性に囲まれるエンディミオン様がいた。
――遠征から……間に合ったのね。
何だか、遠い世界の人みたい……。
そう思いながら彼を見ていると、騎士団員たちは口々に言いたいことを言い出した。
「御令嬢には悪いけどよ……何だか蟻地獄みたいで気持ち悪いな……」
「なーに言ってるんだよ! 俺はあんな蟻地獄なら嵌まって見たいぜ!」
彼らは本当に好き勝手なことを言ってばかりだ。そう呆れていると、「よし、俺相手見てけてくる」「俺も俺も!」と言って、彼らは去っていた。
嵐が去った……そんな気分で、ふとエンディミオン様を見た。知り合って始めてこういう場で彼を見たが、想像以上の人気ぶりだ。さすが色男と言われているだけある。
社交の場だからだろうか? 身分問題が少し緩い剣術大会の時と違い、側近くで彼を取り囲んでいる人は主に高位貴族の令嬢だ。ただでさえ少ない公爵令嬢も数人見える。
剣術大会のこともあって、私の名前を知っている令嬢に何かされるかもと覚悟はしていた。しかし、そんな心配はしなくても良さそうだ。どうやら、エンディミオン様を囲むことや見ることの方が彼女らにとっては大事らしい。
――エンディミオン様って、本当に別世界の人だったのね……。
そう思っていると、新たに私を呼ぶ声が聞こえた。
「あっ、いたいた! 姉さん!」
「ドレス素敵ですよ!」
「姉さんも来てたんですね。ちょっと団長たち呼んできます!」
突然、第5騎士団の団員たちが話しかけてきたのだ。そして、そんな彼らに魔塔主様は怪訝な視線を送った。
「あの方、あなたより年上では……? 姉さん?」
「ははっ……色々ありまして……」
そう言いながら魔塔主様の顔を見上げると、怪訝そうな顔はやめ、フッと笑って口を開いた。
「意味は分かりませんが、クリスタが本当に楽しそうで安心しましたよ」
「ふふっ、そうでしょう?」
「ええ、良かったです」
そんな話をしているうちに、ライオネル団長と見知らぬ男女がやって来た。そして、来るなり口々に話しかけてきた。
「この度は弟がお世話になりました。騎士を辞めずに済んで良かった! あなたのおかげだ……」
「兄を助けて下さりありがとうございます。是非、直接お礼が言いたかったので、参加されていて良かったです」
「兄を治療してくださったこと、心より感謝申し上げます」
皆がいっせいに喋り、何を言っているか所々しか聞こえなかった。だが、ライオネル団長の兄妹と名乗る5人は全力で感謝を伝えてくれた。そして一通り話を終えると、彼らは嵐のように去って行った。
――嬉しいけれど、ちょっと……いや、かなり疲れたわ。
人のいないところで休憩したい……。
「魔塔主様」
「どうしました?」
「ちょっとバルコニーに休憩しに行っていいですか?」
そう尋ねると、魔塔主様は快く了承してくれた。
「どうぞ休んでいてください。では、私は人と会う用事があるので、会ってきます。もし見当たらなければ勝手に帰って下さいね」
――勝手に帰って良いだなんて、エスコートの意味……!
そう思ったが、正直魔塔主様の提案の方が気楽でいられる。そのため、不満無くその案を受け入れ、私たちは別れた。
バルコニーに移動してみると、皆ダンスに夢中なのか人っ子一人居なかった。そしてそのまま、少し隙間の空いたカーテンから見える煌びやかな世界に背を向けた。
――今日は星がよく見えるわね……。
ふと空を見上げ、輝く星たちに目をやる。もちろん有名な星座は分かる。だが、ここまで星がたくさん見えると、どの星がどの星座の星かさえ怪しい。そのため、私は心の中で勝手に星座を作っては名前をつけ、時間を潰していた。
辺りには、少しひんやりとした澄んだ空気が漂っている。そのお陰で、綺麗な夜空と相まり気分がだいぶ落ち着いた。だが静穏を手に入れるまでに、意外と時間が経っていたようだ。気付けば、室内からはラストダンスの合図が流れ始めていた。
――ラストダンス後は出口が込み合うでしょうし、そろそろ帰りましょうか。
そう思いながら、腕を置いていた手すりから手を下ろし、見上げていた頭を下げ、そっと目を伏せた。すると突然、背後から声が聞こえた。
「間に合ったっ……」
その声と同時に、ふわっと風が吹き近くの梢がさざめいた。
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