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41話 懐かしいあなたを感じて

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 今、私は近年まれにみるレベルの満腹状態になっていた。

「クリスタちゃん美味しそうに食べるね! ほら、これも食べていいからな!」
「遠慮せずもっと食うんだぞ~!」
「これ美味しいんです。是非食べてみてください!」

 そんな声を掛けられ続け、気付けば普段の倍は食べてしまっていた。美味しくてついつい食べ過ぎてしまったが、私のお腹はもう限界だ。

 だが、私が食べた量は騎士団員の彼らの半分ほどしかない。そのためか、私がまだまだ食べると思い、団員たちは次々と料理を勧めてきた。

 ――む、無理っ……!
 これ以上食べたら、死んじゃう……。

「もうお腹いっぱいです! ありがとうございました!」

 心の叫びが現実の叫びになった。すると、彼らは驚いた顔をしてシーンとしたが、途端にみんな笑い出した。

「ははっ、そうか! お腹いっぱいになったなら良かった!」
「んじゃ、食べ終わったら解散だな」

 その一声により、彼らは信じられない速さで残りの食事を平らげた。そして、第5騎士団の訓練所と医務室までの道が一緒のため、私は彼らと共に食堂を出て歩いていた。

「今日はありがとうございました!」
「お礼を言いたいのはこっちだよ。こうして俺が今日ここに居られるのもクリスタちゃんのおかげ。また機会があったら一緒に食おうな!」

 団長のこの返しに「はい!」と答えようとした。だが、私はその言葉を発することが出来なかった。

「うっ……!」

 突然心臓がドクンとなり、急に息が詰まり苦しくなった。その衝撃により、私は心臓あたりを抑え、床にしゃがみ込んでしまった。

「大丈夫かっ!? 食べさせ過ぎたか……!?」

 そう言いながら、ライオネル団長が片膝を床に付けて私の両肩に手を添え、覗き込むような姿勢で心配している。他の団員たちも口々に心配の声をかけてくるのが聞こえる。

 ――心配をかけるわけにはいかないわ。

「だいじょうぶで――」

 何とか声を絞り出し大丈夫と言いかけたそのとき、急に身体が楽になり懐かしい感覚がした。その瞬間、私の身体は勝手にスクっと立ち上がった。

「クリスタちゃん、大丈夫か? 先生呼ぼうか?」

 そう声を掛けられるが、ある感覚に襲われた私の足は、答えるよりも先に勝手に前へと進みだした。一歩踏み出すたびに、その感覚は強くなる。

 それと同時に、彼らが私を心配する声が強くなるのが分かった。そのため、どんどん歩くスピードを上げながらも、私は彼らに返事をするように叫んだ。

「大丈夫です! 私、ちょっと行かなきゃ……!」

 そう言い放ち、私はとにかくある一点を目掛けて駆け出した。何人かの騎士団員たちは私を不審がり着いてきたが、私は気にすることなく走った。食べたばかりかなんてことも、気にしていられなかった。

 感覚に従い駆け出し始めたところ、騎士団の受付のある広間に辿り着いた。ここに来ると、私を引き寄せるその感覚はより強いものになった。

 一度足を止め辺りを見回し、感覚に導かれるまま歩みを進める。すると、カイルに話しかけている背の高い人影に妙に惹き付けられた。その男性からはとても懐かしい感覚がする。

 急速に鼓動が高鳴り出し、もうこの人だと直感が、本能が、私に全力で訴えかけてくる。

「ギル様……ですか?」

 そう声を零し、私はその男性の方へと歩みを進めた。すると、ある程度距離があったが、その男性には聞こえたのだろう。私の呟きに反応するようにこちらに目を向けた。

 その瞬間、私と男性の視線がかち合った。そして私に気付いたその男性は、途端に笑顔になって口を開いた。

「クリスタ!」

 子どもの姿ではないけれど、分かる。この男性は紛れもなくギル様だ。そう気付いた瞬間、喜びと嬉しさの感情がブワっと込み上げてきた。

「ギル様……!」

 私は一直線に駆け寄り、飛び付くようにして思い切り彼に抱き着いた。かなりの衝撃だっただろうが、ギル様はそんな私をいともたやすく受け止めてくれた。

「クリスタ会いたかったぞ。元気であったか?」

 私はその声に呼応するように、ギル様に抱き着いたまま彼の顔を見上げて答えた。

「元気です……。私もっ……ギル様に会いたかったっ。グスッ……」

 子どもの時とは違う姿と声なのに、彼は確かにギル様だった。再会できたことが嬉しすぎて、思わず涙が溢れてくる。

 するとそんな私を見て、ギル様は優しく声をかけてきた。

「クリスタはこんなに泣き虫だったか? ほら、涙を拭うといい」

 そう言いながら、ギル様は私にハンカチを差し出した。私がギル様にあげたハンカチだった。

 それにより、懐かしい思い出が一気に蘇り、ハンカチを受け取ったにもかかわらず、嬉しさのあまり私はギル様の胸に顔を埋めた。

「ギル様……ううっ……会いたかったですぅ……グスっ……」
「今度はクリスタの方が幼子のようだな。ははっ、愛らしいものだ。好きなだけ泣くと良い」

 そう言うと、ギル様は私を包み込むように抱き締め返してくれた。そして、私の耳元で周囲に聞こえないように囁いた。

「クリスタのことは、我がすべて受け止めてやろうな」

 ギル様は、私のことをもっと涙腺崩壊させたいのだろうか。

 試練を受けた時の私は、試練を乗り越えたら認めてもらえるからと、隙を見せて反対されないように皆の前では大丈夫なふりをしていた。意地みたいなものもあった。それに、私は絶対に大丈夫だと自分自身を洗脳するレベルで言い聞かせていた。

 しかし、心の奥底で本当は恐怖心を抱いていた。生きて帰れないと言われている未知の世界に1人で飛び込む。このことは、私の不安と恐怖心を一層掻き立てた。

 だが、私はそんな世界でギル様と出会った。出会いこそ良いと言えたものではなかった。しかし、ハンカチをきっかけにグッと互いの距離が縮まった。

 一緒にいた期間こそ短いが、心細く不安なときいつもそばにいてくれたのはギル様だった。彼と密度の濃いあの時間を過ごしたからこそ、私は試練を乗り切れたと言っても過言ではない。

 そして、帰って来てから最愛の人たちに裏切られていたと知り、底知れぬ怒りと絶望を感じた。だが、そんな人たちのせいで私が堕落するわけにはいかない、そう思えたのはギル様が会いに来てくれると信じていたことが大きい。

 だからこそ、私はあんな出来事があっても悲しみ分はギル様への気持ちで補填し、怒りの感情に全振りすることが出来た。

 もちろん、時間薬の影響もあるだろう……。しかし、そのお陰で、何もできないくらい心を病む、ということにはならず、楽しいときにちゃんと楽しめる程度までに心の傷は癒えた。

 だが、どうやら私の心には本当は治しきれていない傷があったみたいだ。そして、今のギル様の受け止めるという発言により、私はやっと誰かに心を預けられたような気がして、人目も憚らずギル様の胸の中で涙を流した。

 私はこのとき、ギル様に会えた喜びや安心感で、ギル様以外のことは何も考えていなかった。だから、私を追いかけてきた第5騎士団の団員や、彼らが今の私を見て何を言っているのかなんて、まったく気にしていなかった。


 ◇ ◇ ◇

「ありゃあ、やばいんじゃねえか?」
「姉さんかわいいから狙ってるのはエンディミオン団長だけじゃなかったか。しかもあんな美形……」
「あの男、エンディミオン団長と同格レベル……いや、下手したらそれ以上か?」
「これをエンディミオンが知ったら……いや、考えない方がいいな」
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