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32話 オフィーリアの花の行方
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分からないことを分かったふりして良かったことなんて1度も無い。よし、ここは素直に教えを乞おう。
「どんなイベントがあるのか、本当に知らないんです。教えてくれませんか……?」
これからじゃないですか、と最初に言ってきた彼に素直に訊ねた。すると、先程の怪訝そうな顔とは違い、本当に驚いた様子「本当に知らないんですか……」と彼は声を漏らした。
そして、そんな彼を見ていた1人の団員が、彼にコソッと耳打ちをした。しかし、私の耳にも内容が聞こえてしまった。
「姉さんはずっと魔導士の彼氏がいたから、騎士になんて全く興味が無くて何も知らないんだよ」
――それは絶対に私の前で言ってはいけないことよ……。
それに、あんなやつと関係があったなんてもう忘れたいのよっ……。
そう思い、私は耳打ちした人に近付き、そっと声をかけた。
「おにーさん、私の前でその話をしたらダメって知らなかったんですか?」
まったく笑える気持ちでは無い。しかし、怒った顔をするのもおかしな話だ。だから、私は何とか気持ちを押し殺し、アルカイックスマイルを彼に向けた。
すると、そんな完全体では無い笑みが怖さを引き立てる要因になったのだろう。私に声をかけられた団員は、マズいという顔を見せた。
「すっ、すまん! 姉さん!」
「もうしないでくださいね」
「あ、ああ、もちろんだ。……姉さんは今後怒らせない方がいいな」
「分かって下さったなら、何よりです。それで、結局何があるんですか?」
そう尋ねたところ、ようやく質問に対する返事が返ってきた。
「さっき上位の3人がオフィーリアの花束をもらってただろう?」
「はい……そうですね」
「それで今から、あの3人が渡したいって思う相手がいるなら、この場でそれぞれ贈りたい人にあのオフィーリアを贈るんだ。それが、この試合の上位3名だけが許されてる特権なんだよ」
そこでふと疑問が湧いた。正直、贈られる心当たりがある人は分かるが、なんであなたが? というような人まで残っている。
この疑問を払拭すべく、私は再度質問をした。
「3人にそれぞれ1つの花束なのに、どうしてこんなにも人が残っているんですか?」
そう言うと、彼は丁寧に説明をしてくれた。
「1本ずつ気になる人や感謝したい人に贈ってもいいし、花束ごと1人に渡しても良い。まあ、大抵の場合、感謝したい人に1本ずつ花を贈るんだよ」
――なるほど……。
あの花束はパッと見ただけでも30輪以上はあるわね……。
となると、単純計算で90人以上が貰える可能性があるということか。
ようやく理解した。そんな私に目の前の彼は情報を付け足した。
「たまに配りたい人に1輪ずつ配ったら、花の方が余ることがあるんだよ。それで、その余った花を自分が貰えると思って令嬢達はここに来てるんだよ。試合の後が本当の試合ってわけだ」
なんと……。試合を見るのではなく、試合後のこの時間が目的で来ていたとは思わなかった。それに、私の無知加減にも驚きだ。
「すごいですね……。そんなイベントがあるだなんて、知りませんでした。教えて下さりありがとうございます」
そう言うと、説明をしてくれた彼は「おうよ!」といってカラカラと笑った。すると、その彼の隣にいた団員が声をかけてきた。
「しかもしかも、とんでもない令嬢なんかは勝手にグラウンドに降りてくるんだよっ! ほら、ああやってって、ええーーー!!」
突然大きな声で叫んだ彼に驚き、反射的に彼の見ている方へ視線を向けると、大勢の女性に取り囲まれたエンディミオン卿がいた。
そして、先程叫んだ彼とその周りの団員たちは、口々に口を開いた。
「エンディミオン団長、やっぱすげーな」
「何人も降りてきて取り囲んでるじゃねえか。無理やり花取ろうとしてる令嬢もいるしよ」
「俺、貴族の出じゃねーから分かんねーけど、ありゃ夫人も混ざってるんじゃねえか? まあ何にしろ、男みたいに振り払えねーし可哀想になあ」
エンディミオン卿を取り囲む女性を見ると、公爵令嬢から男爵令嬢まで全ての階級の令嬢が揃っていた。
そのうえ、令嬢だけでなく御夫人まで混ざっている。元々グラウンドに降りてはいけないというルールもあるのに、こんな有様じゃあ世も末だ。
――この調子じゃ、すぐにエンディミオン卿の花は無くなるわね。
そう思っていると、私たちのいる第5騎士団の観戦席にワイアット団長が歩いてきた。
「クリスタちゃん! エンディミオンには負けたが、ここに来るのは俺が早かったな! まだ居てくれて良かった!」
そう言うと、花束から1輪のオフィーリアを抜き取り、それを私に向けて差し出してきた。
「いつも、怪我治してくれるだろ? ありがとな」
この言葉に、私の普段の仕事の取り組みが報われたような気がした。そして、私は込み上げてくる嬉しさの感情を隠すことなく、笑顔でその花を受け取った。
「ありがとうございます!」
そう返すと、ワイアット団長は溌剌とした笑顔で笑った。
すると、私の周りにいた第5騎士団の団員たちが、「姉さん俺らもいつも感謝してるぜ!」と口々に発し始めた。
そんな光景を見て不思議に思ったのだろう。ワイアット団長は不思議そうな顔をしながら声を漏らした。
「ん……? 姉さん? 何でクリスタちゃんが姉さんなんだ? それにクリスタちゃんが座ってるのライオネルの席だろ? あいつはどうしたんだ?」
突然そんな呼び方に変わってたら、そりゃあ驚くし疑問にも思うだろう。
――というか、ここって団長席だったの……!?
あまりにも恐れ多い席に座ってたと知り、とても気まずい思いになるが周囲の人間はまったくに気にしていない様子だ。
こんな感じで私が周囲の目を気にしていると、第5騎士団の団員が頭に?が飛んでいる団長に、先程のアクシデントの説明を始めていた。
説明を受けている間、ワイアット団長は戸惑いや困惑の表情を見せた。しかし、助かったと知るとホッと安心したような顔付きになった。そして話しが終わると、団長は説明をしていた団員から再び私へと向き直った。
「クリスタちゃんありがとな、あいつ俺の同期なんだ。俺からも礼を言うよ」
そう言うと、ワイアット団長は再び1輪のオフィーリアを花束から抜き取った。
「じゃあ、あいつのお礼分もっ!」
そう言ってもう1輪渡してくれたが、うーんといいながらワイアット団長は首を捻ると、閃きの表情を見せた。
「2輪じゃ寂しいからもう1輪追加で! これはほかの団員が世話になってる分な!」
こうして、結局ワイアット団長は3輪のオフィーリアを私に送ってくれた。
3輪目に関しては、第5騎士団から「ワイアット団長最高っ!」という声がかかっていた。
――こういう場面を見たら、こんな大会がたまにあるのは良い事なのかもって思うわね……。
真剣の是非は別として、だけど。
「さてと、そろそろ別の人にも渡しに行くとするか。そんじゃ、またな。クリスタちゃん」
明るい笑顔でそう声をかけると、ワイアット団長は自身の所属する第1騎士団の方へ颯爽と歩みを進めた。そこでふと時計を見ると、思っていたよりも時間が経っていることに気付いた。
先生には直ぐに戻ると言ったし、だいぶ時間が押したからそろそろ戻らないといけない。そのため、私は第5騎士団の団員たちに声をかけた。
「先生も大変ですから、私はそろそろ仕事に戻りますね! 皆さん今日はありがとうございました」
そう言って医務室へと足を進めようとした。しかし、慌てた様子の団員たちが私の行く手に立ち塞がった。
「どんなイベントがあるのか、本当に知らないんです。教えてくれませんか……?」
これからじゃないですか、と最初に言ってきた彼に素直に訊ねた。すると、先程の怪訝そうな顔とは違い、本当に驚いた様子「本当に知らないんですか……」と彼は声を漏らした。
そして、そんな彼を見ていた1人の団員が、彼にコソッと耳打ちをした。しかし、私の耳にも内容が聞こえてしまった。
「姉さんはずっと魔導士の彼氏がいたから、騎士になんて全く興味が無くて何も知らないんだよ」
――それは絶対に私の前で言ってはいけないことよ……。
それに、あんなやつと関係があったなんてもう忘れたいのよっ……。
そう思い、私は耳打ちした人に近付き、そっと声をかけた。
「おにーさん、私の前でその話をしたらダメって知らなかったんですか?」
まったく笑える気持ちでは無い。しかし、怒った顔をするのもおかしな話だ。だから、私は何とか気持ちを押し殺し、アルカイックスマイルを彼に向けた。
すると、そんな完全体では無い笑みが怖さを引き立てる要因になったのだろう。私に声をかけられた団員は、マズいという顔を見せた。
「すっ、すまん! 姉さん!」
「もうしないでくださいね」
「あ、ああ、もちろんだ。……姉さんは今後怒らせない方がいいな」
「分かって下さったなら、何よりです。それで、結局何があるんですか?」
そう尋ねたところ、ようやく質問に対する返事が返ってきた。
「さっき上位の3人がオフィーリアの花束をもらってただろう?」
「はい……そうですね」
「それで今から、あの3人が渡したいって思う相手がいるなら、この場でそれぞれ贈りたい人にあのオフィーリアを贈るんだ。それが、この試合の上位3名だけが許されてる特権なんだよ」
そこでふと疑問が湧いた。正直、贈られる心当たりがある人は分かるが、なんであなたが? というような人まで残っている。
この疑問を払拭すべく、私は再度質問をした。
「3人にそれぞれ1つの花束なのに、どうしてこんなにも人が残っているんですか?」
そう言うと、彼は丁寧に説明をしてくれた。
「1本ずつ気になる人や感謝したい人に贈ってもいいし、花束ごと1人に渡しても良い。まあ、大抵の場合、感謝したい人に1本ずつ花を贈るんだよ」
――なるほど……。
あの花束はパッと見ただけでも30輪以上はあるわね……。
となると、単純計算で90人以上が貰える可能性があるということか。
ようやく理解した。そんな私に目の前の彼は情報を付け足した。
「たまに配りたい人に1輪ずつ配ったら、花の方が余ることがあるんだよ。それで、その余った花を自分が貰えると思って令嬢達はここに来てるんだよ。試合の後が本当の試合ってわけだ」
なんと……。試合を見るのではなく、試合後のこの時間が目的で来ていたとは思わなかった。それに、私の無知加減にも驚きだ。
「すごいですね……。そんなイベントがあるだなんて、知りませんでした。教えて下さりありがとうございます」
そう言うと、説明をしてくれた彼は「おうよ!」といってカラカラと笑った。すると、その彼の隣にいた団員が声をかけてきた。
「しかもしかも、とんでもない令嬢なんかは勝手にグラウンドに降りてくるんだよっ! ほら、ああやってって、ええーーー!!」
突然大きな声で叫んだ彼に驚き、反射的に彼の見ている方へ視線を向けると、大勢の女性に取り囲まれたエンディミオン卿がいた。
そして、先程叫んだ彼とその周りの団員たちは、口々に口を開いた。
「エンディミオン団長、やっぱすげーな」
「何人も降りてきて取り囲んでるじゃねえか。無理やり花取ろうとしてる令嬢もいるしよ」
「俺、貴族の出じゃねーから分かんねーけど、ありゃ夫人も混ざってるんじゃねえか? まあ何にしろ、男みたいに振り払えねーし可哀想になあ」
エンディミオン卿を取り囲む女性を見ると、公爵令嬢から男爵令嬢まで全ての階級の令嬢が揃っていた。
そのうえ、令嬢だけでなく御夫人まで混ざっている。元々グラウンドに降りてはいけないというルールもあるのに、こんな有様じゃあ世も末だ。
――この調子じゃ、すぐにエンディミオン卿の花は無くなるわね。
そう思っていると、私たちのいる第5騎士団の観戦席にワイアット団長が歩いてきた。
「クリスタちゃん! エンディミオンには負けたが、ここに来るのは俺が早かったな! まだ居てくれて良かった!」
そう言うと、花束から1輪のオフィーリアを抜き取り、それを私に向けて差し出してきた。
「いつも、怪我治してくれるだろ? ありがとな」
この言葉に、私の普段の仕事の取り組みが報われたような気がした。そして、私は込み上げてくる嬉しさの感情を隠すことなく、笑顔でその花を受け取った。
「ありがとうございます!」
そう返すと、ワイアット団長は溌剌とした笑顔で笑った。
すると、私の周りにいた第5騎士団の団員たちが、「姉さん俺らもいつも感謝してるぜ!」と口々に発し始めた。
そんな光景を見て不思議に思ったのだろう。ワイアット団長は不思議そうな顔をしながら声を漏らした。
「ん……? 姉さん? 何でクリスタちゃんが姉さんなんだ? それにクリスタちゃんが座ってるのライオネルの席だろ? あいつはどうしたんだ?」
突然そんな呼び方に変わってたら、そりゃあ驚くし疑問にも思うだろう。
――というか、ここって団長席だったの……!?
あまりにも恐れ多い席に座ってたと知り、とても気まずい思いになるが周囲の人間はまったくに気にしていない様子だ。
こんな感じで私が周囲の目を気にしていると、第5騎士団の団員が頭に?が飛んでいる団長に、先程のアクシデントの説明を始めていた。
説明を受けている間、ワイアット団長は戸惑いや困惑の表情を見せた。しかし、助かったと知るとホッと安心したような顔付きになった。そして話しが終わると、団長は説明をしていた団員から再び私へと向き直った。
「クリスタちゃんありがとな、あいつ俺の同期なんだ。俺からも礼を言うよ」
そう言うと、ワイアット団長は再び1輪のオフィーリアを花束から抜き取った。
「じゃあ、あいつのお礼分もっ!」
そう言ってもう1輪渡してくれたが、うーんといいながらワイアット団長は首を捻ると、閃きの表情を見せた。
「2輪じゃ寂しいからもう1輪追加で! これはほかの団員が世話になってる分な!」
こうして、結局ワイアット団長は3輪のオフィーリアを私に送ってくれた。
3輪目に関しては、第5騎士団から「ワイアット団長最高っ!」という声がかかっていた。
――こういう場面を見たら、こんな大会がたまにあるのは良い事なのかもって思うわね……。
真剣の是非は別として、だけど。
「さてと、そろそろ別の人にも渡しに行くとするか。そんじゃ、またな。クリスタちゃん」
明るい笑顔でそう声をかけると、ワイアット団長は自身の所属する第1騎士団の方へ颯爽と歩みを進めた。そこでふと時計を見ると、思っていたよりも時間が経っていることに気付いた。
先生には直ぐに戻ると言ったし、だいぶ時間が押したからそろそろ戻らないといけない。そのため、私は第5騎士団の団員たちに声をかけた。
「先生も大変ですから、私はそろそろ仕事に戻りますね! 皆さん今日はありがとうございました」
そう言って医務室へと足を進めようとした。しかし、慌てた様子の団員たちが私の行く手に立ち塞がった。
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