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30話 アクシデント

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 大会のはじまりと同時に、医務室にも観戦客たちの声援が聞こえてきた。

 いつもは騎士団関係者の人しか入ってくることが出来ないが、今日は公開試合という形で大会を行う。そのため、貴族令嬢や御夫人たちも大勢集まっている。

 そんな中、医務室には女性しかいないのでは? と錯覚するほどに女性の声ばかりが届いていた。

「大勢の女性の声援が聞こえてきますね。騎士団の剣術大会ってもっと血気盛んな男たちの勝負って思ってたんですけど、観客の方はこんな感じなんですね」

 そう先生に話しかけた。すると、先生は私のこの発言を聞いて、ふふっと笑いを零した。

「こうなったのは、エンディミオン卿が来てからだよ。今までは騎士たちのパートナーの方以外はほとんど来て無かったんだ。だから、今日来ているほとんどの女性は、エンディミオン卿目当てだよ」

 知らなかったの? という声が聞こえてきそうな表情で言われ、頭を殴られたような感覚になった。

 ――騎士団はほとんど女性がいないし、エンディミオン卿自身がかなりの変人だからうっかりしてたわ……。
 そうよ、彼はモテるんだったわ。

 こうして、すっかり忘れていたエンディミオン卿の女性人気を思い出していると、そんな私に先生が質問してきた。

「クリスタさんは、エンディミオン卿を見に行かないの?」
「何言ってるんですか、先生。私はここに仕事をしに来ているんです。絶対に怪我人が出るんですよね? 患者さんがいる限り患者さん最優先ですよ」

 そこまで言ったが、私は一応もしもがあると思って先生に言葉を続けた。

「でも……決勝は見に来てと言われましたし、私ももし行ける状況なら見てみたいとは思っています」

 そう言うと、先生は優しい笑顔で俯き、「そっか……」と呟いた。

 すると、そうこうしているうちに早速1人目の怪我人が来た。そしてその人物を皮切りに、怪我人が医務室に何人も入ってき始めた。

 大抵の場合、剣が掠って腕が切れて血が出たとか、顔が切れたとかそんなレベルの怪我だった。

 ――何で木剣で良いのに、真剣で勝負するのよ。
 そりゃあ、怪我人も出るはずだわ。
 真剣で試合なんて決めた人に、ちょっと文句言ってやろうかしら……。


 私は大会当日になって、真剣で勝負すると知った。てっきり木剣で勝負をして、打撲と脳震盪になる人が来るものかと思っていた。だけど、皆切り傷ばかりで出血している。

 基本的にはガーゼを当てていれば治る程度がほとんどで、たまに縫うか縫わないかの境目の怪我の人が来ていた。正直、来なくても治ると思うレベルの傷の人も来ていた。

 でもこの程度のキズであれば、私の治癒魔法によって一瞬で治る。だから、私は次々とやって来る騎士たちに、どんどん治癒魔法をかけて回った。

 そして、素早く効率的に処置する方法を追求した結果、慣れた頃には医務室の一角に怪我人を集め、複数人を一気に治療するという方法を見つけていた。

 だが、こうして治療をする中で気付き始めたことがあった。最初はちょっとの怪我だったはずが、大会が進むにつれ、怪我の傷が徐々に酷くなっている気がするのだ。

 しかも、それに呼応するように、怪我人が出た時の観客の悲鳴も大きなものへと変わっている気がする。

 ――これ以上みんな怪我しないと良いんだけれど……。

 そう思いながら治療をしている内に、試合はいつの間にか準決勝になっていた。

 すると突然、驚いてついビクッとなるほど大きな観客の声が聞こえてきた。今までの中でダントツで大きい悲鳴だ。

 ――あぁ、また誰か怪我したわ。
 一体どんな怪我をしたの……?

 誰が怪我をしたのかが医務室に来るまで分からない。そのため、誰が怪我をしたのだろうと心配になってくる。

 しかし、こんな状況で唯一その心配をしなくても良い人物がエンディミオン卿だった。なぜなら、エンディミオン卿だけは観覧席の女性の声で怪我しているかしていないかを判断できるからだ。

 それに、彼だけは今戦っているということも、女性たちの声援で分かる。正直こんなに差があったら、他の騎士たちが可哀想だ。

 そんなことを考えていると、先ほどの観客が一際大きな悲鳴を上げた対象であろう怪我人が来た。騎士に支えてもらいながら入ってきたその人物を見て、私は思わず声を上げてしまった。

「ラ、ライオネル団長……!」

 まったく怪我の心配をしていなかった彼の利き腕である右腕からは、大量に血が流れている。

 話しを聞くと、ライオネル団長に負けたことが悔しすぎて、判定が出た直後に対戦相手が剣を投げたという。

 もちろん相手もライオネル団長に向かって投げたわけではない。しかし、思いのほかその剣がよく飛んで大会運営をしている職員に刺さりそうになったそうだ。

 そして、それに気付いたライオネル団長が咄嗟に庇おうとして、腕に剣が刺さってしまったということだった。

 急いでアルバート先生と駆け寄りライオネル団長を見ると、刺さり方が悪すぎたせいか大量に失血している。

 そのうえ、本人は右腕の感覚が無くて動かせないと言っている。

 ――これはかなり治療に時間がかかりそうね……。

 先生はバタバタと輸血の準備を始めている。そのため、私は浮遊魔法でライオネル団長をベッドに移動させ、治療の準備を始めた。

 すると、いつも溌溂とした彼が、悔しそうに力ない声で話しかけてきた。

「っごめんね……クリスタちゃん」
「謝らないでください。治療に専念しましょう。大丈夫、右手も動かせられるようにしますからね」

 弱り切った彼を元気づけようと声をかけたつもりだったが、彼は今にも泣きだしそうな震える声を絞り出した。

「無理だよ……だって治癒魔法は傷は直せるけど、動かなくなったところは、っ治せないよ……」

 そう言うと、彼は口を歪め左前腕で自身の目を覆った。そんな彼を見て、私は彼の左腕を掴み、そっと顔を覆ったその腕のけて語りかけた。

「忘れましたか? わたし、一応これでも生贄の試練から帰ってきたんですよ?」

 この私の言葉を聞き、ライオネル団長がハッと目を見開いた。そして、私はその彼の瞳に応えるように頷きを返し、大量の神聖力を右腕に注ぎ込んだ。

 ――これで助けられなくて何が聖女よ!?
 絶対に治して見せるっ……。
 絶対に騎士としての彼を死なせたりしないわ……!

 集中していて、どれほどの時間が経ったかは分からない。だが、神聖力を注ぎ続けると。ライオネル団長の傷口は完全に塞がった。

 問題はここからだ。腕の感覚が戻っていて、ちゃんと今までのように動くかどうか……。

「ライオネル団長、傷口は完全に治りました。……腕を動かしてみてください」

 どうか完全に治っていますように、そう願いながら声をかけた。すると、ライオネル団長は私のこの声掛けにとても怯えた表情を見せた。

 だが、そんな彼の奮い立たせた人たちがいた。私は治療に集中しすぎて気付かなかったが、いつの間にか第5騎士団の団員たちが勢揃いしていたのだ。

 彼らは、ライオネル団長のベッドを取り囲んでいた。しかし、声を発する様子は無かった。

 その代わり、彼らはただひたすらライオネル団長を勇気づけるように、想いの籠った真っ直ぐな視線を向けていた。

 そして、そんな彼らの想いが伝わったのだろう。ライオネル団長を意を決したように唇を噛むと、右腕を動かした。

「う、動いた……」

 ライオネル団長はそう呟き、感触を確かめるように右手を握ったり開いたりした。

「ちゃんと分かる。感覚が、戻ってるっ……」

 そう言うと、ライオネル団長は泣き崩れるように号泣しだした。つられて、第5騎士団の団員たちも喜びの声を上げながら大号泣し始めた。

 男たちの雄たけびのような泣き声が聞こえる中、ライオネル団長は私に向かって声をかけてきた。

「う、動かなかったら……グスッ……どうしようかと思った。うぅ……ありがとうクリスタちゃんっ……! ……っおれ、騎士を辞めないといけないかと……くっ……」

 泣いて言葉を詰まらせながら感謝を告げてくれる彼を見て、私はとてつもない安心感と達成感に包まれた。
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