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27話 刺繍の謎が解けるとき
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エンディミオン卿と初めて昼食を食べて以来、彼はお昼休みになると来られる時は必ず医務室に来るようになった。
そのため、1人で食べるか先生やカイルと一緒に食べるというレパートリーに、新たにエンディミオン卿が加わった。もうほとんど惰性だ。
ちなみに、エンディミオン卿のお昼休憩が短いときは、彼が勝手に医務室で食べるという感じの過ごし方になっている。
そうして過ごしているうちに、私が騎士団で働き始めてからいつの間にか2ヶ月ほどが経っていた。
そんなある日のお昼休み、忙しいエンディミオン卿が久しぶりに長い昼休みを取ることが出来た。そのため、アルバート先生の勧めにより、2人で食事をすることになった。
――何でアルバート先生は、滅多に無いし2人で食べておいでって言うのかしら?
仮に嫌だとしても、何だか嫌だって言いづらいじゃない……。
そうは思うが、私はずっとエンディミオン卿に確認したかったことがあった。だから、今回ばかりは良い機会だと思うことにした。
そして早速、私は彼に聞きたかったことについて訊ねてみた。
「エンディミオン卿、ずっと聞きたかったことがあるんです」
「えっ……クリスタ様が私にですか……!? どうぞ、何でもお聞きください!」
私から質問することが珍しいからだろう。彼はキラキラと輝く、期待感たっぷりの目を瞬かせた。
「私が試練に行くとき、ハンカチをくださいましたよね?」
「はい」
「そのハンカチですが、あれは何の刺繍をしているのでしょうか?」
私は試練から帰った後、実はそのハンカチを毎晩広げて眺めている。
いつになるかは分からないが、ギル様は絶対私に会いに来てくれるはず……。そのとき、私は彼にこのハンカチは何の刺繍をしているのかを、教えてあげたい。
でも、どれだけ見てもどうしても閃かなかった。そのため、私はエンディミオン卿に訊くことしたのだ。
すると、私の質問を聞いた途端、エンディミオン卿の耳が赤く染まり始めた。そして、右手を軽く握り、その拳を口のあたりに持ってきた。
――ああ、いつもエンディミオン卿が照れるときにする仕草だわ……。
そう思っていると、気まずそうでありながらも、恥じらったような様子で彼は答えを教えてくれた。
「や、やっぱり何の刺繍が分かりませんでしたか。あれは……ドラゴンです」
「え!? ドラゴンですか……?」
あまりにも予想外過ぎる正解に、私はつい天を仰いでしまった。それにしてもなぜドラゴンなのだろうか。
すると、エンディミオン卿は私の疑問を察したかのように、ドラゴンの刺繍にした理由を話し出した。
「ドラゴンの刺繍があったら、強敵が来ても大丈夫といったお守りのような効果があるかなと思いまして……。守護神や景気付けの感覚でドラゴンにしてみたんです」
理由は違っていたけれど、ギル様が最初に言っていたドラゴンが正解だったと分かり、少し嬉しい気持ちになった。ドラゴンだったと教えたら、きっとギル様は喜ぶに違いない。
喜ぶギル様を想像するだけで、ついニヤけてしまいそうになる。しかし、そんな私と反して、エンディミオン卿は少し落ち込んだ様子で言葉を続けた。
「実は……初めての刺繍だったんです。やってみたら想像の何億倍も難しくて、あまりにも不出来で渡すか迷いました。ですが、ここは気持ちだと勝負に出たんです。でも、本当は綺麗な物を渡すべきでした。すみません……」
言い方は悪いが、このクオリティーだったからこそギル様と私は仲良くなれたんだと思う。だから尚更、勝負に出てくれたエンディミオン卿には感謝しかなかった。
「綺麗なものでなくても、気持ちが伝われば十分です。それにしても、ドラゴンだったんですね! 私ドラゴン大好きなんです! まあ、大体の動物は好きなんですが、ドラゴンは思い入れがあるんです」
そう言うと、エンディミオン卿が興奮気味に、なぜドラゴンを好きなのかと聞いてきた。
そのため、エンディミオン卿なら……そう思い、生贄の試練で出会ったギル様の話を教えた。
「――という訳で、私はギル様と出会わせてくれたあのハンカチに、すごく愛情が湧いているんです!」
ギル様のことを誰かに話せて、すごくスッキリとした気持ちでエンディミオン卿を見た。
すると目が合うなり、エンディミオン卿は慈しむような視線を向け、ふふっと微笑みかけてきた。
「ついでに、私にもその愛情を向けてはくれませんか?」
いつもだったらこんな彼の発言で動揺してしまう。しかし、それではまた彼のペースにまんまと嵌められてしまう。そのため、何とかいつもと違う返しをしようと画策を試みた。
「回答を拒否します」
そう告げると、彼は珍しく目をパチクリと開き固まった。
「それはもしかして、期待しても良いということですか……!?」
「な、そういう訳では……!」
そう言いかけたが、エンディミオン卿は勝手に1人で「嬉しいです!」なんてはしゃぐものだから、つい少しだけ笑ってしまった。
「笑った顔もかわいいです……。結婚してください!」
「それはお断りいたします!」
――少し気を許してしまった。
油断も隙も無い人だわ。
何とかここで巻き返しを図らないと!
そう思い、私はエンディミオン卿に話しかけた。
「でも、エンディミオン卿はなんでもできると思ってたから、何だか少し意外でした」
本当に何でもできる人だとつい錯覚してしまうのだ。彼はなんでも要領よくこなしているように見えてしまう。
「最年少で騎士団長になりましたし、キッシュもすごく美味しく作れるし、女性からもモテますよね……。あと、所作も綺麗ですし、馬だって華麗に乗っていて、本当に何でも出来るように見えますよ?」
そう言うと、エンディミオン卿は面食らったような顔をして、目を逸らしながらも耳を染めて口を開いた。
「他はまだしも、馬に乗れるのは騎士として必須ですよ。それはさすがに出来て当たり前です……」
どうやら彼は、当たり前すぎる技能を褒められて、逆に恥ずかしがっているようだ。騎士である彼からすると、上手に息が出来てすごいですねと言われているのと大差ないのかもしれない。
だが、私は馬に乗ることが出来ない。そのため、つい騎士への憧れを彼に語った。
「確かに当たり前かもしれませんが、私は馬に乗れないからすごいなって思うんです。私も出来るものなら、馬に乗って思いっきり草原を走ってみたいです」
馬で駆ける人たちの姿を思い浮かべると、改めてすごいなぁ……という気持ちが高まる。
「あれだけ走れたら気持ちいいでしょう……。それに、無機物ではなく生き物と息を合わせて乗りこなすなんて、本当に尊敬しますよ」
うんうんと頷きながら話していると、エンディミオン卿も「言われてみれば確かにそうですね」と頷いてくれた。しかし、すぐに彼はいつもの彼になってしまった。
「ですが、クリスタ様。そんなふうに私のことを見てくださっていたんですね!? 嬉しいです!」
「いや、私だけじゃなくて、皆も同じことを思っていると思いますよ?」
何なら、私よりも他の人の方がずっとエンディミオン卿のすごいところをたくさん知っていると思う。私はあくまで、ド定番中のド定番を言ったに過ぎない。
だが、エンディミオン卿は私に理解を促すかのように言葉を返してきた。
「皆がどう思おうと、あなたに思われることに意味があるんです! だから本当に嬉しいんですっ……」
そう言うと、昼の太陽の日差しが良く似合う彼は、視線が交わったその瞬間、優しく私にはにかんだ。
そんな彼を見て、私は古傷を思い出したように胸が痛んだ。
そのため、1人で食べるか先生やカイルと一緒に食べるというレパートリーに、新たにエンディミオン卿が加わった。もうほとんど惰性だ。
ちなみに、エンディミオン卿のお昼休憩が短いときは、彼が勝手に医務室で食べるという感じの過ごし方になっている。
そうして過ごしているうちに、私が騎士団で働き始めてからいつの間にか2ヶ月ほどが経っていた。
そんなある日のお昼休み、忙しいエンディミオン卿が久しぶりに長い昼休みを取ることが出来た。そのため、アルバート先生の勧めにより、2人で食事をすることになった。
――何でアルバート先生は、滅多に無いし2人で食べておいでって言うのかしら?
仮に嫌だとしても、何だか嫌だって言いづらいじゃない……。
そうは思うが、私はずっとエンディミオン卿に確認したかったことがあった。だから、今回ばかりは良い機会だと思うことにした。
そして早速、私は彼に聞きたかったことについて訊ねてみた。
「エンディミオン卿、ずっと聞きたかったことがあるんです」
「えっ……クリスタ様が私にですか……!? どうぞ、何でもお聞きください!」
私から質問することが珍しいからだろう。彼はキラキラと輝く、期待感たっぷりの目を瞬かせた。
「私が試練に行くとき、ハンカチをくださいましたよね?」
「はい」
「そのハンカチですが、あれは何の刺繍をしているのでしょうか?」
私は試練から帰った後、実はそのハンカチを毎晩広げて眺めている。
いつになるかは分からないが、ギル様は絶対私に会いに来てくれるはず……。そのとき、私は彼にこのハンカチは何の刺繍をしているのかを、教えてあげたい。
でも、どれだけ見てもどうしても閃かなかった。そのため、私はエンディミオン卿に訊くことしたのだ。
すると、私の質問を聞いた途端、エンディミオン卿の耳が赤く染まり始めた。そして、右手を軽く握り、その拳を口のあたりに持ってきた。
――ああ、いつもエンディミオン卿が照れるときにする仕草だわ……。
そう思っていると、気まずそうでありながらも、恥じらったような様子で彼は答えを教えてくれた。
「や、やっぱり何の刺繍が分かりませんでしたか。あれは……ドラゴンです」
「え!? ドラゴンですか……?」
あまりにも予想外過ぎる正解に、私はつい天を仰いでしまった。それにしてもなぜドラゴンなのだろうか。
すると、エンディミオン卿は私の疑問を察したかのように、ドラゴンの刺繍にした理由を話し出した。
「ドラゴンの刺繍があったら、強敵が来ても大丈夫といったお守りのような効果があるかなと思いまして……。守護神や景気付けの感覚でドラゴンにしてみたんです」
理由は違っていたけれど、ギル様が最初に言っていたドラゴンが正解だったと分かり、少し嬉しい気持ちになった。ドラゴンだったと教えたら、きっとギル様は喜ぶに違いない。
喜ぶギル様を想像するだけで、ついニヤけてしまいそうになる。しかし、そんな私と反して、エンディミオン卿は少し落ち込んだ様子で言葉を続けた。
「実は……初めての刺繍だったんです。やってみたら想像の何億倍も難しくて、あまりにも不出来で渡すか迷いました。ですが、ここは気持ちだと勝負に出たんです。でも、本当は綺麗な物を渡すべきでした。すみません……」
言い方は悪いが、このクオリティーだったからこそギル様と私は仲良くなれたんだと思う。だから尚更、勝負に出てくれたエンディミオン卿には感謝しかなかった。
「綺麗なものでなくても、気持ちが伝われば十分です。それにしても、ドラゴンだったんですね! 私ドラゴン大好きなんです! まあ、大体の動物は好きなんですが、ドラゴンは思い入れがあるんです」
そう言うと、エンディミオン卿が興奮気味に、なぜドラゴンを好きなのかと聞いてきた。
そのため、エンディミオン卿なら……そう思い、生贄の試練で出会ったギル様の話を教えた。
「――という訳で、私はギル様と出会わせてくれたあのハンカチに、すごく愛情が湧いているんです!」
ギル様のことを誰かに話せて、すごくスッキリとした気持ちでエンディミオン卿を見た。
すると目が合うなり、エンディミオン卿は慈しむような視線を向け、ふふっと微笑みかけてきた。
「ついでに、私にもその愛情を向けてはくれませんか?」
いつもだったらこんな彼の発言で動揺してしまう。しかし、それではまた彼のペースにまんまと嵌められてしまう。そのため、何とかいつもと違う返しをしようと画策を試みた。
「回答を拒否します」
そう告げると、彼は珍しく目をパチクリと開き固まった。
「それはもしかして、期待しても良いということですか……!?」
「な、そういう訳では……!」
そう言いかけたが、エンディミオン卿は勝手に1人で「嬉しいです!」なんてはしゃぐものだから、つい少しだけ笑ってしまった。
「笑った顔もかわいいです……。結婚してください!」
「それはお断りいたします!」
――少し気を許してしまった。
油断も隙も無い人だわ。
何とかここで巻き返しを図らないと!
そう思い、私はエンディミオン卿に話しかけた。
「でも、エンディミオン卿はなんでもできると思ってたから、何だか少し意外でした」
本当に何でもできる人だとつい錯覚してしまうのだ。彼はなんでも要領よくこなしているように見えてしまう。
「最年少で騎士団長になりましたし、キッシュもすごく美味しく作れるし、女性からもモテますよね……。あと、所作も綺麗ですし、馬だって華麗に乗っていて、本当に何でも出来るように見えますよ?」
そう言うと、エンディミオン卿は面食らったような顔をして、目を逸らしながらも耳を染めて口を開いた。
「他はまだしも、馬に乗れるのは騎士として必須ですよ。それはさすがに出来て当たり前です……」
どうやら彼は、当たり前すぎる技能を褒められて、逆に恥ずかしがっているようだ。騎士である彼からすると、上手に息が出来てすごいですねと言われているのと大差ないのかもしれない。
だが、私は馬に乗ることが出来ない。そのため、つい騎士への憧れを彼に語った。
「確かに当たり前かもしれませんが、私は馬に乗れないからすごいなって思うんです。私も出来るものなら、馬に乗って思いっきり草原を走ってみたいです」
馬で駆ける人たちの姿を思い浮かべると、改めてすごいなぁ……という気持ちが高まる。
「あれだけ走れたら気持ちいいでしょう……。それに、無機物ではなく生き物と息を合わせて乗りこなすなんて、本当に尊敬しますよ」
うんうんと頷きながら話していると、エンディミオン卿も「言われてみれば確かにそうですね」と頷いてくれた。しかし、すぐに彼はいつもの彼になってしまった。
「ですが、クリスタ様。そんなふうに私のことを見てくださっていたんですね!? 嬉しいです!」
「いや、私だけじゃなくて、皆も同じことを思っていると思いますよ?」
何なら、私よりも他の人の方がずっとエンディミオン卿のすごいところをたくさん知っていると思う。私はあくまで、ド定番中のド定番を言ったに過ぎない。
だが、エンディミオン卿は私に理解を促すかのように言葉を返してきた。
「皆がどう思おうと、あなたに思われることに意味があるんです! だから本当に嬉しいんですっ……」
そう言うと、昼の太陽の日差しが良く似合う彼は、視線が交わったその瞬間、優しく私にはにかんだ。
そんな彼を見て、私は古傷を思い出したように胸が痛んだ。
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