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20話 初出勤

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次の日、私は昨日カイルに言われた通り、通常の出勤時間よりも早めに騎士団に到着した。

――受付に声をかけろって言ってたわね。
受付の人は……このあいだの人だわ。

受付に視線を向けると、このあいだ私に帰れと言ってきた男性だった。私はもう気にしていないが、あちらは気まずいだろう。

だが何にしろ、受付に声をかけない訳にはいかない。そのため、私は出来るだけ怖がられないように笑顔を意識して挨拶をした。

「おはようございます。今日から騎士団の治癒士として働くことになりました。クリスタ・ウィルキンスです。今後ともよろしくお願いいたします」

ぺこりと軽くお辞儀をして頭を上げた。すると、受付の男性は私の顔を確認し、勢いよく頭を下げて謝り出した。

「昨日は大変失礼いたしました! まさか本当にクリスタ嬢とは思わず、あのようなことを……。どうか昨日のご無礼、お許しください!」

泣きそうな顔で謝ってくる彼を見て、そこまで謝るほどのことでもないのにと心配になる。

「謝罪は不要ですよ。昨日どうしてあなたがあのような対応をしたのかが分かりました。事情が事情だったんです。もう気にしておりませんよ」

そう言うと、彼はやっと頭をあげて私の顔を見てくれた。そして、私はさらに彼に声をかけた。

「あなたはあなたでちゃんと仕事をしようとした結果です。こうして謝ってくださいましたし、もう引き摺るのは止めにしましょう。ね?」

この言葉が彼に届いたのだろうか。彼はやっと笑顔を見せてくれた。そして、本日初めて謝罪以外の言葉をかけてくれた。

「クリスタ嬢……ありがとうございます! これからどうぞよろしくお願いいたします!」
「はい! よろしくお願いいたします!」

こうして、私と受付の男性は無事和解した。そして、その男性から騎士団所属の身分証明書を受け取り、これからの私の勤務先となる医務室まで案内してもらった。

移動中に何人もの騎士たちとすれ違ったため、何回も挨拶をしてやっと医務室に着いた。

「こちらが医務室です。もうすでに先生は来ていらっしゃいます。それでは、私はこれにて失礼いたします」

そう言い残し、案内役の彼は帰って行った。私は1人残された廊下で深呼吸をし、医務室の扉をノックした。

「はい、どうぞ」

優しそうな男性の声が聞こえてきた。その声に少し安心し、私は医務室の扉をスライドして開け、中にいる男性に向かって挨拶をした。

「本日から治癒士として配属されました。クリスタ・ウィルキンスです。よろしくお願いいたします」

そう言いながら下げた頭を上げると、声の通り優しそうな先生が笑顔で立っていた。

――この人はもしかして、アルバート先生なんじゃ……?
何回か魔塔で見かけたことがある気がするわ。

ちゃんとこうして会うのは初めてだが、一方的に知っている人だったため安心していると、アルバート先生も自己紹介をしてくれた。

「クリスタさん、今日からよろしくお願いします。アルバート・カミンです。男性が多いので大変なところもあると思うけど、分からないことや助けが必要な時はいつでも言ってね」

そう言うと、先生はにっこりと笑いかけてくれた。肩ほどの長さの赤毛を緩く1つに結び、眼鏡をかけている先生は、男性だけど圧を感じない。

――優しいしすごく頼もしいわ!
一緒に働く人が先生で良かった……。

これなら問題なく、仲良く働けそうだと思いながら先生との挨拶を済ませた。そして、先生は一日の流れや、処置の方法、それぞれの役割分担について分かりやすく説明してくれた。

お昼は先生がランチを用意してくれていたため、歓迎会と称して医務室で一緒に食べた。こうして、私は先生とすぐに仲良くなり、楽しい気持ちで午後の仕事を始めることが出来た。

そして、午後の仕事が始まって以来やっと先生と2人きりになったタイミングで、先生に声をかけてみた。

「先生、午前中もですが午後も忙しいんですね。ここの医務室って、こんなにも怪我人が毎日来るんですか?」

自然治癒できるレベルの軽い怪我の人がほとんどだった。しかしこんなに頻繁に何人もが怪我をするだなんて、一体どんな訓練をしているのだろうと思ってしまう。

すると、この私の質問に対し、先生も不思議そうに答えた。

「今日は結構多いよ。いつもはこんなにいないんだけど……」
「えっ、そうなんですか?」
「はい、でも第3騎士団の人は一人も来てないみたいだね。第3騎士団はいつもどこの団より人が来るのに……」

何だその不穏な話は。どこの団よりも怪我人が来ると言うのも、逆に極端に今日来ていないのも奇妙だ。こんな話を聞いてしまったから、エンディミオン卿の団が怖く感じてきた。

すると、そんなタイミングでガラガラと勢いよく扉がスライドする音が聞こえた。その音に反応し扉の方に目を向けると、そこにはカイルが立っていた。

「あっ! クリスタ!」

目が合った彼は私の名前を呼ぶと、私の方へと歩み寄ってきた。

「ちゃんと来たんだな。良かった良かった。せんせーい、こんにちは!」

私が来ているか確認しに来たのだろう。そして安心した後、友達かのように先生に挨拶をしている。先生は優しいから、カイル相手にもちゃんと挨拶を返してあげている。

そして、カイルは先生から私に視線を戻し質問をしてきた。

「第3騎士団の奴らは来てないだろう?」
「えっええ、そうだけど……。カイル何か知ってるの?」

そう尋ねると、カイルは自慢げに笑いながらとんでもないことを言い出した。

「第3騎士団のやつらに、ここに来たらエンディミオンに殺されるぞって根回ししといたんだよ。あと、ここに新入りの治癒士が来たってことを団長にばらしたら、第8騎士団が総動員で攻撃するってな」

――は?

頭には疑問符が湧いてくる。私がエンディミオン卿を避けたがっていたからカイルはそんなことをしたんだろう。だが、怪我をしたならちゃんと治療に来てほしい。

いくら私のためとはいえ、カイルはやりすぎだ。

「カイル……いくら何でもやり過ぎよ」

カイルを窘めると、彼は少し反省したような顔をした。しかし、すぐにおちゃらけたように言葉を続けた。

「確かに言い過ぎたわ……。でも、効果あり過ぎてマジウケるんだけど!」
「ウケないから。今すぐ第3騎士団の人たちに訂正してきて!」

そう伝えるが、カイルは気にすんなと言いながら言葉を続けた。

「他の団のやつらがクリスタのこと噂してるから、第3騎士団の奴らに俺が言ったことなんて、もう意味ないって」

そう言うと、カイルは悪戯に成功した子どものように楽しそうに笑った。すると、そんなカイルにアルバート先生が声をかけた。

「また君ですか、カイル君。君は団長なんですよ? 騎士団の風紀を乱したり、クリスタさんのことを困らせないでください。クリスタさんは頼りになる方なので、辞めてもらっては困りますっ……」

 働き始めた初日なのに、突然頼りになるなんて言われて驚いた。だから、先生につい尋ねた。
 
「えっ……! 本当ですか!?」
「ええ、もちろん。初日とは思えないくらい助かってるよ。クリスタさんは気配りと先読みが得意な人なんだね」

そうやって褒めてもらえてとても嬉しい。アルバート先生のおかげで、自己肯定感が爆上がりしそうだ。

ホクホクと先生の言葉に喜んでいると、横で聞いていたカイルも口を挟んできた。

「良かったな、クリスタ! ねえ、先生俺のことも褒めてくださいよ~」

こうして3人で話しをしていると、ガラガラと医務室の扉が開いた。その瞬間、私たちは噂をすれば何とやらという恐ろしさを思い知った。
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