上 下
15 / 77

15話 エリクサー

しおりを挟む
 私が昂る感情を露わにしたその瞬間、突然騎士団の訓練所周辺に雪が降り出した。冬でもないのにだ。

――ギル様、私しばらく力のコントロールが出来そうにないかも……。

 ふと、ギル様を思い出し心の中で弱音を吐いていた。一方で魔導士であるカイルはこの異常気象に何かを察したのだろう。私に問いかけてきた。

「この雪、もしかしてクリスタの力か……? とりあえず落ち着けよ。どうしたんだよ。あんなにレアード様と……」

 カイルは何も知らないから仕方が無いが、もう金輪際あの男の話は聞きたくない。だからこそ、今日を境にあの男の話をしないでもらうため、カイルに説明することにした。

「一度しか言わないから、今日以降私の前でそいつの名前を出さないで。あの男、私が試練から帰ってきた日に、教会で結婚式をしてたの」

 そう告げると、カイルも騎士団長様も目を白黒させた。そして、カイルが驚いた勢いのまま尋ねてきた。

「そんなわけ……っ誰とだよ!?」
「私の妹とよ。いや、もう昨日で縁を切ったから他所の娘ね。次あいつらに会ったら、サンダーボルトで一撃よ。丸焦げにしてやるんだからっ……」

 気を許したカイルがいるからだろう。つい語気が荒くなる。その一方で、カイルも騎士団長様も私の話を聞いて絶句していた。

――もう最低限の情報は伝えたから、この話は終わりで良いわよね。
 これ以上このことについて考えたら、心が死んでしまうかもしれないもの……。

 今一度話しを仕切り直そうと思い、私は2人に声をかけた。

「もうこの話は終わり! 私は騎士団長様に用事があって来たんです!」

 そう言ったところ、カイルは怒った表情で、ちょっと用事が出来たわと言い、すくっと立ち上がった。

「クリスタ、後で魔塔に行ったとき、絶対に測定しとけよ!」

 そう言うと、カイルはどこかへと走り去って行った。そのため、私は騎士団長様と2人きりになってしまった。

 すると、騎士団長様がおもむろに来ていた上着を脱ぎ始めた。そして、脱いだその上着を私の肩にそっと掛け、声をかけてきた。

「ここにいては身体を冷やしてしまいます。とりあえず、場所を移しましょうか」

――確かに雪が降ってるし寒いからすぐに冷えそう。
 というか、私が降らせてしまっている雪なんだけどね……。

 そう思いながらも騎士団長様の意見に賛同し、場所を移動することにした。私は施設について知らないため、騎士団長様が進む道に従って歩みをすすめた。

 すると、第3騎士団団長室と書かれた部屋の前へとたどり着いた。そして、騎士団長様はエスコートするように私を部屋の中へと誘った。

 その後、促されるまま席に座っていると、騎士団長様はしれっと飲み物を出してくれた。その飲み物は、コーヒーでも紅茶でもなく、ココアだった。

――なぜココア?
 まあ、研究の時は糖分が取りたくて好んで飲んでいるから大歓迎ではあるけど……。

 久しぶりだから嬉しいななんて思っていると、騎士団長様が話しかけてきた。

「それで私にどのようなご用事でしょうか?」
「ココアありがとうございます。さあ、やっと本題に入れますね。騎士団長様!」
「エンディミオンと及び下さい。敬称も不要です」

――え? なぜ?
 騎士団も魔導士も、組織内にいるときは身分の一切を無視するルールだから、そうしたいのかも。
 でも敬称無しは無理だわ……。

「流石にルアン公爵家の方に敬称無しは無理です。エンディミオン卿ではだめですか?」
「……ダメじゃないです。お好きなようにお呼びくださいっ」

 そう言うと、彼は恥じらう乙女のように頬をポッと赤く染めた。

――なぜ恥じらう!?
 なんかちょっと気まずいじゃない。

 予想外の反応に戸惑ったものの、私は話を続けることにした。

「エンディミオン卿が、試練前にこちらを渡してくれましたよね」

 そう言って、カバンからハンカチを出して見せた。すると、そのハンカチを見たエンディミオン卿は華やぐような笑顔を見せた。

「っ……! 持っていてくださったのですか!」

 そう言うと、嬉しそうに少し顔を赤らめている。

「私、この試練にこのハンカチが無かったら、絶対に帰って来られませんでした。エンディミオン卿のおかげで帰って来られたということで、直接お礼を言いたくて今日はこちらに参りました。本当にありがとうございます。このハンカチは家宝にいたします」

 このハンカチが無かったら死んでいたし、ギル様とあんな出会いも無かった。ギル様が早くも恋しい。そう思えるのも、このハンカチのおかげ様様である。

 そんな思いから、エンディミオン卿の感謝を告げたが、エンディミオン卿は固まったまま話さなくなった。

「エンディミオン卿?」

 先ほどまで生き生きとしていたエンディミオン卿だったが、一点を見つめて突然黙り込んだため、心配になり彼の顔を覗き込んだ。

 すると、エンディミオン卿は止められていた時間が再び動き出したかのように話し出した。

「嬉しさを噛み締めておりました……。実は、そのハンカチ私が刺繍したものなのです。そのハンカチがクリスタ様の為になったのなら、本当に良かったです」

――え!? 
 この今目の前にいる一国の騎士団長、しかも公爵家の令息が刺繍したと言うの!?
 全く想像がつかないんだけど!?

 あまりにも衝撃な事実を聞かされ、つい聞き返した。

「エンディミオン卿が自ら刺繍してくださったんですか?」
「はい。下手で不出来なのは承知ですが、クリスタ様には人生を救われましたので、何か恩返しができればと、クリスタ様の無事を願い、全身全霊をかけて縫いました」

 恥じらった様子でそう告げるエンディミオン卿に、ついつい動揺してしまう。

――いや、重いし熱いしどうしたの?
 しかも、私あなたのことを救った覚えなんて無いんですけど……。

 色々思い返してみたが、エンディミオン卿のことを助けたという心当たりは一切無い。

 これは考えても一生思い出すことは無いだろうと思い、お礼と共に単刀直入にエンディミオン卿に問うた。

「そっ、そこまでしてくださったんですね。ありがとうございます。ははっ……。ですが、私エンディミオン卿のことを救った心当たりが無くて……」
「いいえ。間違いなくあなたは私を2回救ってくださいました。あなたが居なければ、私は今こうしてここにいません。1度目は、あなたの開発したエリクサーのおかげです」

 エリクサーそれは確かに私が開発した薬だ。大多数の人々に貢献できればと開発した薬はあったが、エンディミオン卿が言うエリクサーはその薬の上位互換バージョンである。

 開発過程で偶然作り出すことができた奇跡の薬だ。だからこそ、エリクサーと大層な名前が付いた。

――上層部は私にエリクサーの被験者を匿秘にしていたけれど、エンディミオン卿だったの!?
 あの薬は生きているのに眠り続けてしまう、いわば、植物人間状態の人を覚醒させる薬……。
 エンディミオン卿がそんな状態だったなんて知らなかったわ……。

 知らなかったエンディミオン卿の一面を知り驚いた。しかし、どうりでエンディミオン卿は社交界に現れた時に、突然現れたという印象が強かったのだと納得した。

――でも、2回……?

 もう1つは何だろうと疑問に思ったが、もう1つの私があなたを助けたことは何ですか!? と尋ねるのは少々抵抗感があった。何だか恩着せがましい気がしたからだ。

 そのため、とりあえず私が開発した薬がエンディミオン卿を助けたということだけを、今は噛み締めることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ
恋愛
意地悪な双子の姉に聖女迫害の罪をなすりつけられた伯爵令嬢リーゼロッテは、罰として追放同然の扱いを受け、偏屈な辺境伯ユリウスの家事使用人として過ごすことになる。 ユリウスに仕えた使用人は、十日もたずに次々と辞めさせられるという噂に、家族や婚約者に捨てられ他に行き場のない彼女は戦々恐々とするが……彼女を出迎えたのは自称当主の少年だった。 想像とは全く違う毎日にリーゼロッテは戸惑う。「なんだか大切にされていませんか……?」と。

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!

海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。 そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。 そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。 「エレノア殿、迎えに来ました」 「はあ?」 それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。 果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?! これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

悪役令嬢? いえ私は、騎士になります。

桜咲 京華
恋愛
剣道の全国大会優勝者だった私の転生先は悪役令嬢クロウツィア。 生前に持っていた剣ダコも筋肉も無くなってしまったけど、もう一度強さを取り戻したい。子供の頃夢に見たようなヒーローになりたい。さっそく騎士団に乗り込んでやる! 婚約者であるウィンスター王子のことも私が守ってあげる。だから婚約破棄しても仲良くしてね。 脳筋系女子の騎士物語。 小説家になろうでも同時連載中。

「お前はもう不要だ」と婚約破棄された聖女は隣国の騎士団長に拾われ、溺愛されます

平山和人
恋愛
聖女のソフィアは民を癒すべく日々頑張っていたが、新たな聖女が現れたことで不要となり、王子から婚約破棄された挙句、国から追放されることになった。 途方に暮れるソフィアは魔物に襲われるが、隣国の騎士団長であるエドワードに助けられる。 その際、エドワードの怪我を治癒したことにより、ソフィアは騎士団の治癒係として働くことになった。 次第にエドワードに惹かれていくが、ただの治癒係と騎士団長では釣り合わないと諦めていたが、エドワードから告白され、二人は結婚することになった。

処理中です...