GHOST HUNTER

ぶちゃ丸/火取閃光

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第1章 造形士

1-4 狼怪異

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 夕方、俺と真は、依頼人である光流達と彼の自宅へ向かっていた。

「此方が我が家になります。真さん、お上がり下さい」

「ただいまーっ!」

 歩が玄関を勢い良く開ける。すると家の中からドタドタッと階段を駆け降りる音がして、歩と同い年くらいの娘が笑顔で飛び出てきた。

「お帰りーっ! 歩ちゃん、弁天堂ボタンのスマシスで一緒に遊ぼうっ!!」

「うんっ! あっ! 夕美(ゆうみ)叔母ちゃん、ただいまー!」

「あらあら、そんなに慌てて。手洗い、うがいをするのよー。あなた、お帰りなさい。あらっ……? あなた、其方の方は……?」

 家の奥から歩の返事を聞き、少し困った様子の主婦夕美が、俺達を見て更に困惑を深める。

「ただいま。今日、話しただろう? 彼等が、プロの霊媒師さん達だ」

「ああ、あの……。本当に大丈夫、かしら……? 若過ぎるって言うのもあるけど、霊媒師とかオカルトとか……あまり信用出来ないのよね……」

「こらっ! 彼等に失礼じゃ無いかっ……! それに、ママも見ただろうっ……! 姉さん達が死んだのも、あの不可解な出来事もっ……!」

「っ!? そう、ね……。ごめんなさい。まだ、お義姉さん達が死んだのも、何だか夢みたいで……」

 夫である光流の言葉にハッとする夕美は、未だに義姉夫婦の死が受け入れられていなかった。

「あはは……。そう言われるのも慣れています。そもそも、こう言う霊的災害(オカルト)は関わらない方が身の為です。ボク達に対して、少し疑う位の姿勢で構わないと思いますよ?」

 真は夕美の態度に優しく笑った。寛とは別に彼女は、幼少の頃から依頼を受けてきた経験がある。その中で、実際に霊災に遭ってからも霊能力者を信用しない人は、かなり存在する事を知っていたからだ。

 霊災が世の中に知られてから幾年も経つが、まだまだその知名度はマイナーの域を出ない。その為か、霊能力者を偽る詐欺師が、霊災が起こる以前よりも増してしまうトラブルもある為、夕美程度の態度は決して間違いでもなかった。

「そう、かしら……? ありがとう。それに、ごめんなさい。貴方達を侮辱する気持ちはなかったの。許して……って、うん? あなた、彼等って一人しか居ないわよ、ね?」

「いや、その、何と言うか……ハイ」

 夕美の疑問の声の後に、当事者である俺はどう説明しようか迷って居ると、家の奥から床を駆ける音が聞こえた。

「あっ! 友美(ともみ)ちゃん! 見て見てっ! このデッカいワンワン、喋れるんだよ!!」

「うわぁっ!! 本当だっ……!! あなたはだあれ? マッシロシロスケ?」

「ドゥオ、ドゥオ、ヴッ!?」

「ヒロ、それ以上はダメだよ? それにヒロは、どっちかって言えば犬神の方でしょ? 見た目からして。キャラがブレ過ぎ」

 困った時はネタを挟もうと言うノリに反応した俺は、とあるアニメのネタを挟もうするが、言い切る前に真の拳骨を喰らった。

「オ、オウ……。舌噛んだ……地味に痛い」

 実体化は、霊能力に覚醒していない人でも見て触れるが、怪異化よりも不便な点が多い。身体能力に制限がかかる他、今の様に拳骨や舌を噛むなどの怪異化では感じない物理ダメージが感じてしまう。

「あなた……? この犬(こ)は……?」

「彼の相棒のヒロシ君さ。ビックリしただろう? 僕もさ。だけどね、彼の様な存在を相棒に出来る彼だからこそ、胡散臭い霊媒師と違って信頼出来るのさ」

「そうね……。分かったわ。さぁ、皆さんお上がり下さい。お食事の用意をします。小汚い所かも知れませんが、ご自由にして下さい」

 夕美に案内された俺達は、部屋で寛ぐ事にした。夕食ができる間、歩達と玩具メーカーとして有名な弁天堂のゲームをしたりして時間を過ごす。

「それでは、皆さんご一緒に。頂きます」

「頂きまーす!」

「ママのカツ丼、大好きー!」

「すみません。ボクの食事も用意して下さって……」

「良いのよ。それよりも、カツ丼はどうかしら? 神楽坂さん家に比べて、貧相かも知れないけど……」

「いえ、とても美味しいです。それに、こうしてみんなでご飯を囲むのも久しぶりで、何だかとても暖かいです」

「そう? それなら良かったわ。それで寛君には、本当に何も出さなくて良いの? カツ丼、ガン見して居るけど……」

「ええ、出さなくて良いです」

 真は横から感じる圧を無視した。それはもう鬱陶しいとすら感じるカツ丼を欲する眼差しだった。寛の心の声は漏れていないが、あまりの視線に寛が大体なんて言っているのか容易に想像がついた。

「まこ、まこっ……! 頼むっ……! 一切れで良いから、カツを頂戴っ……! これじゃ、美味そうな匂いで生殺しなんだよっ……!! 俺の好物がカツ丼なのは、お前も知ってんだろっ……!!」

「ええーっと……?」

 夕美は困った顔で真を見る。まだ材料はある。時間は掛かるがカツ丼を用意する事は出来たからだ。

「はぁ……。ヒロ、あげても良いけど、多分"味が分かんない"って言って悲しくなるだけだよ? それでも良いの?」

「うぐっ……!?」

 真の言葉に俺は、痛いところをつかれた思いだった。

 狼怪異(このからだ)になってから、人間だった頃と味覚が乖離していることが判明した。嗅覚は、人間時代と左程変わらない。むしろ感じ過ぎてしまうくらい鋭くなったすらあった。

 しかし、肝心の味覚は、まるで別物だった。食べ物の匂いと人間時代の味の記憶、そして今感じる味がまるで合致しない。今の俺がカツ丼を食べても、味のしないゴムを噛んでいる様にしか感じなかった。

 俺が唯一味を感じるものは生物の血液で、その中でも人間の血が一番美味く感じてしまう。これは、俺の怪異名が吸血狼(ブラッドウルフ)と言われる所以でもあった。

「ワンワン、カツ丼好きなのに、食べられないの? よしよし」

「うぅ……この身体、不便すぎるっ……!!」

「……っ!!」

 幼女に頭を撫でられ慰められると言う一見笑える場面だが、俺の言葉に真は顔を強張らせて、一瞬だけ身体を震わせた。

 俺が狼怪異(このからだ)になった経緯を簡単に説明すると、真が男として振る舞う原因になった怪異が、学校の帰り道で真を誘拐しようとした。

 当時の俺は、身体能力が非常に高い家系に生まれただけの霊能力とか無縁の一般人だ。唯一、普通とは違うとしたら先祖代々から秋雨流古武術を継承する家で、祖父がその道場主な位だ。

 その為に、真が勝手に独りファンタジー漫画張りのバトルアクションを目の前で繰り広げ、血だらけになった事で只事では無い事を悟った。

 そして、真を抱え走り、逃げて居る途中で敵の攻撃を受けた。その時に霊能力が覚醒し、真の家族に救援の連絡した後も囮として時間稼ぎした結果、敵の技術で狼怪異(このからだ)にされてしまった。

「あっ……ごめん。そんなつもりで言ったんじゃ無いんだ」

 真の態度と表情を見て、俺は彼女を傷付けてしまった事を悟る。

 狼怪異になった事で、不便な身体になった事とその原因が彼女にある事は確かに事実だ。

 しかし、狼怪異になった事は、それほど後悔は無かった。それは、思春期特有の英雄願望だったのかも知れない。それでも、大事な親友を失わずに済んだから、それで良かった。

「ううん。気にしていないよ」

 真は、落ち込む俺を見て優しく微笑んだ。夕美や光流は、そんな俺達を見て何か深い事情があるのだと悟り、深く追求するのを避けた。

 そして、夕飯を終えた俺達は、光流達に怪異討伐の作戦を伝え、周囲に人払いの結界や誘導を"陽(よう)"へ頼んだ。
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