GHOST HUNTER

ぶちゃ丸/火取閃光

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第1章 造形士

1-1 登場!! ゴーストハンター

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 西暦2022年8月25日の午後。俺達は、駅の近くにある人通りの少ない場所に来ていた。

「なぁ~? まこ~、今日の依頼ってどんなだっけ~?」

「はぁ……。寛(ひろし)、ボクの名前は真(まこと)だ。そのあだ名は、女の子っぽくて嫌だと何度言ったら分かるんだ? それに、そう続け様に言うと海鼠(ナマコ)に聞こえるから、もっとやめてくれよ……」

 彼女の名前は、神楽坂 真。短髪の長身で一見すると男に見えるが、実は男装している17歳の女の子だ。家の事情で、男として身分を偽っているが、その事情はまた今度話そう。

「え~? 別に良くね~? 真は女の子なんだし、"まこ"の方が絶対可愛いって」

「っ!? だからっ! その呼び方はっ! やめろってっ! 言っているだろっ!」

「イデデデッ!? 暴力はんたーいっ! 動物虐待で、愛護団体に訴えてやるっ!!」

「その身体で? どうやって伝えるつもりなんだい?」

「それは……ゴニョゴニョ……」

 俺は自身の身体を見た。全身を覆うゴワゴワとした毛皮に、キュートな4本足。頭の位置は、真の下半身にも満た無いほど低い位置にある。それは、一般的に人間の身体では無かった。

 改めて自己紹介する。俺の名前は、佐久間 寛。つい1ヶ月前までは人間で、真の幼馴染をしていた狼の怪異だ。

 怪異とは、この世に現れ、多くの怪奇事件を引き起こす霊災の元凶だ。一般的には悪魔、天使、妖怪、化け物、都市伝説など、形を変えて人々に恐れられている。

「それよりも、今日の依頼は……って、マズッ!?」

 駅の裏道を歩いた為に、気を抜いていると目の前から学生服を着た女の子3人が、こちらに気付き歩み寄って来る。

「あれっ? もしかして、神楽坂(かぐらざか)君っ!?」

「ワァッ!! 私服姿の神楽坂くんもカッコイイッ……!」

「その白く大きいワンちゃんって、もしかして神楽坂くんのペットなのっ!? 撫でて良いっ!?」

 彼女達は、真が通っている岳南高校のクラスメイトだ。俺も、同じ高校に通っていたが、世間的には死んだって扱いなので少し久しぶりに感じる。

「え、あ、いや……寛(コイツ)は、ボクのペットって訳じゃ……って!?」

「わんっ! わんっ! くぅ~ん! はあ、はあ、はあっ!!

 (ウヘヘ……! 元クラスメイトの生JK……!! もっと全身で撫で回しても良いのよ~! ぐへへ……!)」

 キャッキャッしている女の子達が、俺の身体をモフり始める。甘い匂い、柔らかい感触に、天にも昇る感覚を楽しんでいると背筋が凍る様な寒気を感じた。

「ヒ・ロ~?」

「……ヒェッ!?」

 満面の笑みをした真の背後から、ゴゴゴゴッて言う効果音と共に、火山が爆発した様な幻覚が見えた。幼馴染だから分かる。アレは完全にブチギレている。それを見てしまい、思わず悲鳴が漏れてしまった。

「あ、あれっ……? この子、今変な鳴き声しなかった……?」

「小田さん、気のせいだよ。美和さんと佐藤さん、それに小田さん、ごめんね。ボク達、これから用事があるんだ。また明日、沢山お話ししよう」

 3人の内の1人、小田と言うクラスメイトが、俺の悲鳴を聞き決して狼や犬が鳴かない声に不審がっていた。それを真は、サラッと流してこの場を切り抜ける。

 その際に、女の子が望む王子様の笑顔を添えて行うもんだから、不審がっていた小田も今は真に釘付けだ。

「ええ~っ!? そんな~っ!?」

「でも、用事があるならしょうがないね……」

「うん。本当にごめんね。それと、寛(コイツ)は最近、知り合いから預かっているペットなんだ。よく外を駆け回るから、何処で何を触ったか分からないんだよね。アルコール消毒をどうぞ」

 イケメンロールをする真は、鞄からアルコールと称した霊薬を取り出し、3人の手に振りかけた。霊薬は、怪異から受ける霊障を治癒する薬だ。

 霊障は、力の無い一般人が受ければ、病に似た事が起きる時もある。俺は、人間から怪異になった特異な例で、力の無い一般人にも見えるし触れる状態になれる存在だ。だから、真は常に霊薬を保持しているのだ。

「神楽坂くん、ありがとうっ! 流石だねっ!!」

「ありがとう! 用事の前に、大人数で押し掛けてごめんね! 神楽坂くん、また明日!」

「転校の話聞いたよっ! 寂しいけど、転校先でも元気でね!」

「うん、ありがとう。転校までまだ日があるから、また明日ね」

 クラスメイトの3人は、笑顔で駅に向かう。それを真は、ニコッと笑いながら手を振り返す。そんな、朗らかな空間の側で俺は、逃げる準備をしていた。

「……抜き足、差し足、忍び足……」

「オイッ。何処へ行く気だ?」

「ヒェッ!? 御容赦をっ!? 出来心だったんですぅ!」

 真が俺の尻尾を握る。その尻尾から伝わる圧力に、土下座する勢いで謝り倒した。

「言い訳を聞こうじゃ無いか?」

「えぇーっと……その……」

 一般的には、クール系イケメンとして認知されている真だが、俺は彼女が女の子である事を知っている。男装麗人な彼女に睨まれて、俺は開けてはいけ無い扉に目覚めそうになっていた。

「モジモジするな。気持ち悪い」

「ぐふぅっ!?」

「早く話せ。この畜生が」

「いやぁ~真と違って、小田ちゃんも、美和ちゃんも、佐藤ちゃんもバイン、バインでムチムチじゃん? 俺って今は狼だし、合法的にセクハラ出来るかな~的な……?」

 前足を器用に合わせながら、チラッチラッと真を見た。

 真は、男装しているし本人も男だと偽っているが、整った顔立ちに、サラサラした黒髪、健康的に焼けた小麦色の肌と引き締まった身体をしている。

 幼馴染として、女の子だと分かっている俺から見てもモデルの様な美人だ。でも、元とは言え性欲盛んな男子高校生だった俺は、ムチムチ、バインな女の子に憧れを抱いていたので、今回の暴走に至ったのだ。

「ほぉ? バイン、バインで、ムチムチね~? 悪かったね、こんな貧相な体で」

「ごめんっ! 許してくれ! ほんの、ほんの出来心だったんだっ……! 童貞で死んだ身としては、刺激が強かったんだって……!!」

「はぁ……。依頼中の態度で考えてやる」

「ははぁーっ!! 神楽坂真様の広く深い懐に、この佐久間寛、とても感謝いたしますっ!! 誠心誠意、全身全霊を持って取り組む所存にございます!!」

「チッ! 調子の良い奴め……。それで寛、今回の依頼は、この近くの路地裏で人を襲っている怪異の討伐だよ。索敵は任せたよ」

「ガッテン承知之助っ!! 俺の自慢の鼻が唸るぜ~!」

 俺達は、依頼にあった怪異を討伐する為に現場へ向かった。


 ---

 ーー

 ー


「やっばー!? 門限忘れていたっ!? 近道しーよぉっと!」

 私の名前は、須藤 紗南(さな)。岳南高校三年生で新聞部の部長を務めている。

 今日は、地元で噂になっている路地裏の怪奇事件の調査と取材をしていたら、門限を忘れていて内心凄く焦っている。だから、裏道を使って近道を試みた。

「あっ! そ、そう言えば、この辺って……確か、怪奇事件のあった路地裏、だよね……? 若者を中心に狙われる事件で、霊災(れいさい)かもってニュースで流れていたっけ……。

 で、でも……! き、きっと、大丈夫か……! 警察も、ニュースでも、犯行時間はもっと遅い時間帯って言っていたし……。素早く抜ければ何とかなるか……!」

 そうして、私は恐る恐るではあるが、素早く路地裏を出ようとした。しかし、何故か身体が動かなかった。

「えっ? なっ……!? どうしてっ……!? 身体が、動かないのっ……!? ま、まさか、本当に霊災っ……? ヒィッ……!?」

 突如、後ろから背筋がゾワッと感じる、途轍もなく嫌な予感に思わず悲鳴が溢れる。

『キシャシャシャシャ……!!』

 ゆっくりと振り向くとそこには、身体から幾つもの鎌が飛び出した様な芋虫に似た"ナニカ"が居た。明らかに2m以上はあり、この世の生き物では無い事は容易に理解した。

「ヒィッ……!! ば、化け物っ……!?」

『キシャシャッ!!』

 逃げようとする私に、芋虫に似た化け物は、身体中の鎌を使い切り刻もうと動く。しかし、咄嗟に地面に伏せたお陰で、私はその攻撃を回避する事が出来た。

「ヒィッ!? う、動いてっ……! 私の身体っ……! だ、誰か……誰か、助けてーーッ!!」

 涙で目が滲み、前が見えなくなる。手足が震え出し、恐怖で腰が抜けた為か、上手く逃げる事が出来無い。下半身がじんわりと濡れるが、そんな事まで気にする事なく、私は兎に角大声で叫んだ。

 丁度その時だ。真横から大きく白い毛玉が、化け物目掛けて飛んでいった。

 ーーー

 ーー

 ー

「まこっ! 目標の匂いが近いぞっ!」

「分かった! 準備す「助けてー!」っ!? ヒロッ!」

「オウッ! っ!? 左だっ!」

「あれはっ……! 異界が既に展開されているっ!! ヒロ、先に行って! 間に合わなくなる!」

 悲鳴と怪異の匂いがする方を見る。一般人には見えてい無いが、怪異が人間を捕食する瞬間に実体化する為の[異界]と言う結界が展開されている。

 その為に、本来なら見る事も触れる事も出来ない筈の怪異が、霊能力を持たない一般人にも見て触る事が出来る様になる。

「了解だっ! トリャァーッ!!」

『キシャッ!?』

 予想外の方向からタックルを受けた怪異は、そのまま吹き飛び痛そうな悲鳴を上げる。危機一髪の所で、女の子を助ける事に成功した。

「お嬢さん、怪我は無いかい?」

「俺達が来たから、もう安心しな!」

「い、犬が喋ったっ……!?」

 彼女は、イケメンな真を見て安心しては、俺を見て素っ頓狂な声を上げて大変そうだった。

「犬じゃ無いっ! 俺は狼だい!!」

 家猫ならぬ、家犬モードの精神とは違い、今は戦闘時。だからだろう。普段は特に気になら無いが、感情が昂ると本能的に狼だと訂正したくなった。

「ご、ごめんなさいっ!」

 ガチギレした俺に、彼女はひどく怯えた声で謝罪する。

「ヒロ、そんな事は良い。来るぞっ……!」

『キシャシャシャシャッ!!』

 予想以上の素早さで、目の前の怪異は、俺目掛けて斬りつける。

「ウギャッ!?」

「キャァーッ!! フガッ!? ウッ……!?」

 狼怪異(このからだ)になって日が浅い事もあり、まともに回避出来ない俺は、相手の攻撃を受け吹き飛ばされる。そして、飛ばされた俺の後ろに居た彼女の顔面に激突し、更に後ろの電柱まで吹き飛ばされる。

「この、破ァーッ!!」

『グギシャッ……!?』

 所詮人間と舐めて、真の正拳突きを受けた怪異は、あまりに重い一撃に身体が吹き飛び、地面に伏せた。その一撃は、俺の突進とは比べ物にならない程の破壊力を秘めていた。

「ヒロ、無事?」

 電柱の前で、赤く蠢く液体に真は話し掛ける。その液体が、俺と言う怪異:吸血狼(ブラッドウルフ)だ。

 吸血鬼よりも出来る事が少ないが、大体の事は出来る。身体を血液に変化させるのもその一つだ。

「な、何とか~。あの野郎……! 俺を可愛子ちゃん目掛けて投げつけやがってっ……!!」

「……怒る所、そこなんだ……」

 真は、寛が無事な事にホッとする。そして、寛が自身への攻撃では無く、被害者への攻撃に憤っている所に人間性を感じ、懐かしさでクスッと笑った。

「まこっ! 行くぞっ!!」

「了解っ! 憑纏(ひょうてん)ッ!!」

「ワウォォーーンッ!!」

 血液の身体が更に流動化して、真の身体に纏われていく。真の右腕には固まった血液の籠手。そして、腰に巻かれたベルトと、その横に鞘付きの一本の刀が具現化された。

 憑纏(ひょうてん)とは、神楽坂家に代々伝わり、行使する事の出来る秘術だ。特殊な契約を交わした怪異をその身に纏い、武器を具現化させる事が出来る。それは、他家の術と比べても特殊で、異能力と呼べる切り札だ。

「血装(けっそう)・狼牙刀」

『キシャッ!?』

「怪異名:斬り斬り舞。この一撃で、お前を滅する。

 秋雨流・抜刀術ーー零雨(れいう)」

『ギッ……ジャッ……』

「この一撃で安らかに眠れ」

 真の放つ一撃は、一瞬音が消えたと錯覚する程、美しく自然な動きで胴を真っ二つに斬る。

 零雨は、縮地で間合いを詰め、高速の抜刀で敵を斬る秋雨流・抜刀術の基本的な技だ。斬られた相手が、まるで静かに降る小雨の様に気が付かない所から、その名が付けられている。

 怪異は静かに消滅して、怪異の魂と同等の核導(かくどう)と呼ばれる物質が、その場に落ちる。憑纏を解除した真は、それを拾いその場を立ち去ろうとした時、後ろから物音が聞こえた。

「う、うぅっ……あっ! ま、待って……!!」

「うん?」

「あ、貴方、達は……?」

 その場に倒れていた女の子は、困惑と僅かな期待を秘めた眼差しで見詰める。

「俺達は」

「怪異狩人(ゴーストハンター)さ」
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