探検の書

ぶちゃ丸/火取閃光

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第3章 Iランク冒険者

3-43 野営訓練・開始

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 変な歳の近い冒険者達に、絡まれてから2日が経った。今日は、両親達に依頼した野営訓練の実行日だ。俺達は今、王都周辺にある[初心者の森]の入り口に、昼食を食べてから集合していた。

「今日から3日間、野営訓練を開始する。心の準備は出来ているか?」

「大丈夫っ! 任せてよ!」

「元気は十分。それじゃ、行う前に3日間の大まかな流れを説明しておく。今日は、色々と説明をしながら、俺達と一緒に行動してもらう。そして、野営準備や実際に野営をして大まかな流れを掴んでくれ。

 2日目は、今日の経験を振り返ってお前らだけで野営をしてもらう。質問されたら答えるが、基本的にはお前らだけで行ってもらう。

 最終日は、今日と明日の経験を踏まえて、全てお前らだけで野営をしてもらう。俺達は、少し離れた所から見守るが、口出しや補助を一切するつもりはない」

「分かったにゃ」

「今日はまだ、晴れているが……雲行きが少し怪しい。もしかしたら、この3日間で雨が降るかも知れない。それでも、この訓練は続行するから、そのつもりでいてくれ」

「父さん、分かったよ~」

 見上げて空模様を確認するガルダに釣られて、俺達も空を見上げる。現状の空は、所々雲が浮かんでいるが、十分に晴れの部類の天候だった。しかし、同時に雲の色は少しだけ灰色に近い白色で、ガルダの指摘も的外れでは無い予感が感じた。

「(今にして思えば……5年前の『転生者ポイントの破棄』は早まったかも知れん……。あの時は、厄介事の臭いがプンプンしていたから、地雷だと思っていた。

 でも、魅了耐性を取得した以降から、変な機械音は聞こえないし、小説主人公張の問題が起きたりもしていない。ある意味、正解だったのかも知れんが、検証を含めて保持しておけば良かったかもな……どうせ、他人には見えなかったし。

 もしかしたら、天気予報的な便利な技能が無問題かつ、手軽で手に入ったかもって考えると……本当に今更であるけど、やっちまった感があるぜ……。ま、今は関係ないから話に集中しなきゃな)」

 みんながガルダの指摘で空を見上げている中、俺は1人過去の選択について考えていた。転生自覚直後に、厄介臭漂う地雷だと思って破棄した『転生ポイント』についてだ。

 あの時は、今の様な精神的な落ち着きが無かった。直前まで現実逃避する程度には、混乱していたし現実味を感じられなかった。破棄を選択した時も多少は落ち着いていたが、冷静に判断出来たと聞かれれば、首を振っていただろう。

 あの当時の俺は、自身が思っていた以上にまともな判断が出来ていなかった。それどころか、前世で50年生きた先入観と価値観で凝り固まった思考で、無意識に地雷だと破棄していた。

 俺は、今でもあの選択に間違いが無かった、後悔は無かったと思っている。しかし、人間はより利便性のある物を求める生き物だ。日が経つにつれて、柔軟な思考を取り戻すと同時にあの時の選択を思い返すと、早計だったと心の中で反省して、意識を切り替えした。

「一応、補足にゃ。この訓練中は、魔法を禁止とするにゃ。基本的にこの訓練は、火属性持ちや着火の魔道具が無いという前提で行って欲しいにゃ。迷宮で活動すれば、そういう状況は、割とあるにゃ」

「父さん、母さん、それは、どんな状況か聞いても良いかにゃ?」

「ラート、少しは自分で考えてみるにゃ。逆に聞くが、お前はどんな状況だと思うにゃ?」

「えっ? う~ん……ナートが、魔力を使い過ぎて、魔力酔いになって気絶する事……かにゃ?」

 ラートが腕を組み、首を傾げながら俺を見て答えた。如何やらラートが思う状況は、前回の中層探索中に魔力酔いで倒れた、俺と同じ状況を思い浮かべた様だ。

「分かっているじゃ無いかにゃ。その他にも、ナートが怪我をして、意識が朦朧としている時に貴方は、そんな弟を叩き起こしてでも、魔法を使わせる酷いお兄ちゃんなのかにゃ?」

「違うにゃ!!」

 意地悪そうな笑みを浮かべるラナティナの問い掛けに、顔を真っ赤にして怒気の漂わせるラートは、大声で否定した。

「えぇ、それは、私達が1番知っているにゃ。でも、今後、迷宮で活動するなら、怪我をしないなんて、絶対にあり得ないにゃ。だから、ストールは、貴方達に魔法禁止と言ったのにゃ」

「……分かったにゃ」

(確かに迷宮探索で、怪我しないなんて有り得ないにゃ。あの時、オイラだけじゃ無く、みんな多少なり怪我をしたにゃ。もう、あの時の思いはしたく無いにゃ……)

 冷静さを取り戻したラートは、ふと腕を摩る。そこは、鼠の乱戦時に噛まれた箇所だ。もう傷が癒えているとは言え、ラート自身は、怪我の痛みを思い出していた。

「これで、概要は説明したわ。これから、私達から貴方達へ渡す物があるわ~」

 アリスは、収納鞄から小物を5つ取り出すと、俺たち全員に手渡した。

「これは……短剣と金属の棒……?母さん、これは……一体……?」

「これはね~シルル、[点火棒(てんかぼう)]って言ってね、火起こしの際に使うと便利な道具なんだよ~。その金属を削って出た粉は、引火しやすい性質があるんだ~。

 それを木屑の上とかで使って、短剣と一緒に使えば簡単に火種が作れるんだよ~。後で一緒にやるから楽しみにね~」

 [点火棒]とは、所謂メタルマッチやファイアースターターと呼ばれる代物だった。

 大きさは直径15cm前後あり、鎖で同等の長さの短剣と繋がれている。革製で出来た短剣の鞘に一緒に収納されており、腰ベルトに装着が可能な仕様になっている。

「母さん、分かったよ」

「よしっ! それじゃ、早速、森の中に入るか。道中、森の中での探索の仕方も、教えてやる。野営には必須だからな……各自、細心の注意を払って観察する様に。じゃ、行くぞ」

 父アモンの掛け声を合図に俺達は無言で頷いた。そして父に続く様に森の中へ歩いた。日中とは言え森の中は、少し暗い。風で草木が靡く音や鳥や虫の声が鳴り響く。

「野営場所を決める時、1番大事な事がある。お前ら、それが何か分かるか?」

 静寂の中、父は小さくもハッキリ聞こえる声量で質問した。

「1番大事……魔物や獣がいない場所又は、来ない場所……かな?」

「リオ、正解だ。当たり前の話だが、森の中には、魔物や獣の棲家がある。俺達だって王都に家があるだろ? それと同じだ。奴等にとって此処は、王都の様なもんだ。

 つまり、此処で生活している奴等の棲家の側を、野営地にすれば直ぐに襲撃を受けるだろ? 俺達で言えば、自分家の正面に盗賊や指名手配中の犯罪者が、野宿している様なもんだ」

「た、たしかに……そう言われてみると、魔物達が襲いたくなる気持ちも、少し分かるにゃ……」

 顔を引き攣らせるラートは、納得の表情を浮かべる。

「そうだろ? でも、俺達が住んでいる王都みたいに森の中は、区分け整理されていない。つまり、目に見えて、"奴等の棲家は此処"って判断がとても難しい。それは、分かるな?」

「それじゃ、おじ様~どうすれば良いの~?」

「メルル、俺達が住む上で、1番大切なものって、何か分かるか?」

「1番……お金?」

「ああ、お金も大切だ。でも、もっと大切な物が2つある。それが何か、分かるか?」

「食料と飲み水……だよね、父ちゃん?」

「リオ、正解だ。生きていく上で、お金は絶対じゃ無い。あったほうが良い物だ。だが、食料と水が無ければ、生き物は生きていけない。

 それは、獣だろうが魔物だろうが、人だろうが同じ事だ。つまり、森の中に生息する奴等の棲家も、食べ物と川の近くにあると考えた方が無難だ。わざわざ、両方が少ない不便な場所で生活する理由は、そんなに無いだろ?」

「ま、そうですにゃ」

「それと、これを見ろ」

 父は立ち止まると、不自然に折れた草や幹に引っ掻き傷がある場所を指差した。

「これは……折れた草……?」

「そうだ。だかな、本来、草って自分の花や実の重さで曲がることはあっても、茎や葉っぱの中心から折れることは、ほとんどない」

「つまり、これは折れているから……人や獣、魔物が踏んだ形跡があるって事だね、父ちゃん?」

「その通りだ。そして、この木の幹には、自然に不自然に出来た割れ目がある」

「つまり、鋭い爪を持つ魔物や獣が、木の幹に爪を引っ掛けて登ろうとした時に、出来た傷って事ですね、おじ様?」

「そうだ。この森にいる、ここまで大きな爪を持つ魔物は、グレイウルフだだけだ。この傷は見る限り、割と新しく出来た物だ。恐らくは、獲物が木に登ったからそれを追いかける為に、爪を使って登った、或いは登ろうとした時に出来た傷だと言える。

 森の中での探索って言うのは、こう言う小さな事実から基づいた、事実の考察が重要だ。1つ1つは、見逃してしまいそうなほど、小さな事実かもしれない。

 でもな、その事実を事前情報と照らし合わせて予測を立てる事で、相手の居場所を突き止める事が出来る様になる。だから、お前らも森の中を慎重に進まざるを得ない場合は、敵だけじゃなくて、こう言う事にも目を向ける事が大切なんだ。分かったか?」

 父の説明を俺達は、頭の中で咀嚼して吸収する様に頷いた。父はその反応を見て満足そうな笑みを浮かべると、探索を再開した。
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