探検の書

ぶちゃ丸/火取閃光

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第3章 Iランク冒険者

3-35 Iランク中層探索⑦

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 ーー駆ける。

 ーー仲間(メルル)の危機的状況は、頭でも分かっている。

 ーーそれでも、何だろうか……。

 ーー胸の奥は、燃え盛る火の様に熱いのに、頭の中は、冷え固まる氷の様に冷たく、不思議とスッキリとしている。

 ーー今の状況に不必要な匂いや血の味、疲労感などの情報が無くなり、音や視界を通して世界が広がる。

 ーー今なら、何でも出来そうだ。

「(魔纏撃(まてんげき)ー魔拳・鉄(くろがね)改め!) 餓狼拳・振溜衝(しんりゅうしょう)!!」

 魔法を放つメルルに向かって、鋭い牙で噛みつこうとする鼠に右拳が突き刺さる。

 土魔力で強化された右拳から、鼠の体内へ浸透する様に流し込まれたその一撃は、内臓や骨を破裂させて鼠の生命を刈り取った。

 餓狼拳とは、元は魔拳・鉄として身に付けた王道の格闘術だ。狼牙爪で説明したが、俺には王道や正道の武術と言うものに向いていない。それでも、この餓狼拳は部類で言えば王道武術として考案して、試行錯誤してきた。

 それは一体何故か。決して、向いていない事に諦めが付かず、しがみついている訳ではない。

 技や奥義と言うものは、どれだけ格好を付けようが、どれだけ仰々しい名前だろうが、所詮は基礎の延長線にある技術だ。それをどれだけ、自分自身に落とし込み、練度を上げて自己流の技へ昇華させられるかが重要となる。

 王道武術・餓狼拳とは、邪道武術・狼牙爪を完成させる、或いは構築する上で必要不可欠な技術だった。俺は、王道武術に向いていないから、自分独自の邪道戦闘武術を求めた。しかし、その完成へ最も近道が、王道を知り、王道を学び、王道を身に付ける事なのだから、笑えない冗談とはこの事だった。

 そして、今回使った餓狼拳・振溜衝と言う技は、全ての武術の基礎にして奥義である[脱力(だつりょく)]と呼ばれる技術と魔纏撃を組み合わせた技である。脱力は、簡単に言ってしまえば、無駄な力を無くして効率良く、最小限の力で最大限の威力を発揮させる技術の事だ。

 具体的な例を挙げるとしたら、アニメや漫画で刀を使った大岩を切断する様な事や有名どころでは斬鉄剣が、これに値している。その習得難度は、凄まじく高い。俺自身、実践中に満足のいく脱力を行えるのは、良くて5回に1回、それも2年の月日を掛けて、餓狼拳のみに限定してやっとだ。

「みんな、焦るな! みんなの背中は、メルルちゃんは、俺が守る! だから、一度冷静になれ!」

「「「「ーーっ!?」」」」

 量拳をゴツンッとぶつけて、気合を入れ直した俺は、メルルの前に立ち仲間達に喝を入れた。仲間達は、一瞬目を大きく見開いて驚くと表情を引き締めて雄叫びを上げ、交戦を再開する。

「(ここが潮時ですにゃ!)みんな! 一度、草原まで撤退するにゃ!! リオ、メルルちゃんは、ラジエイト系で退路を作るにゃ! 全員、2人を死守するにゃ!」

「我願う……風魔力よ……」

「我願う……土魔力よ……」

「分かったにゃ!」

「すまねぇ、リオ、助かったわ!」

 ナートの指示が飛んでくる。

 ゴールの見えない戦闘から、撤退と言う明確な目的に変わったことで、高まり始めた集中力をさらに上げた。俺とメルルが魔法陣を展開をし、他3人が鼠達を次々と斬り殺す。その殺意は、守られている俺達でもヒシヒシと感じる程の迫力があり、とても心強く感じた。

「ラジエイトウインド!」

「ラジエイトソイル!」

 ナートの守る後方へ魔法を放つ。

 俺は後方から右へ、メルルは左へ腕を動かしながら魔法を放ち、少しでも退路上にいる鼠を殺した。

「今にゃ! 全員、全力で逃げるにゃ!」

 魔法によって十分に広がった退路へ駆ける。先頭にナート、続く様に俺、メルル、シルル、ラートの順で来た道を全力で戻った。しかし、鼠達も逃がす気は無い。当然だ。

 俺達を殺す為に、多くの同胞達が死んでいったのだから、逃げられてはたまったもんじゃ無い。同族の敵討ちと言わんばかりの小さな殺意が、後ろから迫るのを感じる。

 純粋な身体能力や速力で言えば、鼠よりも俺達の方が優っている。その筈なのに、少しずつ距離が詰められていく。長時間による戦闘疲労と木の間隔が、狭い森林での逃走が原因だろう。中層の森林は、上層と比べて木が密集する密林状態だ。集中力をかいた今では、まともに全力を出せない。

「チッ! まだ、追ってきてやがる!」

 鳴き声と足音、振動にシルルは、後ろを振り向き思わず舌打ちをする。その表情は、苛立ちと殺意、焦燥感がごちゃ混ぜになった様だ。

「距離はあるけど、追いつかれるのも時間の問題にゃ! ナートどうする!? ここで応戦するかにゃ!?」

「ダメにゃ! 森の中では分が悪い! ここは、逃げに専念するにゃ!!」

「でも!!」

 追跡の数は、戦闘中と比べて増えていない。むしろ少なくなった気さえする。しかし、それでもまだ100体近く居る。それを見たラートが、焦りの声を上げる。

「なら、俺が殿になって魔法を放つ! 俺なら、多少動いていても魔法を放てる!」

「くっ!? 分かったにゃ! ラート、僕と先頭を変わるにゃ! 僕は、リオに何かあった時の補助をする為に後方で待機するにゃ! リオ、頼むにゃ!」

「ああ! 任せろ!」

「みんな、先頭誘導はオイラがするにゃ! 着いてこいにゃ!」

「(さてと、初めてやる試みだけど、効果的な時間稼ぎをするなら、魔法同時発動(これ)しかねぇ!)」

「我願う……土魔力よ……収束し放たれよ……」

「我願う……土魔力よ……収束し放たれよ……」

 正直な所、魔法の同時発動はやったことが無い。考えた事はある。父アモンや祖父キースとの魔法修業の際に、見せてもらった"合体魔法"という高度な技術に憧れたからだ。

 だけど、同時に修業中は昔、母アーシャが教えてくれた魔法の失敗による危険性(リスク)についてを思い出し、基礎固めを優先して、この訓練を先送りにしていた。

 しかし、この状況は、まさに打ってつけの状況だと言える。魔法の失敗で多い、制御出来ず照準を合わせられないと言う事は、この状況下においては些細な問題だ。何故なら、問題の本質は、時間稼ぎが出来れば良いのだから。

 1発分の時間で2発撃つことが出来れば、1発分の時間を稼ぐことが出来る。例え制御が無くなったとしても、1番後ろにいる俺の魔法が、仲間達へあたる事はほぼ無い。周囲の環境も気にする事はないし、1番被害が大きいのは敵で、それを狙っているのだから都合が良い事この上ない。

「ラジエイトソイル! 2連!!」

 後ろを振り返り、立ち止まった俺は両手から、下級土属性魔法ラジエイトソイルを2発同時に放った。
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