探検の書

ぶちゃ丸/火取閃光

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第2章 見習い冒険者

2-36 探検の書

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「さてと……リオ、ご飯を食べましょう? 今日はシチューとグラタンよ」

 クリームシチューとリゴン水、野菜たっぷりのグラタンに長細いパンを置いたお盆を母が持ってきて、食席に座る。

「待ってました! もう、腹ペコだよ~」

「アハハ、ゆっくり食べなさい」

 チーズの"じゅわ~"と焼ける音や焦げた香ばしい匂いと食欲をそそる匂いが部屋に広がる。

 "ぐぅ~"と鳴る腹の後に俺は涎が我慢できず、熱々のご飯をゆっくり食べ進める。

「それで、リオ、聞いても良い?」

 お互いにある程度食べ終えた時に母が改まった表情で俺に質問する。

「何度も言うけど、俺の意思は変わらないよ」

「それはもう良いわ……貴方の人生なんだから好きにしなさい。でも、ちゃんと帰ってくるんだよ?」

「母ちゃんらもね? 俺は、確かに弱いけど死ぬ危険は、母ちゃん達の方が高いんだからね?」

「あら? 未熟者の貴方がアタシらの心配? うふふ冗談よ。ありがとね。気をつけるわ」

 俺の心配に生意気だと言わんばかりに挑発する母は、突然笑い、笑みをこぼした。

「それで、一体何のようなの?」

「リオは、いつアレを使えるようになったの?」

「(アレってなんだろう……多分、グレイウルフ戦での事だけど……母ちゃん達が知らなくて、俺がやった事と言えば……魔拳のことかなぁ?)」

「アレ? って……もしかして、"魔拳ー鉄"の事?」

 母のアレと言う言葉に1つしか心当たりがない俺は、少し首を傾げながら質問に答える。

「そうよ。貴方が"魔拳"って呼んでいるモノは、魔力近接戦闘術・魔纏撃(まてんげき)って呼ばれているわ」

「魔纏撃? えっ? アレって……そんなに有名な技なの?」

「う~ん……有名と言われれば微妙なところね。この国から遠方にある遊戯国家ドネペジル発祥の格闘術だわ」

「遊戯国家? なんか、楽しそうな国だね!」

「(遊戯国家……遊戯国家? どっかで聞いたことあるなぁ……何処だっけ?)」

「その分、治安は最悪に近いからあまり期待しない方が良いわ。っと、そうじゃなくてね。魔纏撃は、使用は控えるようにね」

 遊戯国家ドネペジルという国名に聞き覚えがあった俺であるが、どう言うタイミングで聞いたかと思い出そうと上の空になっている俺に母は、続けて注意を促す。

「分かっているけどさ……魔纏撃って訓練次第で制御とか出来ない物なのかなぁ? 母ちゃんは、何か知らない」

「そもそも、貴方は魔纏撃と付与魔法の違いは分かるかしら?」

「えっ? う~ん……そう言われると全然分かんないなぁ……違いってあるの?」

「(そもそも、この世界の付与魔法自体のちゃんとした定義なんて聞いたことがないから、俺の中のイメージの範疇でしか分かんないなぁ)」

「大きく分けて2つあるわ。1つ目は魔法体系に組み込まれているか否かで、2つ目は、1によって上限が決められているか否かの違いよ」

「うん? 全然分かんないけど……」

「(前言撤回。全然分かんないわ)」

 母によって説明された2つの違いが全く理解出来なかった俺は、母の言葉を一言も逃さない様に意識を集中した。

「まず1つ目の魔法体系についてね。付与魔法は、少し特殊な魔法でね……。リオ、例えば火魔法を掌の上で使うと自分の手はどうなる?」

「自分の魔力とは言え少し、ずつ、焼ける……あっ!? そう言う事? いや、でも……まあ、良いや。兎も角、掌の上は焼かれるね」

 魔法と言うか属性魔力の特性と属性魔力の耐性の関係性から考えた俺は、何となく母の言いたい事のニュアンスが理解出来た。

「その通りよ。魔纏撃はね、正にその性質を引き継いでいる訳よ。貴方の右拳が砕けた事は、何もグレイウルフの頭蓋骨が硬過ぎる訳でも、貴方の身体が弱い訳では無いわ」

「あ、じゃあ……やっぱり?」

「そうよ。土魔力は、身に纏わせれば、その箇所が脆くなる性質を持つわ。火なら燃えて火傷を負うとかね」

「じゃあ、付与魔法は?」

「その欠点が無くなり、自分と他者の魔力によって身体への危険は無く、強化を付与できるわ。逆に弱体化は、本来の属性魔力の性質をより顕著に引き出すわ。まあ、その分、習得難易度が高かったり、代償があったりするから"最強で万能な魔法"って訳でも無いわ」

 魔纏撃は属性魔力の特性を引き継いだ強化方法で、付与魔法が魔法体系に落とし込んだ強化・弱体化方法だと説明する母だったが、俺に付与魔法にも欠点があると注意喚起した。

「代償か……ちなみにそれは?」

「付与魔法使いは、生涯で得意1属性のみしか攻撃・防御魔法を使えなくなるわ」

「うわぁ……それはそれで嫌だなぁ……」

「(まあ、魔法を補助として使う前衛であればこのリスクは無いようなモノだけど……習得が難しいなら話は別だな。後衛魔法使いで攻撃・防御の属性が1種に縛られる事は、技能に耐性がある時点でヤバいなぁ)」

 この世界では、耐性も技能の内としてカウントされている。

 俺自身も属性魔力の耐性技能を習得できる事実から考えると、より強い魔物には、俺と同じ様に属性魔力耐性があると俺は考察した。

「その辺りは、また今度にでもストールに聞いてみなさい。彼は、付与魔法を習得していて、アタシよりもよく知っているわ」

「分かった。その辺は、今度また聞いてみるよ」

「そうしてみて頂戴。それで……何の話だっけ?」

「母ちゃん、魔纏撃の制御方法についての話だよ」

「あ、そうそう! それで、制御法ね。結論から言うと魔纏撃は、制御は出来るわ」

 話が脱線した事により何について話していたか忘れてしまった母は、俺に本題を伝えられると照れ笑いしながら説明をした。

「本当っ!? どうやって!?」

「まあ、これが制御と言って良いか微妙な線だけど……魔纏撃は、貴方が体験した通り自身の身体を壊してでも相手に攻撃を与える手段だわ。これは、制御の仕様が無い魔力の性質みたいなモノだわ」

「えっ? じゃあ、制御は無理なんじゃ……」

「だから、魔纏撃使い……有名な所だと火纏撃(かてんげき)流の一派は、魔力操作とそれに耐えられる強靭な肉体作りの末に"身体が痛みに耐えられる許容範囲"を拡大して、ある種の制御を可能にしているわ」

「痛みに耐えて……身体が壊れない限界を追求する流派かぁ……凄いな……」

 脳筋過ぎる制御方法に俺は、絶句しつつも逆にその方法しかないかと心の中で納得し、自身の痛みの経験則からその手法を行う人達に尊敬した。

「魔纏撃の凄い所は、付与魔法と違って強化する上限が無い所にあるわ。貴方も身に覚えがあるでしょ?」

「あっ!? それで、あの威力の攻撃が出来たのかぁ……」

「付与魔法は、自分だけじゃ無く、他人や物に危険無しで魔法を付与出来る利便性があるけど、その反面に魔法の等級によって効果や時間に上限決められているわ」

「なるほど……だから、さっき母ちゃんは、"最強でも万能でも無い"みたいな事を言っていたのか……」

 俺はグレイウルフ戦で放った最初の一撃と最後の一撃を思い出し、両方を比べて考察した。

「魔纏撃は、自分の身体と身に付けている道具の強化に特化していて、自身の命と引き換えに攻撃するみたいな事も可能だから、制御出来ていない内はあまりやって欲しくないのよ」

「ああ、そう……あ、なら、剣鉈や槍に使うのは良いんじゃないの? やった事はないけど、物語の魔剣みたいでカッコ良さそうだし」

「それも、限りなく無理に近いわ」

「えっ? 何で? 良い代替案だと思うけど……」

「確かに、貴方の言うやり方の魔纏撃はあるわ。でも、それは、魔力をよく通す物質の性質が有って初めて出来る芸当よ。貴方の武器は鉄製武器。普通の金属では、力押しで魔力を通せても、その魔力に武器が耐えられ無いわ」

「魔力を通す金属かぁ……ーー!? 迷宮産の金属!」

 武器の耐久値が自身の魔力に耐えられない事が盲点だった俺は、今でも偶に行く祖母の店の手伝いでの経験を思い出した。

「あとは、魔物の骨や皮なんかも、それに当てはまるわ」

「そっか、そう言う事かぁ……確かに、魔纏撃、俺の場合は土纏撃(どてんげき)? になるのか? に頼ってばっかりは、かなり危ないのか……」

 くどい様だが、俺の現状で魔纏撃は、自身の身体や道具が壊れる前提での最後の切り札である。

 その一撃は、場合によっては魔法よりも強い必殺の一撃になるが、同時にそれで倒せなかった場合は万事休すになる事は明白である。

「分かってくれたかしら? 別に2度と使うなとは言わ無いわ。だからせめて、土壇場で全魔力を込めるのでは無くて、使いこなせる様に一杯練習してから使って欲しいわ」

「あはは……うん、分かったよ。それは、俺も反省しなくちゃね」

「(あの戦いで倒せた事は、本当にまぐれだなぁ。少なくても最初の一撃で体力を削れていなかったら、どうなっていた事やら)」

 母に図星を突きつけられた俺は、笑って誤魔化したが、内心では最悪な状況を思い返してしっかりと反省した。

「ただいまー! リオ、待たせたな! 買ってきてやったぞ!」

「父ちゃん、おかえり! 日記本と羽ペンを買ってきてくれて、ありがとね。今度からは自分で買うよ」

「ワッハッハ! 子供が遠慮するなって! それと、日記本を書き終えたら、そん時はまた言えよ? 成人するまで買ってきてやるからよ」

「えっ!? いいよ、そこまでしなくても!」

「だから、遠慮するなって。俺達が買ってあげたいんだ。もう少し、俺らに親らしい事をさせてくれよ」

「そうよ。貴方は、昔から、手のかから無い子供で助かったけど、もう少しアタシらに頼ってくれ無いと寂しいわ」

「~っ!? ああ、もう! 分かった、それじゃあ、その、また、お願いします」

 両親からのお節介とも呼べる好意に俺は、顔が熱くなるくらい恥ずかしくなった。

「おう! 任せろ!」

「ええ、任せて!」

「それじゃあ、俺はもう部屋で休むよ! ご飯ありがとねー!」

「逃げたわ」

「おう、そうだな」

 お腹を満たし、活力が戻った俺は、後ろから聞こえる両親の言葉を無視して、自室へと小走りで向かった。

「ふぅーなんか、変な汗をかいたな。それはそうと、日記本……[探検の書]かぁ……時系列はいつから書こうかな? いや……この際だし、日記書きじゃなくて自作小説っぽく書くのもアリだな……どうせ、俺の趣味だし、多分、見られたり、バレたりしても創作って事で誤魔化せるだろ」

 両親には日記張として使うと言う建前だったが、本来の使い道は自由帳として使う予定だった。

 しかし、普通に日記風に書く事が勿体無いと感じた俺は、遊び心加える為に前世でも書いたことがない小説風に書く事を決心した。

「(それなら、本格的に時系列はいつにしようか……俺の誕生日が"ドラゴンのツキ・5日・ドウギのヒ"だからそこからにする? いや、でも、[佐藤翔太の自我記憶]を思い出して、異世界転生を自覚したのは、祝福日の"ヘビのツキ・1日・ユウキのヒ"だから、そっちの方が小説っぽくて良い様な気がする!)」

「うん、きっとそんな気がする。さてと、早速書いてみるか! えっと……[迷王歴500年・ヘビのツキ・1日・ユウキのヒ。5歳の夏、俺は唐突に前世の記憶と言うものを思い出した]っと」
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