探検の書

ぶちゃ丸/火取閃光

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第2章 見習い冒険者

2-22 勇敢な冒険者

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「う…うう…ん。ここ、は…?知らない天井って言いけど、俺の部屋か…。つーか、もう朝か…。身体がベタベタするし風呂入るか…。」

 俺は瞼をゆっくり開けて起き上がると自室のベッドに寝かされていた。どうやら俺は昨日の戦闘訓練後から朝まで熟睡していた様だ。

「起きた時に痛みは特に無えからもしかしてって思ったけど、やっぱり傷跡が無えな。爺ちゃんの蹴りが腹に減り込んだし、受身ミスって鼻血出たけど確認する限り無いな。やっぱりあの時に父ちゃん達が居て治療してくれたって感じが多分妥当だな。」

 俺は浴室で桶にお湯を貯めて鏡代わりに使い身体中を確認した。1番重症な腹には青タン一つ無かった事から気絶寸前に感じた感触と言葉は幻では無かった事が分かった。俺は着替えを行い食事部屋に向かうと両親が起きて朝飯の準備を行っていた。

「おう、おはよう、リオ。具合はどうだ?」

「おはよう、リオ。身体、平気かしら?」

「うん、父ちゃん達のお陰で平気だよ。ありがとうね。」

 俺はその場で笑みを浮かべると両腕を曲げて元気さをアピールした。

「そんな事は無ぇさ。リオが普段から身体を鍛えたからアレくらいで済んだんだよ。最も爺ちゃんの力加減が絶妙だったんだ。今度会ったらしっかりとお礼っておけよ。」

 父は首を横に振り俺の普段の鍛錬成果と祖父の細心の気遣いである事を言い、テーブルの正面に座る様に指差し指示した。

「そっかー。それと父ちゃん達って、昨日の戦闘訓練の内容ってどんな事をするとか知っていたの?」

 俺は"ガタッ"と椅子を引く音を立てながら、父の指示する正面の席に座る。俺はふと、"あの激しい戦闘内容を事前に相談されていたものなのか?"が気になり質問した。

「えぇ、勿論よ。寧ろ、アタシ達からお義父さんに頼んだのよ。だから、お義父さんは恨まないでね。」

 母は朝食の準備を一時中断し父の横の席に座ると、相談を受けていたどころか、主導して内容を決めた事を告げた。そして、悲しそうに何かに耐える様な表情で自分たちの所為であることを強調した。

「そっかー。」

 俺はさっきまでの笑顔を潜めて無表情で母の言葉を聞いた。

「リオは…やっぱり、その…こんな事を頼んだ俺達を恨んでいるか?」

 父は俺の表情を確認すると一度視線を外し、チラチラと俺を見ながら強張った表情で俺の気持ちを確認した。

「っ。正直に言えば…恨めしいって思った。」

 俺はいつも元気な父が声を震わして不安そうにしている表情に息を呑み、正直に心の思いをぶつけた。

「っ!?そ、そうか…。そうだよな…。あはは…。」

 父はある意味で予想通りだったのか目を見開き、右手で頭をかきながら力無く空笑いをした。

「でも、それは父ちゃん達に思ったんじゃ無くて、俺自身に思った事なんだ。だから、あの戦闘訓練は、やって良かったと思っているから勘違いしないでね。それで、ねぇ?父ちゃん、母ちゃん。俺が昔、冒険者になりたいって言った時の事を覚えている?」

 俺は悲しげにショックを受けているのを見て自身の言葉足らずを訂正し、3年前の冒険者を決意した日について両親に質問した。

「っ。えぇ、勿論覚えているわ。」

 母は俺が言った恨みの対象が母ではなく自分自身である事を聞き、目を見開き息を呑む。

「あぁ、俺も覚えているぞ。俺達が覚悟を聞いた日の事だろ?」

 父は少しずつ頭の調子を取り戻し顔面蒼白だった顔色も少しずつ赤みを得てきた。

「うん…。俺、あの時に覚悟が出来ているかって問いに対して"分かんないからこれから少しずつ身に付ける"って答えたけど…。昨日の戦いで分かったんだ。俺は覚悟なんて碌に出来ていなかった。それどころか、本気で考えてすらいなかったんだ。」

 俺は両親達から視線を下げて太ももに置いた両手を見つめる。両手はまるで俺の感情そのものを表している様に拳が作られ、力強く握られていた。

「そうか…。」

 父は特に追及せずに黙って俺の話を聞き頷いた。

「うん…。それで、爺ちゃんの初めての敵意にさ、全身が震えてしまって、戦う前から、俺の心は負けを認めてしまったんだ…。本当なら恐怖に対して心を震わして、立ち向かわなくちゃならなかったのに…ね。」

 俺は戦闘訓練の時に感じた恐怖を思い出し呼吸を荒げる。頭に血が上った様に顔を赤くしていく俺は、目に力を入れて奥歯を噛み、恐怖とは違う激情に少しずつ身体を震わせた。

「そ、そんな事はないわ…。そ、それにリオは立ち上がったじゃない?」

 母は初めて見る俺の表情に少し困惑げに言葉を震わせた。

「あの時は、ラート君とシルルちゃんがさ、カッコ良かったんだよ。2人も俺と同じく怯えていたけど、あの恐怖に抗って身体を張って、家族を守る姿がとても眩しかったんだ。っ!それに引き換え俺は!俺自身が恐怖から逃げる事で精一杯で!カッコ悪くて、恥ずかしかったんだ!」

 俺の激情の正体は"嫉妬"と"自己嫌悪"だった。あの時は必死すぎて、そこまで深く考えずに祖父の元へ立ち向かった。しかし、今朝目が覚めて頭がクリアになる程あの時の状況を俯瞰して見れる様になった。

 あの時の俺は友達を守りたいから守ったのではなく、恐怖に怯え、友達を見捨てでも逃げ出す事を選んだ。しかし、見捨てた友達は俺とは正反対に勇気を振り絞り身体を張って家族を守り抜いていた。

 その光景を見て俺は"なんて俺は卑小な存在なんだろう"・"自分の憧れた両親や祖父達に俺は本当に相応しい息子なのだろうか"と思い途端に恥ずかしくなり、ようやく"友達を守る"と言う行動に移せたのだ。

「そうか…。」

「結局、俺は友達が"大事だ"って、"守りたい"って言ってきた…。けど!それは、それが出来ないカッコ悪い奴になりたく無いから言っているだけの口先だけの野郎だったんだ!こんな奴、初めから生まれるべきじゃ無かったんだ…!」

 爆発した感情を発露した俺は完全に頭に血を上らせて暴走状態だった。そして俺が自身の転生した意味を否定した。

「っ!?リオ!お前っ!」

 父は椅子を"ガタッ!"と勢い良く立ち上がり、俺と同じ様に真っ赤になり、鬼の形相で右拳で俺の左頬を殴り付けた。

「ふべっ!?っ痛!!っ!?」

 俺は突然感じる父の怒声と殴打に椅子ごと身体が吹き飛び、壁と背中が衝突して初めて痛みを感じた。左頬は大きく腫れ上がり、殴打で切れた口内と折れた3本の乳歯で血だらけのまま俺は呆然と父の姿を見た。

「リオ、お前今、何つった?"生まれてくるべきじゃ無かった"…だと?ふざけた事を抜かしてんじゃねぇぞ。お前は、俺達が望んで生んだ大切な息子だ。そんな事、2度と考えるんじゃねぇよ。」

 父はしゃがみ込み俺と同じ目線になると静かに怒気を表して俺を叱った。

「アモン…。」

 母は父の突然の行動に口に手を当てて呆然としていたが、その目にはうっすら涙を滲ませていた。

「…。」

 俺は未だに何が起きているのか脳内の情報処理が出来ず、腫れている頬を触り、少しずつ冷静さを取り戻した。

「それに黙って話を聞いていたが、慣れていない威圧に怯えて、それでも立ち上がった理由がお前にとって恥ずべき事だからだと?お前、一体何様のつもりだ?英雄にでもなったつもりか?そうじゃねぇだろ?リオ。」

 父は会話が進むごとに、興奮して真っ赤になっていた顔を少しずつ冷静さを戻していった。

「…うん。」

 俺は完全に冷静さを失っていたと反省して、自分が驕っていた事に気が付いた。

「はぁ~っ。慣れていない威圧に怯える事は当然の事だ。それに、大事な友達を守れない事がカッコ悪いから友達を守っただと?お前の気持ちはどうであれ、お前は恐怖に打ち勝ち、爺ちゃんに立ち向かって、友達を守ったのは事実だろ?」

「っ!?」

 俺は父の言う事実に目に溜めていた涙のダムが決壊した。

「それなら、先ずは友達を守ったんだと誇らしく堂々としていろ。そうじゃなきゃ、そんなお前に鼓舞されて立ち上がったアイツらが馬鹿みたいじゃないか。リオは友達を馬鹿にしたいのか?」

「じだぐないっ!」

 俺は涙に頬を向け濡らし、鼻水で口を汚し、流血で首元を真っ赤に染めて父の問いを否定する。

「俺達もお前を口先だけの野郎なんて思っちゃいないさ。寧ろ誇らしかったぜ。なぁ、母ちゃん?」

「そうよ!リオ。アタシ達の息子が誰よりも先に立ち上がって、お義父さんに立ち向かっていく姿はとても誇らしく思っているわ。だから、2度と生まれるべきじゃ無かったって言わないでよ。貴方はアタシ達の元に生まれてきて良かったのよ。」

 母は椅子から勢い良く立ち上がり涙や鼻水、血でグチャグチャな俺を構わずに抱きしめる。

「うう…う…。ごめんなざい…。どおぢゃん、があぢゃん…。」

 俺は両親の思いに触れると号泣しながら年相応の幼児の様に泣きじゃくった。

「ああ…俺も急にカァーッとなって殴っちまった。顔、痛いだろ。ごめんな、リオ。」

 父は申し訳ない表情で俺の腫れている頬をガラス細工を触る様に優しく撫で謝罪した。

「まったくもう、本当よ。でも、アモンがリオに叱るなんてコッチに引越してきて初めてじゃない?でも、ありがとうね。辛い役割を任せちゃって…。」

「そんな事はねぇよ。俺もこれだけは絶対に言わなきゃなんねぇって思ったからな。フェルディの為にも…な?」

「っ!?えぇ、あの子が生きていたら、どんな子供になっていたのかしらね?」

「さぁな…。でもリオの様に勇敢な子供になっていたと思うぞ。何せ俺たちの子供でリオの兄貴だしな。」

「そうね。きっとそうよ。」

 俺は頬の痛みと号泣の疲労感に意識が途切れるまで泣き続けた。
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