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六部 最終決戦編
始祖竜の願い3
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薄れていく命を感じ、柏羅は抱き締める。服を真っ赤な血に染めながら。
「お姉ちゃん…幸せに…なって……」
最後の最後で少女は笑った。それは、柏羅ですら初めて見た笑顔であった。
触れ合ったことにより、柏羅の影響を受けたのかもしれない。それとも、一連の出来事によって変化が起きていたのか。
「ごめんなさい……」
自分のせいで、少女はこのような結末になってしまったのかも。柏羅は涙を流しながら、小さな身体を強く抱き締めた。
「柏羅…」
「大丈夫です。それよりも、朱華お姉ちゃんが先です」
造った本人がいなくなり、背中に施された刻印はもうもたないと柏羅は言う。柏羅が新たに刻むという手もあるが、その手をかけている時間がない。
「魔力の流失は止めたけど、これ以上は私じゃどうにもできないわ」
瑚蝶がお手上げだと言えば、柏羅が大丈夫だと言った。
「柊稀お兄ちゃん、忘れていませんか。精霊王との約束」
精霊王に頼めばいい。そうすれば、刻印がなくても消えないと柏羅は笑った。
妖精の暮らすタンディール地方には、命の泉と呼ばれる場所がある。精霊王に力を借り、その泉を使えばいい。
柏羅が説明すると、黒耀が納得したように頷く。理解したのだ。
「命を生み出すと言われる泉だ。朱華を助けられるはずだ」
妖精が生まれてくる泉だと言われれば、柊稀もそれにかけるしかないと決断した。
「黒耀、頼む。精霊王を」
魔法槍士が仲介として入る。そう決まっているだけに、すぐさま呼んでくれと頼む。
時間がないのだ。朱華はすでに限界へ達している。
「あぁ」
懐から取り出されたひとつの玉。魔力を送り込めば強い輝きを放ち、神殿を照らす。
それが精霊王へ呼びかけるための合図だった。
――我を呼んだか。過去の世で交わした、約束のため――
姿は現していないが、光の中から声は発せられる。過去で聞いた精霊王と変わらない声が。
「朱華を助けてもらいたいんだ」
――いいだろう。その代わり、しばらく預かることになるが構わないか――
一瞬でどうにかできるものではない。少し時間がかかると精霊王が言う。
どれぐらい時間がかかるかわからない。彼女は今、重傷と同じ状態だからだ。
悩んだのは数秒。精霊王は、約束は守ると言っていた。なら、託しても大丈夫のはず。
「わかりました。朱華をお願いします」
少し離れるだけ。それだけで彼女が助かるなら。それなら耐えることができると言い聞かせる。
「朱華、僕待ってるから。あの村で、朱華が帰ってくるの」
敵対したときに比べれば、どうってことない。帰ってきた先に、明るい未来があるのだから。
――これで、過去の世で同族を救ってもらった借りは返した。そして、これは現世での礼だ――
「なにを……」
急に光り出した指輪を見て、琅悸が驚いたように声を上げる。
彼にとって大切な家族が眠る指輪なだけに、さすがに慌てた。
――過去の世で、我は礼として精霊石を与えた。呪われた精霊を受け入れた者へ。そして、この礼はその精霊を死なせなかったお前にだ――
ハッと顔を上げた。お前が望むものだと精霊王が言ったのだ。
琅悸が望んだのは、ユフィを呪いから解放すること。これが終われば、その方法を探してみようと思っていた。
必ず見つかるはずだと。
「許されたのか?」
誰がとは言わない。言わなくても、精霊王にはわかるからだ。
――命を奪った罪は消えない。その事実は変わらない――
まるで自分に言われているようだ、と琅悸は思う。そしてその通りだとも。
――だが、償うことはできるだろう。償いは終わった。あの者にたいしては、そう判断しただけだ――
「償いは…終わった……」
(俺は…これからが償いの日々……)
ぎゅっと拳を握れば、氷穂が包み込むように触れた。横を見れば、彼女は微笑んでいる。
「大丈夫だ」
安心させるように笑いかければ、心が揺れることはない。
氷穂がいればなんだって耐えられたし、乗り越えられる。それに、今は多くの仲間ができたのだ。なにも不安はない。
――それでは、我は行かせてもらう――
光りへ朱華が飲み込まれ、そのまま消えていく。精霊王は帰ったのだ。
薄暗さを取り戻した神殿。終わったが、まだ終わっていない。
「埋葬していっていいですか」
始祖竜としては、妹のような存在だった少女。柏羅は父親同然の古代種と共に、埋葬してあげたかった。
「もちろん」
「ここの中庭がいいんじゃねぇ。ここは、誰も来ないしな」
立ち入り禁止にしているわけではない。けれど、小島までくる民はあまりいなかった。
観光になるようなものもなく、ただの通り道のような場所。邪教集団が出来てからは島に入れなくなったのも大きい。
今思えば、もう一人の始祖竜を護るために男性がやったのだろう。彼の中では、始祖竜がすべてなのだ。
このまま、ここは通り道のままだろう。星霜は笑いながら言った。
彼としては喜ぶべきなのか悩むところだったからだ。
「それじゃあ、やろうか。みんな待たせてるし」
陽霜が穏やかな笑みを浮かべ、少女を抱き上げる。
「黒耀、帰る準備頼むよ。あと、怪我人も」
「わかりました」
中庭へと移動する仲間達を見て、柏羅は一度だけ振り返った。自分が生まれた地に、さよならを告げるように――――。
.
「お姉ちゃん…幸せに…なって……」
最後の最後で少女は笑った。それは、柏羅ですら初めて見た笑顔であった。
触れ合ったことにより、柏羅の影響を受けたのかもしれない。それとも、一連の出来事によって変化が起きていたのか。
「ごめんなさい……」
自分のせいで、少女はこのような結末になってしまったのかも。柏羅は涙を流しながら、小さな身体を強く抱き締めた。
「柏羅…」
「大丈夫です。それよりも、朱華お姉ちゃんが先です」
造った本人がいなくなり、背中に施された刻印はもうもたないと柏羅は言う。柏羅が新たに刻むという手もあるが、その手をかけている時間がない。
「魔力の流失は止めたけど、これ以上は私じゃどうにもできないわ」
瑚蝶がお手上げだと言えば、柏羅が大丈夫だと言った。
「柊稀お兄ちゃん、忘れていませんか。精霊王との約束」
精霊王に頼めばいい。そうすれば、刻印がなくても消えないと柏羅は笑った。
妖精の暮らすタンディール地方には、命の泉と呼ばれる場所がある。精霊王に力を借り、その泉を使えばいい。
柏羅が説明すると、黒耀が納得したように頷く。理解したのだ。
「命を生み出すと言われる泉だ。朱華を助けられるはずだ」
妖精が生まれてくる泉だと言われれば、柊稀もそれにかけるしかないと決断した。
「黒耀、頼む。精霊王を」
魔法槍士が仲介として入る。そう決まっているだけに、すぐさま呼んでくれと頼む。
時間がないのだ。朱華はすでに限界へ達している。
「あぁ」
懐から取り出されたひとつの玉。魔力を送り込めば強い輝きを放ち、神殿を照らす。
それが精霊王へ呼びかけるための合図だった。
――我を呼んだか。過去の世で交わした、約束のため――
姿は現していないが、光の中から声は発せられる。過去で聞いた精霊王と変わらない声が。
「朱華を助けてもらいたいんだ」
――いいだろう。その代わり、しばらく預かることになるが構わないか――
一瞬でどうにかできるものではない。少し時間がかかると精霊王が言う。
どれぐらい時間がかかるかわからない。彼女は今、重傷と同じ状態だからだ。
悩んだのは数秒。精霊王は、約束は守ると言っていた。なら、託しても大丈夫のはず。
「わかりました。朱華をお願いします」
少し離れるだけ。それだけで彼女が助かるなら。それなら耐えることができると言い聞かせる。
「朱華、僕待ってるから。あの村で、朱華が帰ってくるの」
敵対したときに比べれば、どうってことない。帰ってきた先に、明るい未来があるのだから。
――これで、過去の世で同族を救ってもらった借りは返した。そして、これは現世での礼だ――
「なにを……」
急に光り出した指輪を見て、琅悸が驚いたように声を上げる。
彼にとって大切な家族が眠る指輪なだけに、さすがに慌てた。
――過去の世で、我は礼として精霊石を与えた。呪われた精霊を受け入れた者へ。そして、この礼はその精霊を死なせなかったお前にだ――
ハッと顔を上げた。お前が望むものだと精霊王が言ったのだ。
琅悸が望んだのは、ユフィを呪いから解放すること。これが終われば、その方法を探してみようと思っていた。
必ず見つかるはずだと。
「許されたのか?」
誰がとは言わない。言わなくても、精霊王にはわかるからだ。
――命を奪った罪は消えない。その事実は変わらない――
まるで自分に言われているようだ、と琅悸は思う。そしてその通りだとも。
――だが、償うことはできるだろう。償いは終わった。あの者にたいしては、そう判断しただけだ――
「償いは…終わった……」
(俺は…これからが償いの日々……)
ぎゅっと拳を握れば、氷穂が包み込むように触れた。横を見れば、彼女は微笑んでいる。
「大丈夫だ」
安心させるように笑いかければ、心が揺れることはない。
氷穂がいればなんだって耐えられたし、乗り越えられる。それに、今は多くの仲間ができたのだ。なにも不安はない。
――それでは、我は行かせてもらう――
光りへ朱華が飲み込まれ、そのまま消えていく。精霊王は帰ったのだ。
薄暗さを取り戻した神殿。終わったが、まだ終わっていない。
「埋葬していっていいですか」
始祖竜としては、妹のような存在だった少女。柏羅は父親同然の古代種と共に、埋葬してあげたかった。
「もちろん」
「ここの中庭がいいんじゃねぇ。ここは、誰も来ないしな」
立ち入り禁止にしているわけではない。けれど、小島までくる民はあまりいなかった。
観光になるようなものもなく、ただの通り道のような場所。邪教集団が出来てからは島に入れなくなったのも大きい。
今思えば、もう一人の始祖竜を護るために男性がやったのだろう。彼の中では、始祖竜がすべてなのだ。
このまま、ここは通り道のままだろう。星霜は笑いながら言った。
彼としては喜ぶべきなのか悩むところだったからだ。
「それじゃあ、やろうか。みんな待たせてるし」
陽霜が穏やかな笑みを浮かべ、少女を抱き上げる。
「黒耀、帰る準備頼むよ。あと、怪我人も」
「わかりました」
中庭へと移動する仲間達を見て、柏羅は一度だけ振り返った。自分が生まれた地に、さよならを告げるように――――。
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