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六部 最終決戦編
始祖竜の願い
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荒い息づかいが石造りの神殿に響く。柊稀の渾身の一撃は、男性に直撃したようだ。誰が見ても致命傷とわかり、戦いは終わった。
静寂と荒い息づかいが響くなか、男性の身体が崩れ落ちていく。まるで造られた者のように。
「まさか……」
「これも、造られた存在だったということだね」
華朱と陽霜が苦々しく言う。これで終わりだと思っていただけに、誰もが男性が親玉だと思っていたのだ。倒せばすべてが終わると。
それが違っていた。振り出しに戻された気分になり、脱力感が身体を襲う。
ここから仕切り直しかと思えば、どうしたものかと思わずにはいられない。
「マスターはこいつじゃないのか」
謎の少女がいたせいで琅悸ですら信じていた。彼が邪教集団を束ねる者なのだと。
「神竜の力は、確かに持っていたはずだ」
決め手は神竜の力を持っていたこと。黒耀も琅悸と考えは変わらない。
だからこそ、すべてを出し切って倒すのだと挑んだ。
「彼は……間違いなく邪教集団を束ねる者。マスターと呼ばれし者。私が、最初に造った」
「危ない!」
少女の声に被るよう柏羅が叫ぶ。しかし、それはすでに遅く、周囲を激しい風が襲った。
強風は少女のフードを吹き飛ばし、初めて素顔が晒された。
その素顔に誰もが息を呑む。柏羅と瓜二つだったのだ。
「お前は、まさか……始祖竜か?」
黒耀は描かれていたのが二人であったことを思いだす。始祖竜は二人いたのだ。
「そう…私は始祖竜。そこの始祖竜と同じように、この神殿で眠っていた」
柏羅を指差す少女に、全員が振り返る。全員の視線を受け、彼女は俯いた。それだけで、今言ったことは事実なのだと思う。
だが、それと今回の件がどう繋がるのか。
そこだけが理解できない。柏羅は始祖竜かもしれないが、なぜ狙う必要があったのか。
そして柏羅のためだけに、このようなことをしたのか。そこが気になるところ。
なぜだかわからないが、この少女とマスターと呼ばれていた者では、やりたかったことが違う気がしたのだ。
「お前は、なにがしたかったんだ?」
問いかける琅悸に、少女は答えるだろうか。一瞬そんな風に思ったが、彼女は語り出す。この一件の始まりを――――。
隠すつもりはないようだ。彼女自身は、知られようが知られまいが関係ないのだろう。
始祖竜――始まりの竜とも呼ばれる、竜族の祖。世界の誕生と共にこの世に生を受けた種族。
世界は争いもなく、とても穏やかに暮らし、平和な日々を過ごしていた。
平和が崩れたのはいつだったろう。いつしか、始祖竜は二つに分かれ争うようになってしまった。
「それは、始祖竜の魔力性質の関係でした。皆さんにもあるはずです」
竜族は誰もが持っている魔力性質。攻撃向けだったり、治癒向けであったり。
その傾向は、種族ごとである程度統一されている。火竜族は攻撃向きであり、そのために戦闘能力が高い。好戦的な一面があるのも、このためだといわれている。
同じ攻撃向けでも、黒竜族は戦いより破壊を好むともいわれている。実際に破壊の性質を持って生まれてくることはないのだが、飛狛という例外を彼らは知ってしまった。
「始祖竜には攻撃向けと結界向けの二種しかありません。それも、破壊を好む攻撃向けです」
「そう……。文明を発展させる始祖竜と、破壊衝動を持つ始祖竜の対立。両者は争い、滅びた」
二人の始祖竜から、始祖竜が滅びた理由を知る。それが創歴の始まりなのだと。
滅びていった中、唯一の生き残りは二人だったのだろう。それは容易に理解できる。
「私達はここで生まれました。そして、ここに残された」
柏羅が崩れた黒い塊へゆっくりと近寄った。手にすくいとれば、砂のようにサラサラとこぼれ落ちる。
「彼は……私達の育ての親で、古代種の一人。私達のために、ずっとここにいてくれて、世話をしてくれて、死にました」
ハッとしたように柊稀が柏羅を見た。怒りに任せて殺してしまったが、彼は柏羅への攻撃はしていない。
始祖竜を警戒してのことだとずっと思っていたが、それは違ったのだと気付く。
彼にとって、柏羅は大切な娘同然だったのかもしれない。大切な家族だったのだ。
目の前にいる少女は、失った親代わりの古代種を造った。それは寂しさからなのだとも、柊稀は気付いた。
決して、こんなことをするためではなかったのだ。どこかでなにかが狂ってしまったのだろう。
なら、この戦いはなんだったのか。なんのためにこんな真似をしたのか。
悲しげに黒い塊を見る柏羅。
「彼を造ったとき、私達は仲間を作ろうと思いました。自分達の力を源に、生命を作ろうと」
始祖竜の攻撃性は細かく分ける。そうすれば、片寄った強さにはならないはずだ。
そうやって分けられたのが、火竜、黒竜、魔竜だった。この三種族が攻撃的な一面を持ちながら、タイプが違うのもそのためだ。
「力を使い果たし、私達は長く眠った。その間、民が神竜と呼ぶ存在を見せていたのは、お前達が殺した男だ」
眠る始祖竜の代わりに、始祖竜の姿を見せていただけ。架空の存在なのだと語る。
民が勝手に神竜と崇めてしまっただけだったのだ。
つまり、男性が神竜の力を取り込んだのではなく、男性自身が神竜と変わらない存在だったということになる。
「目を覚ましたら、私は一人だった」
「なぜだ? そいつが傍にいたなら、なにかあっても護ったはずだ」
造られたとはいえ、ずっといたなら護るはず。勝手にいなくなるはずがない。黒欧という魔道生物を連れているからこそ、黒燿にはそれがわかる。
「死んでいた。世界統合と呼ばれる出来事のあとだった」
統合されたことにより、小島がみつかった。誰かが侵入したのだろう。簡単に入ることができる状態だったのを黒燿は知っていた。
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静寂と荒い息づかいが響くなか、男性の身体が崩れ落ちていく。まるで造られた者のように。
「まさか……」
「これも、造られた存在だったということだね」
華朱と陽霜が苦々しく言う。これで終わりだと思っていただけに、誰もが男性が親玉だと思っていたのだ。倒せばすべてが終わると。
それが違っていた。振り出しに戻された気分になり、脱力感が身体を襲う。
ここから仕切り直しかと思えば、どうしたものかと思わずにはいられない。
「マスターはこいつじゃないのか」
謎の少女がいたせいで琅悸ですら信じていた。彼が邪教集団を束ねる者なのだと。
「神竜の力は、確かに持っていたはずだ」
決め手は神竜の力を持っていたこと。黒耀も琅悸と考えは変わらない。
だからこそ、すべてを出し切って倒すのだと挑んだ。
「彼は……間違いなく邪教集団を束ねる者。マスターと呼ばれし者。私が、最初に造った」
「危ない!」
少女の声に被るよう柏羅が叫ぶ。しかし、それはすでに遅く、周囲を激しい風が襲った。
強風は少女のフードを吹き飛ばし、初めて素顔が晒された。
その素顔に誰もが息を呑む。柏羅と瓜二つだったのだ。
「お前は、まさか……始祖竜か?」
黒耀は描かれていたのが二人であったことを思いだす。始祖竜は二人いたのだ。
「そう…私は始祖竜。そこの始祖竜と同じように、この神殿で眠っていた」
柏羅を指差す少女に、全員が振り返る。全員の視線を受け、彼女は俯いた。それだけで、今言ったことは事実なのだと思う。
だが、それと今回の件がどう繋がるのか。
そこだけが理解できない。柏羅は始祖竜かもしれないが、なぜ狙う必要があったのか。
そして柏羅のためだけに、このようなことをしたのか。そこが気になるところ。
なぜだかわからないが、この少女とマスターと呼ばれていた者では、やりたかったことが違う気がしたのだ。
「お前は、なにがしたかったんだ?」
問いかける琅悸に、少女は答えるだろうか。一瞬そんな風に思ったが、彼女は語り出す。この一件の始まりを――――。
隠すつもりはないようだ。彼女自身は、知られようが知られまいが関係ないのだろう。
始祖竜――始まりの竜とも呼ばれる、竜族の祖。世界の誕生と共にこの世に生を受けた種族。
世界は争いもなく、とても穏やかに暮らし、平和な日々を過ごしていた。
平和が崩れたのはいつだったろう。いつしか、始祖竜は二つに分かれ争うようになってしまった。
「それは、始祖竜の魔力性質の関係でした。皆さんにもあるはずです」
竜族は誰もが持っている魔力性質。攻撃向けだったり、治癒向けであったり。
その傾向は、種族ごとである程度統一されている。火竜族は攻撃向きであり、そのために戦闘能力が高い。好戦的な一面があるのも、このためだといわれている。
同じ攻撃向けでも、黒竜族は戦いより破壊を好むともいわれている。実際に破壊の性質を持って生まれてくることはないのだが、飛狛という例外を彼らは知ってしまった。
「始祖竜には攻撃向けと結界向けの二種しかありません。それも、破壊を好む攻撃向けです」
「そう……。文明を発展させる始祖竜と、破壊衝動を持つ始祖竜の対立。両者は争い、滅びた」
二人の始祖竜から、始祖竜が滅びた理由を知る。それが創歴の始まりなのだと。
滅びていった中、唯一の生き残りは二人だったのだろう。それは容易に理解できる。
「私達はここで生まれました。そして、ここに残された」
柏羅が崩れた黒い塊へゆっくりと近寄った。手にすくいとれば、砂のようにサラサラとこぼれ落ちる。
「彼は……私達の育ての親で、古代種の一人。私達のために、ずっとここにいてくれて、世話をしてくれて、死にました」
ハッとしたように柊稀が柏羅を見た。怒りに任せて殺してしまったが、彼は柏羅への攻撃はしていない。
始祖竜を警戒してのことだとずっと思っていたが、それは違ったのだと気付く。
彼にとって、柏羅は大切な娘同然だったのかもしれない。大切な家族だったのだ。
目の前にいる少女は、失った親代わりの古代種を造った。それは寂しさからなのだとも、柊稀は気付いた。
決して、こんなことをするためではなかったのだ。どこかでなにかが狂ってしまったのだろう。
なら、この戦いはなんだったのか。なんのためにこんな真似をしたのか。
悲しげに黒い塊を見る柏羅。
「彼を造ったとき、私達は仲間を作ろうと思いました。自分達の力を源に、生命を作ろうと」
始祖竜の攻撃性は細かく分ける。そうすれば、片寄った強さにはならないはずだ。
そうやって分けられたのが、火竜、黒竜、魔竜だった。この三種族が攻撃的な一面を持ちながら、タイプが違うのもそのためだ。
「力を使い果たし、私達は長く眠った。その間、民が神竜と呼ぶ存在を見せていたのは、お前達が殺した男だ」
眠る始祖竜の代わりに、始祖竜の姿を見せていただけ。架空の存在なのだと語る。
民が勝手に神竜と崇めてしまっただけだったのだ。
つまり、男性が神竜の力を取り込んだのではなく、男性自身が神竜と変わらない存在だったということになる。
「目を覚ましたら、私は一人だった」
「なぜだ? そいつが傍にいたなら、なにかあっても護ったはずだ」
造られたとはいえ、ずっといたなら護るはず。勝手にいなくなるはずがない。黒欧という魔道生物を連れているからこそ、黒燿にはそれがわかる。
「死んでいた。世界統合と呼ばれる出来事のあとだった」
統合されたことにより、小島がみつかった。誰かが侵入したのだろう。簡単に入ることができる状態だったのを黒燿は知っていた。
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