始まりの竜

朱璃 翼

文字の大きさ
上 下
158 / 174
六部 最終決戦編

始祖竜の願い

しおりを挟む
 荒い息づかいが石造りの神殿に響く。柊稀の渾身の一撃は、男性に直撃したようだ。誰が見ても致命傷とわかり、戦いは終わった。

 静寂と荒い息づかいが響くなか、男性の身体が崩れ落ちていく。まるで造られた者のように。

「まさか……」

「これも、造られた存在だったということだね」

 華朱と陽霜が苦々しく言う。これで終わりだと思っていただけに、誰もが男性が親玉だと思っていたのだ。倒せばすべてが終わると。

 それが違っていた。振り出しに戻された気分になり、脱力感が身体を襲う。

 ここから仕切り直しかと思えば、どうしたものかと思わずにはいられない。

「マスターはこいつじゃないのか」

 謎の少女がいたせいで琅悸ですら信じていた。彼が邪教集団を束ねる者なのだと。

「神竜の力は、確かに持っていたはずだ」

 決め手は神竜の力を持っていたこと。黒耀も琅悸と考えは変わらない。

 だからこそ、すべてを出し切って倒すのだと挑んだ。

「彼は……間違いなく邪教集団を束ねる者。マスターと呼ばれし者。私が、最初に造った」

「危ない!」

 少女の声に被るよう柏羅が叫ぶ。しかし、それはすでに遅く、周囲を激しい風が襲った。

 強風は少女のフードを吹き飛ばし、初めて素顔が晒された。

 その素顔に誰もが息を呑む。柏羅と瓜二つだったのだ。

「お前は、まさか……始祖竜か?」

 黒耀は描かれていたのが二人であったことを思いだす。始祖竜は二人いたのだ。

「そう…私は始祖竜。そこの始祖竜と同じように、この神殿で眠っていた」

 柏羅を指差す少女に、全員が振り返る。全員の視線を受け、彼女は俯いた。それだけで、今言ったことは事実なのだと思う。

 だが、それと今回の件がどう繋がるのか。

 そこだけが理解できない。柏羅は始祖竜かもしれないが、なぜ狙う必要があったのか。

 そして柏羅のためだけに、このようなことをしたのか。そこが気になるところ。

 なぜだかわからないが、この少女とマスターと呼ばれていた者では、やりたかったことが違う気がしたのだ。

「お前は、なにがしたかったんだ?」

 問いかける琅悸に、少女は答えるだろうか。一瞬そんな風に思ったが、彼女は語り出す。この一件の始まりを――――。

 隠すつもりはないようだ。彼女自身は、知られようが知られまいが関係ないのだろう。

 始祖竜――始まりの竜とも呼ばれる、竜族の祖。世界の誕生と共にこの世に生を受けた種族。

 世界は争いもなく、とても穏やかに暮らし、平和な日々を過ごしていた。

 平和が崩れたのはいつだったろう。いつしか、始祖竜は二つに分かれ争うようになってしまった。

「それは、始祖竜の魔力性質の関係でした。皆さんにもあるはずです」

 竜族は誰もが持っている魔力性質。攻撃向けだったり、治癒向けであったり。

 その傾向は、種族ごとである程度統一されている。火竜族は攻撃向きであり、そのために戦闘能力が高い。好戦的な一面があるのも、このためだといわれている。

 同じ攻撃向けでも、黒竜族は戦いより破壊を好むともいわれている。実際に破壊の性質を持って生まれてくることはないのだが、飛狛という例外を彼らは知ってしまった。

「始祖竜には攻撃向けと結界向けの二種しかありません。それも、破壊を好む攻撃向けです」

「そう……。文明を発展させる始祖竜と、破壊衝動を持つ始祖竜の対立。両者は争い、滅びた」

 二人の始祖竜から、始祖竜が滅びた理由を知る。それが創歴の始まりなのだと。

 滅びていった中、唯一の生き残りは二人だったのだろう。それは容易に理解できる。

「私達はここで生まれました。そして、ここに残された」

 柏羅が崩れた黒い塊へゆっくりと近寄った。手にすくいとれば、砂のようにサラサラとこぼれ落ちる。

「彼は……私達の育ての親で、古代種の一人。私達のために、ずっとここにいてくれて、世話をしてくれて、死にました」

 ハッとしたように柊稀が柏羅を見た。怒りに任せて殺してしまったが、彼は柏羅への攻撃はしていない。

 始祖竜を警戒してのことだとずっと思っていたが、それは違ったのだと気付く。

 彼にとって、柏羅は大切な娘同然だったのかもしれない。大切な家族だったのだ。

 目の前にいる少女は、失った親代わりの古代種を造った。それは寂しさからなのだとも、柊稀は気付いた。

 決して、こんなことをするためではなかったのだ。どこかでなにかが狂ってしまったのだろう。

 なら、この戦いはなんだったのか。なんのためにこんな真似をしたのか。

 悲しげに黒い塊を見る柏羅。

「彼を造ったとき、私達は仲間を作ろうと思いました。自分達の力を源に、生命を作ろうと」

 始祖竜の攻撃性は細かく分ける。そうすれば、片寄った強さにはならないはずだ。

 そうやって分けられたのが、火竜、黒竜、魔竜だった。この三種族が攻撃的な一面を持ちながら、タイプが違うのもそのためだ。

「力を使い果たし、私達は長く眠った。その間、民が神竜と呼ぶ存在を見せていたのは、お前達が殺した男だ」

 眠る始祖竜の代わりに、始祖竜の姿を見せていただけ。架空の存在なのだと語る。

 民が勝手に神竜と崇めてしまっただけだったのだ。

 つまり、男性が神竜の力を取り込んだのではなく、男性自身が神竜と変わらない存在だったということになる。

「目を覚ましたら、私は一人だった」

「なぜだ? そいつが傍にいたなら、なにかあっても護ったはずだ」

 造られたとはいえ、ずっといたなら護るはず。勝手にいなくなるはずがない。黒欧という魔道生物を連れているからこそ、黒燿にはそれがわかる。

「死んでいた。世界統合と呼ばれる出来事のあとだった」

 統合されたことにより、小島がみつかった。誰かが侵入したのだろう。簡単に入ることができる状態だったのを黒燿は知っていた。





.
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした

星ふくろう
恋愛
 カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。  帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。  その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。  数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。    他の投稿サイトでも掲載しています。

処理中です...